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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第一章 黄金の英霊
19/61

悪夢に騎士たちは惑う

更新が一回分増えたことを報告させていただきます。

長い目で見ていただくということで、お付き合いいただけると幸いです。

 黒い獣や甲冑に襲撃されてから数日後、一行は行程通りに目的地―フォレスタ―へと到着した。

 しかし、そこに広がっているのは一面の荒野。

 町の象徴だった周囲の木々は折れ、ところどころ地面が抉られていることから、怪物の襲撃があったのは間違いない。

 人が住んでいた痕跡はもちろん、あるはずの町が跡形も無く消え失せていた。

「すみません。ここに町があったというのは、本当ですか?」

 三年間の放浪でも行くことがなかった町だ。地図で見たとはいえ、目の前の光景に尋ねずにはいられなかた。

「……ああ、間違いない」

「でも、町どころか家が一つも無い。この様子じゃあ、楽しみにしていた名物料理は期待薄だな」

 エドリックは短く答え、アーサーが軽くおどけてみせる。二人は騎士服の上に戦闘用の装備を身につけていた。

 セフィアが攫われたことが確認され、すぐに王城から取り寄せた対怪物用の装備だ。

「ともかく、取引の場所を調べる手間が省けたと考えればいい。何が起こったかは後回しにしろ」

 離れた場所から声をかけてくるルディアに、グランは振り向いて頷いた。

 見渡す限り視界を遮るものは無く、相手がどこから現れようと関係無い。

 何か罠を仕掛けている可能性も考えていたが、この地形ではその心配をする必要がなかった。

「グラン=スワード」

 名前を呼ばれて振り向くと、エドリックが渋面になっていた。

「〈剣姫〉はともかく、戦闘用の装備を身につけていないようだが、死ぬつもりでいるのか?」

「おいおい、さすがに直球すぎだろ。それに、今さらすぎだろ」

 彼の物騒な質問に対し、アーサーが呆れたようにツッコミを入れた。

 そんな二人の会話を聞いて僅かに緊張が緩んだ――瞬間、全身に電撃に似た衝撃が走る。

『ふふふ。ふふふ。ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ』

 狂乱したかのような不気味な嗤いが、脳を激しく揺さぶられて吐き気に襲われた。

 黒い靄が生まれ、四人の周囲を取り巻く。

「なんだ、この瘴気の量は…!?」

「驚いている暇があったら、呪力で身を守れ!」

 さすがに場数を踏んでいるのか、声を上げながらも呪力を纏う。

(……異常だな。これも、あの声の仕業か)

