第三十八話、無人餃子販売店と警備
ーー警備と保険と無人餃子ーー
朝9時少し前。梅雨の湿気がガラス戸に薄く曇りをつくるなか、田中オフィスのドアが音もなく開いた。
「……おはようございます」
先に入ってきた佐々木恵が振り返り、背後の男性に一歩先を促した。
「こっち、こっち。大丈夫、みんな知ってる顔だから」
「……あぁ」
楠木匡介の声には、いつもの覇気がなかった。
前回オフィスに訪れたときは、無駄な言葉を削ぎ落とした営業マン特有の“戦略的な余裕”があった。が、今日は違う。肩の力が抜け、表情には妙な硬さが浮かんでいる。
「おお楠木さん。元気してはった?まあどうぞ、おかけください」
「すみません……ちょっと、今日は……話が重いんです」
いつもは率先して笑いを交える楠木が、冗談ひとつ言わずに腰を下ろす。
田中社長は黙って新聞を畳み、視線を楠木に向けた。何も言わず、ただ“聞く姿勢”で相手の言葉を待つ。
メグ姐さんが、場を整えるようにそっと言った。
「社長、匡介さん……今回はちょっと、本気で困ってる」
数秒の静寂のあと、楠木が唇を一度かんで、息を吸った。
「U警備が入ってる……あの無人餃子チェーンから、正式にクレームが入りまして。内容は、“防犯カメラに犯人の姿が写ってるだけじゃ意味がない”って」
水野が静かにメモを取り始める。
「うちの警備、確かに“検知と記録”には強いです。でも実際、餃子も抜かれてて、それを見たって客には何の慰めにもならん。向こうからすれば、“それで何が守られたのか”って話なんですよ」
楠木は拳を握ったまま、それをテーブルの上に置いた。
「……で。先方の提案は、盗難損害賠償保険をU警備のほうでかけてくれ、というもんでした。しかも、大手損保の企画部長を伴って、今後の“保険付きセキュリティモデル”として全国展開したいと言ってきたんです」
誰も口を挟まなかった。田中も、メグ姐さんも、そして奥でお茶を用意していた稲田でさえも。
「……最初はね、“まあ、それも選択肢かな”って思ったんですよ。事故が起きたら保険が出るなら、安心材料にもなるし。でも、それが既定路線みたいに押し付けられる形になってきてて……正直、うちのセキュリティ販売、完全に“保険の添え物”にされそうで……」
楠木の声が震えた。
「……自分でも、こんな感情的になるとは思ってなかったんですけど、悔しいんです。うちのシステム、安もんじゃない。真面目に現場と向き合って作ってきた。それが、“保険入ればいいでしょ”の一言で片づけられるなんて……」
そのとき、田中卓造がふっと立ち上がった。机の縁に手をついて、楠木の方へ身を乗り出す。
「匡介はん」
「……はい」
「うちが、あんたの“悔しい”に乗らんで、なんの商売人や」
楠木が顔を上げる。
「そんなしょうもない割り切りで、誇り潰されて……黙っとけ言うたら、ワシが黙っとられへん。うちが出るわ」
田中はニッと笑ったが、目は真剣そのものだった。
「司法書士ちゅうもんはな、“代書屋”や思われてるけど、ホンマは“見えんもんを書く”のが仕事や。あんたの“思い”も、ワシが文章にしたる」
メグ姐さんが黙ってスマホを取り出し、すでに損保企画部長の名刺画像を探していた。
稲田が淡々とメモをまとめる声が、応接室に静かに響く。
「じゃあまずは、損保側がどんな保険設計してきたのか、精査ですね。ついでに、その餃子チェーンの契約内容も見せてください」
差し出された湯呑みを受け取りながら、楠木が小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます。ほんま、情けない話ですが、今回ばかりは自分、冷静でいられなかったです」
田中は肩を軽くすくめて言った。
「ええねん。“冷静でおれる奴”しか来ん事務所なんて、ワシやって来たなかったわ」
そして静かに、しかし力強く言い切った。
「ほな、やったるか。“餃子と保険”の一件、うちで“料理”してまうさかいな」
ーー開けゴマとボンジュールーー
田中卓造社長は、いつになく真剣な顔で腕を組み、顎をさすりながら楠木匡介の話に耳を傾けていた。
その姿は、いつもの“ちょっととぼけた関西のおっちゃん”とはまるで別人。鋭い目つき、ピンと背筋の通った姿勢。まさに「企業戦士モード」。メグ姐さんが思わずつぶやく。
「ほら……あのスイッチ入った顔、久々に見たわ」
そのメグ姐さんはというと、楠木の隣で腕を組んで仁王立ち。「うちの楠木を頼んだで」の視線プレッシャーは、社長の椅子をもたつかせるレベルである。
楠木はというと、いつものクールな“営業のカリスマ”フェイスが鳴りを潜め、肩はどこか下がり気味。普段より声が1オクターブ低い。
「お客さんにしてみりゃ、そりゃ不満ですよ。“撮れてる”だけじゃ意味がない。防げてないし、餃子も持ってかれてる。で、向こうが言ってきたのが“U警備が盗難損害保険入ってくれ”って話なんです」
「損保か……」
田中社長はくるりと椅子を回し、背後のホワイトボードに向かった。
キュッ、キュキュッ。
ホワイトボードマーカーペンの音が静かな部屋に響く。
「せやけどな楠木はん。そこの損保、あれやろ? やり手の企画部長がついてきとるって。あんたら、ビジネスモデルに組み込まれてしもてるわ。完全に“実績つくり要員”やな」
「ええ……まあ、否定はできません。でも現場としては、クレーム減らしたいし、満足度も上げたい。そこは譲れません」
「当たり前田のクラッカーや!」
田中社長、勢いよく振り返って指をビシッと突きつける。
「顧客満足度っちゅうのは、商売の“一丁目一番地”や!
