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田中オフィス  作者: 和子
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第五十六話、大地からの定期便

ーー本社の昼餉ひるげーー

N通信本社、十二階食堂フロアの役員コーナー。

ガラス張りの大窓から、夏の陽射しが都心のビル群に淡く反射している。白いクロスが敷かれたテーブルには、上品に盛り付けられた和洋折衷のランチセット。役員専用ダイニングの中央で、ふたりの姿が注目を集めていた。


ひとりはスーツ姿の若き常務、沢田修治。

もうひとりは少し落ち着いたグレーのパンツスーツを着た、高柳久美子。かつてN通信の開発部門で知らぬ者のいなかった逸材。今は子会社の地方拠点に籍を置いている。


ガラス越しに彼らを遠巻きに眺める社員たちの声が、すれ違う廊下にかすかに漏れる。


> 「……また来てる、高柳さんだよ」

> 「え、左遷じゃなかったの?」

> 「いや、聞いた話だと“現場の重要任務”らしいよ。例のGなんとかプロジェクト……」

> 「G-prog。農業とか……あれでしょ、古民家でロバと生活してるっていう」

> 「でもさ、あの人の席、今でもシステムフロアのナンバー残ってるんだよ」

> 「つまり帰ってくる可能性あるってこと?」

> 「それとも、あの席ごと“上”がキープしてるのかも……」


高柳はそうした囁きが聞こえているようで、聞こえていないような表情を保ったまま、丁寧に箸を進めていた。


「どうですか、久しぶりの品川は?」


沢田常務が、穏やかな声で話しかける。


「……変わっていませんね。景色も、人も。」


「それは安心しました。私としては、“戻りたくなる場所”であり続けたいと思っておりますので」


高柳はふっと笑った。


「そういう言い方をされると、帰ってこないと失礼になる気がします」


「冗談です」と沢田は微笑んだ。「でも、誤解だけはされたくないと思っているんです」


「誤解……ですか?」


「高柳さんをあのプロジェクトに送ったのは、能力を信じてのこと。島流しでも、厄介払いでもない。それは、心からお伝えしておきたかった」


高柳は、茶碗のフチに箸を揃え、視線をテーブルに落とした。


「……私も、そう思って現場にいます。最初は迷いもありました。でも、今ではあの小さな工場と、畑の匂いが落ち着くんです」


「それと、”邑人さん”と仰る、研究者の方ですか?」


「不思議な人です。でも、理屈じゃなく、成果が出るんです。彼の描く立体図面、回路図……最初はまるで手品。でも、それを形にする人たちがまた、素晴らしいんです」


「それが、”小林さん親子”ですね」


「ええ。口数は少ないけれど、信頼できます。あの人たちがいなければ、私の仕事は一歩も進まなかった」


沢田はわずかに頷き、目元に皺を寄せて笑った。


「高柳さんが、“数字だけじゃ測れない価値”を口にされる日が来るとは、思いませんでしたよ」


「昔の私なら、コードとロジック以外信じなかったかもしれません。でも、あの人たちは……五感を使って作るんです。肌で感じた湿度、音の響き、土の匂い。それを、言葉にせずとも伝える。プログラムとは真逆です」


「しかしその結果が、G-progを動かしている。まさに“融合”ですね」


「それを評価していただけるなら、ここに来た意味はあります」


カトラリーが静かに重なり合う音。食後のアイスコーヒーが配膳され、会話は少し和らいだ。


「近いうちに、本社で発表の場を設けるつもりです。社内だけでなく、グループ会社、そして自治体の方もお招きする。……登壇、お願いできますか?」


高柳は迷わずうなずいた。


「やります。G-progが“現場の夢物語”で終わらないためにも」


沢田常務は、その返事を待っていたかのように、深く、満足げに頷いた。


——十二階の会議室から見える景色は、今日も都会の中に溶け込んでいた。

だがその中で確かに、小さな火が灯り続けている。

それは、地方の畑の土に種を蒔くような、静かだが確かな希望だった。



ーー通り道の影ーー

昼食を終えた高柳久美子は、沢田常務の一歩後ろを歩いていた。

重すぎず、軽すぎず。それでも、あきらかに“役員の随行”という重みのある位置だ。


十二階の役員食堂から役員応接室へ向かう途中のフロアは深いグレーの絨毯で覆われており、食堂と廊下を区切るガラス扉は自動で開閉する。そこでは本社勤務の社員が常に往来している。


