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田中オフィス  作者: 和子
37/90

第三十五話、警備会社の営業マン

ーー楠木匡介、離陸前夜ーー

次の物語は少し前に遡ります。

成田空港の滑走路から離れた道沿いに、U警備グループの看板が小さく光っている。そこが、楠木匡介の配属先――U運転代行サービス営業所だった。


入社から半年。

都市部で上司との衝突を経て、"問題児"のレッテルと共にこの地へ飛ばされた彼は、色褪せて擦り切れたドライバージャケットを着て、運転代行の仕事を続けていた。


「車を運転してるだけで給料もらっちゃダメだってよ……」

今日も先輩社員・荒木が、朝の一服を片手にぼやく。

「今月ノルマ100件だとよ、『カーサポート』。誰がやるんだよ、こんなの」


「俺がやりますよ」

楠木は口元だけで笑い、いつものように軽くジャケットの袖を直した。


「……は?」荒木が驚いて聞き返す。


「だって面白いじゃないですか。ホーム警備システムとセットで契約取ればプラスで2件分のポイント。効率いいっすよ」

彼の目は獲物を見つけた鷹のように鋭い。


所長・沼田がその様子を見てにやける。

「じゃあ君、たのむよ。これで本社に数字叩き出せば、本社の部署に戻れるかもなあ。いや、それ以上かもよ」


楠木はわざとらしく肩をすくめた。

「ま、悪目立ちしてやりますよ」


彼の脳内では既に、戦略が構築されていた。

ターゲットは空港近辺の個人タクシー運転手と、外国人向け通信サービス窓口

Xを通じて高級車保有者に対する海外旅行サポートを切り口に、安心感と即応性を武器にした提案

さらに本部の警備部門への“トスアップ”で、数字を倍にして稼ぐ


一見、田舎の運転代行業務。

だが楠木にはそれが、営業力を試す格好の実験場に見えていた。

その日、彼は営業車を自ら運転し、リスト片手に滑走路脇のモーテル街へ向かった。

「クルマと情報は、動かしてナンボですからね」

助手席の資料ケースに、名刺と警備サービスパンフがびっしり詰め込まれていた。


この地方都市の片隅から、楠木匡介の"飛翔"は始まる。

彼はまだ若く、荒削りで、しかし獰猛だった。


ーーカーサポート革命ーー

空港の送迎レーンで、楠木匡介は海外旅行に向かう夫婦のSUVのドアを丁寧に閉めた。

「いってらっしゃいませ。帰国日に合わせて、ピカピカに仕上げてお届けします」

彼の動作は一分の隙もない。笑顔、アイコンタクト、礼儀のタイミング――すべてが洗練されていた。

「これが運転代行の仕事か?」

新人スタッフがぽつりと漏らすのを、隣の先輩・荒木が笑って受けた。

「違うよ。あれは“楠木匡介サービス”だ」


◆ 発想は現場から

始まりは些細な観察だった。

空港に乗り付ける富裕層の車は、長期出張や旅行の間、空港周辺の駐車場に不安定に放置される。


「これ、セキュリティ的にはどうなの?」

そう考えた楠木は、行動した。


・空港周辺の整備工場に洗車・清掃サービスをヒアリング、タクシー運転手との雑談から、信頼できる業者を抽出


・外国人向けモバイルルーター会社に直談判し、50台を仕入れる


・安価なWi-Fiカメラを50台ネットでまとめ買い、設定方法を自分でマスター


・すべては、「顧客が求めているものは、車をただ預ける安心ではない」と確信したからだ。


◆ カーサポート・フロー(楠木カスタムVer.)

