第三話 卒業後
在学期間は一年だけだったが、ロッテは婚約者のヘンリクスとともに卒業した。
同い年のヘンリクスと一緒に学ぶために、ロッテは療養中も勉強を欠かさなかったのだ。
体調が回復した途端、三年制の学園の最終学年に編入可能なほどロッテは優秀だった。
卒業して数ヶ月、ヘンリクスはロッテの家を訪ねていた。
定例の茶会である。紆余曲折はあったものの、ロッテとヘンリクスは婚約者同士のままだ。
ヘンリクスがかつての恋人と距離を置くようになって、すでに半年以上が過ぎている。
このままふたりは結婚するのだろう、だれもがそう思っていた。
(……冗談じゃない)
心の中で毒づくヘンリクス以外は。
ヘンリクスはロッテを愛していない。今も恋人を愛していた。
愛しているのに距離を置いたのは、これから自分がすることに彼女を巻き込まないためだ。
「ロッテ」
以前に話を聞いたことがある、遠方に住んでいるという叔母から届いたという焼き菓子に手を伸ばしていたロッテに、笑顔を向ける。
「君の侍女ほどではないだろうが、俺もお茶の淹れ方を学んでみたんだ。俺の淹れたお茶を飲んでみてくれないか」
「ありがとうございます、ヘンリクス様」
そう答えるロッテの笑顔はぎこちなく、彼女の後ろに立つ侍女は露骨に不審そうな顔をしている。
学園の最終学年に編入して、ヘンリクスに恋人がいることを知ったロッテの行動は早かった。
彼女は登校初日の翌日に、父親を通じてヘンリクスとの婚約解消を申し出てきたのだ。
そんなことは出来なかった。
ロッテの父親からの支援と事業指南でなんとか立ち直って来ていたけれど、ヘンリクスの家の状態はまだまだ不安定だった。
支援を受ける前のように領民まで巻き添えにすることはないからと、父は婚約解消を受け入れて爵位を売ることでロッテの父親への借金を返そうとしたのだが、ヘンリクス自身がそれを止めた。
(平民になるなんて真っ平だ)
ヘンリクスの恋人は下位貴族の令嬢で、さほど裕福ではない。
ロッテの家からの支援がなければ、ヘンリクスは彼女に贈り物をすることも出来ない。
父を説得し、ロッテ親娘に謝罪して、ヘンリクスは婚約解消を食い止めた。
(まだ結果は聞いていないけれど、そろそろのはずだ)
ヘンリクスは学園時代、恋人を通じて会った商人に儲け話を紹介してもらったことがあった。
絶対に成功するという穀物相場の話だ。
結果はもうすぐ出る。予定が狂ったという話は聞いていない。
(結婚してからロッテを殺したのでは、財産目当てだろうと俺が疑われる。相場の結果が出た後でも、金に余裕が出来たから邪魔者を殺したのだと思われる。……今だ。今殺すのが一番良い)
そう考えて、ヘンリクスはさっきロッテに渡した茶碗の中に毒を入れたのだった。
侍女の視線は怖いものの、まさか目の前で犯行に及ぶとは思うまい。
それにヘンリクスは、ロッテの死を自殺に見せかけるために必要なものを持っていた。彼女直筆の遺書だ。ロッテが毒で亡くなった後、崩れ落ちた彼女が持っていた振りをして、その遺書を出せば上手く行くはずだった。
ヘンリクスが使ったのは紫色の花の毒だ。
遠い国では薬として使われることもあるという。
ロッテの主治医が彼女の薬に使っている毒とは違うのだが、医者はほかにも多くの毒を持ち研究していることで有名だった。往診の際にロッテが主治医から掠め取ったと思わせられれば一番だし、そうでなくてもなんとか理由はつけられるだろう。
「とても美味しいですわ、ヘンリクス様。……ヘンリクス様はお飲みにならないのですか?」
ヘンリクスがぼんやりと思考しているうちに茶を飲んだロッテが、不思議そうに見つめてくる。
(効き目が出るのに時間がかかるのか? それともまさか、俺の茶碗とロッテの茶碗を間違えて渡してしまったのか?)
毒はロッテの茶碗にしか入れてない。
間違えたのだとしたら、ヘンリクスの前にある自分用の茶碗に毒が入っている。
(間違えてはいない、はずだ。でももし間違えていたら?)
ロッテの様子に異常はないように見えた。
こちらが茶を飲まないことを不思議に思って首を傾げたのは一瞬で、すぐにヘンリクスの淹れたお茶と贈り物の焼き菓子を再び楽しみ始めた。
彼女が学園に編入してからの一年間、殺意を悟られないように良い婚約者を演じてきたにもかかわらず、ヘンリクスがこんなにもまじまじとロッテを見つめるのは初めてのことだった。
(……病が回復したせいか、見舞いに行っていたころよりもふくよかで血色が良くなったな。顔も悪くはない。でも俺は……)
恋人の豊満で煽情的な肉体を思い出し、ヘンリクスは目の前のロッテを痩せこけた枯れ枝だと結論付けた。
それはそれとして、毒を飲んだにしては元気そうである。
「楽しんでいるかい、ロッテ」
「お父様」
茶碗を間違えたのではないかと疑心暗鬼に沈んだヘンリクスは、ロッテの父親が現れて彼女と侍女の視線がそちらへ移ったのを好機と見た。
お代わりを注ぐと称して立ち上がり、ふたつの茶碗の茶の量を整えながら、自分の身体で隠して交換する。
今度こそ死ぬはずだと思いながら、ヘンリクスはロッテの父親に愛想を振り撒いた。