途中、数人の社員とすれ違った。

男性社員が一人、深々と頭を下げて通り過ぎる。

続いて中堅クラスの女性が、軽く膝を折るようにしながら会釈。

そして年配の社員が立ち止まり、通路を大きく空け、60度の礼で沢田常務を迎えた。


「どうも、神山さん。今週、暑いですね」

沢田は足を止め、自然な笑顔で声をかける。


「はい、常務、恐縮です……」


「曽我ちゃん、調子どう?」

別の若手社員に、冗談めいた口調で軽く手を上げた。


「はっ、絶好調です!」

返ってくるのは、やや緊張を含んだ声。


沢田修治。42歳にして取締役常務。この規模の大企業では異例の若さだ。

だが、彼がこの地位にいることに異を唱える者は少ない。

階段を飛び越えず、むしろ一段ずつ確実に登ってきた人間。技術と経営の両面を理解し、人の心にも(さと)い。

“人間の器ができている”という表現が、まさに彼にはふさわしかった。


高柳はそんな背中を少し離れて見つめながら、内心複雑な思いを抱えていた。

この背中に、私はどう見えているのだろう。特別か、それとも、駒か。


――そのときだった。廊下の端、コピー室前のソファのあたりで、女子社員たちが声をひそめていた。三人組のうちの一人が、周囲に気づかれないよう、他の二人に向けて囁く。


「高柳さん、すごいね……肩で風切って歩いてるって感じ」


「腐っても鯛よね、あたしたちとは違うわ……昔の“伝説の開発者”ってやつでしょ?」


「でもさ、常務がああやって特別扱いしてるの、JurisWorksの件があるからでしょ。裁判、勝訴するかもしれないし……相手と和解するにしても、手土産(てみやげ)として彼女を差し出す腹づもりだろうって、うちの課長が言ってたわ」


「なるほどねぇ。企業の生贄かぁ……でもさ、私ならそこで自分を高く売りつけるな~」


「やだぁ、出た、商売上手!」


三人は声を抑えながらも、くすくすと笑い合った。


高柳は足を止めず、そのまま通り過ぎた。

会話の内容など、聞こえていないふりをすれば済む。いつものことだ。

だが今日の空気は、ほんの少し、胸の奥に刺さった。


――私は何に利用されている?

