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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
24/61

騎士と侍女

退屈かもしれませんが日常を描かせていただきます。

次話では修錬場におけるグランの様子と、死地を共にした二人の騎士との人間関係を描かせていただきます。本当に少しだけになるかもしれませんが、魔術なしのバトルシーンもあります。

 グランの朝は早い。旅では時間をできる限り徒歩に使うという考えと、長く閉ざされた空間で身につけさせられた習慣により、早朝からの行動は苦にならない。

 さらに、最近は新たな楽しみがあるので尚更だ。

「おやおや、スワード殿ではありませんか」

 聞こえてきた声に立ち止まると、声の主が早足で近づいてくるのを見て頭を下げた。

「先日はご協力いただき、ありがとうございます。緊急時とはいえ、あのような無礼な振る舞いをして申し訳ありませんでした」

 通常なら途中で適当に辞退するのだが、今回の相手は無碍にすることができない。

 彼の主が誘拐された日、その事実が広がらないよう手を尽くした。その過程で、グランは少しばかり伯爵を脅したのだ。

「いやいや、かつて〈剣姫〉には世話になりましたからな。その弟子に恩を売っておくのも、一興と考えたまでだ」

 伯爵の言葉に顔を引きつらせかけたが、好青年の仮面を被ってやり過ごす。

「それに、あの師にしてこの弟子ありと痛感した。七光りと侮ったこちらこそ謝罪しなければならない。すまなかった」

(……あの婆さん、どれだけ恨みを買ってるんだよ。だいたい、あの婆さんは――)

 およそ半分は自業自得なのだが、自分のことを棚上げして心中で毒づいて伯爵の話をほとんど聞き流した。

「そういえば、お急ぎの様子であったな。引き止めて申し訳なかった」

 許可を得てその場を後にし、主のいる部屋へ向かった。

 音を立てない程度の早足で移動し、ある部屋のドアで立ち止まる。そして、自分の来訪を告げる特徴的なノックを行った。

 コン、ココン、コン

 がちゃっ

 本来なら入室の許可を待たなければならないが、いきなりドアが開いて中に引き入れられた。不意をつかれたような形だったが、つんのめることも驚いた様子さえ無くされるがまま中に入る。

