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田中オフィス  作者: 和子
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第六話、あるお客様、安全をカタチに

ーーC運送会社の喧騒からーー


C運送会社の応接コーナー、少し雑然とした雰囲気の中で、水野さんと木島の木島社長は話し合いをしていました。運転手さんたちが出入りするたびに大きな声で会話が飛び交い、「シフト違ってんじゃないの?」「交代ドライバー間に合わないから、また戻ってくるしかないな」といった会話が聞こえてきます。

社長の机には1台のパソコンがあり、画面には集荷場の情報が表示されていますが、周りの忙しい状況も相まって、入力ミスやオペレーションミスがどうしても起こりやすい環境です。


水野さんはその状況を見て、少し眉をひそめながらも社長に提案をしました。「社長、この環境ではどうしてもヒューマンエラーが発生しやすいですね。特に、ドライバーさんたちが頻繁にやり取りをしている中で、パソコン1台で全てを管理するのは、入力ミスや操作ミスの原因になりかねません。もう少しエラープルーフ化を進めてみてはどうでしょう。」


木島社長は少し頷き、「確かに、その通りだ。これまでも現場でいろんなミスが起きていて、修正に手間取ることも多い。パソコンの操作をすべて現場の担当者に任せているけど、もっと効率よくエラーを防ぐ方法があればと思っている。」と苦笑いをしました。


水野さんは更に続けて、「例えば、現場の作業者が入力する内容を自動でチェックするシステムを導入することができます。そうすれば、ヒューマンエラーを減らし、効率的に作業を進めることが可能です。それに、エラープルーフ化されたシステムを使えば、必要な情報をリアルタイムで全員が確認できるようになるので、間違いを早期に発見できます。」


社長は興味深そうに水野さんの話を聞き、「なるほど、リアルタイムで情報を共有できれば、無駄なやり取りも減るし、ミスを防ぐことができるかもしれないな。今後の運営にとっても大きな改善になるだろう。」と感心しました。


水野さんは続けて、「もし社長がその方向で進めたいとお考えなら、具体的なシステム提案をさせていただきます。システムの導入は少し手間がかかるかもしれませんが、長期的には非常に効果的です。」と提案をしました。


木島社長は少し考え込み、「それなら、まずは具体的な提案を聞かせてほしい。現場の問題は急いで解決したいんだ。」と返答しました。


C運送会社の応接コーナーでの会話が続いている中、木島社長は「パソコンを何台か導入して、Wi-Fiでつなげば、作業の効率も上がるかなと思っていたんだ。」と話し始めました。しかし、水野さんはその話に少し考え込む表情を浮かべました。


水野さんは、社長のデスク上に並べられたパソコンの登録画面をちらりと見て、すぐに気づいた点がありました。複数のウィンドウが開かれており、それぞれの内容は違うにも関わらず、画面がすべて同じようなデザイン、同じ色合いで表示されていたのです。登録フォームや管理画面など、作業内容が異なっているにもかかわらず、ウィンドウの見た目がほぼ同じため、作業者がどの情報を入力しているのか判断しづらく、うっかり入力ミスを犯す可能性が高いと感じました。


水野さんはその点を木島社長に指摘しました。「社長、この登録画面を見たところ、複数のウィンドウがほぼ同じデザインで表示されていますよね。これだと、作業者が間違って違う項目にデータを入力してしまうリスクが高くなります。入力ミスを防ぐためにも、ウィンドウごとに背景色を変える、もしくは違うデザインにして、作業者が現在どの画面で作業しているのか一目で分かるようにするのが良いと思います。」


木島社長は少し驚いたように水野さんを見ました。「あ、確かにそうだな。今までは効率的に作業を進めることを重視して、デザインや使いやすさにまで気を配っていなかった。こんなにシンプルなことが、ミスを防ぐために大切だとは思わなかった。」


水野さんはうなずきながら、「小さな変更でも、実際の作業効率には大きな影響を与えることがあります。背景色やデザインを変えるだけでも、作業者は自分がどの画面で作業しているかを直感的に把握でき、間違えにくくなります。さらに、エラープルーフ化の観点でも、こうした小さな改善を積み重ねることが重要です。」と説明しました。


