王女と剣姫の対談
少し時間が経過し、馬車の中には五人が座っていた。
セフィアと侍女二人、謁見を許されたルディアは当然だが、なぜかグランも疲れた顔で座っている。
(なんで、俺まで。……エドリック第三席は、師弟の連帯責任とか言ってたけど)
隣に座るルディアを横目で見つつ、ため息をつきたい気分を押さえ込んで背筋を伸ばす。
「何をそんなに畏まっている。少し楽にしたらどうだ?」
「申し訳ありませんが、そのご要望には答えることができません。尊敬する師の前で弛むわけにはいきませんから」
(…誰のせいだと思ってるんだ)
ニヤニヤと笑って話しかけてくる彼女に、「尊敬する師」という部分に精一杯の嫌味を含ませて答えた。丁寧な口調も一種の反抗を表している。
王族が乗る馬車に奇襲をかけて足止めさせた上に、騎士団の団員二名を圧倒したのだ。本来ならば反抗罪に問われ、こうして謁見することは絶対に許されない。
少しは反省の色を見せてもいいと思うのだが、そんな様子は微塵も無くからかってくる。
「ほぉ? ずいぶんと殊勝になったな?」
「セフィア様と対談しに来たのですから、俺…私に構わず話をしてください」
嫌味を受け流された上に、しつこく突っついてくるのでボロが出かけた。
「無理せずに、普通の口調で話せ。それと、横で畏まられていると話がしにくいだろう。そうは思いませんか、姫君?」
自分の弟子が仕えるセフィアを引き込もうと話を振ると、グランの態度を面白く思っていなかった彼女は頷いた。
「ルディア様の言う通りにしなさい。それに、ここには私たち以外に誰もいないのよ」
「…と言われましても」
主が約束のことを言っているのは理解できるが、心情的に言葉遣いを変える気にはなれない。
「誰に聞かれることもないし、聞かれたとしても私が許可したのだから責められる理由は無いわ」
ついさっき奇襲をかけてきた相手を許した上に、意見に同意している状況にグランは思わず苦い顔をした。
約束をしてからというものの、最初に啖呵を切ったことが嘘のように逆らえなくなっているのだ。
「グラン、約束を破らないで」
「……………わかりました」
セフィアに強く命じられ、反抗する気も起きずに頷いてしまった。
その様子を見ていたルディアが噴き出して笑うが、何も言わずに横目で睨みつけて背もたれに体を預ける。
「では、そろそろ話を始めましょうか色々なことを」
グランの貫くような視線を受け流しながら微笑みかけ、それを見たセフィアは頬を上気させて頷いた。
「はい、色々とお聞かせください」
(……グランはルディア様のことを嫌っているのかしら?)
二人のやり取りを見ながら、自分を守る騎士についてセフィアは考えていた。
基本的には仮面を被ったように平常心のグランが、なぜか自分の師については顔を引きつらせる。そのことに疑問を持っていたが、敬語でよそよそしい態度を取っているので確信しかねていたのだ。
そのことをどうしても見極めたかったため、ルディアから彼の態度について振られた時は渡りに舟と利用させてもらった。
(まるで、視察の時に見かけた年の離れた姉弟みたいだわ)
ルディアが微笑みかける横で、不貞腐れた表情を浮かべている光景は微笑ましい。
「セフィア様につきましては、先日お会いした時と変わらず可憐でいらっしゃいますね。……本当に、ご立派になられました」
聞きなれた世辞の後に、感慨に耽った言葉に胸を打たれる。
「このように間近で貴女にお目にかかるのは、私の力及ばずでレイラ様が天に召された時以来です」
「……申し訳ありません。母が亡くなった時のことは記憶が無くて」
母親が自分に向けた顔は、幼いながらにも彼女の記憶に残っていた。しかし、そんな母と過ごした記憶はあまり残っていない。
そんなセフィアの胸は、母の友人たる目の前の女性が語る母を知りたいという期待に熱くなる。
「私が仕えていたのは、姫君が物心つく前の話です。覚えていないのも無理はありません」
「……失礼ながら、ルディア様にお伺いしたいことが一つあります。よろしいでようか?」
対談を遮らないように黙っていたリーゼが、アンリを膝に乗せたまま尋ねた。
「侍女長のネリーをご存知でしょうか?」
思い出すように、顎に手を当てて少し俯き加減になるルディア。そして、眉間にしわを寄せて答えた。
「……ああ、あの口うるさい小娘か」
「その方からお聞きしたのですが、ルディア様は容姿と実年齢が一致しないとは本当なのでしょうか?」
「リーゼ、それはどういうこと?」
自分よりも情報網を広く持っていることは知っていたが、突拍子のないものに思わず飛びついてしまう。
「ある時、侍女長はルディア様の出自を調べたそうです。記録に残っていた功績を辿ってみると年齢が――」