「アンリ、何をしているのですか!? スワード殿も、いい加減にしてください!!」

 部屋に響く厳しい叱責を浴び、グランは少女と共に肩をすくめた。

「リーゼ、そんなに怒らないであげて。私が頼んだ通りにグランを迎え入れてくれただけ――」

「やり方が問題なのです!」

 部屋の主が庇おうとすると、その従者である侍女は彼女も叱る。その剣幕に、イスに座ったまま体を縮こまらせた。

「これまで我慢していましたが、もう限界に達しました。この際、はっきりと申し上げさせていただきます!」

 本来なら紅茶を飲みながら旅の先々で見聞きした話をするのだが、今回ばかりはその時間が侍女リーゼの説教に変わってしまうらしい。

「まずはアンリ! 姫様が許可を出す前に、人を入れてはいけないと何度言いましたか!?」

「ん。でも、スワードは姫様の近衛だから――」

「近衛であろうと何であろうと、緊急時以外は姫様の許可を待ちなさい!!」

 言い訳しようとするも、それを遮って剣幕で押し切った。これ以上の言い訳は自分にとって不利だと知ったのか、小さい侍女はグランの背中へ隠れてしまう。

「次にスワード殿! アンリに引き込まれたとはいえ、主の許可を待たずに入室するとは何事ですか!?」

「そのことに関しては言い訳しませんし、ちゃんとお叱りも受けます」

 下手な言い訳は無用。ここで素直に反省していることを態度で示すが――、

「だいたい、なぜ抵抗しないのですか!? アンリは小柄で貴方の方が力もあるでしょう!」

 それで治まることはないらしい。キンキンと響く説教に思わず顔を顰めると――

「その顔は何ですか!? ちゃんと反省しているのですか!? あと、丁寧な口調で言い繕おうとしないでください!!」

 追撃をかけられて一気に気力を削り取られた。怪物であれば剣で斬るなりどうにでもできるから、この侍女を怒らせるよりマシだと考えてしまうグラン。

「リ、リーゼ」

「姫様、貴女もです!」

「ひゃっ!!」

 見かねて止めようと声を発したら矛先が向き、セフィアは悲鳴を上げて縮こまる。

 説教する相手が主であろうと、怯えていようとリーゼは容赦無かった。

「いつもいつも、アンリとスワード殿を特別扱いしすぎです! 少しは身分差を考えなさい! 侍女としての行儀作法は疎かになったら、どうなさるおつもりですか!? 年頃の娘が近衛とはいえ、軽々しく男を部屋に入れてどうするのですか!? もし誰かに見聞きされれば、間違いなく二人は咎められるのですよ!?」

 今まで一番容赦が無かった。ここまで彼女が厳しくするのは、おそらくは姉妹のように育ったセフィアを大事に思うが故だろう。

(……それにしても厳しすぎることに変わりは無いよなぁ)

 初めてリーゼに叱られた身として実感し、自分の無責任な行動に罪悪感が湧き上がる。この領域までまで来ると、説教というよりも尋問と呼ぶべきかもしれない。

 懇々と時間をかけて絞られ、よやく紅茶を飲めるようになったのは朝食が運ばれて来てからだった。

 パンをもそもそと食べ、スープをスプーンで掬って飲むセフィアはかなり落ち込んでいる。しかし、それを見てもリーゼは矛を納める様子が無いようだ。

(……そろそろ修錬場に行かないと、三席に嫌味を言われるよな。けど、これを放り出して行くのもまずい)

 今回の件に関しては自分の不注意もあり、責任の一端を自覚させられていた。上手い理由を考えて責任逃れしもいいが、そんな無責任で保身的な行動は性に合わない。

(……そういえば、アンリのやつはどこに行った?)

