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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第一章 黄金の英霊
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騎士たちの矜持

何故なにゆえぬしは剣を振るう?』

 誰かの声を聞いて目を開けると、真紅の焔に囲まれていた。上を見上げると焔と同色の輝きを放つ何かが飛んでいる。

(……ここは、どこだ?)

 自分がいた世界とは異なる場所だと直感して〈討滅英霊ウルス〉を構えようとした――が、掌中には何も存在しない。

『力が無ければ、何もすることはできない。目的が無ければ、力は無意味となる』

 頭の中で響き続ける声は、声変わりする前の少年のものだ。声に反して枯れたような口調を奇妙に感じてしまう。

(……今度は見つけてやる)

 似たような現象に覚えがあったため、焦らず目を閉じて声の主を探り当てようとした。声の主を討ち、この場所から抜け出すために集中力を高めていく。

『無駄だ。ここは我の世界。ゆえに、汝に我を見つけることはできぬ』

 考えを見透かした物言いに、集中力を途切れさせてしまう。

『いや、今の汝には何もできぬ。あの人間の姫君を救うことも、己の身を守ることも』

 心臓を蹴りつけられたような疼きを感じ、浅い呼吸を繰り返した後に目を開いた。アメジストの瞳は暗く濁り、焦点が合わないのか視線が彷徨う。

「……何が言いたい」

『先に問うたであろう? 何故、汝は剣を振るう?』

 膝が震えて体が傾き、指先から感覚が失せていく。そんな状態で、頭の中で響く声だけがはっきりしいた。

『それが理解できぬうちは、ここから出ることも、我を見つけることさえもできぬよ』

 何をしても無駄だと、自分には何もできないと、耳に入ってきた言葉が心を絡め取る。

『そして、汝は己すらも殺すであろう』

「………」

 閉ざされた暗い過去の中、剣を振るわなければ死が待っていた。ただ生き続けるために振るい、その刃と己の手を血に染め上げた。

 その状況から解放された後は、ルディアに拾われて生きるための知恵を学んだ。そうして人並みになれても、恐怖から手放すことができなかった。

 生きるためだけに振るい続けて来たそれは、深く根付いて自身を構成する要素の一つになっていたのだ。

 剣を振るう必要が無いにも関わらず、剣から離れることができない。


 ガッ ドゴッ ガリッ ドッ

 鈍い音が響き、四方を覆う光の壁が波打つ。そして、それは荒れ狂った海のように波立ち始めた。

「…そろそろ、《護法(スフィア)》がやばいな」

「まだ《鋼王アウトラ・鉄壁イージス》があるだろ。《護法》が消滅したら、それで押さえつつ反撃を始めるぞ」

 歯を食いしばって〈剣〉アーサーに、エドリックは冷静に指示をしながら気絶している青年を魔術で癒す。

 一向に目を覚ます様子のない彼に、険しい表情で呪力を右手へ集中させ続ける。

「了解。じゃあ、準備しておくか」

 そう言って、アーサーは体から呪力を放出し始めた。それは彼の持つ〈剣〉へと集中していく。

 それを見たエドリックも左手に持っていた〈剣〉へ意識を傾けた。

 そして、反撃のと時は来た。

 ガシャアァァンッ

 音を立てて結界が粉々に砕けて消失し、怪物たちが巨大な鋼の盾を崩さんと殺到。何匹かが盾と盾の隙間を抜け、空中からは飛行型が降下してくる。