「……前田のクラッカー、ですか?」
楠木の目が一瞬泳ぐ。メグ姐さんが静かにうなずいて言った。
「社長、たまに比喩が昭和に戻るからな。気にせんといて」
「でやな、楠木はん」
田中社長はホワイトボードに書いたごちゃごちゃした模式図を指差す。そこには“餃子マーク”“泥棒マーク”“U警備システム”が無造作に矢印で結ばれていた。
「こっちはな、こっちの土俵で戦ったる。無理に損保の手の内に乗ることあらへん」
「社長、これ数式みたいなんもありますけど?」
「うむ、それっぽいだけや。意味は後で半田に考えさせる」
その瞬間、とびらんぬのセキュリティドアの向こうから、陽気な声が響いた。
「ボンジュ~ル、田中オフィス!あれまぁ、今日は珍しく楠木さんがいらしてたのね~?」
メグ姐さん、即座に渋い顔。
「……あかんがな……このタイミング……」
入ってきたのは、竹中顧問。かつて大学で“変な人気”を誇った名物教授であり、田中オフィスのゆるいマーケティング顧問でもある。
「竹中顧問は今日はワシと商工会訪問の予定や。助っ人は別やで、今日は」
ドア外に誰か到着の模様。
「失礼します、河村です。あけてもらえますか?」
田中社長がマイクに話しかける。
「河村さん、あいてまっさかい、どうぞ!」
とびらんぬが「ピピッ」と作動。
「ドア開いた!? これ……AIで開いたんですか?」
河村亮――RシステムのSEが、ドアノブをまじまじと見つめている。
「ええ、田中社長の音声をAIが認識してロック解除しました。
言葉の内容を認識して推論しますんで、“しめてや~”て言えば閉まります。
田中社長だけ、IDカード無しで出入り自由です。」
説明したのは半田直樹。田中オフィスの若きシステム支援担当。ドヤ顔である。
「さすが半田さん。たいしたもんですね」
河村が感心すると、すかさず竹中顧問が鼻をふくらませる。
「半田はな、ワシが育てた!」
が、その一言にオフィス全員、無音スルー。
稲田だけが小さな声で「ナイス、スルー…」とつぶやいたのを、メグ姐さんだけが聞き逃さなかった。
ーーそれ、予兆ですやん!ーー
「ふむ……損保会社も、それをビジネスチャンスと捉えているのでしょうね」
Rシステムの河村亮が、冷静な声で言った。メガネの奥の瞳が、分析モードに完全移行している。
「楠木さんのところを実験台にして、保険付きセキュリティモデルを業界に売り込む気なんじゃないですか?実績さえ作れば、他の警備会社も巻き込めますし」
「うわ、こわっ……!」
思わず声を漏らしたのは、奥田珠実――通称たまちゃん。彼女は興味津々で身を乗り出し、瞳をキラキラさせた。
「でも、なんか……面白そうですね!私たちに、何かできることありますか?」
「もちろんあるで!」
即答したのは、言わずと知れた田中卓造社長。とぼけた笑顔を貼り付けながら、背中に火柱でも立ってそうな勢いで立ち上がった。
「半田くん!あんたの映像解析技術で、犯行の瞬間だけやなくてな、“その前”を捉えることはできへんか?」
「“その前”……?」
「そや!たとえば、不審な動きをしてるやつをAIが見つけて、『この人、餃子狙ってるかもです』って警告してくれるとか!」
「え、餃子限定ですか?」
「ちゃうわい!」
一同、つっこむ準備をしていたのか、やや遅れて苦笑が広がる。
半田直樹は少し考えてから、真面目な表情で言った。
「不可能ではありません。既存システムを少し改修すれば、動きの異常値や、滞留時間、視線の動きなどを機械学習で分析して……ええと、ざっくり言えば“怪しい人”をピックアップできます」
「つまり、“餃子泥棒センサー”やな?」
「いや、汎用AIセキュリティですってば!」
河村も頷く。
「もしそれが実現できるなら、損害賠償保険なんかより、よほど強力なソリューションです。だって、“未然に防ぐ”んですから。被害ゼロ、クレームゼロ、ついでに餃子完売」
「完売はセキュリティと関係ないやろ」
誰かが小声でつぶやいたが、誰も拾わなかった。
田中社長はさらに身を乗り出す。
「さらにやな、河村さんのサイバーセキュリティの知識を足したらどうや?ネットワークカメラの脆弱性を突いて、遠隔で証拠隠滅されるリスクも防げるやろ!」
「うん、それは大事ですね。監視カメラが“監視されてる”時代ですから」
たまちゃんが「えっ、カメラがカメラを…!?」とつぶやき、混乱している。誰かが「哲学みたいなこと言いだした」とニヤけている。
一方そのころ、半田はすでにノートPCを立ち上げてメモを取り始めていた。
「予兆検知システム…サイバーセキュリティ対策…餃子プロトコル……」
「最後、餃子って書くな!」
田中社長のツッコミが炸裂し、再びオフィスに笑いが広がる。
だが、社長の眼差しは真剣だった。
「楠木はんのとこと連携してやな、異常があったら即、警察に通報するシステム……たとえばやけど、“いま餃子泥棒が動きました!”って自動で警察にLINE飛ぶとか。あかんか?」
「警察の公式LINE、あるんですか?」
「知らんけど、なんかできそうな気がするやろ!」
楠木匡介は、そのやり取りを見ながら、いつしか肩の力が抜けていた。
「……皆さん、ありがとうございます。本当に、ここに来てよかったです。保険なんていらんかもしれませんね。他社との差別化に、なるどころか……突き抜けますよ、これ」
田中社長は拳を握りしめた。
「せやろ!技術力っちゅうもんは、相手に媚びるためにあるんやない。“こっちから魅せつける”ためにあるんや!」
奥田が目を輝かせて拍手しそうな勢いで頷く。
「これ、プロジェクト名どうします?コードネーム“ギョザセンサー”でどうですか?」
「いややわそんなん!」
「じゃあ、“GYOZA-DELTA”とか!」
「かっこよくすな!餃子や!」
「……もう少し考えような」と水野がいれば言ってただろう。
田中社長が最後にふっと呟いた。
「よし……この話、藤島専務に通して予算つけてもらおか。どうせまた『社長、急に餃子言いださないでください』って怒られるけどな……」
ーー京都本社、立つ!ーー
「やっぱり水野がおらんと、心配やわ……」
田中社長が、ふとつぶやいた。
あの頼れる参謀、水野幸一。今は東京オフィスの所長として激務の真っ最中。下手に呼び戻せば、今度は東京が餃子どころか“爆発五目焼売”になりかねない。
だが次の瞬間、社長はビシィィッ!と拳を握って宣言した。
「せやけど!今回は京都本社だけでやったるでッ!」
…パンッ!(奥田がなぜか自分の膝を叩いた)
「社長ぉ!いいですねその気合い!なんか青春っぽい!」
半田も背筋を伸ばす。「了解です。僕も全力出します」
河村も静かにうなずく。「分析・設計・防御、任せてください」
その勢いに、メグ姐さんも負けてはいない。
「せやな、社長。うちらだけでも、十分やっていける!な、みんな!」
社長はニヤリと笑う。「ええこと言うやないか。メグ姐さんが言うたら、なんや説得力あるなぁ」
――と、その横で楠木匡介が、やっと笑顔を取り戻していた。メグ姐さんの彼氏として、そして“今さら引き返せない餃子案件”の当事者として、彼の表情にも一筋の光明が差し始めていた。
「まずは調査や!」
社長の声が響く。
「相手の無人餃子販売チェーンのシステム、調べなあかん。カメラの種類、データの記録形式、犯行のパターン……たまちゃん、頼めるか?」
「はいっ社長!調べられるだけ調べます!AI餃子時代に、情報こそ武器っすね!」