 朝食が運ばれてくるまで背中に隠れていたはずの侍女が、いつの間にかいなくなっていることに気がついた。

 彼女はなぜか無音で移動することができ、視界に入っていなければ気配が曖昧になるのだ。グランでさえ気を緩めると見失ってしまう。

「……リーゼさん、アンリがいなくなってます」

「っ……、大丈夫です。あの子なら、すぐに戻ってくるはずです」

「? どういうことでしょうか?」

 ついつい敬語を使ってしまいながら、気になって尋ねるとカップをソーサーに置いた。怒ったような呆れたような、複雑な顔で質問に答える。

「あの子は私が怒ると、どこかへ行ってしまうんです。どこで様子を見ているのか、探そうとしたら出てくるので心配ありません」

 納得のいく説明を聞き、一人だけ逃げ出したことを恨む。あとで一言文句を言ってやろうとグランが心に決めていると、リーゼが彼に近づいて来た。

 そして、いきなり片方の頬を万力のような力

をこめて引っ張る。

「っ……!?」

 不意打ちも不意打ちで、しかも断続的に痛みを与えてくるので性質が悪い。

「スワード殿には、もう一つ言っておかなければいけませんね。折を見てと考えていましたが、ここで言っておいた方がよろしいでしょう」

 痛みに耐えながら、グランは彼女が何を怒っているのか耳を傾ける。

「アンリのことを名前で呼び捨てるなら、私のことも呼び捨てで構いません。同じ主に仕える従者ですし、一緒に紅茶を飲む中なのですから敬語も不要です」

「はっ…?」

 思いもしなかった理由に聞き返すと、リーゼは深くため息をつきながら頬から手を放した。かなり強い力で引っ張られていたので、火傷のようにヒリヒリする。

「二度も言いませんから、よく聞いてくださいね。姫様のご友人であれば私の友人と同義です。なのに他人行儀だなんて水臭いとは思いませんか?」

「えーっと、はい、そう……だな」

 無茶苦茶な理由のような気もしなくはないが、彼女はセフィアと姉妹のように育った幼馴染だ。親友と呼べる主の友人であれば、自分の友人と考えてもおかしくはないだろう。

 自分を無理やり納得させて頷くグランに、リーゼは初めて笑顔を見せた。思わず見とれかけたところで、彼女はセフィアの方を振り向く。

 食事の手を止めてこちらの様子を窺っていた主に、侍女は近づいてカップに二杯目を注ぎながら言った。

「少しだけ、ほんの少しだけ気分が良くなりました。グラン殿に免じて許してさしあげます。今後は気を付けてくださいね?」

 なぜか急に機嫌が良くなった侍女に、セフィアとグランは何も言えず二杯目の紅茶を飲んだ。

(いったい、何だったんだ?)

 態度の変わりようが頭から離れず、修錬場までの道のりを歩いていると背後から軽い衝撃に襲われた。

「っと…。猫、じゃないよな?」

 音もなく飛び乗る身近な動物は猫だが、そもそも城の中には一匹もいない。

 何よりも背中に広がる感触と重さ、背中に飛びついてくる人物に心当たりがった。

「アンリか?」

「ん。正解」

 耳元で声が聞こえたかと思うと、背中から床に降りる音が聞こえた。通常の人間であれば聞き逃してしまう音でも、グランであれば聞き取れる範囲だ。

 振り返ると、そこにいたのは先ほど一人だけ部屋から逃げ出した侍女がいる。並んで立てばグランの鳩尾ぐらいに頭が来るので、彼女を見下ろす形になった。

「一人だけ逃げるなよ。あの後、リーゼさんの機嫌が直ったからいいけど」

 心に決めていた通り文句を言うと、アンリは首を傾げた。

「また怒られるよ?」

「……どこで聞いてたんだ?」

「ドアの外で聞き耳を立ててた。私、すごく耳がいい」

 思わずため息をつきたくなるような答えに、グランは彼女の額を軽く小突いてやる。

 ここに来てからというものの最初は仮面をつけて過ごしていたが、セフィアと小柄な侍女のおかげでそんな息苦しいことをせずに済むようになった。もっとも、他の使用人や貴族に対しては別だが。

「これから、修錬場に行くの?」

「ああ、行かないと専属騎士を解任されるからな。第三席に怒られるし、他の騎士には恐がられてるけど仕方ないだろ?」

「ん。途中まで一緒に行こ?」

 ペースを崩されがちで断れない。断ったとしても勝手について来るのは経験済みなので、拒むつもりは一切ない。

 それでも一本だけ釘を彼女に刺しておく。

「並んで歩くだけだからな? 手は繋ぐなよ?」

「……ん」

 返事までに少し間があったが、了承してくれたので修錬場へ向かって歩き始める。ただし、アンリの歩幅に合わせてゆっくり。

 遠目に見ていた使用人からは、二人の姿が兄妹のように映ったという。

グラン=スワード

暗い過去を持つ青年。騎士団団長を下してセフィア専属の騎士となった。前章での一件からセフィアを守るために剣を振るうことを決め、ほとんど忘れ去られた儀式で誓約を結んだ誓約騎士。


セフィア=グリオード

グリオード王国第二王女。自分の親しい者たち以外に、素の自分を見せようとしない。王族として相応しい毅然とした態度で、本質は権謀術数に抗うために演じた脆く儚い。


リーゼ=フィバレー

セフィアに仕える侍女。貴族の出身であり、セフィアとは姉妹のように育った幼馴染みでもある。その経緯があるせいか、時に姉のように叱り付けることがある。


アンリ=エレスタ

数年前にセフィアに拾われた少女。物静かで何を考えているかわからない上、なぜか無音移動の技術を持つ。拾われたことに恩義を感じ、セフィアのために働くことを使命としている。

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