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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第一章 黄金の英霊
14/61

吹き荒ぶ剣閃の嵐

 ぎぎいぃぃっ

 軋んだ音を上げながら門が開き、ゆっくりと一台の馬車が出た。

 その後ろから旅装束を着た三人が続く。胸元には、王国の紋章が銀糸で刺繍されていた。

「……やれやれ、なんで団長じゃなくて俺たちが姫様の護衛なんだよ」

「……文句を言うな。信頼して直々の指名をいただいたことを光栄に思え」

「……そうかもしれないけどよ。新人含めて三人だけだぜ?」

「……確かに、王族の護衛にしては少なすぎる」

「………すみません」

 コソコソと言い合う二人に、前方を歩いていたグランは耐えきれずに謝罪してしまった。そもそも護衛が少人数になったのは、彼が主の思いを汲んだ上で王に進言したからである。

「お前が謝ることじゃない」

「そうそう、決めるのは王様たちだからな」

 そのことを知らない二人は、前を歩く背中に向かってフォローするよう声をかけた。

「よく考えてみたら、あのことを報告してないんだよな。じゃあ、文句を言っても仕方がねーか」

 「先日の一件」あるいは「あのこと」は国全体が動揺しかねないので、騎士団内部で情報は留まっている。


 ――三日前、セフィアの慰問が決まった日。

「見つかった騎士たちは、全員が〈剣〉を失っていたんだよ」

 驚愕の事実を団長が代表してグランに伝えると、騎士たちは全員が稽古の手を止めて表情を翳らせた。

「…〈剣〉を、失っていた?」

「そうだ。彼らは素行の悪さが少しばかり目立っていたが、絶対の理とも言える契約に背いていたわけではない」

 アルバートの言うとおり、多少の悪行では〈剣〉が失われることはない。そうでなければ、夜闇に紛れた奇襲など考えはしても実行しなかったはずだ。

 つまり、今回の事例は原因不明の異常事態。

「そんなかことが、ありえるんですか?」

「先例が無いので、詳しく調査してみなければわからない。とはいえ、彼らは昏睡しているので何があったのか聞くこともできない」

 降参とでも言うように、これ見よがしに両手を上げる仕草。

(……何か嫌な予感がするな)

 一部の騎士には状況を切り抜けるために傷を負わせたが、昏睡するほどではなかった。奇襲を退けた後に、彼らの身に何かが起こったのは間違いない。

「このことは、原因を突き止めるまで騎士団内部に留め置く。くれぐれも口外しないようにしてくれたまえ」

「……わかりました。でも、王が慰問を望んだ場合はどうするんですか?」

 もしありのまま報告すれば、空いた時間を使って慰問を行おうとする。王族自らが訪れることで、騎士たちの忠誠心を高めて縛る儀礼は重視されているのだ。

 国王が口を滑らせることはないだろうが、万が一を考えれば慰問を受けるのは避けなければならない。

 刺激を求める貴族から使用人へと噂は伝播し、民衆の耳に入ってしまう恐れがある。そうなれば騎士団の信頼は失墜し、外交的な問題も発生する。

「面会謝絶で押し通す。貴族の方々に嗅ぎつけられるまで、一週間ぐらいは稼げるはずさ」

「それでも詮索する者がいれば、適当な理由をつけて拘束する。どれだけの栄華を誇っていようと、グリオードに害を為す者は容赦しない」

 アルバートの答えに、まるで睨みつけるようにエドリックが補足した。

「まあ、そんなところだね。……だから、原因解明に全力を注ぐことを命ずる。鍛錬を終え次第、取り掛かるので覚悟しておくように」

「「「はっ」」」

 砕けた口調から一変し、指揮力を発揮する団長にグランを除いた全員が応える。


「先日の事案を知らないとはいえ、護衛が少なすぎることに変わりはない」

 よほど疑り深い性格なのか、単に慎重なのか、納得する様子がない第三席にグランは気を揉む。

(……頼むから、これ以上は詮索しないでくれ)

「まあ、原因解明のこともあるしな。しょうがないんじゃねーか?」

「……なぜ、お前は楽観的なんだ」

「出発した今になって愚痴っても仕方が無いだろ? それより、いい加減にしてやらないと畏縮しちまってるぜ」

 言いながらアーサーが指差した相手に視線を向けると、小ばかにしたように鼻を鳴らした。

「ふん、こいつがこの程度で畏縮するものか。剣術同様に軽くあしらっているはずだ。こんな得体の知れない者がいるというだけで不快だ」

(……過大評価しないでくれよ。いくら俺でも、そこまで肝が据わってない)

 あまりの言い草に、心中で抗議しながらため息をついた。

「あんまり負けたことを根に持ってると、〈剣〉を取り上げられるぞー」

 場を和ませようとしてくれたのは理解できたが、その内容は実にタイミングが悪かった。

「…その冗談、笑えないですよ」

「まったくだな。お前というやつは、発言する前に少し考えることはできないのか。だから、団員に脳みそまで筋肉でできていると噂されるのだ」

 無難なツコッミを入れると、エドリックが容赦なく追撃をかけた。すると、なぜかアーサーは脇腹を押さえてよろめく。

「ぐふっ…、ダブルパンチは無いだろ」

「………」

 意味不明な呟きに沈黙を返すと、グランは後方で鈍い音が響くのを聞いた。

(…拳骨だな。しかも、脳天直撃か)