「いや、AI餃子はまだ開発してへんけどな…」
パチパチとキーボードを叩く奥田珠実。検索ワード:「餃子 盗難 無人販売 カメラ 映像 変な動き」。
横で社長はくるりと半田の方を向く。
「半田くん、もし予兆検知できるとしたら、どんなデータがいるんや?」
「そうですね……不審な時間帯の出入り記録、特定エリアでの長時間滞在、挙動の“揺らぎパターン”。あとは温度センサーや人感センサーの併用ですかね。AIで異常を検出できるようにすれば、精度も期待できます」
「なるほど……揺らぎってなんや、ちょっとお腹痛いときみたいな…?」
「いや、それは揺らぐというより“もよおし”です」
「やめなさい」
そんなツッコミをはさみながら、社長は次に河村の方へ。
「河村さん、センサー類の導入とか、今のシステムに噛ませるんは可能やろか?」
「技術的には問題ありません。ただ、コストと設置工数、それとセキュリティの観点からは注意が必要です。新たに何かを入れることで、新たな“穴”が生まれる場合もありますから」
「なるほど。つまり“穴が開かんように、先に塞ぎながら拡張せなあかん”っちゅうわけやな?」
「おっしゃる通りです。うまくやれば、堅牢性はむしろ上がります」
「むぅ……コストとの両立やな」
そのとき、仁王立ちしてたメグ姐さんがぽつりと口を開いた。
「社長……あの餃子チェーンって、全国にそこそこ展開してますよね?もし今回の対策がうまくいったら、それって他店舗にも売り込めるんちゃいます?」
「……!」
社長の目がギラリと光った。
「そ、それや!!」
「やった!やっぱ言うてみるもんやな!」メグ姐さんは得意げである。
「つまり、やな。今回の件は“ただのクレーム対応”やのうて、“全国餃子戦略の始まり”になるわけや!」
楠木の顔がパァァッと輝いた。
「皆さん……ありがとうございます!もしそんなシステムが完成したら、うちの会社の評価、めちゃくちゃ上がります!」
「せやせや!信頼と餃子は、いっぺん落としたら拾い直すの大変や!」
「なんか名言っぽいけど、やっぱり変です社長!」
パッと社長がホワイトボードの前に立ち、「キュキュッ」とマジックで何かを書き始める。
ーー無人餃子防衛大作戦!ーー
「うわー……でましたね、またすごいネーミング」
奥田が小声で笑う。半田がメモにそのまま書いていた。
「まずは情報収集や!」社長が叫ぶ。
「珠実ちゃん、ネットで情報かき集めてくれ!」
「はいっ、“餃子 防犯 謎の動き AI”でいきます!」
「半田くんは、予兆検知ロジックを詰めるんや!」
「すでに頭の中で、警備シミュレーター回してます!」
「河村さんは、全体のシステム連携とセキュリティ監査を!」
「任せてください。餃子を守るのも国家を守るのも、原理は同じです」
「そして……メグ姐さん!」
「へい!」
「みんなのモチベーション管理や!ホンマ頼りにしとる!」
「まかしとき!餃子より熱く、愛より深く!」
こうして田中オフィス・京都本社に、嵐のような活気が吹き込まれた。
水野不在のピンチ? いやいや――
それは、個性豊かな面々が、ひとつになるための最高のスパイスだったのかもしれない。
そして楠木は思った。
「……あかん、メグ姐さん、かっこよすぎて惚れ直すやん……」
その心の声は、京都の初夏の空に、小さく、そして力強く響いていた。
ーー師匠、参上!ーー
「先生、ホンマに今回は特別参加ありがとうございます!」
田中社長は、いつにも増して声に粘り気のある関西弁をまとわせながら、ぺこぺこと頭を下げていた。
その相手――Rシステムのサイバーセキュリティ担当、河村亮SEはというと、
「いえ……お役に立てるなら光栄ですが……」と、少し困ったような苦笑い。
「いや〜!ホンマ、メルマガのクイズ、毎回うちのスタッフが読んで勉強しとるんですわ!まさか、今回は先生に“答える側”でご参加いただけるとはなぁ〜」
「……あの、それはクイズではなく啓発情報なのですが」
だが、そんな冷静な突っ込みなど、田中オフィスにおいてはほぼ無効である。
「師匠〜〜!!」
ガタッと椅子を引いて飛び出してきたのは、奥田珠実。目が星のようにキラキラしている。
「今回もタマ、頼りにしてますからね!セキュリティのこと、チョチョイのチョイで教えてくださいっ!」
「いや、チョチョイとは言えない分野なのですが……」
そこへさらに、控えめな理系男子・半田がぐっと前のめりになる。
「師匠!僕も、師匠の分析手法を学んで、スキルアップに繋げたいと思ってます!押忍!」
「だから、“師匠”は……」
河村は目元を押さえた。
どこでどうなったのか、“クールな技術者”が“体育会系の監督”みたいな扱いになっている。謎である。
「先生、謙遜はなしやで!」
田中社長がバッと片手を上げてストップをかけた。
「うちの半田くんと、たまちゃんがな。あんたの背中見て、育ってるんや。セキュリティ界の甲子園、エースで四番っちゅうたら河村さんや!」
「……例えが、だいぶ強引ですが……」
「師匠、よろしくお願いします!」「押忍、師匠!」
「……はぁ」
河村SEは、ついに苦笑いを通り越して物理的にため息をついた。
それでも、頼られると断れない性格である。
仕方なく、いつものプロフェッショナルなモードにスイッチを入れた。
「では……今回の無人餃子チェーンのシステムについて、私が気になった点をお話しします」
ぴん、と空気が張り詰めた。
「まず……カメラの性能は申し分ない。高解像で24時間、6ヶ月保存。U警備の最新機種ですね。映像改ざんリスクも気になりますが、一番の問題は“ネットワークセキュリティ”です」
「ネットワーク、ですか?」
田中社長が腕組みしながら問う。
「多くの機器で、初期IDとパスワードが変更されていないケースがあります。このままだと、第三者にログインされて、カメラの映像が抜き取られる可能性もあります」
「……マジか……それは、あかんやつや」
田中社長がホワイトボードに「パスワード初期設定アカン!!」と勢いよく書き込んだ。
「半田くん、すぐにカメラの機種リスト、調査いけるか?」
「はい、社長。U警備と連携して、各店舗の設定状況を確認します!」
「師匠、他にはっ?他には何かありますか!?」
奥田珠実がキラッキラの目で詰め寄る。
「えーと……映像データの暗号化です」
「暗号化!!」
「映像がネット上に流れる場合、暗号化されていないと、途中で傍受される可能性があります。証拠が“筒抜け”になることも」
「筒抜け餃子……それは怖いなぁ……」田中社長が顔をしかめる。
「この点に関しては、暗号方式を導入して、カメラとサーバー間の通信を保護する必要があります。機種によって対応が違うので、システム構成を精査する必要があります」
「師匠、天才!」「師匠、やっぱすごいっス!」
奥田と半田が、またメモを取りながら合唱し始めた。
(もはや止められないな……)
河村SEは、静かに覚悟を決めた。
田中社長は、どんどん顔を明るくしていく。
「先生、ほんっっまに頼りになりますわ!河村さんがおってくれて、うちらホンマ助かってます!これはもう、“餃子界のファイアウォール”や!」
「その例えは……今、私の中で一瞬、餃子に火がついて燃えてました」
「せやろ!防火壁っちゅう意味で完璧やろ?」
「いや、そういう意味では……」
――このやり取りが、今後の餃子防衛大作戦のベースになるとは、
