第三十五話、警備会社の営業マン
ーー楠木匡介、離陸前夜ーー
次の物語は少し前に遡ります。
成田空港の滑走路から離れた道沿いに、U警備グループの看板が小さく光っている。そこが、楠木匡介の配属先――U運転代行サービス営業所だった。
入社から半年。
都市部で上司との衝突を経て、"問題児"のレッテルと共にこの地へ飛ばされた彼は、色褪せて擦り切れたドライバージャケットを着て、運転代行の仕事を続けていた。
「車を運転してるだけで給料もらっちゃダメだってよ……」
今日も先輩社員・荒木が、朝の一服を片手にぼやく。
「今月ノルマ100件だとよ、『カーサポート』。誰がやるんだよ、こんなの」
「俺がやりますよ」
楠木は口元だけで笑い、いつものように軽くジャケットの袖を直した。
「……は?」荒木が驚いて聞き返す。
「だって面白いじゃないですか。ホーム警備システムとセットで契約取ればプラスで2件分のポイント。効率いいっすよ」
彼の目は獲物を見つけた鷹のように鋭い。
所長・沼田がその様子を見てにやける。
「じゃあ君、たのむよ。これで本社に数字叩き出せば、本社の部署に戻れるかもなあ。いや、それ以上かもよ」
楠木はわざとらしく肩をすくめた。
「ま、悪目立ちしてやりますよ」
彼の脳内では既に、戦略が構築されていた。
ターゲットは空港近辺の個人タクシー運転手と、外国人向け通信サービス窓口
Xを通じて高級車保有者に対する海外旅行サポートを切り口に、安心感と即応性を武器にした提案
さらに本部の警備部門への“トスアップ”で、数字を倍にして稼ぐ
一見、田舎の運転代行業務。
だが楠木にはそれが、営業力を試す格好の実験場に見えていた。
その日、彼は営業車を自ら運転し、リスト片手に滑走路脇のモーテル街へ向かった。
「クルマと情報は、動かしてナンボですからね」
助手席の資料ケースに、名刺と警備サービスパンフがびっしり詰め込まれていた。
この地方都市の片隅から、楠木匡介の"飛翔"は始まる。
彼はまだ若く、荒削りで、しかし獰猛だった。
ーーカーサポート革命ーー
空港の送迎レーンで、楠木匡介は海外旅行に向かう夫婦のSUVのドアを丁寧に閉めた。
「いってらっしゃいませ。帰国日に合わせて、ピカピカに仕上げてお届けします」
彼の動作は一分の隙もない。笑顔、アイコンタクト、礼儀のタイミング――すべてが洗練されていた。
「これが運転代行の仕事か?」
新人スタッフがぽつりと漏らすのを、隣の先輩・荒木が笑って受けた。
「違うよ。あれは“楠木匡介サービス”だ」
◆ 発想は現場から
始まりは些細な観察だった。
空港に乗り付ける富裕層の車は、長期出張や旅行の間、空港周辺の駐車場に不安定に放置される。
「これ、セキュリティ的にはどうなの?」
そう考えた楠木は、行動した。
・空港周辺の整備工場に洗車・清掃サービスをヒアリング、タクシー運転手との雑談から、信頼できる業者を抽出
・外国人向けモバイルルーター会社に直談判し、50台を仕入れる
・安価なWi-Fiカメラを50台ネットでまとめ買い、設定方法を自分でマスター
・すべては、「顧客が求めているものは、車をただ預ける安心ではない」と確信したからだ。
◆ カーサポート・フロー(楠木カスタムVer.)