「阻め、《甲殻守衛タウロ》!」

 アーサーの言葉に応えて〈剣〉は放射状に呪力を放ち、空中の怪物を吹き飛ばして消滅させる。

「矢を放て、《蒼穹尖兵グリフ》!」

 エドリックは地上の怪物を薙ぎ払い、呪力の翼から矢の如く羽を放って射抜く。

 それで一度は途切れるも、新たに抜けてきた怪物たちに絶え間なく迎撃を行わざるをえなくされた。

 気を失っているグランを守るようにしながらの対応であるため、必然的に動きに制限がかかってしまう。

「くっ…!」「このっ…!」

 数こそ減らして善戦するも、徐々に押されて敗北という結果が見えている。

 それでも彼らが諦めないのは、己が〈剣〉を与えられた者としての矜持と守るべき者が存在するからだ。

「アーサー、少し時間を稼げ!」

「相変わらず、無茶言ってくれるな! やってやるよ!」

 アーサーが〈剣〉を逆手に持ち直し、それを頭上へ振り上げた。そして、そのまま刃を地面へ突き立てる。

「閉ざせ、〈甲殻守衛〉!!」

 刀身から地面へと呪力が伝わり、それが四方へ広がって三人を包み込んだ。怪物たちが爪牙を立てようも、触れるそばから弾かれて蒸発する。

 外からの侵攻を阻む結界により、怪物たちは近づくことを躊躇して動きを止めた。

 ―遥か高みを先駆せし者よ。神の威を借る翼を持つ者よ―

 太古の言語による詠唱を行うエドリックを、呪力の翼が巻きつくように包み込んだ。

 ―汝の武具により、立ちはだかる脅威を払いたまえ―

 ―この戦場にて我らを先導し、彼の者らを討たせたまえ―

 呪文が朗々と紡がれ、呪力の輝きが増していく。

 ―今こそ、汝の武を示せ―

 エドリックは地上の怪物を薙ぎ払い、呪力の翼から矢の如く羽を放って射抜く。

 それで一度は途切れるも、新たに抜けてきた怪物たちに絶え間なく迎撃を行わざるをえなくされた。

「よっ…と!」

 詠唱が終わった瞬間、アーサーは地面から刀身を抜いて結界を解除した――と同時に、強靭な三対の翼が広がって羽を撒き散らした。

 翼から離れた羽は意思を持ったかのように周囲を渦巻き、白羽の竜巻となって怪物たちを阻みながら切り裂いていく。

 三対の翼は何度も羽ばたき、その規模を広げて《鋼王の鉄壁》を抜けてきた怪物は瞬時に消滅する。

 すべての羽が翼から離れると、それらは一斉に四方八方へと矢の如く翔けた。

 ガガガガガガガガガガ――ッ!

 《鋼王の鉄壁》を貫き、その向こうで群れている怪物たちを射抜いて消滅させる。残るのは上空にいる飛行型のみ。

 ―天宮へと繋がる門を守る者よ。堅剛なる盾を掲げし者よ―

 再び太古の言語による詠唱。唱えるのはアーサー。

 ―悪しき者たちを阻み、我ら弱き者を守りたまえ―

 逆手に持った〈剣〉の盾へ迸る呪力が収束し、その輝きは増して宿主へと還っていく。

 ―不朽の防具を貸し与え、我と共に民を守護したまえ―

 ―今こそ、汝の盾を掲げよ―

 詠唱を終えた瞬間、彼を包みこんでいた呪力が変質した。足のつま先から頭の天辺まで重厚な甲冑に覆われる。

 それだけで変化は終わらない。〈剣〉は盾と刀身が分離し、身を覆い隠す盾と鋭い短槍となって両手に納まる。

 鎧を着装したアーサーは空を見上げ、甲殻を思わせる巨大な盾を翳し、逆手に持った短槍を地面へと突き立てる。

 それを見たエドリックは、〈剣〉に命じて呪力で翼を構築。自分自身と気絶しているグランを包み込み、残された力を燃やし尽くす。

 鎧の内から呪力が迸り、盾の表面に幾何学模様が描かれて全体へ広がった。

「吹っ飛べ」

 ドウ――ッ!

