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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第一章 黄金の英霊
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決意と共に魂は覚醒す

 昏い闇の中、ただ一人で彷徨っていた。

 自分がどこにいるのか、誰であるか、なぜ存在するのか、それさえも解らないまま立ち止まる。

 目の前に生き物の気配が現れ、それを両手に持つ短剣で斬りつけた。遅れて返り血を浴びる感覚。

 それを何度も繰り返してきた。

 何のために斬るのかはわからない。だが、なぜか斬らなければいけない。

 この世界では何も理解することはできないのか、あるいは何者かによって理解することを拒まれているのか。

『人を殺め、生き血を吸い、臓物を喰い、生きる糧としてきた汝は何を求める?』

 頭の中で響いた声に、なぜか聞き覚えがあるような気がした。

『何を求めるがゆえに、汝は剣を振るう?』

(……俺が剣を振るう理由? それは――)

 脳裏で気づかないうちに燻っていた何かが、火花となって弾ける。

 思い出す。命じられるがままに、多くの命を奪ってきたことを。

 思い出す。死に怯え、生きるために研鑽してきた日々を。

 思い出す。暗く閉ざされた場所から解放され時を。

 思い出す。自分を導き、失われた物を取り戻させてくれた人間を。

 思い出す。世界を巡り、そこで目にしてきた光景を。

 次々と映る記憶が、最後に辿り着いたのは淡い輝き。目を凝らしてみると、その中で眠ったように動かない少女の姿があった。

(……ああ、そうか)

 彼女の表情が変わる度に心を揺さぶられ、早朝の茶会で話をせがまれると戸惑いを感じながらも楽しかった。

 周囲の闇が輝きに払われていき、背後に気配を感じて振り返る。

『どうやら、見つけたよだな』

 薄灰色の髪と黄金色の瞳を持つ十代前半の少年が立っていた。土埃に汚れた旅装束を身に着け、そこにいるだけで圧倒的な存在感を放っている。

 周囲に広がるのは黄昏の荒野。西に傾いた夕日に地上が染め上げられている。

『今の汝なら、真の〈剣〉を抜くことができよう。……我が力を受け取るがよい』

 ふっと口元に笑みを浮かべると、少年は黄金の輝きへと変わった。少女から放たれる輝きと混じって視界を焼きつくした。

「っ…、っ……!」

「馬鹿弟子、さっさと目を覚ませ! セフィア様は、お前を待っていらっしゃる!」

 意識が覚醒して目を開けた途端、耳に入ってきたのは自分を説教する恩人の声。

「誰が誰の弟子だ! アンタに言われなくても、今すぐ助けに行くつもりだ!!」

 反論しながら立ち上がり、気配を探ると周囲は埒外の怪物に囲まれていた。しかし、不思議と恐怖は湧いてこない。

 まるで生まれ変わったかのようだ。体から際限無く呪力が迸り、周囲の万象を一つの事象として捉えることができる。

 自分が倒すべき存在を瞳に映し、感覚が鋭く研ぎ澄まされていく。

 ―汝は黄昏に死して永劫の眠りにつきし、太古の英雄なり―

 今までの詠唱とは異なる呪文が、自然と口をついて詩を諳んじるがごとく出てきた。

『おやおや、まだ立つことができましたかぁ。ですが、それが何だと言うのですかねぇ?』

 黒い道化が嘲笑う声が頭の中で響くが、剣と化したグランの意識をすり抜ける。

 ―汝の剣は破邪の霊験を宿せし聖剣。ゆえに、神をも殺める唯一無二の神器なり―

 ―主の命に従いて、悪神と邪神、魔神、その眷族を討ち滅ぼす最強の守護者なり―

『さあ、我の名を呼ぶがよい。剣に汝の義を託せ』

 ―今この時、再び覚醒せよ。其の銘は、討滅英霊(ウルス)

 右手に黄金が収束し、手に馴染む瀟洒な柄と磨かれた鏡面のような刀身が顕現する。

 感覚がよりいっそう研ぎ澄まされ、無意識のうちに〈剣〉を構えて駆け出した。

 正面から迫ってきた怪物の横を抜きざまに、突きたてて走る勢いに任せて切り裂いた。足を止めた瞬間、背後で怪物の巨体が揺らいで倒れる。

『おやぁ?』

「お前が何を考えてるかは知らないし、そんな事はどうでもいい。だから、言いたいことだけを言わせてもらう」

 間の抜けた声に言いながら、呪力を脚へと集中していく。

覇帝剣技アンセスターⅥ式・疾風(しっぷう)