 それ以上は何も話さず、三人は馬車から一定の距離を取りながら歩くことに専念する。

 何が起こることもなく関所を通り過ぎると、なぜか馬車が止まってしまった。馬車の進路を何かが塞いだのだ。

 護衛の任務に慣れているエドリックとアーサーが駆け、馬車の前方へ周ってサーベルを抜く。一瞬遅れたグランは柄に手をかけた体勢で立ち止まった。

 褐色の布を巻きつけて顔を隠した人影が立っている。細身の剣を手にしているのを見て、いっそう警戒心を強めた。

「何者だ。この馬車の進路を阻む者は、不敬罪及び反逆罪に問われる」

「つまり、即刻死刑っていうわけだ。悪いことは言わないから、さっさと道を開けることを勧めるぜ」

 警告の声を浴びせる二人に、賊は退く様子を微塵も見せない。

 緊張が高まる中、最初に動いたのはエドリックだった。一息で相手へ接近して胴を薙ぐ。

 ぎんっ

 鋼がぶつかり合う音が響き、鍔迫り合いへ持ち込まれた。

「ちぃっ…」

 じりじりと押し込まれながら、エドリックは舌打ちする。

 彼の剣術は圧倒的な速度によって成り立つ。わざと相手に一撃目を受けさせ、無防備になったところへ本命の一撃を放つのだ。たとえ本命の一撃が失敗しても、絶え間なく動くことで相手を惑わして仕留める。

 瞬間的に勝利するため、力と駆け引きを重視する状況は不利になってしまう。

「ちょいと助太刀してくるから、馬車から離れるなよ。お姫様を守るのが、お前の役目だからな」

 普段聞くのとは違う真剣さに、グランは声を発したアーサーを見る。彼からいても立ってもいられない焦りを見取り、即座に周囲の状況を確認した。

(気配からして、相手は一人。なら、馬車を守るのは俺一人で充分だ)

「了解です」

 鍔迫り合いをする二人に向かって駆け、サーベルを上段から落とすように斬りつけた。

「おらっ」

 アーサーの頭部を狙った一撃は賊を退かせ、窮地に陥っていたエドリックを解放する。解放された次の瞬間、彼は加速して間合いを詰めて斬りつけた。

 相手が受けようとしたところで、横へ跳んで上段から本命の一撃を叩き込む。

(……まずい、動きを読まれてる)

 グランの目に映ったのは、素早く水平に剣を振るう賊の腕だ。

 刃は触れ合い、巻き込まれて逸らされた。そして、エドリックは大きく体勢を崩して地面へ転がる。

「ぐっ……」

 起き上がろうとする彼に、賊は容赦なく剣を振り下ろした。

 ぎんっ

「っと、やらせねぇ」

 アーサーが割って入り、鍔迫り合いに持ち込んで賊を縫いとめる。そして、そのまま押し込んでいった。

「相手が悪かったな。さっさと退いていれば、死なずにすんだのによ」

「………」

 自分の優勢を確信して言う彼に、賊は無言で鍔迫り合いを続ける。

その様子を見守っていたグランは、違和感を覚えずにはいられなかった。

(……おかしい。本当に、この程度なのか?)

 エドリックの高速剣術を見切り、封じることができる賊が為す術無く押し負けているなどありえない。もし押し負けているとしたら、何か裏があると考えるべきだ。

 柄に手をかけたまま目を見開き、呪力を眼に走らせて動体視力を強化。僅かな変化も見逃さぬように、賊の指一本にいたるまでを観察する。

 瞬時にグランの集中力は極限まで高まり、視界は灰色に凍てついて世界から音が消えた。

 水に沈んだかのように全ての動きが遅滞する中、賊が腕から力をぬいて重心を変化させるのを捉えた。そこで集中力が途切れ、世界に色と音が戻ってくる。

「なっ……!?」

 アーサーが驚愕の声を上げ、彼の手からサーベルが弾き飛ばされた。

 得物を失って無防備になったところに、賊は容赦なく剣を振り下ろす。

「……Ⅶ式」

 呟きと共に呪力を身に纏って集中し、脚の筋肉を限界まで収縮した。

迅雷じんらい

 そして、爆発的な勢いで前方に向かって跳んだ。賊との距離が一瞬で縮まると同時に、サーベルを横薙ぎに一閃。

 縮地や無拍子と呼ばれる歩法による奇襲。並みの相手であれば、回避することも防ぐこともできない。しかし、賊は恐ろしい反射神経で避けた。

 結果として、グランは体勢を崩して無防備な状態になる。そこへ賊は切っ先を向けて突進してきた。踏み込んでくる様子は、犀や猪を連想させるほど力強い。

「…式・奔槍ほんそう

 謎の呟きと共に剣を突きたてた―瞬間、その姿は土くれのように崩れて消えた。

幻狼げんろう…から、Ⅸ式・羅刹らせつ

 賊に残像を攻撃させ、真横へと周ったグランは刺突を放つ。一撃目は弾かれ、加速した二撃目は避けられ、最速の三撃目は確実に捕らえた。

 がきぃんっ

「くっ…」

 まるで鉄を殴ったような衝撃が腕に走り、思わず呻き声を漏らした。賊が呪力を纏って鎧としたのだ。

 後方へ跳んで距離を取り、今度こそ刃を届かせるためにサーベルへ呪力を流し込む。

「「――汝は鋼、冷たく堅牢なる者。汝は剣、すべてを切り裂く者なり!」」

 ほぼ同時に賊がサーベルを肩に担いで駆け出し、〈鋼王アウトラ・ソーン〉を発動させた。

 グランは着地と同時に、弓を引き絞るように体を捻って腰だめに構える。

「Ⅳ式・崩牙ほうが」「Ⅱ式・閃舞せんぶ

 賊の放った剣技を己の剣技で迎え撃ち、振り切った腕を引いて胸の高さで構えた。

「Ⅰ式・穿千うがち

 刃に宿る呪力が弾け、鋭く強い刺突が空を切り裂きながら放たれる。

「〇式・斬煌ざんこう

 ぎゃぁんっ――

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