まだ誰も気づいていなかった。
ーー現地視察は突然にーー
「せやな、楠木はん。百聞は一見に如かずや」
田中オフィスの仮設ホワイトボード前で、河村SEがいつになく真剣な表情で言い放った。
「実際に被害に遭ったお店を見てみるのが一番ええやろ」
その発言に、田中社長がホワイトボードにでかでかと「視察!」と書き殴る。
「半田くん、奥田さんも、もしよろしければご同行いただけますか?」
「はい!師匠!」
半田は目をキラッキラにして即答。
「タマも行きます!師匠となら、どんなヤバい現場でもバリバリ突撃できます!」
奥田珠実もノリノリで拳を握った。
(いや、これは取材やなくて視察やで)
河村SEが心の中でそっとツッコむ頃、楠木は恐縮しながらも頭を下げていた。
「ありがとうございます。皆さんにお手を煩わせて申し訳ないです……」
「うちの精鋭たちを頼んだで!」
メグ姐さんは腰に手を当て、もはや戦隊ヒーローを送り出すマネージャーのような面持ち。
田中社長も「なんかあったら即連絡やで!GPSで居場所もわかるしな!」と謎に心配顔。
― 現場到着 ―
その日。
4人は楠木の案内で、被害に遭った無人餃子販売店へと到着した。
一見、なんの変哲もないプレハブ風の店舗。
だが、よく見るとカメラの数が異様に多い。
「これは……餃子売る店というより、餃子を警備する店ですね」
河村が冷静に分析すると、奥田が「餃子セントリーシステム!」と呟いた。語感だけで強そうである。
店舗の中はひんやりとし、冷凍餃子が静かに眠っていた。
奥にはパソコンとレコーダー、そしてどことなく疲れ切った顔の店長が座っていた。
「こんにちは、U警備の楠木です」
「……ああ、はいはい。また何かありましたか?」
「いえ、今回はちょっと……視察と言いますか」
「視察?ドローンとか飛ばすんですか?」
「いえ、徒歩で来ました」
そして河村が口を開く。「Rシステムの河村と申します。田中オフィスという小さな町のスーパー技術屋です」
「田中オフィス?警備会社じゃないんですね?」
「ええ、いわば“保安×頭脳”のハイブリッドです」
「はぁ…なんか余計にわからなくなった…」
半田は早速カメラの型番チェック。
「この配線、地味に雑ですね……もしや、これ…内側から抜けやすい角度?」
奥田は、餃子よりも冷たい空気の中をきょろきょろしながら、
「夜も一人でお仕事なんですか?」と店長に優しく聞く。
「ええ、発注、品出し、掃除、発注ミスの反省……全部ひとりです。夜、棚の影からポテチが転がってきた時は叫びました」
「ポルターガイスト餃子……!」と奥田がメモ帳に書いた。
「映像の保存は店内のレコーダーですか?」
「……うーん、あの奥の“謎の黒い箱”がそうかと……」
スタッフ全員で事務所へ。
黒い箱(通称:謎レコーダー)を囲む、精鋭たち。
「これ、ちょっと古い型ですね。ネット接続は……ポート80番開きっぱなしだ」
「マジか!」
「誰でも入れる餃子の映像ストリーミングって、もはやライブカメラですよ」
「タマでも見れるやんそれ!」
河村は眉間にシワを寄せる。「暗号化もされてませんね。仮に犯人が映っても、簡単にデータを抜かれてたら証拠にならない」
「ヒィ……餃子、守ってるつもりが敵に献上してたとは……」
「ちなみに、設置業者さんの連絡先を…」
「えっと……あー…『まかせて安心!カメラのカズキ』さんですね」
(誰や)
― 帰り道 ―
「いやー現場に来るって、大事ですね!」
半田が興奮気味に語る。
「見てください、ここ。ドアのすぐそばに死角があります。犯人はここから“スライディング餃子”して侵入したに違いありません!」
「スライディング餃子て何ですか」河村が真顔で返す。
奥田は「店長さん、ひとりで頑張ってるの見て、なんか泣きそうになりました。絶対守ってあげたいっすね」と語る。
「うん。技術と心のセキュリティ、両方大事や」
河村は手帳を閉じて、静かに言った。
(※この人、“師匠”と呼ばれてる割に、セリフがいちいち渋い)
こうして――
無人餃子防衛隊、ついに“現地のリアル”に触れた。
店長の疲れ顔と、思いのほか無防備なカメラたち。
彼らの心には、新たな火が灯っていた。
餃子の平和は、俺たちが守る!
次回:「藤島専務、予算を斬る!」の巻へと続く……(かもしれない)
ーー決定的瞬間(でもなぜか笑える)ーー
事務所の椅子がギィ、と音を立てた。
田中オフィスの4人――河村、楠木、半田、そして奥田珠実が、例の無人餃子店の事務所にこじんまりと並んで腰を下ろす。目の前のモニターには、防犯カメラの映像が映し出されていた。
画面には、まばたきすら惜しいほどの静寂。まるで深夜の冷凍庫の中を眺めているようだった。
「……静かですね」奥田が小声でつぶやいた瞬間――
カチャッ…と店の入り口が開いた。
画面に現れたのは、フードを目深にかぶり、顔をマスクで覆った謎の人物。しかも驚くほど堂々と、まるで“定期的な買い出し”かのような余裕の足取りで店内へ。
「おお……あれ、うちの常連さんか?」
思わず楠木がつぶやく。
「ちがいます、ちがいます!」と奥田。「うわ、見てください師匠!あの犯人、冷凍ケース直行ですよ!迷いゼロ!」
犯人は、まるで自分の家の冷凍庫でも開けるかのようなスムーズな手つきで、次々と餃子のパックを袋に詰めていく。さながら“餃子ダッシュ福袋セール”状態である。
「早いな……あの動き、冷凍餃子界のウサイン・ボルトやな」
半田が思わずメモを取りながら、感心してるのか呆れてるのかわからない声を漏らした。
「しかも、一番人気の“肉汁パラダイス”シリーズを集中的に狙ってる!」奥田は驚愕の声を上げる。「味にこだわる犯人や!」
「グルメ窃盗犯かもしれんな……」
楠木が唇を噛みしめながらも、若干ふるえているのは笑いをこらえているのか怒っているのか不明。
犯人は満杯になった餃子袋を抱え、まるで買い物を終えた主婦のように颯爽と退店。
音もなく画面からフェードアウトしていった。
「お見事……というしかないですね」
河村SEは冷静に口を開いた。
「U警備さんのシステムそのものには問題なさそうです。カメラは犯行をしっかり捉えています。でも……ご覧の通り、犯人は全くカメラを気にしていない。完全スルーです」
「なんていうか……撮影されるのが当たり前、みたいな顔してましたね」
奥田は何かに悟ったように、遠い目で語った。
「アイドルか」
半田がボソッと突っ込む。
「……ぐぬぬ、これじゃあ“餃子泥棒ドキュメンタリー”撮ってるだけやないか」
楠木の拳がぷるぷる震え始めた。
しかし河村は真顔で続ける。
「この犯人、店内の構造を熟知しています。冷凍ケースの配置、商品の人気、ルート。完璧な侵入と退出。…元関係者の可能性も視野に入れた方がいいでしょう」
「内部の人間…まさか!?」
奥田が思わず店長の方を見そうになったのを、半田が静かに止めた。
「とにかく、店長さんに以前いた従業員や業者のこと、聞いてみましょう」
「あと、過去の被害事例もチェックですね。曜日や時間帯のパターンもあるかも」
「そうですね」
河村はふと映像を再生しながら言った。
「最近、日本では24時間営業の無人販売店が急速に増えてます。人手不足の影響もあり、『人を置かない』がスタンダードになりつつある。今回の事件は、そうした時代の盲点を突かれた典型かもしれません」
