雨の中で、再び。
―――それは、あまりにも突然だった―――
留学先で知らされた真実はあまりにも重く、悲しすぎた。
急いで帰国しても、間に合うはずがなかった。
でも、それでも何もしないではいられなかった。
久しぶりに踏んだ母国の土を踏みしめ、母国の素朴な空気を味わっているひ暇もなかった。
船を降りた後、彼は今にも張り裂けそうになる胸を抑えて、道を急いだ。
その道は帰路ではない。
たった一人、愛する人へと続く道だった。
何も考えられない。
頭の中は真っ白だった。
只一つ、言えることは、全てが、信じられない、と言う事だった。
胸が痛い。
それが走っていることからくる息切れ故なのか、
それとも悲しみ故なのに、彼には判別できなかった。
足の裏が焼けそうに痛い。
ぽつり、と頬に冷たい感触。
ぽつり、ぽつり、と最初の感覚から、続いて始まるそれらは、雨の降る合図だった。
(・・・降ってくれるな・・・)
彼の心の中の願いとは裏腹に、空はどんどん黒い雲に覆われていく。
そして、雨脚は、次第にその激しさを増していた。
しかし、彼は足をゆるめない。
傘もささず、彼は力の限り走るのだった。
そして、彼の目指す場所へあと少し、という所だった。
彼の体力は限界に近付いていた。
彼は立ち止り、壁に手を這わせ、膝を曲げる。
ぜいぜいと息をする口の中に、びしょびしょに濡れた髪の毛から滴り落ちる雨が入ろうとする。
頭を左右に激しく振って、もう一度頭を上げた、その時だった。
見慣れた車。
そして、傘の列。
列の中から、垣間見えた横顔。
「・・・待ってください!」
かすれた声で、彼は叫んだ。
しかし、その声は、激しく振り続ける雨音で掻き消されてしまう。
ふらふらした足取りで、彼は何とかその場へたどり着こうとした。
しかし。
ばたん、という音がした。
そして、エンジンがかかる音と同時に、排気ガスが宙を舞っている。
「・・・お願いです、待ってください!」
本来であれば、動くことなんかできないはずだった。
彼の足を動かしていたのは、気力以外の何ものでもない。
「待って、・・・待って、お願いだ、待って・・・!」
うわ言のように呟きながら、車の後を追う。
しかし、当然のごとく、車になど追いつけるわけがない。
どんどん遠ざかって、姿を消していく車を、彼は見つめながら、叫んでいた。
言葉にならない、叫びを。
それは全て、雨が掻き消してしまっていた。
彼は人目を憚らず、その場に膝から崩れ落ちて行った。
その顔は、ひどく濡れていた。
それが雨のせいなのか、それとも他の物のせいなのか、その区別はできなかったが。
「・・・どうして・・・」
ただ彼はそう一言だけ呟くと、その場に体を横たえた。
大の字になって、全身を雨に打たせた。
そう、したかった。
そうするしか、彼の悲しみを、誤魔化せなかった。
―――何故、行ってしまったのですか―――
「・・・っ!?」
がば、と体が反射的に起き上がった。
はぁはぁ、と肩で息をする。
胸に手を当てなくても分かるくらい、心臓がドキドキしていた。
額には汗が流れている。
暑さのせいではない。
夢のせいだ。
ベッドの隣に置かれた時計を見た。
まだ、朝の3時だ。
頬にそっと手を当ててみる。
涙の跡が出来ていた。
「・・・また、この夢でうなされるとは・・・」
そうこぼすように呟いて、彼はゆっくりとベッドの上に横たわった。
体を右向きにして横たわると、視線の先には、1枚の写真が飾られた写真立てがあった。
そこに映るのは、一人の美しい若い女性。
優しく微笑んで、彼を見つめているようだった。
彼も写真を見つめながら、その中の彼女に話しかける。
「・・・子供の様だと、君は言うのだろう?君が隣に居た時は、こんなことは無かったのだけど」
ふ、と彼は切なげに笑って、目を閉じた。
急激なまどろみに、彼は身をゆだねる。
瞼の裏に映るのは、無限の闇。
落ちていく眠りの深さに、彼は夢の続きを求めなかった。