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コ ト ノ ハ  作者:
7/10

君と夕食を、君と恋の相談を。

「・・・ゆきさん?」


その声に、はっと我に返る。

目の前には、待ち人が既に現れていた。


「待たせてしまってごめんなさい」

「ううん。全然待ってないよ」


そこは食堂だった。


約束の時間より早く来てしまった木幡は、

食堂の中の席に座って、ぼうっと窓の外に映る都会のネオン街を眺めていた。


毎週水曜日、彼女たちは一緒に夕食を取ることを約束している。


「もう食券は買いました?」


そう尋ねるのは、木幡の友人である中村珠美なかむら たまみだった。

彼女は、学部時代からの木幡の親友である。

彼女も一緒に大学院に残った、数少ない友人の一人。


もっとも、専攻は木幡とは違って、憲法だった。


「まだ。一緒に買いに行こうと思って」


木幡も立ち上がり、2人は食券売場へと急いだ。











「おいしそうだね」


木幡が頼んだのは、ディナープレート。


500円なのにもかかわらず、

メインディッシュが肉と魚から1つずつ選べ、

サイドメニューとして小鉢とサラダが付き、

主食であるご飯とお味噌汁ももちろんある、というかなりのお得なセットである。


一方、珠美はスパゲッティセットを頼んでいた。


今日はカルボナーラらしい。


2人は元の席に戻り、互いに向かい合って、食事を始めた。



「ところで、どうしてさっきはぼうっとしていたのですか?」

「うん、ちょっと、昔の事を思い出して」


木幡の表情が少し変わったところを、珠美は見逃さなかった。


「何を、思い出していたのですか」


少しためらったのだろう、

木幡はほうれん草のおひたしを少し口にすると、言葉少なに語り始める。


「初めて、刑法が面白いと思った時のこと」

「あぁ、ゼミでの初めての発表の時、ですか?懐かしいですね」


珠美は、その前から、何となく木幡の彼に対する感情は気が付いていた。


初めて会った時に、良さそうな感じがする、と話していたのだが、

次第に笑顔が嫌いと言いだす。


何故かと問えば、八方美人だから、とのこと。


しかし、嫌いと言う割には、林の話題が多いのである。


会うたびに、京のゼミで林の笑顔がいかにむかつくか、

何を言っていて、それがいかにむかつくか、等を報告してくるのである。



一見、彼女のそんな悪態からすれば、林は嫌な教授のように思える。

しかし、林の、皆からの評判は悪くない。

むしろ、大学内で、断トツで人気のある准教授として有名である。


では、何故嫌い嫌い、と文句を言っているのか。


よくよく考えてみれば、その理由は簡単だった。


いわゆる、「嫌い嫌いも好きのうち」というものである。


彼女の性格を考えてみれば、それなりに納得できるものだった。

木幡はあまり素直ではない。

好きなものを好きだと認めない傾向がある。


だから、彼女から林を好き『なのかもしれない』と告白された時も、さして驚きはしなかった。


むしろ、驚かない珠美に、木幡が驚いていた。


「もう4年前のことなんて、信じられないですね」

「うん。今でもちゃんと思い出せる。すごく嬉しそうな顔をして、褒めてくれた」


頬がほころんでいる。

今でも、彼女にとってはとても嬉しい思い出なのだろう。


そのゼミの発表以来からだった。

とっくに刑法の単位を修得済みなのに、木幡が珠美を誘って、刑法を聴講し始めたのは。

珠美が休んでも、彼女は一人で聴講していた。

教室の最後尾の方で、真剣に。


「懐かしいですね」

「うん」


もう、あれから4年も経つのか、と珠美も感慨深くなる。


親友の恋を応援してきて、一向に実らないままだけど、それでも応援せずにはいられない。


何故かは、彼女自身も理解していなかったが。


「・・・本当、懐かしいなぁ」


ため息をつきつつ、木幡が昔を懐かしむ。


珠美は、今だと思った。


「・・・大丈夫ですよ。私はいつも、幸の味方です」


珠美以外の前では決して見せることのない、

自信のなさそうな笑顔を浮かべながら、彼女は呟いた。


「ありがとう」


笑顔に交る、悲しみと切なさ。


その理由を知っている彼女だからこそ、いい加減なことは言えなかった。

それを取り除くことができるのであれば、とっくにしてあげている。


「さ、ご飯を食べましょう。冷めますよ」


相談を受けた日からずっと続いている、何もできないもどかしさを感じながら、

2人は箸を進めるのだった。


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