闇魔法使いと水谷くん
突然だが悲報。闇魔法の実験中に次元爆発が起きて吸い込まれた。気づいたら異世界。んな馬鹿な。最初からひど過ぎない?
私はリリイ。17歳。髪色も目の色も黒。ちょっと小柄気味。なお、貧乳と言うやつには悪夢を見せてやる所存。とある王国に属する闇魔法使いである。とっても実力のある魔女で、この年で闇の大魔法も扱えるのだ。すごかろう。
闇魔法と言うと怖がる人もいる。まあ、使い方次第でいくらでも悪用できる魔法だからね。魔法の耐性ない人相手なら、呪うも洗脳もお手の物。魅了や混乱で操り人形作り放題だ。もちろん許可なくやったら違法だよ。王国所属の魔法使いは魔力登録されてるからね。やらかしたらすぐばれる。
で、話は戻るけど私は闇魔法の実験中だった。理想としては魔界ゲートを開いて新たな使い魔と契約するはずだったんだけど。え? 魔界ゲートなんて危なそう? いやいや、そこは制御次第。闇の使い魔は曲者が多いが、上手く気に入られれば頼もしい仲間になる。
ちょっと前までは魔王が魔界を支配していたが、人間に喧嘩売って負けたのだ。勇者の剣でずばーっとやられて死んだ。残った魔界の魔物達たちは色々な派閥に分かれた。人間死ねというやつもいれば、強けりゃ言うこと聞いてやってもいいって意見のもいる。私は後者のやつを呼ぼうとしたのだが、なぜか爆発した。
私は呆然と辺りを見る。人がいっぱいいる。道行く人々は、ちゃんと人間だ。でも服装が私の世界と全然違う。こりゃ異世界だとすぐ勘づいた。世界は色々な次元に無数に存在する。そのどこかに入り込んでしまったのだ。彼らはちらちらこっちを見てる。こすぷれ? とかひそひそ言っていた。どうやら私の格好はこすぷれらしい。私は人目のないところに行った。
「ベル!!!」
私は怒鳴った。ベルと言うのは私の使い魔だ。実験の補助を頼んでいた。私の実験手順に間違いはなかったはず。とするなら、やらかしたのはこいつ一択! おいこら。思念通信繋がってるのばれてんだぞ。応答しろ。
『リリイさまあ! ご無事でしたか! 安心しましたあ!』
「何が安心しました、よ! あんた何してたわけ!?」
「すみません、ちょっとうとうとしてしまって、気付いたらあ」
この野郎。ベルは魔力は多いがぐうたらなのだ。必死に躾けたが、最悪なタイミングでやらかしてくれたな。でも不幸中の幸いだ。ベルとやりとりできるということは、私は自分の世界と縁が切れていない。基本的に、世界というのは異物を弾こうとする。私はこの世界の異物だ。私がここから出ようとするのを、この世界は手助けするはず。
魔力をいっぱい溜めて元の世界のゲートを開くのだ。ベルに私のいる異世界の座標を分析してもらい、向こうからも働きかけてもらえばいい。双方が魔力で繋がれば、世界間のゲートを開けるだろう。いやあ、私が優秀な魔女でよかった。そうじゃなきゃ詰みだったわ。ちなみにこの世界でも魔法は使えるようだ。大分力弱いけどね。よしよし。
「ベル、あんた今度やらかしたらただじゃおかないわよ! 大鍋にぶちこんで薬の材料にしてやるからね!」
『さ、流石にちゃんとやりますってえ! 反省してますう!』
反省してる語尾じゃないんだけど。というかだ。ここはどこなんだ……?