「確かに…防犯カメラは『見てる』けど『止められへん』ですもんね」
楠木の表情が曇る。
「でも、師匠」
奥田が手を挙げた。「タマ、思うんです。カメラに頼るだけじゃダメなら、カメラの“次の手”を考えるしかないですよね!」
「うん、予兆検知システムの出番かもしれません」
半田も頷く。「動きのパターンをデータ化して、怪しい動作があればアラートを出す。24時間体制の店舗には、それが効果的かもしれません」
「商品が並んだ直後、つまり“餃子が元気な時間帯”を狙ってる可能性もあるわけですしね」
河村も続けた。「品出し直後や、特定曜日の狙い撃ちパターンを解析できれば、犯人の行動予測も可能になるかもしれません」
「まるで……餃子の天気予報ですやん」
楠木が真顔で言った。
「明日は大荒れの“冷凍警報”ですね!」
奥田が元気に返す。
「やかましいわ」
全員から軽いツッコミが飛ぶ。思わず事務所の店長も、肩を震わせながら笑っていた。
こうして、餃子を愛し、無人販売店の未来を憂う者たちの戦いは、さらに深い段階へ突入する。
冷凍パックの向こうに潜む“犯人の心”を読み解くべく、田中オフィスの精鋭たちは再び立ち上がったのである――。
次回、「メグ姐さん、まさかの潜入捜査!?」に、餃子魂が燃える!(かもしれない)
ーー情報は餃子よりも熱かった!?ーー
「ふむ……」
河村SEはメガネのブリッジをちょいと押し上げ、どこか遠くのサーバーでも見つめているかのような目でモニターを凝視していた。
そのまなざしは、まるで“情報”そのものと対話しているようにも見えた。
「なるほど…」
彼が重々しく頷くと、その場の空気が0.5度ほど下がった気がした。
「えっ?なんか…空気変わりましたよね?」
奥田珠実がぶるりと肩をすくめた。
「気のせいじゃないかもしれません」
河村SEが真顔で言う。「この事件、単なる餃子強奪事件じゃない。裏に、もっとスパイシーな“情報漏洩”の香りがする」
「スパイシーな香り…それ、四川風ですか?」
半田が聞いたが、誰にも拾ってもらえなかった。
楠木さんが硬い表情で口を開いた。「情報…? どういう情報が漏れてるっていうんですか?」
「例えば、売上データや防犯システムの稼働時間。POSシステムの設定、カメラの設置位置。犯人が知っていておかしくない動きをしていたことが、すでに異常です」
河村SEは、餃子一個にかけるような精度で言い切った。
「深夜3時ごろの侵入…店舗のカメラ配置を完全把握…売れ筋商品を狙い撃ち…これは偶然の連続とは思えません」
半田は手帳をペラペラとめくりながら、「しかも、犯行はわずか2分26秒。慣れすぎです。餃子泥棒にしては、プロすぎる…」
「えええーっ、そんな…」
奥田さんは両手でほっぺをおさえた。「もしかして…カメラの映像も、見られてる…!?」
「その可能性も否定できません」
河村SEが静かに頷く。
「ひぃぃ…お風呂の盗撮より怖いかも…」
「誰が盗撮すんねん」
半田が思わずつっこんだが、真剣な空気はそのままだった。
「情報漏洩には、サイバー手口だけでなく、もっとアナログな方法も考えられます。たとえば、過去の従業員が機密情報を持ち出していたとか、フィッシング詐欺でID・パスワードを抜き取られていたとか」
「ひょっとして、店長のスマホが“餃子型マルウェア”に感染してたとか…?」
奥田さんが震える。
「それ、フォルダ開くたびに餃子のイラスト出てきそうやな…」
半田が真顔で言った。
楠木さんは、真剣な表情でぽつりとつぶやいた。「ということは…うちの警備システム導入以前から、すでに情報が漏れていた可能性が?」
「あります」
河村SEの眼光がさらに鋭くなる。「この犯人、情報という名の“餃子の隠し味”を使ってます」
「例えのセンスが、もはや食レポですけど」
奥田が小声でつぶやいた。
「河村さん、こちら側でも対応を進めます。IT部門にネットワーク調査を依頼しますので、引き続き田中オフィスの皆さんにも、技術的な協力をお願いできますか?」
「もちろん」
河村SEは力強く頷いた。「見えない情報こそ、最も危険な武器です。物理的な防犯だけでなく、デジタルの防御も整える必要があります」
「まるで…デジタルとアナログの、合わせ技一本やな」
半田がホワイトボードに“餃子:セキュリティ=7:3”と書き始めた。
「何その比率!?餃子寄りすぎ!」
奥田のツッコミが炸裂する。
「じゃあ今から、店長に不審メールや怪しい電話がなかったか確認してみます!」
奥田さんがスマホを片手に立ち上がる。
「僕は類似事件の過去データを洗ってみます」
半田くんはカタカタとノートPCを起動。
「私はネットワークのログを分析してみましょう。まずは、餃子を盗むハッカーがいないか確認しないと」
河村SEはクールにキーボードを叩き始めた。
「餃子泥棒ハッカー……あだ名だけで小説一本書けそうやな」
楠木が呟いたその時、事務所の空気は一変していた。
調査チーム、発進。
舞台は餃子屋、武器はキーボードと熱意、敵は“見えざる情報漏洩”。
そう、彼らの戦いは今、冷凍庫の奥で静かに熱を帯びはじめていた――。
餃子の背後にバックドア!?』
「で、つまりどういうこと?」
店長の目が細くなる。その表情は、まるで“醤油が賞味期限切れだった”と気づいた時のような渋さだった。
「防犯カメラがやられたんですよね?なのに、なんでウチのパソコンまでジロジロされなきゃいけないんです?」
そりゃそうだ。まさに正論である。餃子を盗られたと思ったら、今度はパソコンをのぞかれ――店長、踏んだり蹴ったりの二段構え。
しかしそこに、救世主のように静かに歩み寄る男がいた。
「店長、私、Rシステムの情報エンジニアをしております、河村と申します」
彼は深々と頭を下げた。そう、それは“日本語で一番安心感のある頭の下げ方”であった。
「本日は、U警備の楠木様のご依頼を受けまして、こちらの店舗のセキュリティ状況を確認にまいりました。……で、あのですね」
河村はネットワーク配線を指さしながら、穏やかに続ける。
「店長のパソコン、こちら、防犯カメラと同じネットワークに繋がってるっぽいんですよ」
「……はあ?」
店長の顔が“餃子の焼きすぎに気づいた瞬間”のようにピクリと動く。
「つまり、同じWi-Fiでいろんな機器がつながってるってことです。ご安心ください、システム壊したりしません。軽〜くのぞくだけです、軽〜く」
そう言うと、河村SEはプロフェッショナルな“ちょいスマイル”を浮かべながら、すっと店長のパソコン前へ着席。
店長は、「まぁ……壊さないなら…」とボソリ。やや不満顔だが、背後で“監視員”モードに入っている。
一方その頃、奥田珠実はそっと店長の横に座り込み、笑顔で雑談を開始していた。
「店長さん、毎日お一人で大変ですね〜!でも、この餃子、めちゃくちゃ美味しいってSNSでも話題ですよ!」
「お、おぉ……あ、ありがとうございます……(褒められ慣れてないタイプか…)」
その間も、河村の手はまるで寿司職人のようにパソコンをさばき続けていた。
OSのバージョン、セキュリティパッチ、ウイルス対策ソフトの状況まで、スキャン、スキャン、スキャン!
「なるほど……」
半田くんはその様子に感動しながら横で見学。「こうやって調べていくんですね…河村師匠、まるで電子の医者っス!」
「ふふ、伊達に師匠と呼ばれてないのよ」
奥田が調子よく便乗する。
そしてその時――!