① 空港で車・鍵を預かる
駐車場は利用せず、顧客に“自宅搬送”を提案。信頼が得られれば、鍵の複製も預かる。
② 整備工場での洗車・清掃
整備工場との業務提携は非公式だが、すでに“楠木枠”が存在していた。彼が来たら優先で動く。
③ 自宅ガレージへの搬送&Wi-Fiカメラ設置
カメラ設置→URLを顧客メールに即送付。「お車の様子は、いつでもスマホでご覧いただけます」
④ 顧客帰国→車受け渡し
「本日はお疲れでしょうから、明日までセキュリティを続けております。安心してお休みください」
⑤ アフターで警備本体のご案内
「今後、もしご興味あればホームセキュリティのご案内に伺います」
◆ 半年間の奇跡
このスタイルで、半年間で50件の契約を獲得。
その半数以上が、ホーム警備システムへと発展した。
本社のノルマ換算ではポイント100超え。
しかも、すべてが「現場からの創意工夫」。
楠木は、現地で生まれたサービスを“自ら設計し、自ら売った”。
会社役員、開業医、不動産オーナー――
社会的信用のある顧客たちが次々に指名してきた。
「これこそが、私たちの求めていたカーサポートだ」
「警備会社がここまでやる時代になったのか!」
「いや、楠木くんじゃないと無理でしょう」
◆ そして本社へ
ある日、本社の営業部長が彼の営業所に現れた。無表情のまま、楠木にこう言った。
「君、帰ってこい。本社営業戦略チームで話をしてほしい。これは“ケーススタディ”ではない。“新事業”だ」
ーー楠木、業界の檜舞台へーー
本社プレゼンルーム。
壁一面に広がるスクリーンには、顧客の高級車が映し出されていた。
旅先から帰国した顧客の喜びの声――笑顔とともに届いた「満足」の文字。
「以上、本社企画の『カーサポート』は、私たち現場の常識を覆すすばらしい商品であったこと、
おわかりいただけたでしょうか?」
堂々と締めたのは、プレゼンを後押しした企画部長。
だがその陰にあったのは、楠木匡介の“無許可”の創作と行動だった。
◆ 嘘と本音の狭間で
「お客様の車の状態は、写真付きで定期的にメールでお届けしました」
プレゼン資料に映る写真は、実際に楠木がスマホで撮影し、メールに添付して送ったものだった。
ただし、“定点カメラ”などという設備は本来存在しなかった。
(ルーター?カメラ?ぜんぶ俺の自腹。さすがに言えないよな…)
だが、「今後の展開として定点カメラの設置が望まれる」という言葉が決定打となり、
プレゼンルームにいた役員たちの目が一斉に輝いた。
“まだ導入していないのに顧客満足が高い=投資の見込みあり”
と、勝手にポジティブ変換されたのだ。
(俺だったら突っついてみるけど、鈍い管理職ばかりで助かるわ…)
匡介は内心でほくそ笑んだ。
◆ 成功の波紋
U警備の関心はただ一点――
「高所得者層への警備市場に、どう風穴を開けるか」
そしてそれを実現してみせたのが、業界の新興勢力たる自社、
しかも若干23歳の営業マン・楠木匡介であるという事実だった。
「楠木くん、君の若い力が、業界を驚かす業績を上げたんだよ」
企画部長は終始笑顔だった。
「他社の警備会社が、恥ずかしげもなく業務提携を申し込んできているんだ」
大手のF警備、H警備、さらには海外資本のAセキュリティまで――
まさに業界はざわついていた。
◆ “本社付き特命チーム”の誕生
その週。楠木のもとに一本のメールが届いた。
件名:「本社システム企画部内にカーサポート事業・特命プロジェクトチーム発足」
内容:
あなたには、全国拠点にて『カーサポート』パッケージの標準化と展開戦略を担当いただきます。
つきましては、数名のスタッフを選任し、初動調査を兼ねた地域試験運用を実施してください。
(…え、本社戻って終わりじゃないの?出張ばっかりじゃん)
戸惑いを隠せぬまま、彼はため息をついたが、口元は緩んでいた。
◆ 地方の仲間たちへ
数日後、空港近くのあの営業所で、送別会が開かれた。
所長の沼田が酔いながら言った。
「お前みたいなやつ、最初は心底うっとおしいと思ったよ」
「でも、今じゃ誇らしいよ。ウチの営業所が“モデル事業所”になったんだからな」
荒木も缶ビールを片手に言う。
「しっかし本社でバレなかったのかよ。Wi-Fiカメラのこと」
「鈍いんだよ、ああいう人たちは。ある前提で聞きに来るから、まさか自前だとは思わねえのさ」
楠木は、苦笑いのまま焼き鳥を口に運んだ。
ーーヒルズから天国の島へ ― 楠木匡介、最高のおもてなしーー
六本木ヒルズ最上階。
Q-pull社長・上田敬之は、眼下に広がる東京の街を見下ろしながら、そっと腕時計に目をやった。