① 空港で車・鍵を預かる

 駐車場は利用せず、顧客に“自宅搬送”を提案。信頼が得られれば、鍵の複製も預かる。

② 整備工場での洗車・清掃

 整備工場との業務提携は非公式だが、すでに“楠木枠”が存在していた。彼が来たら優先で動く。

③ 自宅ガレージへの搬送&Wi-Fiカメラ設置

 カメラ設置→URLを顧客メールに即送付。「お車の様子は、いつでもスマホでご覧いただけます」

④ 顧客帰国→車受け渡し

 「本日はお疲れでしょうから、明日までセキュリティを続けております。安心してお休みください」

⑤ アフターで警備本体のご案内

 「今後、もしご興味あればホームセキュリティのご案内に伺います」


◆ 半年間の奇跡

このスタイルで、半年間で50件の契約を獲得。

その半数以上が、ホーム警備システムへと発展した。

本社のノルマ換算ではポイント100超え。

しかも、すべてが「現場からの創意工夫」。

楠木は、現地で生まれたサービスを“自ら設計し、自ら売った”。


会社役員、開業医、不動産オーナー――

社会的信用のある顧客たちが次々に指名してきた。

「これこそが、私たちの求めていたカーサポートだ」

「警備会社がここまでやる時代になったのか!」

「いや、楠木くんじゃないと無理でしょう」


◆ そして本社へ

ある日、本社の営業部長が彼の営業所に現れた。無表情のまま、楠木にこう言った。

「君、帰ってこい。本社営業戦略チームで話をしてほしい。これは“ケーススタディ”ではない。“新事業”だ」


ーー楠木、業界の檜舞台へーー

本社プレゼンルーム。

壁一面に広がるスクリーンには、顧客の高級車が映し出されていた。


旅先から帰国した顧客の喜びの声――笑顔とともに届いた「満足」の文字。

「以上、本社企画の『カーサポート』は、私たち現場の常識を覆すすばらしい商品であったこと、

 おわかりいただけたでしょうか?」


堂々と締めたのは、プレゼンを後押しした企画部長。

だがその陰にあったのは、楠木匡介の“無許可”の創作と行動だった。


◆ 嘘と本音の狭間で

「お客様の車の状態は、写真付きで定期的にメールでお届けしました」

プレゼン資料に映る写真は、実際に楠木がスマホで撮影し、メールに添付して送ったものだった。

ただし、“定点カメラ”などという設備は本来存在しなかった。


(ルーター?カメラ?ぜんぶ俺の自腹。さすがに言えないよな…)

だが、「今後の展開として定点カメラの設置が望まれる」という言葉が決定打となり、

プレゼンルームにいた役員たちの目が一斉に輝いた。


“まだ導入していないのに顧客満足が高い=投資の見込みあり”

と、勝手にポジティブ変換されたのだ。

(俺だったら突っついてみるけど、鈍い管理職ばかりで助かるわ…)

匡介は内心でほくそ笑んだ。


◆ 成功の波紋

U警備の関心はただ一点――

「高所得者層への警備市場に、どう風穴を開けるか」

そしてそれを実現してみせたのが、業界の新興勢力たる自社、

しかも若干23歳の営業マン・楠木匡介であるという事実だった。


「楠木くん、君の若い力が、業界を驚かす業績を上げたんだよ」

企画部長は終始笑顔だった。


「他社の警備会社が、恥ずかしげもなく業務提携を申し込んできているんだ」

大手のF警備、H警備、さらには海外資本のAセキュリティまで――

まさに業界はざわついていた。


◆ “本社付き特命チーム”の誕生

その週。楠木のもとに一本のメールが届いた。

件名:「本社システム企画部内にカーサポート事業・特命プロジェクトチーム発足」

内容:

あなたには、全国拠点にて『カーサポート』パッケージの標準化と展開戦略を担当いただきます。

つきましては、数名のスタッフを選任し、初動調査を兼ねた地域試験運用を実施してください。

(…え、本社戻って終わりじゃないの?出張ばっかりじゃん)