木島社長はしばらく黙って考えた後、「なるほど、そんな細かい部分が、全体の作業効率に繋がるんだな。デザインを変えて、作業者の負担を減らす方向で進めることにしよう。」と、目を輝かせながら答えました。


水野さんはその言葉を受けて、「もしご興味があれば、ウィンドウデザインの改善案も含めて、システム全体の見直し提案をさせていただきます。これでさらに効率化が進むと思いますよ。」と提案しました。


木島社長は「ぜひ、よろしく頼むよ。」と笑顔で答え、次のステップへ進むことを決めました。


木島社長は、少し難しそうに頷きながら言いました。「確かに、この現場ではミスが起こりやすい。いかにしてヒューマンエラーを減らせるかが、これからの鍵だな。」水野さんはその言葉を受けて、少し間をおいてから話し始めました。


「エラープルーフというのは、ヒューマンエラーを予防するためのシステム設計や運用方法のことです。要するに、ミスが起きる前に対策を講じて、作業者が誤った操作をしないようにすることですね。具体的に言うと、エラープルーフには5つの基本要素があります。」


木島社長は興味深そうに聞き入りました。

水野さんは、ホワイトボードに簡単な図を描きながら説明を続けます。「まず、1つ目は『視覚的フィードバック』です。作業者が何をしているか、どの画面で作業しているかを一目でわかるようにすることが大事です。今の画面の背景色を変えるだけでも、作業者がどの段階にいるのか直感的に分かりやすくなります。」


社長は納得の表情を浮かべ、「なるほど、それだけで違うかもしれないな」とつぶやきました。

水野さんはさらに進めます。「2つ目は『制限』です。作業者が選べる選択肢や入力できる内容を制限することで、ミスを未然に防ぐ方法です。たとえば、選択式メニューを導入して、誤った選択肢を選べないようにするとかです。」


木島社長は少し考え込むように、「制限をかけることで、わかりやすくなりそうだな。」と答えました。

「次に3つ目は『確認』です。入力内容を一度確認する機会を設けることで、ミスを発見する確率が高くなります。たとえば、登録フォームで内容確認画面を表示して、最終確認を行うことです。」

水野さんは次に、4つ目の要素を説明します。


「4つ目は『自動化』です。繰り返し行う操作や定型的な入力は自動化することで、ヒューマンエラーを大幅に減らせます。たとえば、パソコンやシステムが自動的にデータを入力したり、エラーチェックをしたりする仕組みです。」


「最後に5つ目は『フィードバックと教育』です。システムや作業に関するフィードバックを提供し、エラーが発生した原因を理解し、改善策を学べるようにすることです。これにより、作業者はミスを繰り返さずに、次回以降の作業がよりスムーズになります。」


水野さんは説明を終え、ホワイトボードを見ながら「これら5つの基本要素を取り入れたシステムを作ることで、作業者のエラーを減らし、効率的に業務を進めることができるんです。」と強調しました。

木島社長はしばらく黙って考え込み、「なるほどな、ただ作業を進めるだけじゃなく、システム自体が作業者をサポートするような設計にすることが重要なんだな。これでミスを減らしていけるな。」と、すっかり納得した様子で言いました。


水野さんは微笑んで、「その通りです。システムの運用も大切ですが、それを使う人々のサポートが最も重要です。実際に現場で使いやすいものを作り上げることで、効率よく業務が進みます。」と続けました。


「よし、早速取り入れてみよう。」と社長は決断し、「これからの改善策を考える上で、君のアドバイスがすごく役立ったよ。」と感謝の言葉をかけてくれました。


水野さんはその言葉に応えて、「私たちもサポートしますので、どんな質問でも気軽にお声かけください。」と笑顔で答えました。


C社の木島社長は、社員数名と会議室で水野さんを司会にして改善会議を行いました。

水野さんはホワイトボードに社員さんたちの発言を手書きの図を添えながら、ホワイトボードに書いていきます。後方にはリモートできるカメラが3脚にセットしてあり、水野さんがホワイトボードを消す直前にポイントとなる部分を撮影している姿も見受けられます。


