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コ ト ノ ハ  作者:
3/10

お誘い

9時を過ぎると、何人かの院生が部屋に入ってきた。



皆と朝の挨拶と、2,3の言葉を交わしながら、彼女は論文を推敲する。



長い髪をゴムで1つにまとめ、パソコンの電源を入れる。



USBメモリに大量に入った資料と格闘しつつ、試行錯誤を重ねていると、

気が付けば、12時30分を過ぎていた。



2限は12時30分に終了する。



普通であれば、学部の授業をする場所から、

この研究棟の法学部の階にエレベーターで上がってくるのに、

大体15分から20分ぐらいで到着するはずである。



しかし、彼女は時間を気にすることなく、判例集と睨め合いっこする。

彼が授業終了と共に教室を出てくることは無い。



彼は、ある意味、この大学に赴任して未だ4年目というのに、

既に名物准教授となってしまっている。



まず、延長は必須。

だからこそ、授業時間は昼休みに隣接する2限に行うよう、学事部の方が気を使っている。



次に、授業の分かりやすさ。

彼の授業だけは、刑法であるにもかかわらず、初回の授業では立ち見が出るくらいに混雑する。

回数を経れば、もちろん人は減るのが大学の授業だが、

それでも、彼の授業は、教室の席の9割が埋まってしまう。

空いているのは、最前列と最後尾のみ。

それだけ人気だから、その分、授業後に質問の列も出来る。



大学の授業で教授に質問、彼女も学部時代はあまりしたことが無かった。

大学の教授の授業は総じて面白くない。

だから、そもそも授業をろくに聞いたことなんかない。

――林先生の授業を受けるまでは。











院生の部屋の前を、誰かが通る足音がする。



それを聞いた瞬間、彼女は立ち上がり、急いでドアを開けた。



「先生!」



廊下に響き渡る声に、振り向く彼。



「木幡さん。論文できた?」



暑かったのだろう、額に汗を浮かせ、襟首のボタンが朝より1つ多く外されている。

その様子を見て、何故か彼女は恥ずかしくなって、目をそらす。



「あ、はい。とりあえず、データを移す形でも良いですか?」

「うーん。それでも良いけど、出来れば紙媒体の方が助かるかな」

「分かりました。コピーしておきます」

「うん、よろしくね」



会釈をして、彼女が元いた部屋に戻ろうとした時。



「あ、ねぇ、木幡さん」

「・・・はい」



急いでバックして、部屋から顔だけを覗かせた。



「お昼、食べた?」

「いえ、未だです」

「それじゃあ、食べに行きません?」

「え?」

「嫌?」

「あ、いえいえ、そんなこと」

懸命に頭を左右に振る。

「じゃあ、決まりですね。僕の部屋まで来てくださいね」



そう言って、彼はスタスタ自分の部屋に戻ってしまった。



「・・・っしゃ」



小さくガッツポーズをして、彼女は自分の手提げカバンから財布と携帯を取り出した。



林先生と二人っきりで昼食。

こんなチャンス、初めてである。

でも、どういうことなのだろう。



・・・考えても分かる訳がない。



とりあえず、心の中で万歳三唱をしつつ、

彼女はしっかりUSBにデータを2度上書き保存をして、林先生の教室へと向かった。




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