※
ということがあって早2か月。私は中学校生活というのを送っていた。中学二年生である。17歳は、ほんとは中学二年じゃないらしいけどね。でも周りの子とサイズ感がちょうど同じくらいだし。あと私の目的にぴったりな年齢だから。
ここはチキューという星らしい。そこのニホンってとこに私は落ちたようだ。ニホンの人は黒髪が多い。見た目を変えなくても周りに馴染めて良きだ。え? どうやって生活してるのかって? お金はどうしてるって? そんなのはね、魔法でちょちょい。洗脳とか魅了とかでなんとかしたわけ。
この世界の人は魔法耐性がないらしい。というか、魔法の概念がない。魔法ってのは御伽噺の世界の話のようだ。私はこの世界で唯一かつ最強の魔法使いである。うそ、世界征服もできる……!? 面倒だからしないけど。私の世界でこれをやれば犯罪だが、ここはチキュー。魔法の取り締まりはない。やりたい放題である。おかげで屋根の下でぬくぬく眠れ、美味しいものを食べられる生活だ。いいねー。
目下の課題は魔力の補充である。手元の魔力玉にこつこつ溜めているが、自分の魔力だけではなかなか。チキューは魔力が出にくいしね。大魔法使いでも苦労する。それに本来闇魔法使いというのは、人のエネルギーを吸って使うことが多い。このエネルギーというのは、感情的なものだと効率が良い。特に欲望というものはいい魔力に変換できる。
そういうわけで中学校にいるわけ。この年齢の子たちは皆思春期で感情の落差というのが大きい。反抗期とかあるらしいね。それに色恋も気になる年ごろだ。若者の欲望エネルギーは満ち満ちている環境と言えるだろう。あとこの年齢くらいなら、「おまじない」もギリギリ信じてくれる年ごろだ。
「佐藤さん! これありがとう! すっごくいい夢みれたー!」
「ほんと? 良かった! また貸すね」
私はとあるクラスに紛れ込み、普通の女子中学生を演じている。ちなみに苗字は佐藤である。よくある苗字。名前ももちろんあるけど、私はクラス内では基本佐藤さんだ。よって省略する。
私は不思議系女子の立ち位置にいる。おまじないが好きで、クラスメイトにも勧めている女の子だ。先ほどの女の子に貸したのは、夢石だ。夢石は使った人の欲望を読み取り、理想的な夢を見せる。もちろん本人はいい気分だ。そして私は夢石に溜まった欲望エネルギーを、魔力に変換する。ウィンウィン。
最初は半信半疑だったクラスメイトだが、段々夢石の力を受け入れるようになった。まあちょっと洗脳もしたしね。夢石に溜まったエネルギーを取るとき、どんな夢を見たかもわかる。皆、けっこうさまざまな欲望を持っている。
好きな子とデートに行く夢。微笑ましいね。なんか突然すっごい力が目覚めてチートになる夢。実はクラスメイトにチートいますよ、私です。性別逆転してる夢。あー、私の世界ならその魔法薬あるのに。高いけど。さて次に貸す子は……。
「佐藤さん、借りてもいい?」
「いいよ。水谷くんすっかり常連さんだね」
「うん、いつもいい夢見られるから」
水谷くん。ちょっと大人しい男の子だ。この年の男の子は乱暴な口調の子もいるけど、彼は穏やかだ。顔にも優しそうな雰囲気が漂っている。うーん、と内心思案しながら夢石を水谷くんに渡す。ありがとう、と水谷くんが微笑んだ。
いい夢、か。前回の水谷くんのいい夢を思い出す。家までの帰り道。突然道を逸れたトラックにぐしゃりと轢かれて死んでしまう夢だった。その前は、高いところから飛び降りてぐしゃりと潰れた夢だった。あるいは、首を吊ってぶらぶらしてる夢だった。水谷くんのいい夢は、いつも死ぬ夢だ。
とはいえ、水谷くんは人死にを直接見たことはなさそう。死体になる自分の姿がちょっと曖昧すぎる。トラック押し潰しは私も実際見たことないけどさ、高所落下の死体はもっとこう、ぐちゃぐちゃだよ? 綺麗にかたちなんて残ってないから。いちいち教えないけどねー。
水谷くんは何で死にたいのかな、と思う。彼はいい子だ。あいさつしてくれるし、私が以前ハンカチを落としたときはごみを払って手渡してくれた。勉強がそこそこできて、部活でバスケをやっている。お友達は、大人しそうな男の子数人で固まっているのを見たことある。充実しているように見えるけどな。でも死ぬのが理想の夢なのか。不思議だ。