戸惑いを隠せぬまま、彼はため息をついたが、口元は緩んでいた。


◆ 地方の仲間たちへ

数日後、空港近くのあの営業所で、送別会が開かれた。


所長の沼田が酔いながら言った。

「お前みたいなやつ、最初は心底うっとおしいと思ったよ」


「でも、今じゃ誇らしいよ。ウチの営業所が“モデル事業所”になったんだからな」

荒木も缶ビールを片手に言う。


「しっかし本社でバレなかったのかよ。Wi-Fiカメラのこと」


「鈍いんだよ、ああいう人たちは。ある前提で聞きに来るから、まさか自前だとは思わねえのさ」

楠木は、苦笑いのまま焼き鳥を口に運んだ。


ーーヒルズから天国の島へ ― 楠木匡介、最高のおもてなしーー

六本木ヒルズ最上階。

Q-pull社長・上田敬之は、眼下に広がる東京の街を見下ろしながら、そっと腕時計に目をやった。

「そろそろ出発の時間だな」

隣には、銀婚式を祝う奥様の笑顔。ニューカレドニア行きの特別な旅が始まろうとしていた。


◆ 成田空港 第2ターミナル 3F・出発階

黒のハイブリッドSUVが静かに到着する。

助手席から降りてきたのは、上田社長。


空港の送迎レーンには、ひときわ目立つパイロットスーツ姿の若い男性が立っていた。

楠木匡介である。


「こんにちは、上田様」

彼は胸元の名札を示し、微笑む。

「私が担当の楠木でございます。ご旅行中の愛車の管理は、すべて私が責任をもって対応いたします」


上田社長は一瞬、不安げにキーを見つめた。

高性能なこの車は、もはや資産の一部ともいえる。だが――

「よろしくお願いします。車は自宅のガレージに入れてもらって、洗車もお願いできますか?」

楠木は深くうなずき、落ち着いた口調で答える。


「もちろんです。ピカピカにしてお返しいたします。安心して、ご旅行をお楽しみください」

キーを預けた瞬間、上田夫妻の表情に柔らかな光が差した。


◆ 天国の島・ニューカレドニア

青い空、透き通る海。

上田夫妻は日差しの降り注ぐバルコニーでのんびりと午後を過ごしていた。


ふと、上田社長がスマートフォンを取り出し、「カーサポートアプリ」を起動する。

画面には、愛車が自宅ガレージにきちんと収まっている様子、そして自宅前の映像。

カメラは異常のないことを静かに示していた。


「見て、車も家も異常なしだって。これで安心して楽しめるね」


奥様はにっこりとうなずく。

「本当に便利ね。こういう細やかさ、ありがたいわ」


◆ 帰国の日

成田空港、到着ロビー。

長旅の疲れを感じさせながらも、上田夫妻はどこか満ち足りた様子で歩いていた。


到着階ロビー出口には、すでに洗車を終えたSUVが待機していた。

車の傍には、楠木が、整った制服姿で立っていた。

「お帰りなさいませ、上田様、奥様。お車の準備が整っております。どうぞご確認ください」

車体はぴかぴかに輝き、内装は旅の疲れを癒すように清潔に整えられていた。


上田社長は深く一礼しながら微笑む。

「ありがとうございました。本当に助かりました」


楠木が車のドアをゆっくり開ける。

「セキュリティは明日の朝まで継続しております。万一ご不明な点があれば、いつでもご連絡ください」


奥様も笑顔を返す。

「ありがとうございます。これで帰りも安心ですね」

上田夫妻は静かに車に乗り込み、帰路についた。


◆ 数日後 ― 六本木ヒルズ・Q-pull本社にて

上田社長のスマホに一通のメールが到着した

上田社長はその差出人名に目を落とす。

「楠木 匡介」――U警備 カーサポート事業 特命担当

「ふふっ、覚えておこう。彼のような若者がいるなら、業界の未来も悪くない」


ーー届いたメール、本番の幕開けーー

昼下がりの本社ビル。今や本社の特命チームの筆頭となっていた楠木匡介は、共有ラウンジの片隅でカップに注いだばかりのコーヒーを置く間もなく、スマートフォンの通知に目をやった。

件名:ホームセキュリティサービスの申し込みについて

差出人は――上田敬之。

あのQ-pullの社長、4000億企業の創業者。カーサポート最大級の“成功事例”である。

「さっそく、おいでなすったよ……ここからが本番だ」

独り言のようにつぶやきながら、楠木は落ち着いた動作でPCに向かい、すぐにメールを書き始めた。


To:上田 敬之 様

From:楠木 匡介(U警備・セキュリティサービス部門)

件名:ホームセキュリティサービスの申し込みについて


上田敬之 様

こんにちは、担当の楠木です。

先日は「カーサポート」をご利用いただき、誠にありがとうございました。

ご旅行はいかがでしたでしょうか?

少しでもご滞在が快適であったこと、そして私どもがその一助となれたのであれば、大変光栄に思います。

このたびは、ホームセキュリティサービスにご関心をお持ちいただき、心より感謝申し上げます。

その迅速なご反応に、驚きとともに身の引き締まる思いでおります。

以下に、サービスの概要をご案内いたします。


□ホームセキュリティサービスの概要

24時間監視体制

 専用の高性能カメラによる常時モニタリングを実施いたします。

スマートホーム連携

 スマートフォンアプリにて、お客様ご自身でセキュリティ状態の確認・操作が可能です。

定期メンテナンス

 月1回の点検により、機器の不具合や防犯環境の改善提案も行います。

緊急出動対応

 万が一異常を検知した際は、即時で現場に駆けつけ対応いたします。


◎ 特別オファー

今回のお問い合わせに際し、特別に初回6ヶ月無料キャンペーンを適用させていただきます。

期間中にご評価いただき、ぜひ長期契約をご検討いただければ幸いです。

また、上田様には特別に、ホームセキュリティご契約中は「カーサポート」サービスを無償でご提供いたします。

海外出張やご旅行の際には、これまでと変わらぬ安心をそのままに、お車のお世話も万全にサポートいたします。


▶ ご案内とお申し込み方法

ご不明な点やご相談などがございましたら、お気軽にご連絡ください。

お電話・オンラインミーティングのご希望にも、迅速に対応させていただきます。


改めまして、このたびは貴重なお引き合いをいただき、誠にありがとうございます。

上田様のご期待に沿えるよう、誠心誠意努めてまいります。

どうぞよろしくお願いいたします。


楠木 匡介

U警備株式会社 セキュリティサービス部門

℡ 03-XXXX-XXXX

e-mail kusunoki.sec@u-keibi.co.jp


[物語のつづき]