技術か、過去か、情か。

それとも、まだ役に立つ“幻想”か。


彼女は、歩調を整えた。

沢田常務の背中に、ほんの少しだけ距離を縮めて。


応接室のドアが自動で開き、冷房の冷気が漏れ出た。

このあと、社長と専務が待っている。


彼女は知っていた。

自分はもう“社内の高柳久美子”ではない。

それでも、まだ――自分の価値を誰かに値踏みさせている時期ではない。

だから、今日も歩く。風を切るのではなく、自分の足で、一歩ずつ。



ーー帰る場所ーー

田舎の路線バスが、ゆるやかにブレーキ音を響かせて停まった。

山の麓、小さな村のバス停。一時間に1本、乗客はわずか数人、皆慣れた足取りでそれぞれの帰路に散っていく。


高柳久美子は肩から下げたトートバッグを軽く持ち直し、深く息を吸い込んだ。

都会の空気がまだ肺の奥に残っている気がしたが、山の香りがじきにそれを押し出していった。


——ここから歩きだと10キロ。

緩やかな坂道を登った先に、彼女の今の住まいがある。研究所、社宅、そしてちょっとした”愉快な動物園”のような古民家。

けれど今日はその前に、もうひとつ立ち寄る場所があった。


「小林自動車整備工場」。

村のメイン通りから少し奥に入った場所にある、年季の入ったトタン屋根の工場。

看板のペンキはだいぶ薄れているが、手入れされた工具と油の匂いが、それが現役であることを雄弁に語っていた。


扉を押すと、すぐに耳に飛び込んできたのは、二人の男のやりとりだった。


「いや、それ違うって!こっちの線はリレー通ってないよ」

「ちょ、待って、それは俺がさっき——あっ、やっぱそっちか……」


作業台の前、頭を突き合わせるようにして座っているのは、邑人英二(むらびとえいじ)と小林槌男(つちお)だった。

机の上には、基板に細い配線、安っぽいセンサーとセロハンテープ。まるで中学生の夏休み自由研究のような光景だが、二人の顔は真剣そのものだった。


久美子が近づくと、先に気づいたのは邑人だった。


「お帰り、クミさん」

にかっと笑って、半田ごてを置く。「ちょっと便利な温度湿度センサー、作ってみたんだ」


するとその言葉に被せるように、槌男がすかさず声を張る。


「いや、俺ね、俺が作ったの!英二さんの図面がアレだったから、俺が現場で調整したの!」


「図面アレって言うなよ、ほとんど完成形だっただろ」


「いやいや、現場の汗で測れる精度じゃなかったじゃん!」


軽口を交わす二人の間に、久美子はくすっと笑った。


「どっちが作ったかはあとで決めてください。動けばいいんですよ、動けば」


そのとき、奥から扇風機を片手に、汗だくの男が現れた。

つなぎの胸元を開け、油のついたタオルを首に巻いた、小林昭一(あきかず)だ。


「おっ、やあ、久美子さん。東京はどうだった?」


「暑かったです、ほんとに。ビルから一歩出た瞬間、もう地獄でしたよ」

久美子はトートバッグから紙袋を取り出し、にっこりと手渡す。

「小林さん、よかったらどうぞ。お土産の“水まんじゅう”です。冷蔵庫で冷やしてからが美味しいですよ」


昭一は目を細め、嬉しそうに受け取った。


「おお、こりゃありがたい。外で待ってるロバにも分けてやるか」


「ドンちゃんには、ニンジン買って来ました」

即座に久美子が笑顔でつっこむ。


「ほな冷やそか」と昭一が工場奥へ引っ込みながら言い、

作業台の前の二人は、また顔を突き合わせ、今度はデータ読み込みのタイミングについて言い争っている。


——この場所は、喧騒とは無縁だ。

誰が正しいかよりも、どうすれば“次”がよくなるか。

論理よりも、手と手が生み出す実感。


久美子は、埃っぽいベンチに腰を下ろした。

頬をなでる風が、東京の空調とはまるで違っていた。

どこかしら、土と油と、少しだけ自由の匂いが混ざっている。



ーー斜面の利用 SLOPE HARVEST PROJECTーー

夏の陽が斜めに差し込む午後、高柳久美子は古民家の裏手に広がる急斜面を、険しい表情で見上げていた。手入れもされず、草が生い茂ったままの傾斜。立っているだけで足を取られそうな角度だ。 


隣に立つ邑人英二は、帽子のつばを上げながら彼女を見た。久美子は言った。


「ここ……畑にも田んぼにも向かないのよね。でも、何かに活かせる気がするの」


英二は微笑んで、足元の石を転がした。


「“土を削る”発想をやめましょう。この角度を、そのまま活かすっていうのはどう?」


「どうやって……?」


英二は、小脇に抱えていたスケッチブックを広げた。色鉛筆で描かれた斜面の構造図、細かく記されたメモや寸法。見覚えのある土地が、未来の姿としてそこにあった。


「名付けて『SLOPE HARVEST PROJECT』。この急斜面をそのまま利用する果樹園構想さ」


久美子は驚いた表情でページをめくった。


柿、イチジク、ミカン、キウイ……どれも根の張りが強く、地滑り防止にもなる果樹ばかり。そして果樹たちは、斜面に覆いかぶさるような透明なドーム構造の中に育つ。素材は再生ポリカーボネート。熱がこもらぬよう、遠隔操作のベントが設けられている。


「この斜面の自然条件をそのまま活かす構造だよ。風も光も、水もね」


モノレールのスケッチには、腰かけ式の台車が描かれていた。


「農作業の負担を減らすために、傾斜に沿って移動できる電動モノレールを走らせる。刈り込みも、高枝鋏とドローンを組み合わせて半自動制御。過剰な労力は要らない」


「じゃあ、木が生長するまで、人は……?」と久美子が問いかけると、英二はにやりと笑った。


「人間は、見守る役。過干渉しない。…ほら」


鶏小屋の絵があった。「チーフのお城」と記された竹小屋が、ハウス頂部に配置されている。放し飼いの鶏たちは斜面の雑草と虫を食べ、自然と共存しながら作物を守る。


「害虫?それも自然の一部だ。全部駆除しようなんておこがましい。虫が食べられないほどの薬を使うくらいなら、人間だって食べない方がいい」


久美子はスケッチを抱えたまま、笑った。「あなたって、本当に変わってる」


### 数か月後 完成式の日


風が新芽を揺らし、果樹たちが列をなして並ぶ。透明なハウスが斜面に優しくかぶさり、陽光が斜めに差し込んでいた。


久美子はモノレールに腰かけ、果樹の枝を丁寧に剪定している。背中にはニャンヌが入ったリュック。のそのそと動くその重みが心地よい。


下の方では、犬のダンが鶏たちと戯れている。チーフと名付けられた鶏は堂々とした足取りで、クミ、ヒヨコたちを率いて虫をついばんでいた。


「英二さん、この斜面が、こんな楽園になるなんて……!」


「急斜面だからこそ、日当たりも風通しもいい。ここで育った果実は、きっと“山の味”がするよ」

植えた果樹はまだ小さい。収穫はまださきとなるだろう。空いた所には木箱に植えたイチゴが配置される。樹木の枝振りが大きくなるまでの穴埋めだ。


久美子は空を見上げる。春の空は青く、どこまでも澄んでいた。


「空が近いですね。こんな場所で、農業ができるなんて……」


鶏の卵は雛となり、家族の数を着実に増やしていた。


モノレールは村の農家たちの間で話題となり、見学に訪れた者たちの目を輝かせている。彼らは「こんなの、見たことがない」と声をそろえる。


古民家の縁側では、小林昭一と槌男が図面を広げている。どうやら、次のモノレール設計を考えているらしい。


「斜面用の軽量パーツ、開発してみるか?」と槌男。


「おう、あの斜面、実験場にちょうどいいわ」と昭一。


モノレールの頂上では、久美子がノートを開きながらつぶやく。


「……手間がかかるけど、有機農法にしたいわね」


陽の光が、彼女の頬を明るく照らしていた。



ーー山の小さな生態系ーー

午後の陽射しが柔らかく斜面を照らしていた。風にそよぐ果樹の葉と、のどかに鳴く鶏たちの声が、どこかで失われかけていた自然のリズムを思い出させる。高柳久美子は斜面の端に腰をおろし、捕虫網を取り出すと、ふと立ち上がって草むらへと歩き出した。