「ん……?」
河村の指が、ある箇所で止まった。
「このプログラム……店長、見覚えありますか?」
「え、どれです?」
画面をのぞき込んだ店長、顔をしかめる。
「いや…見たことないです。なにこれ、“Z-GyozaWatch.exe”? 餃子の監視プログラム?いや、ウチそんなの入れた覚えないですよ!?」
「やはり」
河村SEの表情が引き締まる。
「このプログラム、明らかに業務用じゃないです。しかも起動パスが怪しすぎる。“C:\Temp\Important\DefinitelyNotMalware\”って、ふざけてるとしか思えません」
「わざとやないかい!」
楠木さんが鋭くツッコんだ。
「つまり…これ、外部から侵入して設置された“バックドア”の可能性があります」
「バックドアって……家の裏口!?」
店長が錯乱気味に叫ぶ。
「まあ、コンピュータ的な裏口ですね。こっそり侵入して、好き放題データ抜いて帰れる…餃子泥棒界の“泥棒専用VIP出入り口”です」
「ひぃぃぃ……」
奥田さんが店長の肩をそっとポン。
「店長さん、大丈夫です!うちの師匠とみんなで、ぜっっったい解決しますから!」
その頃、半田はひたすらメモを書いていた。
《Z-GyozaWatch=怪しい》《バックドア=裏口》《師匠=万能》と、もはや脳内辞書が爆速で拡張中。
河村SEは最後に、ゆっくりと店長へ振り返った。
「店長、このパソコン、しばらくネットワークから切っておいた方がいいです。専門業者に調査を依頼した方が良いかと」
店長は、すっかり“お疲れ餃子”のように意気消沈して頷いた。「わ、分かりました……お願いします……」
こうして――
「餃子の裏に、情報の穴アリ」
という衝撃の新事実が発見されたのだった。
物理的な泥棒の背後に、こっそりと忍び込むサイバーの影。
果たして、犯人はリアルな餃子好きなのか、それとも“データで餃子を盗む”新世代のハイブリッド餃子マスターなのか!?
田中オフィスの戦いは、さらに混迷とスリルを増していくのであった――!
ーー会議室の名探偵とその弟子たちーー
田中オフィスの会議室は、まるで餃子サミット会場のような熱気に包まれていた。
――いや、実際にはただの会議だったのだが、メンバーが全員集合するだけで、もう場の温度が3度くらい上がるのだった。
ホワイトボードの前に立つのは、我らが情報セキュリティ界の名探偵・河村SE。彼は冷静そのものの声で口を開いた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。無人餃子店の窃盗事件について、現時点での調査報告と、ついでに皆さまのセキュリティ意識をビシッと高める講習を行わせていただきます」
すると、さっそく前の席から声が飛ぶ。
「えっ、もう全容が分かっちゃったんですか!?」
藤島専務、目がキラキラしている。探偵ドラマを観すぎてる気配がある。
隣では、新人の伊原さんがこっそり橋本部長に耳打ち。
「すごいですね…まるで、AI探偵モノの映画みたいです」
「うん、しかも音楽が流れてきそうな雰囲気だ」
橋本部長が静かに頷いた。あれ、会議室にBGM機能あったっけ?
そんな緩い空気の中、メグ姐さんがニヤッと笑いながら奥田たまちゃんに声をかけた。
「たまちゃん、昨日は店長の気をそらしてくれて助かったで。餃子の話で20分持たせるとか、あんた、ある意味プロやな」
「えへへ〜」
たまちゃん、ほっぺに手を当てて照れ笑い。
「“焼き加減は皮と相談”って話、ちょっとウケましたよね!あと、店長さん、餃子の皮の厚さ談義になると本当に止まらなくて!」
「ええ、でもあんた、その隣でな、ずっと“餃子とセキュリティの親和性”についてメモ取ってたやつおったやろ」
メグ姐さんの視線は…そう、半田くん!
「……ぼくも、ちょっとだけ…あの、役に立ってたんじゃないかと……」
控えめに自己申告してみるも――
「うん、師匠のそばで一生懸命“イーサネット”とか“ポートスキャン”とか書いてたよね!」
と、たまちゃんに他人事のようにフォローされ、会議室に軽い笑いが起こる。
「メモ取るだけが仕事ちゃうぞ〜、もうちょい何か形にせんかい!」
と、姐さんのツッコミが炸裂し、半田くんのメモ帳が小さく震えた(物理)。
和やかなこの空気が、次の瞬間、一気に引き締まる。
「さて」
河村SEが、ホワイトボードに向き直った。
「調査の結果、今回の事件は、単なる泥棒事件ではありませんでした。店のネットワークへの不正アクセス、そしていわゆる“バックドア”の存在が確認されました」
「バックドア!?」
一瞬で藤島専務の声が裏返る。まるでおばけを見たかのようだ。
河村SEは、昨日の現場で発見された不審なプログラムの説明を始めた。
「犯人は、PCに仕込まれたこの“バックドア”を通じて、POSシステムの売上情報、防犯カメラのデータなどを盗み見ていたと考えられます」
「まさか…餃子が…情報戦に巻き込まれるなんて……」
誰かがぼそりとつぶやいたが、誰かはわからない。いや多分、伊原さんか島原さんだ。
ホワイトボードには、簡易なネットワーク図が次々に書き加えられていく。
河村の手は、まるで“攻殻機動隊”の一員のように滑らかだった。
「このバックドアの存在によって、犯人は“どの商品が人気か”や“補充のタイミング”まで把握していたと考えられます。つまり…餃子の山の中から、ピンポイントで“プレミア餃子”を盗んでいったわけですね」
「こわ……完全に餃子に対するリスペクトないじゃん……」
たまちゃん、そこかい。
「さて、そこで皆さんにお願いです」
河村はボードに大きく書いた。
『情報セキュリティ五つの基本』
パスワードは「1234」や「gyo3LOVE」はNG!
見知らぬメールには返信厳禁!添付クリック厳禁!
