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田中オフィス  作者: 和子
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第二十五話、告白~そして別れ

ーー 柴田正史との決別ーー

重厚な扉が閉ざされたかのような、静かなカフェの一角。稲田美穂と柴田正史は、間に重い空気を挟んで向かい合っていた。窓から差し込む陽の光は、二人の間に漂う厳かな雰囲気を際立たせる。長年連れ添った二人の関係は、今日、避けられない終わりを告げようとしていた。


「美穂、今日は時間を作ってくれてありがとう。この間の話、考えてくれたかな?」


正史の問いかけに、美穂は「ええ」と短く応じた。沈黙が降り、正史がゆっくりと口を開く。


「ドイツへの長期海外赴任、美穂にも一緒に来てほしいんだ」


美穂は伏し目がちに黙り込む。まるでその言葉が、二人の関係を凍らせるかのように。


「…ドイツ?長期って、どのくらい?」


美穂の問いに、正史は現実を突きつける。


「少なくとも3年、もしかするともっと長くなるかもしれない。向こうで新しいプロジェクトを立ち上げるんだ。それに、Oエナジーからは俺が選抜メンバーとして出向することになった。」


美穂は慎重に言葉を選びながら、静かに告げた。


「正史…その気持ちはありがたい。でも、私は行かない。正史の決断を応援したい気持ちはあるけれど、私の人生もここで築いていきたいの」


その言葉に、正史の時間が止まった。無言で美穂を見つめる。美穂は優しい表情で、しかし確固たる声で続けた。


「私たちの関係は終わるけれど、あなたを応援している気持ちは変わらないわ。向こうでもきっと成功する。あなたならできる」


「別れるって?…美穂、本気で言ってるのか?」


正史の声には動揺が隠せない。


「ええ、本気よ。正史、あなたがドイツに行くことを決めたように、私も自分の道を歩むことを決めたの」


正史は深く息を吸い込み、言葉を探すように絞り出した。


「でも、今までの7年間はどうなるんだ?一緒に乗り越えてきたじゃないか」


「そう、だからこそ感謝しているの。あなたとの時間は本当に貴重で、大切な思い出。でも、私たちはこれ以上同じ道を歩むことができない。それを感じるの」


美穂は再び優しい表情で、正史を見つめる。そして、美穂の次の言葉が響いた。


「正史、正直に言います。好きな人ができました」


「…なんだって?」


正史の驚きが、その場の空気を切り裂く。美穂は深く息をつき、自分の気持ちを整理するように続けた。


「職場の同僚です。今は離れて仕事をしています。でも、彼に会えない毎日が辛くて、思いを伝えることを決意しました。そして、彼に自分の気持ちを伝えました」


ショックを隠せない正史は、ただ美穂を見つめる。


「そういうことか…。だから別れるというんだな」


美穂は静かに頷いた。


「はい。この気持ちは抑えきれないんです。正史には嘘をつきたくなかった」


正史は言葉を探しながらも、少しずつ冷静さを取り戻していく。


「7年間一緒にいて、そんな気持ちになるなんて…複雑だな。でも、君が正直に話してくれたことは感謝している」


美穂はしっかりと正史を見つめ、最後の言葉を伝えた。


「正史、本当にありがとう。私を支えてくれたこと、笑顔で過ごせた時間、全部忘れません。これからはそれぞれの道を歩みましょう」


二人はしっかりと握手を交わし、別れを受け入れた。正史の心の中には、「好きな人ができたって…でも、美穂の決意には逆らえないな。幸せになってほしい」という思いが去来する。


美穂はカフェを出て、新たな未来へ向かって歩き出した。一方、正史はその場に残り、彼女との日々を振り返りながら、自らの新たな挑戦へと気持ちを切り替えようとしていた。


正史は少しうつむきながらも、理解を示した。


「…わかった。君の決断を尊重するよ。君が幸せであることを願ってる」


二人の間に、静かな時間が流れる。


「ありがとう、正史。あなたも元気でね」


最後にしっかりと握手を交わし、それぞれの道へ。正史の心には「これが彼女の答えか…。美穂は本当に強い人だ」。美穂の心には「さようなら、正史。7年間、本当にありがとう」。


美穂はカフェを出ると、心に一抹の寂しさを抱えながらも、新しい一歩を踏み出していく。一方、正史は静かに彼女の背中を見送り、自らの新たな挑戦に向けて気持ちを切り替えようとしていた。


カフェでの柴田正史との別れの余韻が、美穂の心に深く刻み込まれていた。水野幸一への想いを伝えたことで正史との関係を終える決断をした美穂。その心の中には、複雑な感情が渦巻いていた。


美穂は静かな公園のベンチに座り、空を見上げる。


「水野さんに会えない日々は本当に辛かった。でも、彼にすべてを伝えた時のほうがもっと辛かった…。正史と別れることで、自分がどれほど傷つけたのかを痛感している。私は…悪い女だ」


静けさの中、一人で涙を流す。


「正史には幸せになってほしい。それなのに私が彼を苦しめてしまった…。自分の気持ちを正直に伝えることで、こんなに多くの人を傷つけてしまうなんて」


風が吹き、美穂の涙が乾いていく。彼女は一瞬、自分を責めながらも立ち上がる。心の奥底で、正直な気持ちを伝えたことが正しい選択だったと信じる自分がいた。


美穂は思いを胸に、静かに歩みを進める。


「この痛みを乗り越え、強くなろう。そうしなければ、水野さんにも正史にも顔向けできない」


美穂の心に、かすかな光が差し込む。彼女は涙の後に少しずつ自分を奮い立たせ、新しい一歩を踏み出していく。


ーー田中オフィス、稲田美穂の欠勤ーー

田中オフィスの朝、橋本が電話を受けていた。


「はい、田中オフィスです。…あ、稲田さんですね。体調が悪い?かしこまりました。では今日はお休みということで」


橋本は電話を切ると、田中社長の元へ報告に向かう。


「社長、稲田さんですが、体調が悪いということで今日はお休みされるそうです」


「ええー?なんや橋本くん、昨日は元気そうやったのに」


休憩スペースでは佐々木とたまちゃんが話をしている。


「新幹線の中ではエラい陽気やったよなー。それが東京から帰ったあと、急に口数少なくなって、元気ない感じやった」と佐々木。


たまちゃんが声を張り上げて言った。


「これはアレですよ、メグ姐さん、水野ロスで脳が破壊されたのでは!」


メグ姐さんが呆れながら返す。


「アホ、稲田さんは彼氏おるねんで。あ!」


メグ姐さんは突然何かに気づいた表情を見せる。


「もしかして、彼氏とうまくいかんようになってしまったんやろか?」


田中社長が一行に注意した。


「おいおい、適当なことゆうたらあかんでぇ。稲田さんのプライベートは詮索するもんやない。さぁ、もう仕事の時間やで、みんな机に向かいなさい!」


たまちゃんが舌を出しながら返事をする。


「はーい社長。でもメグ姐さん、その話気になりますね~」


稲田美穂の欠勤は、オフィス内で小さな波紋を呼んでいた。一方、美穂は自宅で静かに休む時間を過ごしながら、自分の気持ちを整理していた。田中オフィスの賑やかなメンバーたちが次の展開をどう迎えるか、物語はさらに広がりを見せる。

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