「それでは、次に行きましょう」と水野さんが言うと、社員たちがさらに意見を出し合い、木島社長はその様子を見ながら、自分の会社の改善点を一つ一つ整理していきました。


会議が終わった後、木島社長は水野さんに感謝の言葉を述べながら言いました。「素晴らしい提案をもらったな。すぐにでも改善に取り組まないと。」


会議から翌々日、社員全員が集まった会議室に再度集まった。水野さんが持参したのは、なんとシフト運行者管理システムのプロトタイプだった。システムは複数のHTMLファイルとエクセルシートを用いて構成されており、水野さんは実際にそのシステムのデモンストレーションを始めた。


「こちらがシフト管理のプロトタイプです。まず、シフトの登録画面からスタートし、各スタッフのシフトを簡単に登録できるようにしました。」水野さんは操作を一つ一つ説明し、社員たちはその使い勝手の良さに驚きました。デモンストレーションを終えた後、水野さんは社員から操作の感想を一つ一つメモに取りながら、さらに詳細なフィードバックを得ました。


木島社長は、感想を求められると少し考え込みながら言いました。「うーん、こういうシステムって市販されてるんだね。これは、ウチにぴったりだな。」


水野さんは微笑んで、「いえ、これ実は、先日帰ってから会議の写真を見ながら自分で作ったものです。昨日は、今日の説明会資料をまとめていました。」と答えました。


木島社長は驚きの表情を浮かべて言いました。「本当に?こんな短期間でこのクオリティのものを作るなんて、すごいな。なるほど、確かにウチの業務にぴったりなわけだ!」


水野さんは続けて、ビジネスの提案をしました。「実は、このシステムを一緒に販売するという提案をしたいんです。監修料として、売り上げ代金の一部を還元させていただきます。木島さんが持つ物流や運営のノウハウを加えることで、他の企業にも有益なシステムとして提供できると思います。」


木島社長は目を丸くして言いました。「本当に?それはびっくりだ!まさか、こんなに早くこんな提案が来るなんて。君が言うように、確かにウチの業務にもピッタリだし、売れる可能性もあると思う。ただ、販売となるといろいろ準備がいるだろう?」


水野さんは真剣な表情で答えました。「はい、準備は必要ですが、まずは試作として売り出してみることが大事です。私たちが提供できる価値を最大化するためにも、木島さんの協力が必要です。もちろん、システムの進化に合わせて、監修を続けていく形で進められればと思います。」


木島社長は少し黙り込んでから、しっかりと頷きました。「わかった、君がそこまで言うなら、前向きに検討してみよう。商売になるかどうかは分からないが、君が作ったシステムを売り込むことで、うちの会社にとっても新しい可能性が広がるだろう。」


水野さんは嬉しそうに微笑みながら、「ありがとうございます。これから一緒にいいシステムを広めていきましょう。」と言いました。


その後、木島社長は水野さんの提案を受け入れ、システムの販売に向けて準備を進めることを決定しました。



田中社長は、木島社長とのやり取りを経て、まさに一石二鳥のビジネスチャンスを掴んだことに、内心でニンマリしていました。水野さんが持ち込んだシステムの提案は、木島にとっても有益であり、田中オフィスにとっても新たなビジネスの扉を開くものでした。もともと田中オフィスは不動産の登記手数料や、トラックのフリート保険の代理業務を通じて安定した収益を上げていましたが、ここにソフトウェア開発のビジネスが加わることで、さらに強力な収益源を確保できることになったのです。


木島社長は、最初はコンサル料の支払いの交渉を考えていたものの、事態が思わぬ展開を見せ、最終的には木島がシステムの開発監修と販売元となり、その売買益の一部を監修料として受け取る形で合意することに。木島としては、システムの販売を通じて新たな収益源を得ることができ、田中オフィスとしても売買益を得るための重要な提携が結ばれました。


