Together...?
大学から少し歩いたところにある、小さな洋食屋。
店の名前はエリーゼ。
創業は大正時代にさかのぼるらしく、かなりの歴史を持っている、古い洋食屋である。
さすがに建物は新しくされているが、内装は昔とほとんど変わらないらしい。
アンティークの小物があちこちに飾られていて、中々風情がある。
中には、近隣の大学の教授が、この店を気に入って、
自分のコレクションを寄付したりする人が、後を絶たないそうだ。
味も一品で、昼時は店の外に長蛇の列ができてしまう。
彼らはその店内で、メニューとにらめっこをしていた。
「それじゃあ、僕は牛肉のバター煮のセットで」
「んー。それでは、私はハンバーグセット」
「・・・カニクリームコロッケのセットで」
テンションが低いのが一人。
「あれ?どうしたの、ここ、嫌でした?」
またもや彼女は不機嫌な表情をしていたらしい。
慌てて何とかその場を取り繕うとする。
「あ、いえいえ、とんでもないです。あの、大村先生と食事するって思うと、緊張しちゃって」
「あはは。何、そんな肩を張らなくても良いから」
目の前にいる、白髪交じりの教授。
鼻の下には、今時珍しい口髭。
夏目漱石のようなそれである。
緊張しているのは事実だった。
なぜなら、法学部の重鎮である、大村教授が彼女の目の前に座っているからだ。
しかし同時に、自分の読みの甘さに失望してもいるのである。
意気揚々と林先生の部屋に入ると、そこには見慣れてはいるものの、
ほとんどしゃべったことのない大村先生が既にスタンバっていたのである。
「いや、ここでお昼ご飯とは、久しぶりだよ」
「時間を外さないと、凄く混みますからね」
2人が楽しそうに会話を弾ませている。
それもそのはず、2人は師弟関係にあるからだ。
ということは、彼女は大村教授の孫弟子にあたる。
内心では何度舌打ちをしたかわからないが、彼女は何とか笑顔を作って、林に尋ねる。
「ところで、どうして今日は3人でエリーゼに?」
「あぁ、そうそう。君の論文の事で、ね」
林が椅子に座りなおし、ずれ落ちた眼鏡を直した。
「君、共犯論と正犯論について考察しているでしょう。
やっぱり、その分野の先駆けの先生とは話しておかないと」
大村教授。
刑法学会において、有名な教授の一人だ。
特に、共犯論では学会の第一線を張っている人物で、
共犯に関する新判例が出ると、出版社からたくさんの解説の執筆依頼が来る。
「ははは。私なんて大したことないよ。いつも君が書く論文には驚かされてばかりだ」
「いえいえ。未だ未だ先生には及ばないですから」
師弟関係なのに、2人とも互いに腰が低い。
特に、大村は、授業で見せる顔とは全く違う顔を見せる。
授業では厳しく、試験も難しく、「鬼の大村」の異名を持っているのに、
授業から外れると、とても優しいのである。
大村は口髭を何度も触りながら、彼女に尋ねた。
「君は、今共犯について書いているんだってね」
「はい」
「論文は?」
「あ、さっきできたばかりなので、後で持っていきます」
印刷業務の1つ追加が決定した瞬間だった。
それに加えて、大村先生にまで論文を見られることになってしまった。
こうなることが分かっているなら、もう少しきちんと推敲しておくべきだったかな、
と内心後悔しながら、彼女は作り笑いを維持した。