優しい幼馴染み
外に出ると、ジメジメとした暑さが襲ってきた。
雨が降ったというのに、ちっとも涼しくならない。もやもやとした熱気に、不快指数が上がる。
「蒸されている気分。中華まんってこんな感じ?」
右手に持っているビニール袋を何気なく振り回すと、ガサガサと何かがぶつかる音がした。
「なんか入っている?」
ビニール袋の中に入っているのは、密閉容器。昨日のおすそわけである、麻婆豆腐が入っていた容器だ。裕史はいつも洗って返してくれる。
密閉容器を開けてみると、入っていたのは、赤いチェック柄の紙袋。袋には黒いサインペンで『誕生日おめでとう』と書いてある。
セロテープを綺麗に剥がして中を見ると、髪留めが入っていた。
「わぁ〜! ピンク色のシュシュ、可愛い!」
都会の人はシュシュに浮かれたりしないだろう。けれど、可愛いものに飢えている私はテンションが上がる。
私が住む昭和村は、福島県の豪雪地帯にある。コンビニもなければ、大きなスーパーもない農村。標高一千メートル級の山に囲まれているため、交通の便が悪く、携帯電話の電波が届かない場所もある。
過疎化が進む、福島県昭和村。
裕史の家にある十分遅れの時計のように、この村も平成という時代から遅れている。村は、昭和時代の田舎の風景を色濃く残している。
私には、高校を卒業したら都会で働きたいという夢がある。
でも、その都会がどこなのか。どんな仕事をしたいのか。具体的なものは特にない。
都会に出たいという夢がはっきりしないのは、私には優れた才能がないから。
「裕史ぐらい勉強ができたら、仕事を選べるのになぁ」
勉強ができない私とは違って、裕史は頭がいい。おまけに優しいし、協調性もある。
私が裕史より優れているのは、よくしゃべる口。けれど、うるさいと紙一重なので自慢にならない。
「あーぁ。結婚するなら、裕史がいいなぁ」
裕史は良い職業に就くだろうから、養ってもらえるだろう。
煩悩にまみれた思考に、苦笑いがこぼれる。
ガシャンっ!!
苦笑いをかき消すように、金属音が響いた。
驚いて振り返ると、裕史が立っていた。地面に落ちた鍋の蓋がコロコロと転がっていく。
「どうしたの?」
「え……っと……」
「あっ、そうだ! 誕生日プレゼントありがとう! すっごいびっくりした! サプライズ大成功だね!」
「うん……」
裕史の反応が薄い。ピンク色に染まった目元と、泳いでいる視線。
もしかして……と、気づく。
「まさか、結婚するなら裕史がいいって聞こえた?」
裕史はたっぷりと間をとってから、頷いた。
不純すぎる独り言を聞かれてしまった焦りは、私にマヌケな声を出させた。
「ぁあっおいや!! あのっ! その、あのね! 違くてっ! その、ぴろりと結婚したいと言ったのは、なんていうか……ん? ぴろり?」
動揺のあまり、裕史をぴろりと呼んでしまった。全身の毛穴から汗が吹き出すほどの恥ずかしさ。顔に一気に熱が集まる。
「あのね、違くてっ! その、なんていうか、あの……今日から、ぴろりって呼んでいい!?」
「いいけど……。ピロリ菌みたい」
「あっ……じゃあ、ぴろりんはどう!?」
「うん」
「よっしゃ!! ぴろりんで決定!!」
裕史の眼鏡の奥にある垂れ目が、ふにゃりと笑った。
「ところで、ぴろりん! 結婚するならぴろりんがいいって言ったのは、冗談だから! 本気じゃないからね。誤解しないで!」
「うん」
「年下に興味ないから! 結婚するなら、絶対に年上だから!」
「うん」
「ぴろりんなら給料の良い仕事に就くだろうから、結婚相手にいいだろうなって思った、お金目的の発言でした!」
「正直だね」
「正直者すぎて、ごめんなさい!」
「別にいいよ」
裕史は人懐こい犬のよう。私がおかしなことを言っても、変なことをしても、懐いてくれる。「いいよ」「大丈夫だよ」って許してくれる。裕史はいい子だ。
「ところで、なんで鍋を持って……」
裕史が鍋を持って家から出てきたワケを尋ねようとしたのに、騒がしい犬の鳴き声が邪魔をした。
我が家の愛犬である茶太郎が、散歩から戻ってきた。
茶太郎は雑種のオスで、三歳。普段は祖父が散歩担当だが、腰を痛めたため、兄の真司が散歩を代わっている。
顔を真っ赤にして滝のような汗を流している真司に、私は嫌味で出迎える。
「おかえり、お兄ちゃん。いい運動になったでしょ。少しは痩せるといいね」
「うっせぇ。デブ」
「私がデブなら、お兄ちゃんは超デブだよ!」
「ブス。黙れ」
「残念ですぅー! 木村のおばちゃんに、めぐちゃんは可愛いねって言われましたぁー!」
「めぐみが可愛く見えるなんて、老眼なんだな。可哀想に」
「むかつくー!! お母さんに言うからね!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ私に、真司はめんどくさそうに舌打ちをした。
「ところでさ、裕史。なんで鍋持ってんの?」
「お吸い物が出来たから、取りにおいでって。真司先輩のおばあちゃんから、電話がありました」
「運ぶの面倒くさくない? うちで食べればいいのに」
「おじいちゃんを連れて行くのは、ちょっと……」
以前。裕史と裕史の父親と祖父の三人で、我が家に夕食を食べにきた。裕史の祖父は便器から盛大におしっこをはみ出させて、床がびしょ濡れになった。
それから、我が家に来なくなった。
真司もそれを思い出したのだろう。
「大変だな」
ポツリと言うと、茶太郎を犬小屋へと引っ張っていく。
兄の姿が見えなくなってから、私は拗ねた口調で裕史に質問する。
「ねぇ、私ってデブ?」
「そんなことない」
「じゃあ、ブス?」
「ううん」
「本当?」
「うん」
私はガサツだけれど、繊細なところもあるのだ。真司が売り言葉に買い言葉でデブブスと言ったとしても、傷ついた。
私が涙目になっていることに気づいたのか、裕史は慌てて言葉を継いだ。
「あのっ! めぐみさんは……可愛い、です」
「本当?」
「本当、です……」
「お世辞でも嬉しい。ありがとう」
「お世辞じゃない、です……」
「隣に住んでいるのが、裕史で良かった! サイコー!」
今日は私の誕生日。十五歳になった。
一つ年下の優しい幼馴染からもらったのは、ピンク色のシュシュと、可愛いという褒め言葉。
最高の誕生日だ。