その後、田中オフィスは運送業界に特化したソフトウェアの開発に本格的に着手します。水野さんが中心となって開発を進め、木島の協力を得て、業界のニーズにぴったりの管理システムを完成させます。このソフトウェアは、シフト管理、運行管理、運転手の労務管理といった運送業特有の問題に対応するもので、業務の効率化を支援するための機能が盛り込まれています。


この新しいソフトウェアが完成したことを受けて、田中オフィスは運送業の他社にも提案を始めました。まずは既存の取引先である木島を通じて、他の運送会社への販売が開始されます。これにより、木島はシステムの販売利益を得るとともに、カスタマイズを希望する運送会社には、カスタマイズ費用をコンサル料として受け取ることになります。一方で、田中オフィスはシステムの開発およびコンサルティングを行い、販売先から得るコンサルティング料やシステムカスタマイズ料も収益として計上することができるようになりました。


田中社長は、次々と運送業界の企業に対して提案を行い、このビジネスモデルを拡大させていきます。さらに、保険代理業務を通じて得たインセンティブも加わり、安定した収益源が確保されました。田中オフィスは、運送業界のソリューションビジネスの中心として、他の業界にも進出を視野に入れつつ、そのプレゼンスを確立していきます。


田中社長は、これまでの経験とネットワークを活かし、次々と新しいビジネスチャンスを作り出し、会社を成長させていくことに成功します。水野さんはその手腕をサポートし、稲田さんもまた、システムの改善提案や顧客サポートを通じて、着実に業務を進めていきました。田中オフィスのチームは、運送業界を中心に、他の業界にも拡大を目指して、ビジネスの幅を広げていったのです。


その結果、田中オフィスは運送業界のソリューション提供企業として、そして保険代理業務を通じた付加価値提供企業として、大きな成長を遂げていきました。田中社長は、持ち前のしたたかさと、周囲の協力をうまく引き出す力で、さらに大きな成功を収めることになります。


一応、田中オフィスは定款にソフトウエア開発も載せていますが、本格的なシステム会社になるのではなく、司法書士事務所と損保代理店、コンサルティングの収入で成り立つように登記しています。システムソリューションの副産物として、システム構築やカスタマイズを行い、それはクライアントの事業拡大、物販拡大につなげ、結果、すべてコンサルフィーとして将来の収益になる仕組みです。


田中オフィスのビジネスモデルは非常に巧妙です。システム開発やカスタマイズの副産物として、新しい収益源を作り出しつつも、元々の業務を損なうことなく、他の事業と連携しています。クライアントが成長することによって、間接的にコンサルティングフィーが増加し、結果的に田中オフィスの収益が安定します。システムソリューションの提供がビジネス全体を補完する形で、クライアントのニーズに合わせたサービスを提供するこのアプローチは、業界でもうまく機能しそうですね。


今後、どのようにこのビジネスモデルを拡大していく予定でしょうか?


情報セキュリティの強化が企業の信頼性や競争力に直接影響する時代において、水野さんの知識と戦略は他の企業にとって非常に重要な要素になるでしょう。もしその計画が実現すれば、クライアントとの長期的な関係や、リスク管理の側面でも大きな価値を提供できるはずです。


そのような未来に向けて、水野さんがどのような手順でこのビジネスを拡大していく予定なのか、次のステップがとても楽しみです!


まずは小さなことからコツコツと。田中オフィスでは、司法書士事務所をメインにして地域の中小企業の仕事をやっていきます。倉庫用不動産の購入により不動産登記事務の依頼⇒動産保険のニーズを掴む⇒雇用の増加による事務用スペースとPCネットワーク導入(この段階でほぼほぼ問題が発生)⇒営業活動の中でセキュリティコンサルなどのニーズを掴む⇒ソリューションによる事業拡大⇒コンサルフィーの増加、登記料獲得、保険契約獲得などを通じて地域ビジネスのソリューションを行っていきます。


