第1話 普通の朝が、突然終わった
俺の名前は佐藤健太。17歳、高校2年生。
特別な才能も、目立つ容姿も、何もない。本当にどこにでもいる凡人だ。
そんな俺の朝は、いつもと同じように始まった。
「おはよう、健太。今日もちゃんと朝ごはん食べてね」
母の恵子さんがキッチンから声をかけてくる。俺は制服のネクタイを締めながら「うん、わかってるよ」と返事した。
リビングでは小6の弟・ゆうたがスマホで動画を見ながら興奮している。
「兄ちゃん見て見て! 今日もSランク探索者がドラゴン倒したやつ上がってる! すげーよなあ!」
「へえ、そうなんだ」
俺は適当に相槌を打ちながらトーストを頰張った。
ダンジョン出現からもう3年になる。
突然世界中に現れた不思議なゲート。そこにはモンスターがいて、倒すと経験値やアイテムが手に入り、人は強くなれる。
今では「探索者」は立派な職業だ。高ランクの人はテレビに出て英雄扱いされている。
でも俺には関係ない話だ。
俺みたいな凡人には、夢も目標も特にない。ただ毎日を普通に過ごせればそれでいい。
そんなことを思いながら学校へ向かう道を歩いていると、後ろから明るい声が聞こえてきた。
「ケンタくん! おはよー!」
振り向くと、ポニーテールに跳ねた明るい茶髪の女の子が手を振っていた。
桜井花。俺の幼馴染で、同じクラスのクラスメイトだ。
「おはよ、花。相変わらず元気だな」
「だってケンタくんまた寝坊ギリギリでしょ? ほら、一緒に急ご!」
彼女は俺の腕を軽く引っ張りながら笑う。
花はいつもこうだ。昔から俺のことをよく見てくれている。
学校に着き、授業が始まる。
歴史の授業中、先生が少しダンジョンの話をした。
「最近は近所にも小さなダンジョンが出てきているらしい。皆、気をつけなさいよ」
俺はこっそりスマホでニュースをチェックした。
『関東近郊に新ダンジョン出現 Eランクと推定』
放課後。
帰宅部の俺はいつものように一人で帰路についた。
すると、いつもの通学路の少し脇にある廃墟――昔の工場跡が妙に気になった。
「あそこ、なんか紫色の霧みたいなの出てないか?」
近づいてみると、空気が少し重く感じる。
その瞬間——
空が紫色に光り、廃墟から「ダンジョンゲート」が出現した!
周囲で人々がざわつき、避難を呼びかける声が聞こえる。
俺は慌てて引き返そうとしたが、足を滑らせてしまった。
「うわっ!」
体がゲートに吸い込まれるような感覚。
気がつくと、薄暗い廃墟のような空間に立っていた。
頭の中に機械的な声が響く。
【探索者登録完了】
【名前:佐藤健太】
【レベル:1】
【HP:80/80】
【MP:50/50】
【スキル:なし】
「マジかよ……本物だ……」
初めて見るダンジョン内部。壁は崩れたコンクリートで、地面は埃っぽい。
前方にプルプルと震える青い塊が見えた。
スライム。ニュースで見た一番弱いモンスターだ。
でも俺にとっては初めての敵。
「ひゃっ!」
パニックになって後ずさる。スライムがゆっくり近づいてくる。
転んで頭を壁にぶつけた瞬間、痛みが走った。
「くそっ……俺だって……頑張れば……!」
石を拾って投げつける。外れた。
もう一度投げる。今度はかすった。
息が切れて、足が震える。でも逃げられない。
「まだ……諦めない……!」
必死に走り回ってスライムの攻撃を避けながら、何度も石を投げ続ける。
汗が目に入る。腕が痛い。肺が焼けるように熱い。
「もう少し……もう少しだけ……!」
最後の力を振り絞って、大きな石を振り下ろした。
グシャッ。
スライムが潰れた。
【経験値獲得】
【レベルが2に上昇しました】
目の前に新しいメッセージが浮かぶ。
【隠れスキル「努力の結晶」が発動しました】
・努力(トレーニング・反省・協力)をした時間に比例して、経験値とスキル成長が2倍になります。
俺は地面にへたり込みながら、息を荒げて笑った。
「はあ……はあ……やった……」
外に出ると、もう夕方だった。
廃墟の外で、花が心配そうに立っていた。
「ケンタくん! どこ行ってたの!? 急にいなくなって……!」
俺はまだ震える手で笑顔を作った。
「ごめん……ちょっと、転んでさ」
心の中では違う言葉が渦巻いていた。
(俺……変われるかも?)
これが、俺の始まりだった。