※
夏休みというやつに入った。うう、魔力補給はちょっとお休みだな。でもせっかくの機会。チキュー観光でもするか、と切り替える。この世界は私の世界より便利なものもあれば、不便なものもある。どこの世界も良し悪しあるんだね。夢の国は楽しかったな。あれで魔法使ってないんだからすごいよ。
今日も今日とて自由を謳歌していると、偶然水谷くんと会った。あいさつすると、向こうも笑顔で挨拶してくれる。おや、お買い物帰りかな? 荷物を入れる袋がぱんぱんだ、重そう。入ってるのは主に食材みたい。
「すごい量だね。まとめ買い?」
「うん」
「一人で買いに来たの? お母さんとかは?」
車に乗ればずっと持たなくていいのに。水谷くんは苦笑いした。母さんは仕事なんだ、とのこと。えー。大変そう。
「ごめん、もう行かないと。弟たち待ってるから……」
「あ、うん。またね」
私たちはそこでばいばいした。弟かあ。兄弟がいるんだね。そういえば、あまりそういう話は聞いたことなかったな。あ、そうだ! と水谷くんを追いかける。
「水谷くん、これ!」
「え?」
「夢石! 良ければ使って!」
「でも……」
「夏休み終わったら返してくれればいいから。段々効果が薄れるかもしれないけど、何回かは使えるはずだよ」
せっかくだから私の糧になってくれ。水谷くんは夢石を見た。手を伸ばして、それを受け取る。
「ありがとう、佐藤さん。使わせてもらうね」
「もしいい夢見られたら、教えてね」
「うん」
まあ夢の内容知ってるけどさ。今度こそ私たちはばいばいしたのであった。
※
夏休みが終わった。久しぶりー、と皆があいさつする。うーん、私もこの夏はチキュー観光満喫しちゃったな。テレポートすればどこでもいけるしね。北に南に大移動。散々好き勝手して楽しかったー。佐藤さん、と声をかけられる。
「あ、水谷くん。おはよう」
「おはよう。これありがとうね」
「いい夢見れた?」
「うん、おかげさまで」
私は夢石を受け取りつつ、夏休みのことを聞いた。どっか行った? と。いやあ、と水谷くんが首を横に振る。どこにも行かなかったみたい。つまんなくない? でもあまり深掘りして聞くことじゃないか。家でゆっくりするのが好きな人もいるよね。
私は後に夢石の中身を確認した。しっかり使えるだけ使ったよう。エネルギーも溜まり、とても大助かりである。ただ夢の内容は、やっぱり水谷くんが死ぬかたちだった。なんなんだろうね。
※
秋になった。水谷くんがバスケを辞めたらしい。クラスメイトが話しているのを偶然聞いたのだ。彼は惜しまれていた。けっこう上手かったみたい。私は相変わらず、水谷くんに夢石を貸す関係性を維持していた。その際、気になったのでバスケについて聞いてみた。水谷くんは少し俯く。
「あまり実力が伸びないし、もういいかなって」
「ええ? 上手いって聞いたよ。辞めるの勿体ないって顧問のせんせも言ってたらしいじゃん」
「……ちょっと、忙しくて」
「塾とか? 受験するの?」
「うん」
なんとなく嘘だなと思った。私はちょっぴり魔法を使った。自白魔法だ。それ吐け。
「母さんがもう辞めろっていうから。下の兄弟の面倒、もっとしっかり見ろって」
ふーん? 私は夏休みのことを思い出した。ぱんぱんの荷物袋。中に入っているのは出来合いの総菜ではなく、食材だったっけ。もしかして水谷くんがごはんを作ってるのかな。私は自白魔法を解いた。魔法耐性もない水谷くんは、今喋ったことを記憶してもいない。
「勉強なら仕方ないね」
「うん」
「せっかくなら一回くらい、水谷くんがバスケしてるの見ればよかったな」
「ええ」
彼は照れた。おっと、恋愛フラグになっちゃう。体育の授業で見れるかな? なんて私は呑気に笑ってみせた。
※
肌寒さが目立ってきた頃。私の魔力補充は最終段階に入っていた。もう少しで必要分の魔力が溜まる。夢石には随分助けられたものだ。中学生ばんざい。
「ベル、調子はどうなの?」
『はあい、リリイさま。こちら抜かりはありません』
「座標は? 魔力は?」
「座標は既に判明して、登録も完了しておりますう。魔力については、リリイさまの部下たちが手伝って必要分を集めました」