楠木はメールを送信すると、背もたれに身を預けた。

この一通が、Q-pullとの未来を繋ぐ橋になるかもしれない――。

(さあ、次は「どう仕掛けるか」だ)

画面の向こう、六本木ヒルズの最上階で上田社長がメールを開くころ、

楠木匡介はもう次のシナリオを書き始めていた。


ーー信頼の連鎖 ― Q-pull社長の紹介ーー

◆ 第一幕:招かれた若き営業マン

U警備本社・セキュリティサービス部門。

ある日、楠木匡介の元に1通のメールが届く。差出人は――Q-pull社長 上田敬之。

「カーサポート、あれは素晴らしかった。会社に来てほしい。

詳しい話を聞きたいし、紹介したい友人もいるんだ」


楠木は、すぐさま返信した。

「ありがとうございます。お招きいただき、光栄です。

ご都合の良い日時と場所をお知らせいただければ、準備のうえお伺いいたします」


◆ 第二幕:六本木ヒルズ、Q-pull本社 応接室

当日――。

楠木は、精悍なスーツ姿で六本木ヒルズの高層階に降り立った。

迎えの秘書に通され、ガラス張りの応接室に入ると、すでに上田社長と初対面の人物が座っていた。


上田社長が笑顔で紹介する。

「こちらが楠木さん。先日のカーサポート、彼が担当してくれたんです」

そして、隣の紳士に視線を移す。

「Cさん、この人ですよ。旅行中、我が家の愛車を自宅まで持ち帰り、洗車まで済ませてくれて。

 リアルタイムでのモニタリングまでついていて、何一つ不安を感じなかった」


先客の男・C氏(不動産系上場企業の専務)が、驚いたように眉を上げた。

「へえ、それはすごいですね。

 ……でも正直、警備会社って、実際に強盗と戦うわけじゃないでしょ?」


◆ 第三幕:揺るがぬ信念

場に静寂が走った。


だが楠木は、動じなかった。落ち着いた表情で、ゆっくりと口を開いた。

「おっしゃる通りです。私たちの仕事は、“戦うこと”ではありません。

 むしろ、“戦いが起きないようにすること”が使命です」

「強盗が侵入する前に、リスクを察知し、遠ざける。

 万一の際にも、即座に通報し、現場に駆けつけ、被害を最小限に抑える。それが私たちの役割です」

「車両にはGPS追跡や遠隔操作システムを。自宅にはAI連動の監視カメラやセンサー。

 技術と運用力で、“何も起きない”日常を守る。それが本当の警備サービスだと、私たちは考えています」


C氏の表情に、かすかな変化があった。だが、なおも食い下がる。


「でもこの前、知り合いの会社の金庫がやられてね。

 某大手警備会社が出したコメントは“警察の捜査に協力します”だけ。

 ……私なら、金返せって思うね」


◆ 第四幕:信頼の種を蒔くとき

「C様、ご友人の件は、さぞご心痛だったかとお察しいたします。

 私たちも、そのような結果に終わることは断じて避けたいと考えております」

「私たちは、“異常が起きてから考える”のではなく、“起きる前に防ぐ”設計と対応に注力しております。

 万が一の際にも、即応部隊が現場に向かい、対応内容を報告・再発防止策まで含めて実施いたします。さらに、被害が発生した場合に備えた補償制度も整えており、責任ある対応と安心の両立を目指しております」