 二人と同じように呪力を纏い、グランはサーベルの柄に手をかけた。

「「――我らは剣を与えられ、地上を守護する剣となりし者」」

 同時に詠唱を開始したのはルディアだ。二人は途切れることなく紡いでいく。

「「これは盟約にして、誓約なり」」

「「危機は来たりて、我らは立ち上がる」」

「「主よ、我らに加護を授けたまえ!」」

 詠唱を終えると共に呪力が燃え上がり、四人を覆い隠すほどに広がる。

 天界の神々に祈りを捧げ、騎士の能力を限界まで高める魔術《聖天ヘブンズ・威装ハウル》。今にも覆いつくさんとする瘴気を阻んだ。

 拡張された感覚で周囲の状況を把握する。

 グオォォォンッ

 地を揺るがす咆哮が鼓膜を揺らし、靄の中から黒い体毛を持つ怪物が飛び出してきた。

 一匹だけでなく、四方から蹂躙せんと駆けてくる音が聞こえてくる。

「…この数の怪物を相手するのは、〈剣姫〉がいたとしても無茶だぜ」

「そんなことはわかっている。…やはり、援軍を呼ぶべきだったな」

「けど、悪あがきせずにやられるわけにはいかねぇよな?」

「当たり前だ。易々と負けては我らの面子が潰れ、あの男は笑うだろう」

 グランとルディアの呪力に守られながら、二人は触れていた柄から手を放した。

 ―汝は誇り高き神兵― ―汝は誇り高き神兵―

 ―汝は千里を翔ける翼。ゆえに、捕らわれることはない―

 ―汝は要塞の如き門番。ゆえに、決して退くことは無い―

 太古の呪文を詠唱し、それぞれが神より授けられた〈剣〉を召喚する。

 ―其の銘は、《蒼穹尖兵グリフ》― ―其の銘は、《甲殻守衛タウロ》―

 一方は鋭い刃を具えたサーベルが、もう一方には盾と一体化したブロードソードが顕現した。それぞれ構えを取り、呪力の障壁から飛び出す。

「俺が先陣を切る。比較的に小型だが、もし討ち漏らしがいれば掃討しろ」

 言うが早いか、白い羽を撒き散らしてエドリックの姿が掻き消える。呪力の塊が瘴気を突っ切り、怪物たちを速さで翻弄して切り裂いていった。

 しかし、一撃で倒れなかった怪物がアーサーを狙ってくる。

「ったく、相変わらずワンマンプレイだな…っ!」

 文句を言いながら牙や爪を盾で阻み、逆に押し返して吹き飛ばす。そこから横へと振り回し、横から迫って来た怪物を二体まとめて薙ぎ払った。

 空を翔けるように次々と斬って数を減らし、後方で討ち漏らしや他を討伐していく。複数を相手とする定石で、小型であれば討滅にそう時間はかからない。

 しかし、まるで減る様子が無い。

「……気がついているか? 怪物は減っていない」

「……ああ、逆に増えてるな」

 拡張された感覚で周囲を探っていた二人は、自分たちを完全に把握した。

 瘴気は視界を遮るほど濃く、それが広範囲に広がっている。その中で何百、何千という怪物が出現して潜んでいるのだ。

(……増え続けるだけなら問題は無い。んだけどな)

 問題は数ではなく質だ。いくら数が多くとも、それが全て同質であれば脆く崩れる。

 最初こそ小型ばかりだったが、中型や大型の存在も感じとることができた。それも地上だけでなく、飛行型の姿も確認できている。

 これだけの数が出現したにも関わらず、一向に瘴気が薄まらないのも問題だ。

 瘴気とは怪物の根源であり、その中にいる間はどれだけ〈剣〉で斬っても消滅しない。むしろ、凶悪化しているようにさえ感じる。

「私は加勢しに行く。お前は引き続き警戒しろ」

 短い言葉と共にルディアは駆け出し、詠唱して〈剣〉を召喚した。

 《聖天威装》の魔術によって怪物を弾き飛ばし、鋭い剣閃で薙ぎ払い、エドリックに劣らない速さで瘴気の中を駆ける。

 彼女の姿が見えなくなり、周囲の怪物の気配が強まった。守りが薄くなったのを察して今にも襲い掛かろうとしているようだ。

(周りに気配がありすぎて、鬱陶しくて集中できないな…)