 短い言葉と共に魔法陣から白銀の渦が放たれ、重厚な鎧に身を包んだ体が地面へと沈んでいく。

 槍の穂先が地面を砕き、余波によって周囲へ吹き飛んだ。

 一条の閃光が天へと駆け上がって空中の怪物たちを飲み込み、礫の混じった余波が地上の怪物たちを一掃していく。

 ビキッ、ビキビキビッ、ガッシャアァァン

 呪力で構成された鎧に亀裂が走り、剥がれ落ちて音も無く〈剣〉と共に霧散した。

「「かはっ……」」

 喀血。胸を押さえて膝から崩れ、地面へと力無く倒れる。顔は青褪め、口端からは血を流れ、瞳孔が徐々に広がり始めた。

 少し離れた場所で、もう一人の騎士も同じ症状に苛まれている。

 全力で切り札を行使したため、呪力を使い切ってしまったのだ。

 騎士にとって呪力とは生命力と同義であり、このままでは死に至ってしまう。

 さらに、状況は絶望的だ。二人の騎士が力を振り絞って掃討したが、それでもなお数百体の凶悪な怪物たちが残っている。

 このままでは死に切る前に、三人は食い殺されてしまうだろう。

 取り囲んでいた怪物の群れから、一匹が牙をむいて飛び出した。それに触発されて次々と駆け出す。

覇帝剣技アンセスターⅢ式・破槌はつい

 女性の声が凛と響き、天から降った白光が怪物の群れを直撃した。衝撃波と共に呪力が迸り、空気を震わせて大地を割る。

 地上では吹き飛ばされぬよう踏ん張り、空中では逃れるよう飛び上がった。

「やれやれ、本当に世話のかかる弟子だよ。まあ、もう少しばかり面倒を見てやるか」

 輝きの中で髪を靡かせながら、ルディアが立ち上がった。

『ふふふ。美しき師弟愛といったところですかぁ』

「ようやく出て来たか。……詐欺師め」

 頭の中で響いた声に、険しい表情で空中の一点へ視線を向けた。

 ドロッ

 そこに大量の瘴気が集まり、一度液体となって固体に変化していく。形が定まると、それは甲斐甲斐しく一礼した。

『そう睨まないでくださいぃ。こう見えて、かなりの臆病者でしてぇ』

「……姫君は無事なのか?」

 問いに対し、黒い道化は指を鳴らした。その隣に檻籠が出現する。

『ええ、この通り傷一つありませんよぉ?』

 道化の手の動作によって傾けられると、その中に眠ったように気絶している少女の姿があった。数日前に攫われたセフィアに間違いない。

『それでは、取引といきましょうかぁ。私が差し出すのは、あなた方が大切になさっている人間の姫君ですぅ。そして、そちらに差し出してもらうのはぁ――』

「裁きを下せ、〈天輪王妃ユーティア〉」

 言葉を遮るように呪力が迸り、道化の右腕を肩から斬り落とした。

 あまりにも刹那のことに道化は首を傾げ、何が起こったのかを遅れて認識する。

『おやおや、物騒ですねぇ? こちらは穏便に取引をしようと提案しているではありませんかぁ』

「取引とは名ばかりの詐欺に、わざわざ乗る愚者ではないのでな」

 構えた〈剣〉の切っ先を向けたまま、ルディアは体に纏わせた呪力を高める。

『信用していただけていないようですねぇ』

「信用されていると思ったか? だとしたら、勘違いも甚だしいな。我々がこの地に来たのは、どこぞの不届き者から姫君を取り返すためだ」

『ふふふ、ふふふ。勇ましいですねぇ。怖いですねぇ。そちらがその気なら、こちらにも考えがありますよぉ』

 道化に瘴気が集まって右腕が再構築された――と同時に、さらなる悪夢が顕現した。取り囲んでいた数百体が融合し、数十体の凶悪な怪物となる。

『いい加減に見栄を張るのはやめたらいかがですかぁ? 貴女はすでに折れかけ、残りの方々は戦える状況ではなく、こちらには人質もいますからねぇ』

「…腹立たしいほどに小賢しいな。しかし、その見立ては本当に正しいのか?」

 絶望的な状況にも関わらず、彼女は怯むどころか不敵に笑っていた。まるで、まだ勝機があることを確信しているようだ。

『おやおや、まだ見栄を張るのですかぁ? それでは仕方がありませんねぇ』

 道化が再び指を鳴らすと、数十体の怪物が一斉に襲いかかった。

 その爪が引き裂かんと、その牙が喰らいつかんと迫り来る。しかし、それでもルディアは悠然と立っていた。

「馬鹿弟子、さっさと目を覚ませ! セフィア様は、お前を待っていらっしゃる!」

 怒鳴るように叫んだ声が天に響き、それが届いたのか背後で黄金の輝き迸る。周囲を焼き尽くさんと染め上げ、天を貫くが如く光の柱が立ち上がった。

「誰が誰の弟子だ! 言われなくても、今すぐ助けに行くつもりだ!!」

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