C氏は黙って耳を傾けていたが、やがてふっと口元を緩めた。

「まあ、初めて会ったあなたにこんなこと言うのもアレだけどね……。

 でも、カーサポート、やってみようかな。来月、家族でシンガポールへ行く予定があってさ。

 申し込み、お願いできるかな?」


◆ 第五幕:チャンスは手の中に

楠木は、静かに一礼した。

「C様、この度は貴重なお話をありがとうございました。

 お知り合いのご経験を通じてお感じになったご不安、真摯に受け止めております」

「ぜひ、私たちのサービスをお試しください。ご期待以上の価値を感じていただけるよう、

 誠心誠意対応いたします」


◆ 第六幕:申し込み手続きのご案内

「では、来月のシンガポール旅行に向けて、以下の手続きで進めさせていただきます」

・ご旅行日程と車両情報のご確認

・オンライン申込フォームの送付とご記入

・空港でのキー預かり~ご自宅ガレージまでの移送工程のご説明

「出発日当日には、空港でお車と鍵をお預かりし、洗車・清掃のうえご自宅に駐車いたします。

 旅先ではスマートフォンから車両の状態を確認いただけますので、安心してお過ごしください」


◆ 第七幕:未来への布石

「ご利用後に、もしよろしければご感想をお聞かせください。

 また、ご満足いただけた場合には、ホームセキュリティとのセットプランや、

 定期カーサポートプランもご案内させていただければと存じます」

そして、最後に。


「現在、ホームセキュリティをご契約のお客様には、カーサポートを無料でご提供する特典をご用意しております。

 ご旅行や出張が多いお客様に、大変ご好評いただいております。ぜひご検討ください」

C氏はうなずき、名刺を差し出した。

「じゃあ、よろしく頼むよ。……あと、うちの部長も興味あるかもしれない。また紹介するよ」


ーー信頼の紹介連鎖ーー

上田社長がにやりと笑った。

「楠木くん。こうやって、信頼って回っていくもんなんだよ。

 君のやり方、俺は好きだな」

楠木は深く頭を下げた。

(これが、“紹介で広がる営業”ってやつか。――さあ、次の準備もしなくちゃな)


ーー警備の枠を越えて――楠木匡介の未来戦略ーー

夜のオフィスで、一人ホワイトボードに向き合う男がいる。

名は――楠木匡介くすのき・きょうすけ

まだ20代ながら、旧来の警備会社の常識を塗り替えつつある“若き改革者”だ。

彼の視線の先には、未来のサービス構想がびっしりと書き込まれていた。


1. 高級家事代行 × 警備

「“家に誰かがいる”ことが最大の防犯だ」

そう語る楠木は、警備と生活の融合を目指していた。

彼が構想するのは、“ただ掃除するだけではない家事代行”。

警備研修を受けたスタッフが、清掃・料理・洗濯・庭の手入れまで対応。

高級住宅街の空き巣被害を**「家に人がいる安心感」**で減らす。

顧客は、家に戻ると“光の差し込む、整えられた空間”と温かいスープに迎えられる――。

「家政婦じゃない、“家の守人”を育てるんだ」


2. プライベートドライバー × 信頼

「運転手が一番見ているのは、目的地じゃなく“人間”だ」

単なる送迎ではない。楠木のビジョンはこうだ。

高級車を使った“無音の時間”を提供する、ストレスフリードライブ。

ドライバーは護身術・応急処置・言語対応も完備。

万が一の事態には、ドライバー自身が避難経路と指揮を取る。

「命と名誉を預かる移動手段――それが“動くセキュリティ”だ」


3. スマートホーム × リモート警備

楠木の野望は「セキュリティを物理からデータへ」移行すること。

スマートロック、温度・照明管理、家電制御までを一括管理。

顧客の“生活パターン”をAIが学習し、異常を自動検出。

旅行中でも、リビングの窓が開いたらスマホに通知が飛ぶ。

「侵入を感知するより、**“予兆を読む”**セキュリティが未来の標準だ」


4. プライベートセキュリティコンサルティング

「いざというときの防犯より、“いつもの安心”が価値になる時代」

各家庭や事業所の脅威レベルを評価。

顧客のライフスタイルに合わせたセキュリティ設計。

富裕層、医師、政治家など、パーソナルリスクマネジメントまで請け負う。

「セキュリティは“見えないスーツ”だ。顧客を無敵にする衣装を、俺たちが仕立てる」


5. イベントプランニング × 安全運営

「楽しい時間ほど、“裏側の安心”が必要だ」

楠木はイベント業界にも風穴を開ける。

高級パーティーから企業セミナー、アート展、別荘での小規模レセプションまで。

イベント設計時点からセキュリティ動線・緊急避難経路を組み込む。

スタッフは全員、警備・接遇・ファーストエイドの三拍子。

「笑顔の裏にある安心、それが**“静かな盾”**」


最後に――

楠木は、空を見上げてつぶやく。

「“警備”は、防ぐだけじゃない。“信頼”をつくる仕事だ」

それは、時代が求める“真の安心”を設計する、新しい警備会社の形。

彗星のごとく現れた時代の寵児、楠木匡介の物語は、まだ始まったばかりだ――!


ーー空耳?ーー

楠木が作り上げたビジネスモデル。

その革新性に驚くことなく、


(なるほど。悪くない。ただ、詰めが甘いな)


なにか聞こえたような気がした。あるいは自分の心の声か。


ーー警備会社の営業マン、終わりーー





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