「そろそろ出発の時間だな」
隣には、銀婚式を祝う奥様の笑顔。ニューカレドニア行きの特別な旅が始まろうとしていた。
◆ 成田空港 第2ターミナル 3F・出発階
黒のハイブリッドSUVが静かに到着する。
助手席から降りてきたのは、上田社長。
空港の送迎レーンには、ひときわ目立つパイロットスーツ姿の若い男性が立っていた。
楠木匡介である。
「こんにちは、上田様」
彼は胸元の名札を示し、微笑む。
「私が担当の楠木でございます。ご旅行中の愛車の管理は、すべて私が責任をもって対応いたします」
上田社長は一瞬、不安げにキーを見つめた。
高性能なこの車は、もはや資産の一部ともいえる。だが――
「よろしくお願いします。車は自宅のガレージに入れてもらって、洗車もお願いできますか?」
楠木は深くうなずき、落ち着いた口調で答える。
「もちろんです。ピカピカにしてお返しいたします。安心して、ご旅行をお楽しみください」
キーを預けた瞬間、上田夫妻の表情に柔らかな光が差した。
◆ 天国の島・ニューカレドニア
青い空、透き通る海。
上田夫妻は日差しの降り注ぐバルコニーでのんびりと午後を過ごしていた。
ふと、上田社長がスマートフォンを取り出し、「カーサポートアプリ」を起動する。
画面には、愛車が自宅ガレージにきちんと収まっている様子、そして自宅前の映像。
カメラは異常のないことを静かに示していた。
「見て、車も家も異常なしだって。これで安心して楽しめるね」
奥様はにっこりとうなずく。
「本当に便利ね。こういう細やかさ、ありがたいわ」
◆ 帰国の日
成田空港、到着ロビー。
長旅の疲れを感じさせながらも、上田夫妻はどこか満ち足りた様子で歩いていた。
到着階ロビー出口には、すでに洗車を終えたSUVが待機していた。
車の傍には、楠木が、整った制服姿で立っていた。
「お帰りなさいませ、上田様、奥様。お車の準備が整っております。どうぞご確認ください」
車体はぴかぴかに輝き、内装は旅の疲れを癒すように清潔に整えられていた。
上田社長は深く一礼しながら微笑む。
「ありがとうございました。本当に助かりました」
楠木が車のドアをゆっくり開ける。
「セキュリティは明日の朝まで継続しております。万一ご不明な点があれば、いつでもご連絡ください」
奥様も笑顔を返す。
「ありがとうございます。これで帰りも安心ですね」
上田夫妻は静かに車に乗り込み、帰路についた。
◆ 数日後 ― 六本木ヒルズ・Q-pull本社にて
上田社長のスマホに一通のメールが到着した
上田社長はその差出人名に目を落とす。
「楠木 匡介」――U警備 カーサポート事業 特命担当
「ふふっ、覚えておこう。彼のような若者がいるなら、業界の未来も悪くない」
ーー届いたメール、本番の幕開けーー
昼下がりの本社ビル。今や本社の特命チームの筆頭となっていた楠木匡介は、共有ラウンジの片隅でカップに注いだばかりのコーヒーを置く間もなく、スマートフォンの通知に目をやった。
件名:ホームセキュリティサービスの申し込みについて
差出人は――上田敬之。
あのQ-pullの社長、4000億企業の創業者。カーサポート最大級の“成功事例”である。
「さっそく、おいでなすったよ……ここからが本番だ」
独り言のようにつぶやきながら、楠木は落ち着いた動作でPCに向かい、すぐにメールを書き始めた。
To:上田 敬之 様
From:楠木 匡介(U警備・セキュリティサービス部門)
件名:ホームセキュリティサービスの申し込みについて
上田敬之 様
こんにちは、担当の楠木です。
先日は「カーサポート」をご利用いただき、誠にありがとうございました。
ご旅行はいかがでしたでしょうか?
少しでもご滞在が快適であったこと、そして私どもがその一助となれたのであれば、大変光栄に思います。
このたびは、ホームセキュリティサービスにご関心をお持ちいただき、心より感謝申し上げます。
その迅速なご反応に、驚きとともに身の引き締まる思いでおります。
以下に、サービスの概要をご案内いたします。
□ホームセキュリティサービスの概要
24時間監視体制
専用の高性能カメラによる常時モニタリングを実施いたします。
スマートホーム連携
スマートフォンアプリにて、お客様ご自身でセキュリティ状態の確認・操作が可能です。
定期メンテナンス
月1回の点検により、機器の不具合や防犯環境の改善提案も行います。
緊急出動対応
万が一異常を検知した際は、即時で現場に駆けつけ対応いたします。
◎ 特別オファー
今回のお問い合わせに際し、特別に初回6ヶ月無料キャンペーンを適用させていただきます。