よしよし。いいぞ。私はベルに、空間を繋げる際は部下にもついていてもらうよう念押しした。こいつだけだとまた何やらかすかわからんしね。ぷちっと通信を切る。私は手元の夢石を転がした。
最近、水谷くんは学校を休みがちになっている。本人はよく風邪をひくっていうけれど……。私はぴぴっと魔力を操作した。水谷くんは近所のスーパーに行っている様子。私はそこに向かうことにする。なんだろうな。あの子はなんだか、放っておけない。
今日は休日だ。スーパーは家族連れで混んでいた。その中で一人、ぱんぱんの買い物袋を持っている水谷くんを発見する。私は何気ない風を装って声をかけた。向こうも私に気付いて笑顔であいさつしてくれた。なんだか眠そうだな。
「水谷くん、お買い物?」
「そう、これから家に帰るとこ」
「お母さんは今日も仕事?」
「うん」
「ちょっと話さない?」
「ごめん、時間があまり」
それっ、魔法だ。言うことを聞けー。
「……少しだけなら」
見たところ、冷凍食品も入っている様子。ほんとにちょっとにしておいた方がいいだろう。私は聞いてみる。自白魔法も発動済みだ。
「お母さんは本当に仕事?」
「違うと思う。どこかに行ってる」
「水谷くんが家のこと全部してるよね? 辛くない?」
「辛い。弟が三人いるけど、みんなわがままばかりで」
やっぱりそのパターンか。魔塔の中でもそういうことはある。一人に全部の負担を押し付けるのだ。役を背負わされるのは、大抵お人よしか優しいやつ。で、ことごとく潰される。私みたいにふてぶてしく闘わなければ世の中生き残れない。でも、水谷くんのいる場所は組織ではない。家族の問題だ。闘う相手も身内となると、難しそう。
これは同情だ。かつて潰れていった同僚たちに抱いたのと同じ気持ち。魔塔では皆がライバル。潰し合うのが本質だ。偉くなりたいなら他人を蹴落とさなければいけない。敵ににこにこしてるようなやつは、一発で攻撃対象になる。でも、彼らは大抵いいやつなのだ。淘汰されるのがさだめとしても、見ていて悲しい。
私は魔法を解く。少し時間が長かったよう。水谷くんは、何で立ち止まっていたのか違和感を抱いている。話した内容を覚えてなくても、変な感じは残るだろう。水谷くん、と私は彼の手を取る。そこに夢石を握りこませた。
「最近学校休んでたでしょ。貸せなかったから今渡すよ。今度学校来た時に返してくれればいいからね」
「……いいの?」
「うん、どうぞ」
「ありがとう、また使わせてもらうね。これを使うと、すごく気持ちが楽になるんだ」
「そっかー」
私たちはそこでばいばいした。……楽になる、ねえ。数日後に学校に来た水谷くんが夢石を返してくれた。誰かに刺されて死ぬ夢だった。
※
学校は今日から冬休みに入る。そして私にとってはいよいよな日である。魔力が必要量溜まったのだ、万歳! これで元の世界に帰れるはず! このチキューは食べ物も美味しく魔物もいない。平和な世界だ。それでも私には物足りない。また剣と魔法と魔物がバトルする我が世界に帰りたい。帰ったら豪勢にドラゴンステーキでも食べよう。元に世界に戻るんだからね。それくらいの贅沢していいだろう。
この世界に未練はないし。と思って、そういえばと思い直す。水谷くんはどうしてるだろう? そういえば夢石を返してもらってないな。今日も学校来なかった。別にそのままあげちゃってもいいんだけどね。夢石。そのうち効果なくなるはずだし。でも一応回収するか。ぴぴっと位置を探る。……あれ? 学校にいる? もう夜だぞ。私はえいっとテレポートした。
着地した場所は屋外だった。ここどこ? と一瞬考える。思いついた。学校の屋上だ。私はあまり来たことないから、すぐにはわからなかった。きょろっとすると水谷くんを見つけた。屋上の柵の向こう側にいる。彼は後ろ手に柵を掴んだ姿勢で、真下を覗き込んでいた。いつかの夢石の映像を思い出す。高所から落ちて、ぐしゃり。
「水谷くん」
「っ!」
彼はびっくりした様子で振り返った。まあ扉開ける音もしなかっただろうしね。佐藤さん、と呼ばれる。あのね、と私。
「夢石を返してもらってなかったから。探してたんだ」
「……」
「水谷くん、危ないよ」
