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水晶の翼

作者: 増本アキラ

人生グラデーションの続きですが連載や続編といった概念はありません。今回は ゆるく 頑張りました。



ほわぁああぁぁああああ!


お、お気に入りのベレー帽が冬の風に飛ばされちまった!急いで追い掛けないと探しに探した1980円がなくなっちまう!


オレは慌てて足元の事をよく考えずに飛んで行くベレー帽を追った。案の定、凍結した地面を優雅に滑り、ステップ3回してトリプルアクセルをピョーンと雪の中へ転けた。自分でも何を言ってるのか不明だが、とにかく雪の絨毯に豪快に転けたのだ。



イテテテ…。


雪の絨毯と言ったが嘘だった。凍ってて雪とは思えないくらい硬かったぜ。



パシャ…!


カメラのシャッター音。まさかオレの無様なアイススケートの結末を撮られたのか。オレは顔を少し無理に音が聞こえた正面へと向けた。そこには笑いを堪えた女子が一人、携帯電話をオレに向けて立っていた。


見てた?


「見てた。」


撮った?


「撮った。」


消して?


「イヤだ。ハイ。帽子。」


オレは転けた体勢のまま帽子を受け取って頭の上にちょこんと傾けて乗せた。そしてそのまま立ち上がり、コートについた雪を払い、乱れたマフラーを巻き直す。


帽子、ありがと。


「ん。」


えと、オレ、八草龍丞りょうすけ


万智嶺子まちりょうこ。」


えーと…。よろしく。


「よろしく。じゃね。」


素っ気ない子だなぁと思った。短髪で言葉にも飾り気がない。まぁ嫌いなタイプではないけどな。根はどんな子かねぇ。まぁいいやそんなことは。とりあえず、目的地に行くとするか。


オレは美術大学を出てから、ずっとバイトしながら絵を描いてる。で、時々描いた絵を小さな個展のように自分のアトリエに展示して展覧会みたいなのを開いてる。来るのは地元の物好きくらいだけどな。それでも誰かがオレの絵を見に来てくれるのは嬉しい。


今日はその展覧会の日だった。

で、オレは来てくれた客に出す為の粗茶を買いに近くのスーパーに来てたってわけ。


茶は急須に限る。ちゃんとした茶葉を買って美味い茶を馳走したいと思う。そういうとこまでこだわってこそだ。




アトリエに戻ると、まだ誰も来ていなかった。まぁ特に気にせず、さっき買ってきた茶でも一人で飲んでよう。


オレはアトリエの壁にかけられた絵をグルっと見回した。どれも思い出深い絵だ。というのも、どれもテーマは同じ。他人から見れば全部違うがオレの中では同じテーマだ。


水晶の翼。


オレの描く絵には必ず、水晶の翼を持つ美しい少女がいる。周りがどれほど暗く辛く悲しい色に沈んでも、彼女と彼女の水晶の翼は光り輝いているという絵だ。もちろん、暖かい喜びに溢れた絵にも彼女はいる。



ズズズ…。

うん。

美味い。


急須で淹れた温かい緑茶をすすりながらオレは過去を思い出していた。


色々あったよなぁ…。



ガチャ。


ドアが唐突に開いた。


「客の粗茶を先に飲んでる男がいる。」



どこかで聞いた事のある声だった。オレは口に含んだ茶を吹きかけるも必死に堪えて飲み込むも気管に入って逆にむせた。


パシャ


またシャッター音。雪へのダイブに続いて茶にむせるトコまで撮られたようだ。今日は他人によく撮られる日だなぁ。


「龍丞は思った。今日は写真をよく撮られる日だな。と。by、嶺子。」


せ、正解!ごほっごほごほ!



客は、さっきオレの恥ずかしい写真を撮りやがった万智嶺子だった。ダメもとでお願いしてみることにしよう。



消してもらえませんか…?


「へへ。イヤだ。」


やっぱりか…。


「綺麗な絵だね。優しいし、毎回この翼の子がいるけど何かテーマあるの?」


あ、ああ。まぁね。


「話してもらえないかな?」


ん…。ダメ。


「なんで〜…。」


コレはオレの秘密なの。


「ん〜…。仕方ないな…。私、小説書いてるから良い材料になるかもって思ったのに。ま、いいや。お茶ちょーだい。」


あ、ハイ…。



まったく、なんてフレンドリーな女だ。今日逢ったばっかだろうに…。オレは慣れた手付きで温かい茶を淹れた。



ハイ。粗茶。


「ありがと。は〜あったまるぅぅ。」


えと…。嶺子さん…?


「嶺子で。」


「……………。嶺子…?」


「なに?」


「……………。だああああ!今日逢ったばっかなのに呼び捨てとかイヤだ!」


「いいじゃん。龍丞!龍丞龍丞!りょぉーうーすぅーけーー!」


「うるせーー!気安く呼ぶな!」


「あっはははは!相性いいかもね。」



こんな感じでオレと嶺子は意味不明な出逢いと交流をした。ちなみにオレは知らなかったんだけど嶺子は時々、この個展に来てくれていたようでオレの事は知ってたみたいだ。


コレ以来、オレと彼女はよく会うようになっていた。どちらも付き合って下さいとか言ってないのにいつの間にかカップル同然になり、あちこちに出掛けて行っては、オレは絵を描き、嶺子は詩を書いた。


彼女の書く文字の羅列は、暖かさと楽しさに満ちていた。世界がこうあって欲しい。世界がこうだったらいいのに。そういう想いで嶺子は書いているという。


オレは昔、憎しみや怒り、悲しみを糧に衝動だけで世界を否定する絵を描いていた。今でこそ、その汚れた世界に一筋の光を描く事ができるようになったが、彼女の純粋な世界にはとても敵わなかった。



