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コ ト ノ ハ  作者:
1/10

プロローグ

この作品は、拙作『雨音色』の続編です。

雨音色を読んでいただいた上で、本作を読んでいただければ、なお一層物語の意味を理解していただけると思います。

もちろん本作だけでも楽しんでいただけるようになっております。

「・・・壮介さん」



彼女は、聞きとれるか、取れないかの小さな声で、横たわる彼の耳元でささやく。

その声に、彼は閉じていた瞼を、そっと開いた。

そして、ゆっくり微笑むと、彼女の方を向いた。



「どうしました?」

「・・・雨が、降り始めました」



いつもであれば照りつけるはずの太陽は、雲で姿を隠し、

太陽の光の代わりに、空からはしとしとと雨粒が零れてきた。

窓から聞こえる、雨が叩きつけられる音。

彼女は、ただ窓の外を眺めながら、深くしわが刻まれたその手を、彼の手の上に重ねる。



「あの日も・・・こんな風に雨が降っていましたね」



その言葉に、彼はくす、と笑う。

その視線の先にあるのは、もうずっと昔に過ぎ去った日々。



「・・・そうですね。・・・貴女との思い出の日は、・・・いつも、雨が降っていましたね」



そっと彼が、反対の方へ顔を向ける。

視界の先に広がる世界。

窓ガラスをつたう雨水が、それはまるで涙のように、流れていく。

じんわりと外の世界が曇るのは、雨のせいなのか、それとも・・・。



「・・・時間が、・・・欲しい」



彼がポツリ、と呟く。



その言葉に反応するように、彼の手の上に重ねられた彼女の手が、

ぎゅう、と力強く彼の手を握り締める。



「もっともっと、時間が欲しい。貴女と過ごす時間が」



定まらない焦点を抱える瞳が、激しく揺れていた。



「壮介さん・・・。時間なら、たっぷりありますよ。私はもう、どこにも行かないのですから」

「僕はまた・・・一人になってしまうのですね」



小刻みに震える声が、待っているだろう孤独をひどく恐れていた。



時は、待ってくれない。



それでも、心から願ってしまう。

永遠という幻を。



「でもね、・・・僕は、神様っているのかもしれないって、今になって思っているのですよ」



にっこりと笑うその笑顔に、彼女は遠い昔に見た、彼の笑顔を思い出す。

温かい瞳が見つめる先に、かつて自分がいた、その事実が、切ないぐらいに懐かしい。



「どうしてですか?」



彼はその問いには答えず、再びにっこりと笑って、彼女の手を握り返した。

深く刻まれた皺の数が、過ぎ去った時間の長さを物語る。



「僕が眠りにつくまで、・・・このまま手を握っていてくれませんか」

「えぇ。ずっと握っていますよ」



その言葉を聞いて安心したのか、彼は小さく息を吐いて、そっと目を閉じた。



雨の音が、次第にその激しさを増していく。



彼女も彼と同じように、そっと目を閉じた。

瞼の裏に映るのは、遙か昔、過ごした日々。



とても短い時間だった。

これまで生きてきた時間からすれば、ほんの一瞬のようなものだった。



それなのに、どれもキラキラと輝いていて、まるで昨日の出来事のようにさえ感じる。

ここに辿り着けるまで、片時だって忘れることは無かった。



「ずっと、ずっと、・・・握っていますよ。

・・・だから、壮介さん、・・・貴方も、私の手を、もう決して離さないでくださいね」



震える声に乗せられた言葉は、ただ彼の耳を掠めては通り過ぎていく。



雨の音に混じって、彼女の目尻から零れる涙が、ぽつり、と床に落ちた。

1つ零れると、その次も、その次も、零れ落ちていく。



「今度、生まれ変われることがあれば、きっと一緒になりましょう」



夏の空が、涙を零す。

それは、これまでの悲しみを、洗い流していくかのようだった。







―――――どうして僕は、あの時、君を―――――。







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