こっちに戻っては来ない。彼はだんまりで真下を眺め続けている。
「ねえ、何があったのか知らないけどさ。死ぬようなことかな?」
「……」
「飛び降りって後悔するらしいよ。落ちてるときにね。『ここまでしなくてもよかったんじゃないか』って思いながら死ぬんだって」
「僕は、後悔しないと思う」
「そうなの? なんで?」
「もう、疲れたくないんだ」
ちょろっと自白魔法を使っているので、水谷くんの口が軽くなっている。洗脳すれば一発でこっちに引き戻せるけど、それはしない。これは水谷くんの選択だ。
「朝から晩まで、ずっと家のことばかりで。母さんはお金だけ置いてどっかに行く」
「誰かに相談した?」
「できないよ。母さんになんて言われるか」
「死ぬより怒られた方がマシじゃないかな?」
「もっとひどい目に遭わされるかもしれない。……僕だって本当は、自分の時間がほしいのに」
「水谷くんが死んだら、弟さんたちは悲しむと思うよ」
「だったらもっと、手伝ってほしい。年だって三つくらいしか違わない。それなのに、僕が一番上だからって全部任される」
水谷くんはとっくに潰れていたのかな、と思う。夢石に入っていたあの夢。水谷くんの理想。死んで、何もかも終わりになる夢。
優しすぎるな、と私は思う。そこはあれでしょ。お母さんや弟くんを怒鳴りつけたりするとか。家出して自由を満喫するとか。そういう夢を見るべきだ。なのに彼は死ぬ夢を見る。哀れだな、と思った。私は少し考えて、行動した。私は水谷くんに言う。
「それなら仕方ないね。死にたいなら死ねばいい。この世に何の未練もないなら」
「……っ」
「未練がないなら、そこから飛べるはずだよ」
水谷くんが泣いている。きっと色々考えたのだろう。数刻の沈黙があった。それから彼は柵から手を離す。その身体が、屋上から飛び立って落ちていった。途端、凄まじい光が屋上の真下から発せられる。それは一瞬で、すぐに辺りは暗闇に戻った。そっかあ。行っちゃったかあ。私は通信する。
「ベル、聞こえる?」
『ちょっとリリイさま!? どういうことですかあ!? なんか知らない人間出てきたんですけどお!?』
「あー。なんかうっかりその子がゲートに入っちゃってね。私は出遅れた」
『はー!?』
「まあそういうこともあるよ。そっちにいった子は巻き込まれた被害者だから、丁重に扱ってあげてね。もう一回初めから魔力溜め、頑張るわ」
ぎゃあぎゃあうるさい通信を切る。やれやれ、と思う。振り出しだなあ。私はちょっと考える。何で水谷くんを私の世界に落としたのか。いやまあ、落ちたのは水谷くんの選択だけどさ。
……可哀そうに思っちゃったんだろうな。夢石での交流も多かった。きっと苦労していただろう。それでも学校で声を荒げることなどない、穏やかな子だった。私はお姉さん心地だった。彼の優しい気質が報われてほしいと、勝手に思ってしまったのだ。
水谷くんは自分の意志で落下した。色んなものを天秤にかけて、死を選んだのだ。ご家族のこと。自分の責任のこと。これからのこと。それらを放棄したくて、落ちていった。まあ死ななかったわけだけど。今頃異世界召喚されて唖然としているかもね。
水谷くん、私の世界は大変だぞ。剣も魔法もあるけど、魔物いるしね。よくもこんな世界にって私にぶち切れても仕方ない。でもあれだ。どうせ死ぬ気だったわけでしょ。じゃあ異世界で死んでも別にいいじゃん。上手くいけば強い冒険者とかになれるかもね。この世界でも流行ってるじゃん。異世界転移もの。
※
で、それからの話。私は振り出しに戻った。とほほ。まあ魔力はまた溜めればいいさ。半年くらいの辛抱。ドラゴンステーキが恋しい。
水谷くんは、この世界から存在ごといなくなった。誰も彼のことを覚えてはいない。水谷くんは自ら死を選んだ。この世界を捨てたわけである。よって、チキューとの縁が切れてしまったはず。たぶんもう、こっちの世界に戻れないと思う。
私は一応、水谷くんの家を探して見ておいた。水谷くんの家は、水谷くんがいなくなった部分を補填するかたちで成り立っていた。水谷くんがいなくても、一見何事もなくまわる一家。まあ家庭内部事情は知らない。別の弟くんに負担がいっているかもね。あるいはお母さんが頑張らざるを得ないか。でも、水谷くんを追い詰めた結果がそれだからな。諦めてくれ。私は自分勝手な魔女。助けたいと思った奴しか助けない。