 左手でサーベルを抜き放ち、空いた右手と共に構え構えながら詠唱して〈討滅英霊ウルス〉を召喚した。

「すらっ……!」

 気迫と共に、黄金と白銀の二振りの斬撃が放たれる。左右で威力に差が出るため、剣速と技術でカバーした。

 牽制も兼ねながら、襲い掛かってきた怪物は一閃一殺。《聖天威装》で強化された呪力による余波で遠方にいる怪物も薙ぎ払う。

 ビシッ

 剣閃が二桁目に入ったところで、不吉な音が耳に入ってきた。サーベルが強すぎる呪力に耐え切れずに崩壊し始めたのだ。

 それを知ったグランは〈討滅英霊〉を地面に突き立て、ひびが入って崩壊寸前のサーベルを腰だめに構えた。

「Ⅱ式・せん

 円を描く軌道で振るい、左と後方、斜め右から来る怪物をまとめて薙ぎ払った――と同時にサーベルの刀身が砕け散る。

 あらかじめ想定していたのか、動揺する様子を見せずに〈討滅英霊〉を再び手にした。

「……もう少し派手にやるか」

 呟きに呼応するように刀身に輝く太古の文字が浮かび上がる。

「災禍を討ち滅ぼせ!」

 黄金の呪力が八方へ迸り、取り巻いていた瘴気を切り裂いて消滅させていく。それに巻き込まれ、潜み、迫ってきていた怪物も消滅した。

 黄金の輝きが治まり、黒い靄の中で円形に穴が空いたように地表が露出する。その中心に立っていたグランは上へ跳んだ。

「――遥か彼方、千里万里を見通し、万象を知る賢者の怜悧なる瞳よ。望むままに見晴るかせ」

 詠唱し、アメジストの瞳に魔法陣が浮かび上がった。

 黒い瘴気に遮られて見えない地上の様子を見通し、剣を振るう三人と潜む千を超える怪物の姿を捕らえる。

 しかし、どこにも探している存在が見つからない。

 見落としが無いか《慧眼アークル》を宿した目を見開き、何度も視線を走らせて探す。

(……どこだ。どこにいる)

 どこを見ても見つからないことに焦れ、意味も無く今までに感じたことのない何かに動揺した――瞬間、

 ギャオォォォ

 複数の耳障りな音と共に、瘴気の中から翼を生やした爬虫類のような怪物が飛び出してきた。詠唱する暇も無く反応が遅れ、放たれた矢のような勢いで直撃される。

「かはっ……」

 動揺によって生まれた僅かな綻びを縫い、次々と飛行型の怪物たちが襲い掛かってきた。

 爪牙を突き立てられても体は傷つかないが、衝撃が体へ伝わって内臓を描き回す。防御する術も無く、飛び交う怪物たちに一方的に蹂躙され続ける。

 ドゴッ

 骨が砕かれるような痛みに襲われ、集中力と共に《聖天威装》の効果が途切れた。呪力の輝きが明滅させながら、力なく再び瘴気に覆われた地上へ落ちていく。

 そんな彼を喰らい尽くさんと、容赦なく我先に襲い掛かる怪物の群れ。

「尖兵の矢よ。射抜け!」

 声と共に幾千の白い羽が雨のように降り注ぎ、怪物の群れを射抜いて消滅させた。上空から降下してきた白い神鳥がグランを捕らえる。

「くっ…、しっかりしろ! グラン=スワード、お前は誓約に背くつもりか!?」

 神鳥の姿が霧散すると、そこに現れたのは呪力の翼を背にするエドリックだった。

 大型を相手に一人では無理だと判断した彼は、〈蒼穹尖兵〉の能力で上空へ退避し、偶然にも視界に入った危機に晒されていたグランを救ったのだ。

「それでも、大陸最強の騎士〈剣姫〉の弟子か!?」

 怪物が大群を成し、瘴気が地上を覆う状況で、一人でも戦力を失うわけにはいかない。何よりも、自分の誇りを傷つけたまま死ぬことを許せなかった。

「――癒しの手よ。この者に命の灯火を」

 襲いかかってくる怪物の群れを巧みに回避し、回復させるための魔術を行使する。

「エド、こっちだ!」

 自分を呼んだ声の方へ翔け、翼を消して瘴気に覆われた地上へ着陸した。

「――汝は鋼、冷たく堅牢なる者。ゆえに、我を守る鉄壁の盾となれ! ――この護法は何者をも寄せつけぬ不朽の壁なり!」

 詠唱の声が響くと四つの巨大な楕円形の盾が出現し、それを半球状の結界が囲い込んだ。

「っと、とりあえず時間稼ぎはできるぜ。…それで、大丈夫なのか?」

 盾と一体化した〈甲殻守衛〉を構えたままアーサーは振り返り、気を失っているグランを介抱しているエドリックに声をかけた。

「どうやら意識を失っているだけのようだ」

「それは良かった。とは言えないよな……」

 二人は険しい表情のまま、意識を失っている青年騎士を見つめた。

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