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コ ト ノ ハ  作者:
9/10

雨の中で、再び。


―――それは、あまりにも突然だった―――



留学先で知らされた真実はあまりにも重く、悲しすぎた。



急いで帰国しても、間に合うはずがなかった。

でも、それでも何もしないではいられなかった。


久しぶりに踏んだ母国の土を踏みしめ、母国の素朴な空気を味わっているひ暇もなかった。



船を降りた後、彼は今にも張り裂けそうになる胸を抑えて、道を急いだ。



その道は帰路ではない。

たった一人、愛する人へと続く道だった。



何も考えられない。

頭の中は真っ白だった。



只一つ、言えることは、全てが、信じられない、と言う事だった。



胸が痛い。

それが走っていることからくる息切れ故なのか、

それとも悲しみ故なのに、彼には判別できなかった。



足の裏が焼けそうに痛い。

ぽつり、と頬に冷たい感触。

ぽつり、ぽつり、と最初の感覚から、続いて始まるそれらは、雨の降る合図だった。



(・・・降ってくれるな・・・)



彼の心の中の願いとは裏腹に、空はどんどん黒い雲に覆われていく。

そして、雨脚は、次第にその激しさを増していた。

しかし、彼は足をゆるめない。



傘もささず、彼は力の限り走るのだった。
















そして、彼の目指す場所へあと少し、という所だった。



彼の体力は限界に近付いていた。



彼は立ち止り、壁に手を這わせ、膝を曲げる。

ぜいぜいと息をする口の中に、びしょびしょに濡れた髪の毛から滴り落ちる雨が入ろうとする。



頭を左右に激しく振って、もう一度頭を上げた、その時だった。



見慣れた車。

そして、傘の列。

列の中から、垣間見えた横顔。



「・・・待ってください!」



かすれた声で、彼は叫んだ。



しかし、その声は、激しく振り続ける雨音で掻き消されてしまう。



ふらふらした足取りで、彼は何とかその場へたどり着こうとした。



しかし。



ばたん、という音がした。

そして、エンジンがかかる音と同時に、排気ガスが宙を舞っている。



「・・・お願いです、待ってください!」



本来であれば、動くことなんかできないはずだった。

彼の足を動かしていたのは、気力以外の何ものでもない。



「待って、・・・待って、お願いだ、待って・・・!」



うわ言のように呟きながら、車の後を追う。

しかし、当然のごとく、車になど追いつけるわけがない。

どんどん遠ざかって、姿を消していく車を、彼は見つめながら、叫んでいた。



言葉にならない、叫びを。



それは全て、雨が掻き消してしまっていた。

彼は人目を憚らず、その場に膝から崩れ落ちて行った。



その顔は、ひどく濡れていた。



それが雨のせいなのか、それとも他の物のせいなのか、その区別はできなかったが。



「・・・どうして・・・」



ただ彼はそう一言だけ呟くと、その場に体を横たえた。



大の字になって、全身を雨に打たせた。



そう、したかった。



そうするしか、彼の悲しみを、誤魔化せなかった。



―――何故、行ってしまったのですか―――

















「・・・っ!?」



がば、と体が反射的に起き上がった。



はぁはぁ、と肩で息をする。

胸に手を当てなくても分かるくらい、心臓がドキドキしていた。



額には汗が流れている。



暑さのせいではない。

夢のせいだ。



ベッドの隣に置かれた時計を見た。



まだ、朝の3時だ。



頬にそっと手を当ててみる。

涙の跡が出来ていた。



「・・・また、この夢でうなされるとは・・・」



そうこぼすように呟いて、彼はゆっくりとベッドの上に横たわった。

体を右向きにして横たわると、視線の先には、1枚の写真が飾られた写真立てがあった。



そこに映るのは、一人の美しい若い女性。

優しく微笑んで、彼を見つめているようだった。



彼も写真を見つめながら、その中の彼女に話しかける。



「・・・子供の様だと、君は言うのだろう?君が隣に居た時は、こんなことは無かったのだけど」



ふ、と彼は切なげに笑って、目を閉じた。



急激なまどろみに、彼は身をゆだねる。

瞼の裏に映るのは、無限の闇。

落ちていく眠りの深さに、彼は夢の続きを求めなかった。




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