というわけで翌年の秋。ようやく魔力が溜まった(二回目)。いやあれだ。思いのほか時間かかったわ。思えば夢石エネルギーは水谷くんに随分助けられていたんだよなあ。想いが強かったからエネルギーも大きかったしね。彼がいなくなったので補充も大変だった。しかも水谷くんが落ちたの、冬休み前だったから。冬休み入って、ちょっと学校行ったと思ったら春休み入って……。はあ。まあなんとかなってよかった。
今度こそと私はゲートを開く。ベルの方も問題なさそうだ。よしよし。さらばチキュー。割と楽しかったよ。でもここにはもう来なくていいやと思った。平和すぎると魔法の腕が鈍るー。そういえば水谷くんどうなったんだろ。野垂れ死にしてないといいけど。生きていたとして、私を恨んでる可能性も高い。出会い頭にお命頂戴されるかもね。負ける気しない。
※
「よっしゃただいま」
「リリイさまあ!! 流石に今度は間違いなかったですねえ! ご帰還おめでとうございます!」
「まあ元はと言えば全部あんたのせいだけどね」
「そんなあ!」
そんなあ! じゃないよ。部下の皆がおかえりなさいと声をかけてくれる。うんうん、苦しゅうない。え。私があっちに行ってた間に序列が変わった? 今はそっちの方が立場上? うそでしょ。ショックすぎる。見てろよ、すぐに追い抜いてやるから。まあクビになってなかっただけマシ。なっててもどうせすぐ復帰するけどね。私すごいので。
というか今回の体験を詳しく研究したら注目間違いなしでは、とるんるんである。私は魔塔の外に出た。とにもかくにも、まずはドラゴンステーキだ。腹が減ってはいくさができぬ。
「佐藤さん!」
私は佐藤じゃない。リリイだ。そう思いつつもそちらを向くと、久々の姿。よかったー。野垂れ死にしてなかったか。たぶん魔塔と連絡とってたのね。私の帰還を聞いてやってきたと見える。
そこにいたのは水谷くんだった。身長少し伸びたね。筋肉もついたような気がする。最後に見た姿があれだったから、何だか一気にたくましくなったように思う。
「水谷くん久しぶり。板についた格好だね。職業なに?」
「アーチャー」
「わかるー」
器用そうだもんね。器用すぎて苦労してた感あるけど。水谷くんは怒ってた。そりゃ突然の異世界転移は怒るね。なお、彼は召喚後に魔塔で保護されたという。で、お金を援助してもらって冒険者登録したとか。チキューの人でもこの世界に来たら適応できるようになったらしい。やったね。15歳の初心者ならスライム狩りとかで訓練中かな。かわいい。
「どう? この世界は楽しい?」
「それどころじゃないよ! 気を抜いてたらすぐ死にそうになるし、なんかよく爆発するし!」
あーよくあるよね、爆発。チキューでは結局一回も爆発を見なかったな。爆発オチなしの世界なんてつまんなくない? というか、水谷くんが声張り上げるの初めて聞いたかも。
「まあ良かったじゃん。死にそうなことに文句言えるようになってて安心したー」
「ちょっと佐藤さん!」
「ごめん、私の本当の名前はリリイなの。……自分の時間があるのはどう? それはそれで大変でしょ?」
「……うん。でも、あの日落ちたことを後悔してないよ」
「そっか。まあ頑張って。そのうちドラゴン狩れるようになったらドラゴンステーキ奢ってね」
「無茶言わないで」
いや頑張れば私はドラゴン倒せるし。面倒だからやらないけど。金払って食べた方が楽。水谷くんが追いかけてきた。
「ドラゴンステーキは無理だけど。何か奢るよ」
「いや絶対ドラゴンステーキがいい。自分で金払ってでも食べる。むしろ私が奢ってあげよう。お姉さんだからね」
「リリイさんいくつなの?」
「18歳」
「うそでしょ」
「何で今胸見た?」
この後二人で仲良くドラゴンステーキ食べた。めでたし、めでたし。後日、水谷くんがあの日持って行った夢石を返してくれた。転移直前の夢はやはり死ぬ夢ばかり。でも最後に一つだけ、この世界に来てからの夢が入っていた。大きなドラゴンを狩る夢だった。いつか夢が叶うといいね。