「容姿より三十は年上だな」
「………えっ?」
本人の口から聞かされた驚きの事実に、セフィアは思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。
五十代になればしわや白髪が目立つはずだが、どう見ても目の前にいる女性は二十代にしか見えない。
「さばを読むな。四十は年上だろ」
「えっ!?」「なっ!?」「わっ」
横から入ったツッコミに、今度は三つの驚きの声が上がる。それに苦笑を浮かべて肩をすくめるルディア。
「やれやれ、相変わらず女心を理解していないようだな。そんな調子だと、王城内で上手く立ち回ることができていないんじゃないか?」
「放っとけ。……話が脱線してるぞ」
図星を指されたため、誤魔化すように軌道修正を促した。しかし、弟子の言うことに従う師がいるはずがない。
「姫君、無愛想な弟子で申し訳ありません。もし不要だと言うのならば、今すぐにでも首を刎ねます」
ルディアの顔から今まで浮かべていた微笑みが消え、そっと腰に吊るした剣の柄に触れるのが見えた。
それに気がついていないのか、グランは平然と座っている。
「だ、大丈夫よ。グランは優秀で、私が最も信頼する騎士だわ」
今にも斬りかかりそうな雰囲気を感じ、セフィアは焦って自分の騎士を庇った。
ここで彼が亡き者になれば、自分が嫌悪するアルバートが専属となってしまう。そして、何よりも数少ない友人を失うことは避けたい。
「だそうだ。くれぐれも裏切るような真似はするなよ」
そう言って剣から柄から手が離した瞬間、彼女の纏っていた剣呑な空気は霧散した。そのことにホッとするのもつかの間、
「年寄りだから短気になるのは仕方ないけど、箱入り娘の前で殺気を放つなよ」
「ならば、本気で斬りかかった方が良かったか? 急に生意気を言うようになったな?」
グランの放った言葉に、ルディアの手が再び柄に触れた。僅かに鞘から引き抜かれたところで、その手首を横から掴まれて押さえこまれる。
「婆さん、王女様の前で物騒なことするなよ。セフィア様の命令に従ってるだけだ」
「ずいぶんと従順だな。私の前では、可愛らしくも憎ったらしいのに」
「どこかの誰かさんが、勝手に専属騎士に推薦したからだろ。話が脱線したままだ」
瞬間で起こったできごとに目を丸くするセフィアの前で、何事も無かったように口喧嘩をする二人。しかし、これは素人目で見た時の話だ。
ルディアが剣を引き抜こうと力を込めれば、グランがそれを押さえようと力を込める。そんな静かな攻防が行われていた。
やがて、疲れたのか二人は同じように背もたれに背を預ける。
「可愛げのない弟子のせいで、お騒がせして申し訳ありません」
「男に可愛げをもとめるな」
弟子に文句を言われても無視し、セフィアに頭を下げる女騎士。
「ともかく、これからも不甲斐ない弟子をよろしくお願いします」
「え、ええ、もちろんよ。これからも頼りにさせてもらうわ」
気後れしながら、なんとか返事らしき返事をすることができたセフィア。しかし、その心中では困惑していた。
(……グランの新たな一面を見ることできたのはいいけれど、この複雑な気持ちは何なのかしら? 腹立たしいような、羨ましいような)
今までに感じたことの無い感情に心を乱されながら、軽く深呼吸して表情を繕う。そして、何よりも聞きたかった質問をする。
「ルディア様は母の守護者でありながら、無二の親友だと聞きました。よろしければ、母のことをお聞かせいただけませんか?」
「王や使用人たちは語らなかったのですか?」
「……私の知りたい母の姿は、誰も語ってくれませんでした」
父に尋ねても、母の姿は語られることはなかった。
王城にいる使用人たちに聞いても、本当の母の姿を見ることはできなかった。
様々な権謀術数が巡らされる城内に、嫁いできた母が何を思って生きていたのかを知りたいのだ。そして、それを知る人物は目の前にいる。
「わかりました。私の知っている限りのことを話しましょう」
その言葉を始まりとして昔話が語られだした。
ルディアが専属騎士となり、母が天に召されるまでの長い昔話。その中に出てきた母の姿に、セフィアは心を震わせながら涙を流した。
次々と溢れてきて止まることは無く、今まで築いてきた心の壁を崩されたかのように声を上げて泣き始める。
「――っ、――っ」
何度も声を抑えようとするも、意思に反して気持ちが溢れ出して止まらない。
主に侍女たちが寄り添うよりも速く、女騎士が抱き寄せて子供をあやすように微笑みながら背中をさすった。
「―――――――っ」
大陸最強の剣士が語る昔話は、またの機会に書かせていただこうと思います。申し訳ありません!
もし気になる方は、辛抱強く読み続けてください。