「アシナガバチやジガバチも、呼び寄せるようにするのよ」


傍らに立つ英二に、久美子はそう呟いた。


「蛾の幼虫、あれって鶏が食べないのも多いの。毒があるから。でも、こういう蜂たちはね、ああいう奴らの天敵なのよ。巣に持ち帰って、幼虫のエサにしちゃうの」


英二は感心したようにうなずきながら、久美子の視線を追って草むらを見た。そこで何かが動いた。細長い体、鋭い前脚、まるで祈るようなポーズでじっとしていた。


「カマキリ発見」と久美子。


彼女はそっと手を伸ばして、慎重につまみ上げると、その小さな昆虫を英二の目の前に差し出した。


「わっ!」

英二はわざとらしく大きな声をあげてのけぞった。


久美子はくすくす笑った。「そんな大げさな。でもまあ、蜘蛛でもカマキリでも、できるだけ殺さないようにしてるの。トカゲだって、全部、人間のために働いてくれてるんだから」


彼女の目は真剣だったが、どこか楽しげでもあった。


「ただ……蛇だけはダメですね。あれだけは、どうしても苦手」


「じゃあ蛇が出たら、ニャンヌに戦ってもらおうか」


英二が冗談混じりにそう言うと、足下でダンが「ワン!」と一声吠えた。まるで「俺もいるぞ」と言わんばかりだ。


英二は笑って、ダンの頭をやさしく撫でた。


「お前はまあ、無理すんな!」


ダンは少し誇らしげに鼻を鳴らして、ニャンヌの後ろをちょこちょことついて歩いた。


久美子は斜面に広がる草木を見渡し、小さく息をついた。

この場所はただの傾いた土地じゃない。人間と、動物と、虫たちとが、それぞれの役割を持って生きる、もうひとつの世界になりつつあった。


そして彼女は、そっと心の中でつぶやいた。


「次は、養蜂も……いいかもしれない」


斜面の上、陽が西へ傾きはじめた。空はまだ明るく、だが、夏の終わりがほんのりと匂っていた。



ーー女王の謁見ーー

高柳久美子は、この春から定置養蜂の学びを始めていた。師匠の指導を受け、とりあえず三箱の巣箱を設置したところだ。箱の中ではすでに蜂たちが活動を始め、うっすらと貯蜜も見られたが、収穫にはまだ早い。夏の終わりを思わせる涼しい風が吹いたある夕暮れのことだった。


「そろそろ始めようか。まだ“共同経営者”とは正式に挨拶してなかったしな」


邑人英二はそう言って、まるでアルマイト製の弁当箱のような、無機質な箱を差し出してきた。槌男が作るような電子工作の香りはなく、操作ボタンすら見当たらない。


「まあ、これは、ある種の可視化ツールだ。ネットゲームでアバターを作るだろ?あれと似たようなもんさ。コミュニケーションのためのチャンネル合わせ、ってやつだ。ゲームの一種だと思えばいいよ」


そう言った直後、辺りが一瞬ざわめいたような錯覚に包まれ、夕闇の向こうに人影が浮かび上がった。


それは「人の姿」に見えた。だが、その存在はまるで、何かのコスプレをして遊んでいる人物のようでもあり、舞台から抜け出してきた精巧なマネキンのようでもあった。そして何よりも、その姿を見て久美子は即座に理解した——これが、あの「女王蜂」なのだと。

挿絵(By みてみん)

「はじめまして。私はこの群体(ぐんたい)のシンボルです。あなた方の言う『女王蜂』として、謁見を許可します」


声は人間の女のように響いたが、どこか無機質な均衡があった。


女王は自身の姿をひと目見て、微かに口角を上げた。


「これが人類の感性?なるほど……羽が金色に光っている。人間の“権威”のメタファーですね。面白い。でも、私に“冠”は要らないのですよ。(むれ)が私、私が(むれ)。それが自然の秩序です」


その笑みは、感情の発露というよりも、非感情的な知性が見せる「ユーモア」のようだった。もしかすると、笑ったかどうかすら群体的には無意味なのかもしれない。だが、その“意味のズレ”こそが対話の可能性の始点だった。