期間中にご評価いただき、ぜひ長期契約をご検討いただければ幸いです。
また、上田様には特別に、ホームセキュリティご契約中は「カーサポート」サービスを無償でご提供いたします。
海外出張やご旅行の際には、これまでと変わらぬ安心をそのままに、お車のお世話も万全にサポートいたします。
▶ ご案内とお申し込み方法
ご不明な点やご相談などがございましたら、お気軽にご連絡ください。
お電話・オンラインミーティングのご希望にも、迅速に対応させていただきます。
改めまして、このたびは貴重なお引き合いをいただき、誠にありがとうございます。
上田様のご期待に沿えるよう、誠心誠意努めてまいります。
どうぞよろしくお願いいたします。
楠木 匡介
U警備株式会社 セキュリティサービス部門
℡ 03-XXXX-XXXX
e-mail kusunoki.sec@u-keibi.co.jp
[物語のつづき]
楠木はメールを送信すると、背もたれに身を預けた。
この一通が、Q-pullとの未来を繋ぐ橋になるかもしれない――。
(さあ、次は「どう仕掛けるか」だ)
画面の向こう、六本木ヒルズの最上階で上田社長がメールを開くころ、
楠木匡介はもう次のシナリオを書き始めていた。
ーー信頼の連鎖 ― Q-pull社長の紹介ーー
◆ 第一幕:招かれた若き営業マン
U警備本社・セキュリティサービス部門。
ある日、楠木匡介の元に1通のメールが届く。差出人は――Q-pull社長 上田敬之。
「カーサポート、あれは素晴らしかった。会社に来てほしい。
詳しい話を聞きたいし、紹介したい友人もいるんだ」
楠木は、すぐさま返信した。
「ありがとうございます。お招きいただき、光栄です。
ご都合の良い日時と場所をお知らせいただければ、準備のうえお伺いいたします」
◆ 第二幕:六本木ヒルズ、Q-pull本社 応接室
当日――。
楠木は、精悍なスーツ姿で六本木ヒルズの高層階に降り立った。
迎えの秘書に通され、ガラス張りの応接室に入ると、すでに上田社長と初対面の人物が座っていた。
上田社長が笑顔で紹介する。
「こちらが楠木さん。先日のカーサポート、彼が担当してくれたんです」
そして、隣の紳士に視線を移す。
「Cさん、この人ですよ。旅行中、我が家の愛車を自宅まで持ち帰り、洗車まで済ませてくれて。
リアルタイムでのモニタリングまでついていて、何一つ不安を感じなかった」
先客の男・C氏(不動産系上場企業の専務)が、驚いたように眉を上げた。
「へえ、それはすごいですね。
……でも正直、警備会社って、実際に強盗と戦うわけじゃないでしょ?」
◆ 第三幕:揺るがぬ信念
場に静寂が走った。
だが楠木は、動じなかった。落ち着いた表情で、ゆっくりと口を開いた。
「おっしゃる通りです。私たちの仕事は、“戦うこと”ではありません。
むしろ、“戦いが起きないようにすること”が使命です」
「強盗が侵入する前に、リスクを察知し、遠ざける。
万一の際にも、即座に通報し、現場に駆けつけ、被害を最小限に抑える。それが私たちの役割です」
「車両にはGPS追跡や遠隔操作システムを。自宅にはAI連動の監視カメラやセンサー。
技術と運用力で、“何も起きない”日常を守る。それが本当の警備サービスだと、私たちは考えています」
C氏の表情に、かすかな変化があった。だが、なおも食い下がる。
「でもこの前、知り合いの会社の金庫がやられてね。
某大手警備会社が出したコメントは“警察の捜査に協力します”だけ。
……私なら、金返せって思うね」
◆ 第四幕:信頼の種を蒔くとき
「C様、ご友人の件は、さぞご心痛だったかとお察しいたします。
私たちも、そのような結果に終わることは断じて避けたいと考えております」
「私たちは、“異常が起きてから考える”のではなく、“起きる前に防ぐ”設計と対応に注力しております。
万が一の際にも、即応部隊が現場に向かい、対応内容を報告・再発防止策まで含めて実施いたします。さらに、被害が発生した場合に備えた補償制度も整えており、責任ある対応と安心の両立を目指しております」
C氏は黙って耳を傾けていたが、やがてふっと口元を緩めた。
「まあ、初めて会ったあなたにこんなこと言うのもアレだけどね……。
でも、カーサポート、やってみようかな。来月、家族でシンガポールへ行く予定があってさ。
申し込み、お願いできるかな?」
◆ 第五幕:チャンスは手の中に
楠木は、静かに一礼した。
「C様、この度は貴重なお話をありがとうございました。
お知り合いのご経験を通じてお感じになったご不安、真摯に受け止めております」
「ぜひ、私たちのサービスをお試しください。ご期待以上の価値を感じていただけるよう、
