午前七時に泣いてみる
「なんかね、私、絶対に1日一回は涙が出るの」
彼女がそんな突拍子のないことを言ってきたのは初めてかもしれない。
「それって、大丈夫なん? ストレス?」
「わからない、そんなにストレスは溜めてないはずなんだけど」
「うーん、なんだろ」
彼女が言いにくそうに、話し始める。
「だからね、申し訳ないんだけど、今夜、一緒に寝てほしいんだけど」
……なるほど、こんな夜の誘いは、人生初めてだ。
予想とは裏腹に、彼女は俺の前でも涙を流した。
「あれ? どうしてだろ、人がいると涙が出ないと思ったんだけど」
確かに、悲しくて泣くというより、勝手に涙が出ているようだった。
「いつもこの時間なん」
「うん、夜八時とかそんぐらい」
「癒しが足りないんじゃね。アロマとか」
「試した」
「花飾るとか」
「それも試した」
うーん…….。なるほど、彼女は、なかなか切実に男を夜に誘ったようだ。それにしても、この雰囲気じゃあ夜の行為はないな。この後に及んでそんなことを考えている自分にも呆れるが、久しぶりの彼女だ、許してほしい。
「ねえ、萎えちゃった?」
……なるほど、彼女は男を惑わすのが、得意らしい。
朝、若干の罪悪感で目が覚める。原因不明とはいえ涙が出ている女に手を出すのはどうなんだ? いや、でも誘ってきたの向こうだし。
悶々としていると、彼女も目を覚ます。
「なあ、泣いてる時、悲しいとか苦しいとか、なんか感情あんの』
「はは、起きてすぐそれ? 夜の感想言えよ」
「え、言っていいの? エロかったよ」
「死ね。泣いてる時ね、うーん、僅かに、不安?」
「なんで疑問形なんだよ」
「アホみたいなんだけど、なんか嫌なこととか、辛いこととかあるわけじゃないのに、夜、もしかしてこの世界私だけなんじゃ? みたいに不安になる時は、あるかも」
「昨日俺いたじゃん」
「だから驚いてんじゃん。私も泣かないと思ってたよ」
うーん、原因は、不明らしい。夜が怖いのか?
「じゃあ、朝に泣いてみれば?」
もう何も思いつかなくて適当に言ってみたが、驚くことに彼女の目から涙がこぼれ落ちた。
「涙腺ガバガバかよ」
「うるさい、お前が泣かせたんだから止めろ」
「無理ゆうなよ。……今いっぱい泣けば、夜出る涙も無くなるんじゃね?」
「あはは、アホかよ。でも、そうだな、これからは、午前七時に泣いてみることにする」
そう言った彼女の泣き顔は、すごく綺麗だった。