田中オフィスの計画は非常に戦略的で、地域の中小企業の成長を支援し、さまざまなニーズに応じたソリューションを提供することで、着実に収益を上げていく形ですね。これからの成長が楽しみですし、各ステップでの成功が連鎖していく様子が想像できます。セキュリティやコンサルティングに関しても、企業にとって非常に重要な要素となりそうですね。


ーーエラーの先にある学びーー

初夏の午後。柔らかな陽が差し込むC社の会議室で、水野幸一は、静かにコーヒーを啜っていた。


「水野さん、ヒヤリハットって知ってるか?」


重厚な声が空気を震わせた。発したのは木島社長。年季の入った声には、現場をくぐり抜けてきた男ならではの芯がある。


「ヒヤリハット……もちろんです」


水野は一拍置いてから、表情をやわらげて答えた。


「過去の小さなミスやトラブルを、OJTで社員同士が共有する取り組みですね。再発を防ぐという意味でも、非常に大切です」


木島社長は、どこか満足げに頷いた。


「先代社長の頃から続いてる文化なんだ。小さなことでも見逃さない。これもエラープルーフに入るんじゃないかと思ってな」


「ええ、確かに重なる部分もあります。ただ、より本質的には、それは“リスクリテラシーの向上”と言えるかもしれません」


「……リスクリテラシー?」


「はい。リスクを“知り”、正しく“評価し”、そして“対処”する力のことです。ヒヤリハットを通して、社員のリスク感度を高め、未然に防ぐ知恵を養う。これは教育そのものです」


木島の眉が動いた。「なるほどな。じゃあ、エラープルーフは“仕組みで予防”、リスクリテラシーは“学びからの予防”ってとこか」


「その通りです」


言葉が交錯するたび、会議室の空気が研ぎ澄まされていく。


「それと、うちでは普段あまりやらん業務、臨時作業も定期的に訓練してるんだ。防災訓練とは違うけど、突発的な状況に備えてな。それもエラープルーフの一つじゃないかと思うんだが?」


木島社長が語る声には、現場をよく知る者の実感がこもっていた。


「ええ、臨時作業の訓練も重要なエラープルーフだと思います。普段と違う状況での“判断力”と“対応力”を高めるには、やはり場数が必要です。特に異常時の対応は、計画的な訓練で備えることで、確実にヒューマンエラーを防げます」


「異常状態に気づく力……か。なるほど」


「そうです。“違和感”を察知する能力は、訓練なしには養われません。ですから、臨時作業の定期訓練は、非常に理にかなったエラープルーフです」


木島社長は黙って腕を組み、天井を見上げた。何かを振り返るような仕草だった。


「結局、教育訓練なんだな。事故やミスを防ぐ一番の方法は、“人の知恵”を磨くことか」


「ええ、それが“備え”の本質です」


しばらくして、木島社長はまた話を切り出した。


「そういえば、うちは長距離運転の社員にも、2時間以上運転したら必ず休憩を取らせるようにしてるんだ。これもエラープルーフって言えるか?」


「間違いなくそうです。休憩を挟むことで集中力の低下を防ぎ、重大な事故を未然に防ぎます。人間の限界を見越してリスクを減らす——これも優れた予防策です」


「ミスをするのが人間だからこそ、あらかじめその“ミスの芽”を摘むってことか」


「おっしゃる通りです。制度として“休ませる”ことが、ヒューマンエラーの抑止になる。とても合理的ですし、社員の健康管理にもつながります」


木島社長は、机の上に手を置き、静かにうなずいた。


「なるほどな……教育訓練に、仕組みづくり。そしてリスクへの意識か。これが揃えば、うちはもっと強くなるな」


「間違いありません。すでに良い土壌があるんです。あとはそれを、いかに継続して“仕組み化”するかが鍵です」


木島社長は笑った。「仕組み化、か。さすが水野さん、言葉がしっかりしてるな」


「いえ、社長のお考えがあってこそです。僕はただ、それを言葉にしただけですよ」


午後の光が少し傾き、会議室に斜めの影を作っていた。未来に向けた“強い会社”の設計図が、静かに水野の頭の中で組み立てられていった。


ーー現場に息づく改革ーー


田中オフィスに戻った水野さんは、机の上を片付けながら、かつてのC運送会社の応接コーナーを思い出す。

そこはまさに“現場”そのものだった。壁際の観葉植物は少し埃をかぶり、机の上には事務書類と缶コーヒーの空き缶。狭いスペースにソファが詰め込まれ、その脇を運転手たちが忙しなく行き交う。