ソフトウェアは、ちゃんとアップデートしてね(Windows XP、もうやめましょう)
社内ネットワークで、YouTubeで猫動画ばかり見るのはやめましょう
何かあったら、「すぐに報告!隠さない、逃げない、泣かない!」
「泣かないって項目、地味に刺さるんですけど……」
半田くん、小声で反応。
「うちのIT教育、体育会系やな」
メグ姐さん、腕組みながらニヤリ。
「でも、たしかに…今回の件で実感しました。私たち、知らないうちに危ない橋を渡ってたんですね」
稲田さんが、そっとお茶を配りながら言った。
「この講習、すっごくタメになりますね…ね、部長!」
伊原さんが元気に橋本部長に振る。
「うん、でもまずは社内の共有フォルダに“秘密フォルダ(絶対見るな)”って名前のファイル置くのやめような」
橋本部長、何気に爆弾発言。
こうして、田中オフィスの情報セキュリティ講習会は、無事に終了――かと思いきや。
「さて、皆さん、来週からは“USBメモリ危機一髪!研修”を予定しております」
と、河村SEが静かに予告を放つ。
「まだ続くんかい!」
全員、心の中でツッコんだとか、ツッコまなかったとか――。
ーー餃子とデリバリーと時々セキュリティーー
田中オフィスの会議室。いつものように椅子のキャスターがキコキコ鳴る中、ホワイトボードの前に立ったのは、我らが冷静沈着なITの名探偵――河村SE。
彼の口から放たれた言葉は、雷鳴のように全員の頭上に轟いた。
「今回、私が最も気になったのは――犯人の動きが、あまりにも自然だったことです」
静寂。まるで餃子の具材が落ちた瞬間の厨房みたいに、しーんとした空気が漂う。
「全く慌てる様子もなく、まるで自分の仕事であるかのように、冷凍餃子を運び出していた。そこで私は、窃盗ではなかったのではないか、という大胆な仮説を立てました」
\ポカーン/
「え、窃盗じゃなかった??」
藤島専務が目をまん丸にして、声を裏返した。
河村は無言でホワイトボードに、太く大きくこう書いた。
「偽装デリバリー」
……もはやドラマの副題のようだ。
「犯人は、あたかもアルバイトのように、デリバリー業務の依頼を受けたと思っていた可能性があります。つまり、あれは"窃盗"ではなく、"業務"だったのです!」
「デリバリーて!」
橋本部長、身を乗り出して叫ぶ。
「誰がそんな依頼を?まさか餃子の闇バイト!?」
河村は静かに頷く。
「はい。内部のPOSデータを不正に取得した案内役がいたのでしょう。犯人に、どの商品を、どこから、どれだけ持ち出せばいいのか――全部指示していたんです」
そして、さらなる推理を披露。
「おそらく、犯行グループは事前に“普通のデリバリー”を依頼して、信頼を築きました。『この会社に餃子を10人前届けてください』とか言って。その過程で、店舗の応対やシステムのクセを把握し…」
ホワイトボードにサラサラと書き込まれる“架空受発注明細”の例。
「高級水餃子鍋セット20箱・10万円分、代金オンライン決済済み」
「これを信じ込んだ配達人が、指定時間に来店。堂々と商品を受け取り、そして立ち去った…」
\ えええええええっ!? /
会議室全体が揺れた。驚愕のデリバリー型窃盗に、社員一同ショックを隠せない。
「配達人は、まさか自分が犯罪に加担していたとは思っていない。言われた通りに餃子を運び、報酬を受け取っただけ…まさに“知らずにグル”です」
「知らずにグル!!」
奥田たまちゃん、目を見開く。
「それって…反則じゃないですか!騙し討ちってやつですよ!」
「はい。まるで、“デリバリー受け子”とでも言いましょうか…」
半田くんは、メモ帳に“偽装デリバリー→デリバリー受け子”と書き込んでいる。たぶん明日のブログのネタにするつもりだ。
「しかし、そうなると…この事件、ただのサイバー犯罪では済まないですね」
藤島専務が腕を組む。完全に『踏み台』モードだ。
「ええ。物理的な防犯だけでなく、情報セキュリティへの意識向上も必要不可欠です」
と、河村SE。今日も冷静。
そのとき、田中社長がゆっくりと立ち上がった。
「河村はん…!やっぱりワシが見込んだだけあるわ!これはもう…餃子版・シャーロックホームズや!」
\ 餃ロック・ホームズ爆誕 /
「せやったら、次に狙うは“案内役”やな。半田くん、たまちゃん、準備はええか?」
「はいっ!やります!」
「餃子のために、負けられません!」
半田とたまちゃん、勢いよくガッツポーズを決める。餃子に人生を賭ける若者たちの誕生である。
「では、皆さん。今回の件を教訓に、全社的に情報セキュリティ意識を高めていきましょう」
河村SEがそう締めくくると、会議室からは自然と拍手が起こった。
こうして、無人餃子店を巡る事件は、「デリバリー受け子」という餃子業界に新たな伝説を刻む事件へと進化したのであった。
果たして、案内役の正体は? 餃子20箱の行方は?
そして半田くんのメモ帳は、果たして使われる日は来るのか――!
ーーAIと恋とセキュリティーー
「おっしゃる通りです」
ホワイトボードの前で、河村SEが厳かに頷いた瞬間、田中オフィスの会議室に一種異様な(だがなぜかほんわかした)緊張感が走った。
「店舗のPOSデータや受発注情報がしっかりと守られていれば、今回のようなプロ泥棒顔負けのパフォーマンス犯行は困難だったはずです」
「パフォーマンス犯行…」と誰かがつぶやく。
河村は構わずホワイトボードに未来の店舗図を描き始めた。未来の餃子店は、まるでSF映画に出てきそうな雰囲気で、ドアに目玉がついていたり、天井からドローンが浮かんでいたりしている。
「将来的にはですね、生体認証センサーで入店者を識別し、AI画像推論により、怪しい動きをする人物には合成音声で警告します」
彼は声色を変えてロボット風に言った。
「お客様、代金はお支払い済みでしょうか? ピコピコ、現金確認中、ピコッ」
\ちょっと面白いぞ/という空気が一瞬だけ流れた。
楠木さんがキラキラした目で前のめりになる。「それ、めっちゃ導入したいです!河村さん、ウチにもお願いします!」
すると…
「ハイッ!!」
まるで小学生の朝礼みたいに元気に手を挙げたのは、われらが半田くん。
「ぼ、僕…作ってみてもいいですか?その、画像判定AIの試作品。ちょっと前から、勉強してまして…」
\どよめき/
一番大きなリアクションを取ったのは、奥田たまちゃんだった。
「えぇぇっ!半田さん、マジ神じゃないですか!!」
たまちゃんの瞳は完全に★キラキラ★モード。
しかしそれを見逃さなかったのが、関西のスナック女将ことメグ姐さんである。
「おやおや~?たまちゃん、惚れたんちゃうか~?餃子よりアツアツやで~?」
「ち、違いますっ!そんなんじゃないです!すごいなって、技術が!そういう話で!」
たまちゃんは手をブンブン振り回して否定したが、顔は明らかに、黒酢に唐辛子を垂らしたように真っ赤だった。
「ふふん…」メグ姐さんは勝利の笑みを浮かべる。
半田くんはというと、照れながら頭をポリポリ。
「ま、まだ試作レベルですけど、役に立てるなら頑張ります…」
それを聞いたのが、田中オフィスの太陽――いや、もはやギャラクシー級の存在、田中卓造社長。
「ええぞ半田くん!若いもんが成長する姿を見るのは、ホンマに目の保養や!なぁ、たまちゃんも素直に褒めたれ!ただし、仕事はせなあかんぞ、そこ大事や!」
\社長、名言の中にしれっと釘/
楠木さんは大喜び。「試作品ができたら、ぜひ弊社の警備システムでテストさせてください!うちも全面協力します!」
「心強いですね」
河村SEも、ついに微笑みを浮かべた。「では私も、技術面でしっかりサポートさせていただきます」
こうして、会議室には未来への光が差し込んだ。