 一歩踏み出すと同時に最高速度で駆け抜けた。そして、その途中で怪物たちを切り裂いていく。

 再び足を止めると数体の巨体が地面に横たわり、悶え苦しむように暴れだした。

 切り裂かれた傷口を修復しようと瘴気が集まるが、それを黄金の輝きが阻害する。その輝きは徐々に広がり、怪物を消滅させていった。

 何が起こったのかは誰にも理解できない。

 周囲からはグランが姿を消し、黄金の軌跡が怪物を切り裂いたようにしか映らなかったのだ。

「もし戦う気が無いなら、そいつを返してくれ。もし戦う気があるなら、俺は容赦なくお前を斬る」

 抑揚の無い声。感情を映し出さないアメジストの瞳。

 余分な力が抜けた自然体からは、対照的に静かな殺気が鋭く放たれる。

『………何の手品かは知りませんが、その〈剣〉に宿った魂は厄介ですねぇ。私も無益な争いは避けたいので、ここは取引といきませんかぁ?』

「囀るな」

 黒い道化が懐柔しようと提案してくるが、それを一言で一蹴してしまう。

『……そちらが一方的な要望を述べているだけですからねぇ。こちらにも面子がありますので、相互に利益があるからこその取引なら問題ありませんよぉ。……どうしてもと言うのなら――』

 檻籠が溶けて消え、宙に浮いたセフィアを抱き寄せて彼女の首に手をかけた。

 何がおかしいのか、仮面で隠されていない口元が歪ませる。

『こちらの要望も一方的に聞いてもらいましょうかねぇ!』

 声を合図としたのか、怪物たちは消滅しきっていない固体に食いついた。そして貪るように吸収していく。

 より凶悪化したそれらは、一斉に駆け出す。

 しかし、そんな事はグランの眼中に無かった。彼の瞳が映しているのは、セフィアの首に手をかけた道化の姿だけだ。

「覇帝剣技Ⅶ式・迅雷(じんらい)

 正面から来る怪物を切り伏せ、体勢を崩しかけるも無理やり立て直した。

 標的を失った怪物がその巨体で方向転換して迫り来るのを感じて跳び、体を捻りながら踵を鼻面に叩き込んだ。

 さらに、足場として利用して上へ跳んで頭上に〈剣〉を構えた。

「覇帝剣技Ⅲ式・破槌(はつい)

 着地地点で口を開けて待っていた怪物に、叩きつけるように振り下ろす。その一撃で黄金の輝きが焼き尽くし、地面にクレーターを作った。

 それを見ても怯むことなく襲い来る怪物たち。

 それが眼中に無くとも、感じ取ったグランは重心を落として腰だめに構えを取る。限界まで溜めを作って圏内に入るのを待つ。

「覇帝剣技Ⅱ式改・螺閃(らせん)

 解放すると同時に片足を軸に瞬転。それを遠心力を利用して三回。斬撃と余波に巻き込み、十数体を切り伏せた。

 たった一人で一体討伐するのに騎士団小隊を必要とする大型を、容易く屠る鬼神の如き彼の姿。それは見た者たちが後に名づける異名の元となる。

 意に介することなく一撃のもとに切り伏せる〈覇道の剣聖〉。あるいは、埒外の怪物を超える人の姿をした異形〈黒き修羅〉。

 舞うような美しさと炎のような苛烈さを併せ持つ一閃。

「……これほどとは」

 彼に秘められた才能を薄々と感じていたルディアは、倒れている二人の騎士を魔術で治療しながら魅入っていた。

 真に覚醒した異端者の剣舞は止まることを知らず、絶望の逆境を意図せず塗り替えていく。

「覇帝剣技Ⅰ式・穿千(うがち)

 最後の一体に向けて刺突を放ち、巨体を黄金の輝きが貫いて屠る。

 数十体いたはずの怪物が切り伏せられ、すべて跡形も無く消滅した。それだけでなく、視界を覆い尽くしていた瘴気さえも払われている。

 それを為した青年は一切の疲労も見せず自然体を維持し、研ぎ澄まされた殺気の刃は微塵も刃毀れした様子は無い。

『……あなた、本当に人間ですかぁ?』

「そういうお前は人間じゃないんだろ?」

 質問に対して、確信を持った指摘をすると黒い道化は黙り込んでしまった。

『……何のことやら、私にはわかりませんねぇ。…それよりも、こちらの要求について放していませんでしたねぇ?』

 強引に話題を変え、この期に及んで取引という舞台に拘る道化。

『当初の予定では、この姫君とあなた方の命を引き換えにするつもりでしたぁ。しかし、状況は変わってしまいましたから、要求を変えさせていただきますよぉ? …その厄介な〈剣〉を納めてくださいぃ。さもなくば、大事な姫君が死んでしまいますよぉ』