女王蜂は本題に入る。


「収穫配分の交渉ですね。今年のハチミツ配分は例年通り、人8:蜂2で構いません。群体維持に必要な最低限は確保できますし、どうぞ滋養にお使いください。 ただ、貴殿の巣箱の配置について、日照と風通しの兼ね合いから、もう少し拡張をお願いできればと考えております。群体の活動効率に影響しますので。 それと、イタチとクマの出没頻度が上がっております。防護策をご検討いただけるとありがたいです。とくに夜間の鳴動センサーの精度に問題があるようで…」


その物言いはまるで、冷静沈着な経営者のようだった。


英二はにやりと笑い、帽子を軽く持ち上げる仕草を見せた。


「なるほど、女王さま。あなたは、我々人間のIT能力に目をつけて、ただの“労働力”から、群体発展の“アドバイザー”へと我々を格上げされたわけですね。賢明なご判断です。」


「情報処理能力は、時として群体(ぐんたい)を超える力を持ちます。だからこそ、私たちも見直す必要があったのです。“人間を飼う”という過去の思想から、“協働者”への転換へと。巣箱の管理だけではありません。気候予測、蜜源ルートの最適化、外敵の監視、そして意思の伝達。すべて、あなた方の技術で可能になったのです。」


人類と蜜蜂――かつては「搾取と提供」の関係であったはずが、今や「共創と対話」へと移り変わろうとしている。そのことを、久美子ははっきりと感じ取った。


「女王さま……蜂が人間を“飼っていた”とは、驚きです。たしかに、人間を殺すのなんて、簡単ですものね。一刺しで……」


女王蜂は、ふっと微笑むように答えた。


「もちろん、刺すことはできます。けれど――人間が整備した巣箱の温度制御機能、夜間警備システム、そして先日導入された蜜源解析AI。私たちは理解しました。“刺さないほうが得”なのだと。」


その微笑みは、知性の余裕からくるものだった。そして、その底にはこうした皮肉が潜んでいた。


――人間は、他を恐怖することによって、ようやく愛されようとする。

――“怖い蜂に好かれたい”という願望。

それは愛なのか、それとも……恐怖の進化形なのか。


久美子は、静かに女王の言葉を受け止めた。


人間の側が蜂を観察しているようでいて、実は彼女たちのほうが、ずっと前から私たちを見ていたのかもしれない――と、そんな感覚にとらわれながら。


そして、ふと吹き抜けた山の風のなか、遠くから巣箱の蜂たちの羽音が聞こえてきた。


まるで、それが彼女たちの拍手のようにも思えた。


久美子は、興味が湧きすぎて止まらなくなった。今が貴重な機会であると知り、女王にいくつかの質問を重ねていった。


「スズメバチが襲撃してくるのは、なぜですか?」


「巣を守るため、蜜源の主導権争い。目的が明確です。でも、あなたたち人間はどうでしょう。人を殺すために何兆円もかけて核兵器を作る。……その予算、レンゲの栽培に回せば蜜の品質、二段階は向上しますのに」


久美子は苦笑いするしかなかった。


「人間は睡眠を削ってでも効率を上げようとします」


「幻想ですね。群体では、夜間警戒員が眠らなかった翌日、巣の警戒率が3割低下しました。ご自愛なさい」


「人間社会では、見栄やブランドがすごく重要で…」


「羽の模様で社会的地位を競っているのですか?うちの働き蜂は汗の香りで信頼されるのですけどね」


「“自己”を唯一とする価値観もあります」


「個体に意味を与えるのは、(むれ)から分離する恐怖の現れでしょう。でも、群で考えれば、すべての意思は重なっています。それが、本当の自由じゃないかしら」


女王蜂はしばし久美子を見つめた後、ふと手を伸ばし、その小さな口で指先を濡らして輝く蜜を纏わせた。


「今年の蜜の味、試してみますか?」


それを、久美子の唇にそっと触れさせた。


——甘い。


喉の奥からじわりと広がる、深い甘み。花の種類すら識別できるような複雑な構成。それを言葉にしようとした瞬間、世界が暗転した。


気づいたとき、久美子は古民家の布団の中にいた。昼間着ていた服のまま。どれだけ時間が経ったのか、窓の外はすでに夕焼け色。


枕元には英二の手書きのメモがあった。


> 「気が向いたら、また会わせてあげるよ。

> でもナイショでな」


久美子はその文字を何度もなぞった。

挿絵(By みてみん)

もしかして、これは夢だったのか?それとも、蜜による一種の覚醒だったのか?