誠心誠意対応いたします」
◆ 第六幕:申し込み手続きのご案内
「では、来月のシンガポール旅行に向けて、以下の手続きで進めさせていただきます」
・ご旅行日程と車両情報のご確認
・オンライン申込フォームの送付とご記入
・空港でのキー預かり~ご自宅ガレージまでの移送工程のご説明
「出発日当日には、空港でお車と鍵をお預かりし、洗車・清掃のうえご自宅に駐車いたします。
旅先ではスマートフォンから車両の状態を確認いただけますので、安心してお過ごしください」
◆ 第七幕:未来への布石
「ご利用後に、もしよろしければご感想をお聞かせください。
また、ご満足いただけた場合には、ホームセキュリティとのセットプランや、
定期カーサポートプランもご案内させていただければと存じます」
そして、最後に。
「現在、ホームセキュリティをご契約のお客様には、カーサポートを無料でご提供する特典をご用意しております。
ご旅行や出張が多いお客様に、大変ご好評いただいております。ぜひご検討ください」
C氏はうなずき、名刺を差し出した。
「じゃあ、よろしく頼むよ。……あと、うちの部長も興味あるかもしれない。また紹介するよ」
ーー信頼の紹介連鎖ーー
上田社長がにやりと笑った。
「楠木くん。こうやって、信頼って回っていくもんなんだよ。
君のやり方、俺は好きだな」
楠木は深く頭を下げた。
(これが、“紹介で広がる営業”ってやつか。――さあ、次の準備もしなくちゃな)
ーー警備の枠を越えて――楠木匡介の未来戦略ーー
夜のオフィスで、一人ホワイトボードに向き合う男がいる。
名は――楠木匡介。
まだ20代ながら、旧来の警備会社の常識を塗り替えつつある“若き改革者”だ。
彼の視線の先には、未来のサービス構想がびっしりと書き込まれていた。
1. 高級家事代行 × 警備
「“家に誰かがいる”ことが最大の防犯だ」
そう語る楠木は、警備と生活の融合を目指していた。
彼が構想するのは、“ただ掃除するだけではない家事代行”。
警備研修を受けたスタッフが、清掃・料理・洗濯・庭の手入れまで対応。
高級住宅街の空き巣被害を**「家に人がいる安心感」**で減らす。
顧客は、家に戻ると“光の差し込む、整えられた空間”と温かいスープに迎えられる――。
「家政婦じゃない、“家の守人”を育てるんだ」
2. プライベートドライバー × 信頼
「運転手が一番見ているのは、目的地じゃなく“人間”だ」
単なる送迎ではない。楠木のビジョンはこうだ。
高級車を使った“無音の時間”を提供する、ストレスフリードライブ。
ドライバーは護身術・応急処置・言語対応も完備。
万が一の事態には、ドライバー自身が避難経路と指揮を取る。
「命と名誉を預かる移動手段――それが“動くセキュリティ”だ」
3. スマートホーム × リモート警備
楠木の野望は「セキュリティを物理からデータへ」移行すること。
スマートロック、温度・照明管理、家電制御までを一括管理。
顧客の“生活パターン”をAIが学習し、異常を自動検出。
旅行中でも、リビングの窓が開いたらスマホに通知が飛ぶ。
「侵入を感知するより、**“予兆を読む”**セキュリティが未来の標準だ」
4. プライベートセキュリティコンサルティング
「いざというときの防犯より、“いつもの安心”が価値になる時代」
各家庭や事業所の脅威レベルを評価。
顧客のライフスタイルに合わせたセキュリティ設計。
富裕層、医師、政治家など、パーソナルリスクマネジメントまで請け負う。
「セキュリティは“見えないスーツ”だ。顧客を無敵にする衣装を、俺たちが仕立てる」
5. イベントプランニング × 安全運営
「楽しい時間ほど、“裏側の安心”が必要だ」
楠木はイベント業界にも風穴を開ける。
高級パーティーから企業セミナー、アート展、別荘での小規模レセプションまで。
イベント設計時点からセキュリティ動線・緊急避難経路を組み込む。
スタッフは全員、警備・接遇・ファーストエイドの三拍子。
「笑顔の裏にある安心、それが**“静かな盾”**」
最後に――
楠木は、空を見上げてつぶやく。
「“警備”は、防ぐだけじゃない。“信頼”をつくる仕事だ」
それは、時代が求める“真の安心”を設計する、新しい警備会社の形。
彗星のごとく現れた時代の寵児、楠木匡介の物語は、まだ始まったばかりだ――!
ーー空耳?ーー
楠木が作り上げたビジネスモデル。
その革新性に驚くことなく、
(なるほど。悪くない。ただ、詰めが甘いな)
なにか聞こえたような気がした。あるいは自分の心の声か。
ーー警備会社の営業マン、終わりーー