 依然として道化の手はセフィアの首にかけられたままだ。少し力を加えられると、彼女の細い首では折れてしまいかねない。

 怪物を使って騙まし討ちした道化を信用することはできないが、下手に刺激をするのは下策だと理性は判断する。

「やってみろ」

 しかし、それは本能が躊躇する理由にはならなかった。

「生憎、俺は育ちが悪くてな。忠義を尽くすよりも、自己満足を優先する下衆だ」

 自虐とも取れるその言葉を吐き捨てると共に、湧き上がる怒りは醸成されて力へ変換していった。

 力を研ぎ澄ました殺気と共に練り上げ、錆びついたナマクラを業物へと鍛造し直すかのように己が作り変えられるのを感じる。

「だから、あんたが何を考えていようと関係無い。俺は俺の望みを押し通す……!」

 呼応するように呪力が弾け、幾千の文字が宙に描かれた。それらは星のように瞬き、取り囲むように渦巻き始める。

『ふっ…、忠義に構わず己の義を押し通すか。……気に入った』

 頭の中で響く少年の声。それを雑音のように聞き流して跳んだ。

 太古の文字がすべて刀身へと吸収され、実用性に特化した無骨な造りへと変わった。

「そいつを返せえぇぇっ!」

 詠唱も無しに《伝令者(ヘルマ・)長靴(ブッセ)》が発動し、空を八双の構えを維持して黒い道化に向かって突進をかける。

『実に愚かですねぇ。…ですが、あの方に仕える身として最後に余興を見せて差し上げましょう』

 セフィアの首にかけていた手を外し、グランに向けて黒い光球を放った。光球は膨張し、騎士一人を殺めるには過剰すぎる一撃となって襲い掛かる。

 避けられぬ脅威に飲み込まれようとした瞬間、

「邪魔だっ!」

『なっ……!?』

 気迫と共に六つの剣閃が走り、光球は爆ぜるように消滅した。 

 覇帝剣技Ⅹ式・散華(さんげ)。全力で放つ六連撃で切り裂き、〈剣〉の能力によって掻き消したのだ。

 邪魔をするものが無くなり、驚愕に動きを止めた道化に向かって力強く空を蹴る。

「うおぉぉぉ――っ!」

 呪力を迸らせ、切っ先を道化に突きたてた。

『かはっ……』

 喀血するかのごとき声、その体は後方へ倒れる。

 それは一幕の終わりを告げる合図。黄金の輝きが爆ぜ、漆黒を焼き尽くした。

 まるで日輪の如く地上を照らすその輝きは、後に彼に異名〈日輪を纏いし者〉を授ける。

 ドッ

「くっ……」

 背中に走る鈍い衝撃と共に漏れる呻き。

 全身に力が入らず、しばらく立ち上がることができそうにない。

(呪力を、使いすぎたか……)

 グランは荒い息を落ち着けようと深呼吸し、自分が抱きしめているセフィアの顔を覗き込んだ。

 すると――、

「んっ…、んぅ」

 彼女は身じろぎして甘えるように抱きついてきた。本当は意識があるのではないかと疑うほど力がある。

 そのことに安堵した瞬間、思い出したかのように走る激痛。

「抱き枕、じゃ…ない、んだけどな」

 逃れようにも体中が痛い。しばらく、されるがままになるしか無いようだ。

 しばらく雲一つ存在しない蒼穹を見つめ、その意識は霞んで気絶するかのように眠りにつく。

 寝息は規則正しく、その表情は満ち足りたように穏やかだった。

聖天ヘブンズ・威装ハウル》・・・天界の神々に祈りを捧げ、騎士の能力を最大限までに上昇させる魔術。

慧眼アークル》・・・視界の良し悪しに関わらず、広範囲に置ける万象の存在を見透かす魔術。

護法スフィア》・・・一定の実力を持った騎士が使う結界の魔術。《鋼王の鉄壁》には劣るが、《聖輝の加護》よりも遥かに強固。

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