「現実を逃げずに受け止めてるんだから理想世界に逃げてる私より凄いと思うよ。」



彼女はそう言った。

だが、それも少し違うと思った。




オレは現実の汚れた世界を否定して喧嘩売ってるだけだ。世界はこんなに汚れてるんだぞって主張してるんだ。でも嶺子のは、世界はこうあったら幸せですよね。そうじゃないけど、こうだったらいいな。って夢を与える優しさを持った作品だから、オレの宣戦布告みたいな絵よりいいよ。


「そうかな…。ありがと。やっぱり表現するのって楽しいね。龍丞。」




汚れた世界を否定するオレ。

理想の世界を提示する嶺子。


方向性は違うけど、最終的に到達するところは同じだ。世界がよくなってほしい。オレ達の世界が幸せであるように。


人間なんて生物学でいえば地球史上で最悪の生物に違いない。そんなの説明しなくても今の地球問題を見れば一目瞭然。人間は神だとか、至高の生物だとか傲るヤツラを見ると反吐が出る気分になる。


神だとしたら、せいぜい破壊神さ。


とと。また暗い話題になっちまった。いけねぇなぁ。オレの悪いくせだ。




まぁ、アレだ。人間として人間の社会に生まれたんだ。人間として生きるしかない。というかそれ以外の生き方はできない。なんならフツーに何も成さず、何もせず、ただただ生きて死ぬだけは愚の骨頂。自分にしかできないこと、自分がやりたいことを成し遂げて死ななきゃ意味ないじゃないか。


オレも嶺子もその事はよく分かっていた。





オレさ、学校の美術教師になりたいんだ。


「へ?どうしたの急に。」


芸術は人を救う。本気でそう信じてるんだ。だから、教えたいんだ。


「そうなんだ。んー。私はいいと思うな美術教師の龍丞。楽しそう。」


来てくれないか。オレが描く絵の物語を全て教えてやるから。


「えっ!ホントに!?どこに行くの?」


とある洞窟の中に、オレの光がある。


「ちょっ…。洞窟?」


ああ。どうした…?


「洞窟は勘弁…。暗いの大苦手で…。」


どうしても見てもらいたいんだ。


「んんんん〜〜…。しょうがないな。私も龍丞の絵の秘密知りたいし。行くよ。」




ここに来るのは、何年ぶりだろう。


大学4年間からこっち、全く来ていないから確実に4〜5年ぶりくらいか。黒い衝動に駆られていた時代に独りでよく訪れたこの洞窟にオレは初めて人を連れてきた。



アレだ。


「っ!?」


アレがオレの絵の秘密。水晶に宿った少女だよ。何故こうなったのか、いつからここにいるのか、何も分からない。表情の微笑みも、全て数年前と同じままだ。


「信じられない…。こんなことが…。コレが龍丞の絵の秘密だっていうの?」


そうだ。オレはこの水晶に宿った少女に救われた。絵に光が射した。この少女に出逢わなければ、今のオレはないだろう。


「不思議な微笑み…。」


ああ…。


「龍丞なら…。龍丞ならきっといい美術教師になれるよ。私には分かる。でもさ、1つだけお願いしてもいいかな?」


なに?


「絵を描くの、止めないで。私、龍丞の絵が大好きだからさ。お願い。」


思えば、他人の為に絵を描く事は今まで一度も無かったな。わかったよ。


「ありがと。龍丞。」










ペラ。










さーてっと。弁当も食ったし、オレの授業は特になし。でも美術部の活動があるから退勤なんてできゃしない。つまり暇!


こんな時は、やっぱり絵を描くかな。

まだ、描きかけだしな…。



いい高さに調節されたイーゼルにキャンバスを置く。大きさは四つ切り。ドイツ製の鉛筆、青いカラーリングのステッドラーを4Hから4Bまで近くの机の上に配置。消しゴムと練りゴムも用意して準備完了。



サラサラとオレは描き始めた。肖像画を描くなんてのは滅多にしないが…。




ガラガラ


「センセー!」


おおぅ!びっくりした…。なんだ?


「さっきのことでお礼を…。何描いてるんですか?隠さないでくださいよ。」


ん?あ、ああ。もうすぐ嫁の誕生日なんで似顔絵をプレゼントしようかと…。


「描いてるの見てていいですか?」


ま、まぁいいけど…。



カリカリカリカリカリカリ

サラサラサラサラ

キュッキュキュッキュッ

カリカリカリカリ



見てて楽しいか?


「はい。」


そ、そうか。


「センセーは、何で美術教師になったんですか?とっても絵、上手いのに…。」


オレは、芸術で人が救えると信じてる。実際にオレは芸術に救われてる。だから芸術を教える人間になりたかった。正確には、芸術で人を救える人間になりたかったんだ。


「センセーがいつも好きなものを好きなように描けって言う理由が少しだけ分かったような気がします…。少しだけど…。」


そうか。さ、もう時間だ。次の授業は…。


「現代文です。」


そうか。国語はしっかり勉強しろよ。黒板のを書き写して暗記するだけじゃダメだぞ。世界史とか数学はそれでいいかも知れないけど、小説は自分で考えて理解しないとな。


「はい!」


いい返事だ。お前、ちょっと明るくなったみたいだな。いいことだ。


「失礼しました~。」





はっは…。嶺子の受け売りをエラソーに言っちまったな。まぁいいや。


うーん…。

温かい茶でも飲んで一息つくか。






ズズズ…。


うん。

美味い。





おわり

人生グラデーションと水晶の翼は個人的にお気に入りです。また続きが浮かぶかも知れません(苦笑)

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