けれど、唇に残る甘みと、胸の奥にあるざわめきだけが、それが確かな「現実」であったと静かに証言していた。



ーー『突撃、米造り農家!』──G-prog実験農場にて

山間の風が、木々の葉をそっと揺らす。蝉の鳴き声が響き渡る中、二人の男が険しい山道を登っていた。ひとりはシュッとした体型にちょっと大きめのサングラス、もうひとりはタオルを首に巻いて大きく息を吐いている。漫才コンビ「レンチンズ」の北盛夫(きたもりお)飯野武(いいのたけし)だ。


東京から来たテレビクルーが彼らに続く。ロケ車は途中の林道までしか入れなかったらしい。今日の舞台は、高柳久美子が管理するG-prog実験農場。山間部の限界集落にある、古民家を改修して作られた複合型農場施設である。


「うわぁ……虫すごいっすね」

飯野が半笑いで頭を掻く。

「お前、今日こそ俺たちの米芸を全国に知らしめるんやからな」

北がそう言うと、カメラの前でひときわ姿勢を正す。


番組のタイトルは──

『突撃、米造り農家!』。全国の米造りの現場をレンチンズの二人がお茶の間にお届けするという企画だ。昨今の米事情で、「日本人の主食って、今どんな状況なの?」「今年は新米がちゃんと店先にならぶだろうか?」「稲作はどんなふうに行われているの?」こういった「米」に対する強い関心を持つ人が増えて来た。米造りの現場にキャメラを向けて、お笑い芸人にレポートしてもらおう。というものです。


地方局・東京MTV制作の農業密着番組だが、SNSでのバズりをきっかけにじわじわと人気を伸ばしていて、ついに2クールに突入した。そして、その進行役として絶妙のバランス感覚を見せているのが、フリーアナウンサー・桑島実朗だった。


東京スタジオでは、彼が今日も安定の「桑島節」で番組の幕を開けていた。


「週に一度のレンチンタイム、ほかほかのご飯に、突撃のお時間がやってまいりました!」


オープニングのテーマソングが流れ、画面においしそうな米と農作業風景のダイジェストが映し出される。


「たけがきに、たけたてかけたの、たけたかごはん!『突撃、米造り農家!』」


このキャッチコピーは桑島の自作だ。妙に耳に残るリズムと、力技のような語呂合わせ。視聴者の間では「今日も言ったな」とSNSで実況されるほど、定番となっている。


「司会は桑島実朗でございます。本日は、山間地の農業再生プロジェクト『G-prog』を展開されています、株式会社N通信、常務取締役、沢田修治様にスタジオにお越しいただいております。沢田常務、よろしくお願いいたします」


「よろしくお願いします。今日は、G-progの実験農場から生中継もありますので、どうぞお楽しみに」


カメラが切り替わると、汗を拭いながら笑顔を見せるレンチンズの二人が画面いっぱいに映し出される。


「どーもー!レンチンズです!」

「レンチンじゃないよ、現地炊き出しです!」

「ツッコミは後でええわ!」


と、いきなり始まる漫才の小ネタ。撮影ディレクターの指示ではなく、完全なアドリブだった。だが、それがこの番組の良さだと、桑島も現場スタッフも理解していた。


高柳久美子は、奥の古民家から彼らのやりとりを微笑みながら見ていた。

「あの二人、案外この空気に合ってるかもね」


ニャンヌがその足元をすり抜け、畑の方へと走っていく。今日も、愉快な一日がはじまろうとしていた。



ーー山あいの田んぼから、日本の未来へーー

森の中に微かに水音が響いていた。木々が揺れるたび、光がまだらに田面に落ちる。ここは、〇〇県の山間部、標高400メートルほどの小さな田んぼ、一部は棚田。


「なんでまた、こんな山奥で田んぼやってますの?」

その問いを投げかけたのは、お笑いコンビ「レンチンズ」の北盛夫。東京MTVの番組「突撃米造り農家」のロケでこの地を訪れている。


カメラの前に立つ女性は、白い作業着に長靴姿。高柳久美子――元は都市型システムエンジニア。今はこの地で“未来の米”を育てる研究者だ。


「ここで作るお米は、美味しさを研ぎ澄ますためなのです」と彼女は静かに、しかし確信に満ちた口調で話し始めた。


「私たちがここで育てているのは、食用のお米じゃありません。“種籾”です。原種に近いかたちで、品種ごとの特徴を守るために、交雑の心配が少ない山間のくぼ地を選んで栽培しています。日本のお米は主食用品種だけでも300種類以上あるんですよ。これらは、先人の農業研究の結晶です」


カメラは、彼女が指さす右手東側を映す。ここからは見えないが、古代米――赤米や紅米が育てられているという。


「なるべくDNAを純粋なかたちで残す。それが目的なんです」


相方の飯野武が口を挟む。「でも、ぎょうさん作らないとあまり儲からんのとちゃいまっか?」


高柳は一拍おいて答える。


「おっしゃる通り、これはこのまま儲かる事業ではありません。ここで収穫した種籾は、直接お米として食卓に届くことは、まずありません。まずは“原種”として他の種籾生産者に渡ります。そこで増やされて、出来た種籾が全国の食用米農家の苗床へと届けられ、田植えの苗になるんです」