「デリバリー受け子」という前代未聞の事件から、まさかのセキュリティ革命が始まるとは、誰が想像しただろうか。
AIの導入、若手エンジニアの挑戦、メグ姐さんのツッコミ、そしてたまちゃんの恋(?)。
この日を境に、田中オフィスでは
「たまちゃん、赤くなると警報音鳴る説」
が社内でひそかに囁かれるようになったという。
ーー餃子とワームと、田中オフィスーー
会議室に漂う空気は、さっきまでとは別物だった。
ほんの一時間前まで、「餃子のおいしさ」と「奥田さんのほっぺの赤み」が話題の中心だったとは、とても思えない。
「確かに、POSの情報をどうやって盗んだのか…そこが今回の事件の核心かもしれません」
腕を組み、難しい顔の藤島専務がぽつりと漏らすと、静寂がさらに深まった。
「店長は真面目な方でした。メールも業務連絡だけ。ネットサーフィンの痕跡もありません」
そう語る河村SEの声は落ち着いていたが、その眼はまるでシステムログの深淵を覗いているようだった。
「ただし、店舗のPCがインターネットに接続されている以上、外部からの侵入経路は残されています。
もっとも有力なのは——『ワーム型マルウェア』です。たとえば、本社から届いたメールに添付されていたファイルに…」
「ってことは……」
若干声が裏返りながら、稲田さんが恐る恐る聞いた。「感染源が……本社?」
河村は、うなずいた。渋く。
「可能性は否定できません。そして、それが事実であれば、感染はすでに複数店舗に拡がっている可能性があります」
その瞬間だった。
\ビビビビビ!/
けたたましく鳴った楠木さんの携帯に、全員がビクッとした。
彼は顔をしかめながら廊下に出て応答し、数分後にはすっかり顔色がカスタードクリームのようになって戻ってきた。
「…皆さん、最悪の報せです。例の餃子店の別の支店で、まったく同じ手口の第2号事件が発生しました」
一瞬、全員の動きが止まった。
唯一、椅子のきしむ音だけが、やけに大きく響く。
「ワシら、やっぱりとんでもないもんを掘り当ててしもたみたいやな…」
田中社長の渋い声が、じわじわと空気を引き締める。
冗談を挟む余地もない。餃子は冷凍でも、この事件は灼熱だ。
「佐々木さん、申し訳ない。今から急いで東京に戻ります」
楠木さんはメグ姐さんに深く頭を下げた。
「気ぃつけてな。東京もんは、餃子より冷たい時あるけど…あんたは熱いままでいてや」
メグ姐さんのエールに、楠木さんは小さく、しかし強く頷いた。
彼が去ったあと、残されたメンバーにも静かな使命感が芽生え始めていた。
「被害拡大を防ぐには、残されたこのPCの解析が急務です」
河村SEは、眼鏡の奥で分析を始めていた。
「ワームの痕跡や、不審な通信記録を追いかけます。それらが本社のシステムとの繋がりを示すなら、真の“感染源”が見えてくるかもしれません。そうすれば、損害保険をかける責任は、U警備ではなくなります。」
「僕もやります!」
ガタンッ!と立ち上がったのは、半田くん。
膝を椅子の足にぶつけながらも、果敢にノートPCを開く。
「昨日の師匠(河村さん)のログ確認、少しだけ復元してます。操作追って、再解析します!」
「タマも何かできることありますか!?……コーヒー淹れます!? いや、ちがっ、情報収集します!」
奥田さんは、焦りつつも元気だ。
「奥田さんは、昨日の店長との会話内容と店内の様子を整理して、不自然な点を探ってください」
「了解です!記憶力だけは自信あります!」
「…ほんまかいな」
メグ姐さんが、ボソッと呟いたが、それ以上ツッコむ空気ではなかった。
稲田さんと島原さんは、過去に似た事件の報告例やニュースを集めるために資料を読み漁り始めた。
「河村さん、田中オフィスでの作業と同時に、本社との連携も進めてください」
藤島専務の声には、いつになく切迫感があった。
田中社長も力強く言った。
「このまま放っておくわけにはいかん!ワシらも、田中オフィスなりのやり方で、この“情報の闇鍋”と闘うぞ!」
かくして、餃子泥棒事件は、ただの防犯トラブルではなかった。
サイバーの闇から伸びる影は、地方の一店舗だけではなく、全国のネットワーク店舗へと静かに侵攻していた。
田中オフィスのメンバーは、それぞれの武器と個性と熱意を持って、見えない敵に立ち向かう。
そしてこの日、彼らはまだ気づいていなかった。
これが、「田中オフィス VS サイバーギョーザ軍団」第一章の、ほんの序章に過ぎなかったということを…。
ーー冷凍餃子盗難騒動、ここに完結ーー
事件がひと段落し、餃子屋の冷凍庫に平穏が戻って数日。
田中オフィスにも、いつもの賑やかでどこか抜けた日常が帰ってきていた。
今日は、あの楠木さんが、再度の感謝とお土産の宇都宮餃子を両手に抱え、深々と頭を下げて帰っていったばかり。
それを見送ったあと、応接室では静かな——いや、静かで済むわけがない、田中社長と藤島専務の会話劇が始まっていた。
「社長、今回の件、本当に見事でしたね」
藤島専務は、少しだけ呆れ顔で腕を組みながら言った。眼鏡のフレームをくいっと上げるその仕草には、いつもの冷静さが滲んでいた。
「まさか“デリバリー受け子”だったとは…。あの河村さんの推理力も素晴らしかったですが、社長の“引き受けたる!”の一言がなければ、何も始まらなかったんですよ」
「そりゃあなぁ、光子はん」
と、社長はお得意の胡坐スタイルでくるくると椅子を揺らしながら、にやけ顔で答える。
「ワシの勘はな、野生のタヌキよりも鋭いんや。困っとる顔見たら、ほっとけんのが関西人の性やろ?
特に楠木はんの顔、あれ見たら“何とかしたらなアカン!”って、体が勝手に動いたっちゅう話や」
「人情というより、もはや衝動ですね…」
藤島専務はため息をつきつつ、言葉にはどこか微笑が混ざっていた。
「でも、さすがは社長。新しいビジネスの種を見つける嗅覚は、今回もピカイチでしたね。警備とセキュリティが組み合わさるって、今後の展開としても面白いですし」
「そうそう!まさに“ギョーザの皮一枚分の差”や!」
と、なぜか張り切る社長。
「ま、冗談はさておき、あの配達のお兄ちゃんやって、自分が泥棒やなんて思っとらんかったやろなあ。“今日のバイト、やけに冷凍重たいな”くらいで、帰りにコンビニ寄って缶コーヒーでも買うてたかもしれんわ」
「社長、本当に人が悪いですね」
と言いつつも、専務の口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「でも、10万円ぐらいの被害で済んでよかったです。今回の件、ほんのちょっとの油断が、大きな損失になる可能性を教えてくれました。まさに情報の時代の落とし穴ですね」
「ほんまにな」
社長は椅子から立ち上がり、ぐーっと大きく背筋を伸ばした。
「せやけど、こういう時こそ、ワシらの出番やろ? どんな厄介ごとでも、うちはチームで解決できる。光子はん、そう思わんか?」
「ええ、思いますよ」
藤島専務は、社長の背中に経営者らしい鋭い視線を向けながら、小さく頷いた。
「それが、私たち田中オフィスの強みですから。情報でも不動産でも、餃子でもね」
「ははは、ええこと言うやないか!」
と、満足げに笑った社長は、そのまま事務所の奥へと歩き出す。
「さーて、次の“困ったちゃん”は、どこで待っとるかなあ〜♪」
その背中を見送りながら、藤島専務はふと、誰にも聞こえないようにぽつりと呟いた。
「…まったく、社長にはいつも振り回されますけど…まあ、それも悪くないのかもしれませんね」
こうして、田中オフィスの小さな大事件「餃子偽装デリバリー騒動」は幕を下ろした。
だが、街にはまだまだ、情報の闇に紛れた“困ったちゃん”が潜んでいる。
その一つひとつに、今日も田中オフィスは、時にコミカルに、時に本気で、立ち向かっていく——。
(おしまい)