切ない光
エリーゼのアンティーク小物の半分が大村のコレクションだったと言う驚きの真実を彼らが知った後、大村は出版社からの呼び出しのため、先に店を出て行った。
やっと二人っきりの帰り道。
嬉しいのやら、緊張するのやら。
彼女の内心は複雑だった。
「しかし、おいしいですよね、あそこは」
「えぇ。何食べてもはずれのないお店って、あそこぐらいしかないですよ」
その言葉に、嬉しそうに林が微笑んだ。
そして、その笑顔に、無意識に反応する彼女の心臓。
気がつかれないように息を整えて、彼女は言葉を続けた。
「しかし、大村先生に論文を読んでいただけることになって良かったです」
ドキドキしていることを気付かれないために、彼女は必死になって話題を変えた。
「えぇ。大村先生が認めてくだされば、後期課程も夢じゃありませんよ」
「・・・後期課程ですか・・・」
大学院の学生でも、後期課程に進むのは、ほんの一握り。
将来学者になる自信と才能がある学生でない限り、選ばない進路だ。
正直、彼女はそれを悩んでいた。
修士で止めて、就職を選ぶか。
博士課程まで進んでしまうか。
「大丈夫ですよ、木幡さんは才能あるから、心配しなくて」
ぽんぽん、と優しく彼が彼女の肩を叩いた。
また、どきっと彼女の心臓が高鳴る。
特別に彼女に向けられたものではないのに、
どうしようもない期待が彼女の胸を締め付ける。
そんな時、いっそ、この場で彼に愛を告白してしまいたい、と思ってしまう。
しかし、それを出来るだけの勇気は、彼女には無かった。
それをしてしまうことで、
築き上げた今の幸せを壊してしまうかもしれないリスクを、犯すことはできない。
そんな衝動に駆られる時、彼女はいつもすることがある。
それは、見つめること。
彼の左手の薬指に光る、銀色の指輪を。
―――叶わない、恋なのだから―――