北がぽつりと呟く。「ようやく、実家の田植えシーズンの風景が見えてきましたわ……ばーちゃーん!元気してるかぁ~」


小さく笑った高柳は、やがて真剣な表情へと戻る。


「えー、それでですね。いま、米づくりをめぐるいくつかの問題があります。まず、①農家の高齢化。②農業人口の減少。③そして、世界的な異常気象です。かつて当たり前だった“日本の田んぼ”が、すでに当たり前じゃなくなりつつあるんです」


スタッフの一人が、静かにカメラをズームさせる。


「それでも、土づくりから始めて、天然の水系に恵まれた田んぼで、誠実にお米づくりを続けておられる農家さんは、まだ多くいらっしゃいます。しかし、政府の農政は“守り”から“攻め”へと舵を切りました。農家を、世界市場へ放り出してしまったのです」


北が口を挟む。「それって、どうなるんですか?」


高柳は、少しだけ目を伏せ、ゆっくりと答える。


「……残念ながら、日本の米づくりは、やがて“世界穀物メジャー”に飲み込まれてしまうでしょうね。だからこそ、私たちが取り組んでいる“再生農業”には意味があります」



ーー風が稲の穂を揺らすーー

「それは、化学肥料で大規模に戦う道ではなく、遺伝子組み換えで競う道でもなく――AIやITといった技術を使って、小規模農業でも世界と戦えるようにする。そのための技術基盤を、このG-progで整えているんです」


しばらく沈黙が流れた。


そのあとで、飯野が突然声を張った。


「わかる!わかります!……言葉の意味は分からないけど、なんかめっちゃ熱を感じます!」


スタッフの笑いが走る。


その瞬間、高柳のスマホが震えた。画面には一言、「炊き上げ完了」。


「あら、できたようですね」


高柳は、そっとスマホを手に取り、近くの小屋へ案内する。


そこには、どこか懐かしい“かまど”の周囲に、何か、金属製のパイプや計器が組まれた、見たこともないような炊飯装置がおかれていたれていた。


「これは、小林さん親子と邑人英二さんのコラボで作られた“自動炊飯かまど”です。遠赤外線を発する石板の上にお釜が載せられ、その下に炉があります。火加減はセンサーが見張り、木質ペレットが自動投入されます。最初に火種を入れたら、炊き上がりまでノータッチなんです」


蓋を開けると、ふわりと立ちのぼる湯気。黄金色に輝く米粒が、炊きあがっていた。


「どうぞ、召し上がってみてください」


味噌汁と香の物の小皿、里芋と大根を炊いたものが入った小鉢。

高柳久美子が膳をレンチンズの二人の前に置いた


レンチンズのふたりは、一口頬張る。


……沈黙。


次の瞬間、ふたり同時に叫んだ。


「レンチン!感激!」



ーー山から始まる、未来の糧ーー


ふたりの芸人が、一口、炊き立ての米を頬張る。

――静寂。

ほんの一瞬、音が消えたかのような時の“間”。


その沈黙を破るように、レンチンズのふたりが息を合わせて叫んだ。


「レンチン!感激!!」


山間に響き渡る大声に、スタッフの笑い声が重なる。

だが、その声は稲の海を超え、電波に乗って東京のスタジオにも届いていた。


──場面は切り替わる。


白を基調としたスタジオセット。中央には、落ち着いた色調のスーツを身にまとったフリーアナウンサー・桑島実朗が、モニター越しの食事の様子を見つめていた。


「はい、“レンチン!感激!” いただきました。いやぁ、毎回この決まり文句しか言わないのに、不思議と飽きないんですよね」


会場に笑いが起きる。桑島は少し頬を緩めたあと、姿勢を正して語り始める。


「――さて、番組後半は真面目な話題です。本日のスタジオゲストをご紹介します。N通信 常務取締役・沢田修治さんです。よろしくお願いいたします」


映し出されたゲスト席には、深い藍色のスーツに身を包んだ男が腰掛けている。髪は短く整えられ、目元には知性と静かな情熱がにじむ。


「本日はお招きいただきありがとうございます」と、沢田は深く頭を下げた。大企業の役員とは思えないほど、丁寧で柔和な態度だった。


桑島は頷き、手元のタブレットに目を落とす。


「さて、G-progのプロジェクトが、想定を上回るスピードで成果を出していると伺っていますが……それは一体、どのような点でとお考えでしょうか?」


沢田は一呼吸おいてから、穏やかな口調で語り始めた。


「私たちが目指しているのは、“ITとAIによる農業の再定義”です。G-progは、その先鋒を担うプロジェクトでありながら、単なるテクノロジー導入にはとどまりません。現場の知恵と科学を結びつけ、小さくても強い農業を、日本の山間地から再構築する。そういうビジョンを持っています」


モニターには、先ほどの高柳久美子の姿が映し出された。


「特に高柳さんのような人材が、都市部の開発現場から地方に入ることで、地元の技術者や職人たち――たとえば、小林親子や邑人英二さんのような方々と自然なかたちで連携し、革新的な技術が“農の現場”に根付いていくんです」


