Open mimi !
僕がまだ、小さい頃。
おじいさんが旅立って、すぐに。
おばあさんとピアノは。
音を、失くした。
今、おばあさんは。
記憶を、失くしかけているけれど。
つやつや光る美しいピアノのことを、
とてもよく覚えている。
そして、病院のせんせいは。
居心地の良い場所で。
残された時間を。
と、言った。
僕は、どうしたら。
いいんだろう。
親友は。
缶コーヒーを投げてよこした。
鳴らなくても。
本気で。
弾いてみたら、
どうだろう。
うつむいたまま、ふたを開けると。
小さな湯気がのぼって、
まぶたを一瞬、温めた。
拭う僕を見ずに。
親友はポタージュの缶を、
静かに振った。
おばあさんの帰りを待つあいだ。
親友のピアノを借りて、
聴いてもらいながら。
おじいさんが弾いていた曲を、
間違えないようになるまで。
繰り返し、練習した。
僕は耳栓をして。
ピアノの鍵盤に触れた。
おばあさんは拍手をして喜んだ。
お父さんは手を差し出して、
おばあさんの手を取ると。
ゆっくり。
ステップを踏み始めた。
おばあさんは。
とても、嬉しそうだから。
きっと。
おじいさんの旋律を。
うちがわで、聴いている。
おじいさんに似ている、お父さんも。
嬉しそうに、踊るから。
きっと、おんなじ。
僕は。
閉じる花のように。
意識を丸めていく。
見えているものは。
ぜんぶ、混ざり合い。
みんな、平らになる。
その、向こうの。
白く、明るいところに。
小柄な影と。
手を差し出す、
背の高い影が見えた。
手を取り合い。
ふたつの影は、くるくると。
円を描いて、踊り始めた。
遠くで。
微かに鳴っている音は。
ああ。
これは。
おじいさんの、弾き方だ。
はっきり聴きたいけれど。
聴こうとするほど、
遠ざかってしまう。
僕の指は、
止まりそうになる。
ひらけ。
きみの。
みみ。
降ってきたのは。
ずっと前に聞いた、おばあさんの声。
そうだったね。
音当てをして。
よく遊んだね。
ひらけ。
ぼくの。
みみ。
僕は、つぶやいた。
遠い音が。
だんだん、近くなる。
ピアノに寄り添っていた親友が、
短く息をした。
親友は。
僕の耳栓を。
そっと、外した。
ピアノが。
ボリュームを上げていくように。
音を、響かせる。
おばあさんは。
とても驚いた顔をして、
お父さんを見上げると。
両手を、耳の後ろに当てて、開いた。
おばあさんの目は、きらきらとして。
水面のように、揺れている。
お父さんは何度も頷いて、
嬉しそうな声で、笑った。
2人は、また。
ステップを踏んで。
ゆるやかに、進んでいく。
僕は。
白く明るいところで、回り続ける、
ふたつの影を眺め。
おじいさんの旋律を、聴きながら。
僕の音で、弾き続ける。
ツリーに飾られている、
音符やベルが、
細かく震えて。
金色や銀色に、ちかちか。
輝いている。
せさみ。
みみ。
似てる。
よ、
ね?
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