「シフト違ってんじゃないのか?」「交代ドライバー、間に合わんからまた戻ってくるしかないな…」

事務カウンターの方から、そんな大声が飛んでくるたびに、C社社長は眉間にしわを寄せた。


向かいに座る水野幸一は、落ち着いた口調で語り始めた。「新しい集荷場用地の登記の件ですが、確認書類が揃えばすぐに進められます。ですが…」と一旦言葉を切り、パソコンの画面をちらりと見やる。


「ですが?」木島社長が促す。


「この現場の運用体制そのものが、少々気になります。頻繁に情報が更新されているにもかかわらず、操作はこの一台だけで。ドライバーの出入りも多く、入力の際に集中しきれない環境です。…ヒューマンエラーの温床ですよ。」


木島社長は苦笑した。「おっしゃる通りです。オペレーションミスが、しょっちゅう起きている。私も前から気にはなっていたが…」


水野は頷き、さらに続ける。「社長、エラープルーフ化――つまり“ミスが起きにくい設計”という考え方をご存じですか?」


「言葉だけは聞いたことがある。」


「現場での入力作業において、少し工夫するだけでミスは格段に減ります。たとえば、この登録画面。複数のウィンドウが同じ色合い、同じデザインで表示されていますよね?作業者から見れば、どのウィンドウで何の作業をしているか混乱するでしょう。」


社長が顔をしかめた。「確かに、たまに入力項目を間違えるってクレームもあったな。」


水野はホワイトボードに立ち、サッと簡単な図を描いた。色分けされたウィンドウ、チェックポイント、選択制限…。


「エラープルーフには、5つの基本要素があります。」


1. 視覚的フィードバック

「色や形で、どの作業をしているのかを“目で見て分かる”ようにします。たとえば配送入力画面は青、集荷場登録画面は緑。これだけでも入力ミスは減ります。」


2. 制限

「不適切な選択肢を選べないようにする。たとえば、すでに終了したシフトは入力できないようグレーアウトさせるなどですね。」


3. チェック

「確認画面や二重チェックの機能です。入力後に“これで間違いありませんか?”と出るだけでも、誤入力に気づくことがあります。」


4. 自動化

「ルール化できる作業は、極力自動化。たとえばドライバー名をシフト表から自動で読み込むとか。人の手をできるだけ介在させない。」


5. 誘導

「入力フォームを、順番通りにガイドしていくように設計すること。途中で飛ばしたり、戻ったりできないようにすることで、手順をミスしなくなります。」


社長は頷きながら、水野の説明をじっと聞いていた。「小さなことのようで、大きなことでもある…うちの現場じゃ、特に効きそうだ。」


「はい、特にC社さんのように“リアルタイム性”と“精度”が求められる現場では、エラープルーフ化は非常に重要です。」


社長はゆっくりと立ち上がり、窓の外に目をやった。構内には荷積みトラックが並び、忙しそうに動き回る作業員の姿が見えた。


「水野さん、あなたの言う通りだ。これまで『忙しいから仕方ない』で済ませてきたけど、それじゃ変わらない。…一回、ちゃんと話を聞かせてくれへんか。システム、全部見直すつもりで。」


水野は軽く微笑んだ。「喜んでお手伝いします。次回は、提案書をお持ちします。」


握手を交わす二人の背後でも、また新たな声が響く。「田中さーん、どの荷物が優先やったっけー?」


そんな情景が頭のなかを巡っていた。水野の行った提案が、静かに、だが確実に、現場改革の一歩として根を下ろし始めているなかもしれない。

ー完ー



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