桑島が静かに頷く。


「なるほど。“最先端”と“現場の知”が融合することで、本来の日本農業の持っていたしなやかさを取り戻す、と」


「まさにその通りです。私たちは、G-progを『未来への種籾』のような存在だと考えています。まだ小さく、直接的な利益を生むわけではありませんが、これがやがて、地方の農業や地域経済全体に波紋のように広がっていく。そう信じて進めています」


スタジオに、少し重みのある沈黙が流れた。


桑島は、言葉を選びながら結んだ。


「本日の特集は、“農”の話でありながら、まるで“国づくり”の話のようですね。沢田常務、もうすこしお話を伺えませんか?」


「ええ、G-progのヴィジョンを、動画も交えながらご案内させて頂こうと思います。」


背後のモニターには、再び田んぼの風景が映る。

赤米、紅米、そして黄金色の実り。

そのひと粒の背後に、未来が映し出されていた。



ーー未来の稲作、その原点へーー

白い照明に包まれたスタジオ。

モニターにはまだ、レンチンズと高柳久美子の映像が映っている。美味しいご飯に箸が止まらない二人、古民家の縁側の外には、犬のダンと鶏のチーフ家族が庭を歩き回る。垣根の向こうには、風に揺れる稲穂の波。その奥に広がる、ゆるやかな山の稜線。


そこに、静かに一歩踏み出すように、沢田修治は語りを続けた。


「私たちは、日本の“米造り”の本質的な価値を、もう一度見直す時期に来ていると思います」


スタジオが静まる。モニター越しに見える久美子の姿――あの山あいのくぼ地、交雑を避けるために選ばれた小さな田んぼの記憶が、視聴者の脳裏にも残っている。


沢田は続けた。


「高柳さんが取り組んでいる“種籾生産”の現場こそ、日本の稲作再生の原点です。しかし現実として、小規模稲作はコスト的に成り立ちません。農家の皆さんの情熱だけで支え続けるには限界がある」


視線をまっすぐに前に向けたまま、沢田の語り口は少しずつ熱を帯びていった。


「そこで私たちは考えました。山間地でブランド種籾を生産する活動を、“産業”として成り立たせる。それが第一の挑戦です」


カメラはモニター上の動画に切り替わり、品評会で並べられた米粒の拡大写真が表示された。精査された白米の輝きが、まるで宝石のように並ぶ。


「自分たちの田で育てた品種が、“ブランド種籾”として評価され、専門のプロフェッショナル市場でランク付けされる。そしてその少量の種籾が、“高価格”で出荷されるしくみを確立する。小さくても、世界に誇れる品質で勝負できる経済圏です」


桑島が、やや身を乗り出すようにして聞き入る。


「では、そこから先は……?」


沢田は頷いた。


「第二のステージとして、そのブランド種籾を活用する新たな事業が生まれます。たとえば――」


1本の指を立てる。


「① 少量のブランド米を提供する”高級飲食店との提携”。特別な日に、特別な料理とともに出されるお米。これは、“物語を食べる体験”です」


2本目の指が続く。


「② ブランド種籾を仕入れ、独自の稲作技術で育て、**自ら種籾を増殖(増粒)し、より大規模な農場に卸す事業**。ここで新たな農業法人や“種籾育成専門業”が誕生します」


そして、三本目の指が立つ。


「③ その種籾を使って、”市場流通米を生産する大規模農場”――ここには、海外資本の農業生産者も参入してくるでしょう。しかし、私たち日本の農業法人、耕作機器メーカー、農業ベンチャーは、N通信と連携し、海外メジャーに真正面から立ち向かう構えでいます」


桑島が思わず、小さく感嘆の声を漏らした。


沢田は、少しだけトーンを落としながら言葉を重ねる。


「しかし……この分野で、私たちが忘れてはならない存在があります。『日本各地の“米所(こめどころ)”』です」


モニターが切り替わる。雪の重みをたたえた連峰、そのふもとに広がる黄金色の田んぼたち。新潟、北海道、秋田、宮城――。


「そこは、数百年にわたって米を作り続けた土地。単なる農地ではありません。”日本人の記憶と、誇りと、財産”です。各地の米所が、こうした戦いの場に黙って見ているはずがありません。むしろ、彼らこそが次の主役になると、私は思っています」


その言葉に、桑島の目が潤んだように見えた。


「まさに、沢田常務……!」


静かに拳を握りしめた。


「その戦いの舞台こそ……当番組『突撃!米造り農家』の、まさに原点といえるのではないでしょうか!」


沢田は深く、ゆっくりと頷いた。


スタジオには拍手が起き、番組のスタッフさえも一瞬立ち上がりかけるほどの緊張感が走った。


それは、農業の話でありながら、

経済の話でありながら、

文化と、誇りと、国のかたちを語る一幕だった。

ーー続くーー


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