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田中オフィス  作者: 和子
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第二十四話、誕生・チーム東京

ーーVシステムオフィス、緊張高まる対話ーー

Vシステムオフィスに、大田原の怒声が響き渡った。


「だから、そんなものはいらないんだよ!重くなるだけだ!Q&Aのメンテナンスはどうするんだ?向こうの要求仕様じゃないから金も取れないだろう!」


倉持は冷静に反論した。


「でも、先方にはご好評いただいているんですよ。実際に使いやすいと評価されています。」


その時、ラヴィが流暢な日本語で口を挟んだ。


「ちょっと、大田原さん。向こうの席まで聞こえてますよ。もう少し落ち着いて話しませんか?」


大田原は苛立ちを隠そうともせず言い返した。


「インド人はすっこんでろ!お前に何がわかるんだ!」


ラヴィは一瞬の間を置いて、冷静に対応した。


「大田原さん、私はこのプロジェクトの一員として意見を述べています。国籍は関係ありません。皆で協力して良いものを作るために話し合っているのです。」


倉持が慌てて間に入り、場を収めようとする。


「ラヴィさんの意見は重要です。彼の視点がなければ、今回の設計はここまで進まなかったかもしれません。大田原さん、もう少し冷静に話し合いましょう。」


その緊迫した空気を破るように、佐藤美咲が勇気を振り絞って口を開いた。


「あの…私もラヴィさんの意見に賛成です。Q&Aのポップアップは、実際に現場で働く人たちにとって非常に助けになると思います。焦って間違えることを防ぐためにも、こうした仕組みは必要だと思います。」


佐藤の言葉に、大田原は一瞬黙り込んだ。


「…まあ、そうかもしれないが、メンテナンスの手間が増えるのは事実だ。」


ラヴィが穏やかに言葉を添える。


「その点については、効率的なメンテナンス方法を提案することも可能です。皆で協力して解決策を見つけましょう。」


倉持が締めくくった。


「そうですね。まずは先方の評価をしっかり受け止めて、次のステップを考えましょう。大田原さん、ラヴィさん、佐藤さん、皆さんの意見をまとめて進めていきます。」


3ヶ月の期日延長の末、Vシステムは無事にプログラムを納品することができた。しかし、カーサポート・オムニチャネル以降の開発チームにVシステムの名はなかった。カーサポートサービスから総合ホームセキュリティーサービスへ移行する統合システムには、Vシステムでは荷が重いと判断されたのだろう。U警備の統合システムとして、課長に昇格した楠木さんを中心にプロジェクトチームが発足し、Q-pullシステムが実働部隊として、アジャイル方式によりわずか1年でシステムをリリースした。IT業界の進化は目覚ましい。


とはいえ、Vシステムは契約解除されることなく、オムニチャネルシステムを納品し終えた。初期不良で何度か対応したものの、稼働1ヶ月でシステムは安定。今日は渋谷の居酒屋で慰労会が行われることになった。メンバーは倉持、ラヴィ、佐藤、そして水野だ。Vシステムで余剰人員が出てしまったため、ラヴィと倉持は退職を決めていた。これも水野の勧誘あってのことで、今日の慰労会は水野の主催である。


渋谷の居酒屋での慰労会

渋谷の賑やかな居酒屋の一角に、温かな灯りがともる。心地よい喧騒の中、水野幸一、倉持SE、ラヴィ、佐藤美咲がテーブルを囲んでいた。主催者である水野は、皆の努力を労うことに余念がない。


水野がグラスを掲げ、乾杯の挨拶をした。


「皆さん、オムニチャネルシステムの納品、本当にお疲れ様でした!期日延長もありましたが、見事に完成させたことは大きな成果だと思います。今日はその努力を称える場です。改めて乾杯しましょう!」


全員の声が揃う。


「乾杯!」


倉持がしみじみと語る。


「期日延長の間、不安もありましたが、こうして無事に納品できたのは皆さんのおかげです。ラヴィさんの的確な指導や佐藤さんの真摯な努力があってこそ、ここまで辿り着けました。」


佐藤が嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。新人の私でもこうして皆さんに支えていただけて、本当に感謝しています。それにしてもラヴィさん、日本語があんなに上手なのに驚きました!」


ラヴィが笑顔で返す。


「ありがとう、美咲さん。でも、皆さんの協力があったからこそです。この居酒屋の雰囲気もいいですね。渋谷の夜の魅力を感じます。」


水野は、倉持とラヴィの決断に触れた。


「倉持さん、ラヴィさん。Vシステムを退職する決断をされたのは大きな選択だと思います。こんな小さな事務所ですが、お二人の持つ力がさらに輝くことを楽しみにしています。」


倉持が静かに頷いた。


「水野さんにお誘いただけたことに感激しております。新しい環境での挑戦が今から楽しみです。」


ラヴィが真剣な表情で答える。


「私もそうです。この慰労会で皆さんと笑顔で過ごせるだけでもすばらしいのに、今後も皆さんと一緒にやっていけるなんて……今後も皆さんと繋がっていけるよう努めたいです。」


佐藤が目を輝かせながら言葉を添えた。


「お二人の新しい旅立ち、応援します!私も後から田中オフィス東京事務所に行って頑張りますから!」


水野が場を締めくくった。


「さて、今日は美味しい料理を楽しみましょう。渋谷の居酒屋の魅力を存分に味わいながら、これまでの努力に乾杯です!」


乾杯を重ねながら、卓を囲む彼らの笑顔が渋谷の夜に溶け込む。明るい未来に向けて、それぞれの思いを胸に秘めた一夜が過ぎていった。


ーー渋谷の居酒屋、佐藤美咲の不安と水野の励ましーー

渋谷の居酒屋の片隅で、賑やかな喧騒とは裏腹に、佐藤美咲はグラスを手に、どこか沈んだ表情で水野に語りかけていた。社会人として半年の経験しかない彼女にとって、目の前の現実と、未来への漠然とした不安が、重くのしかかっているようだった。


「私じゃ、まだ水野さんのお力になれないですよね…。ラヴィさんや倉持さんみたいに、ちゃんとしたスキルもないし…。」


美咲の声は、彼女自身の自信のなさを映し出しているかのようだった。それを聞いた水野は、優しく微笑みながら、彼女の目をしっかりと見つめた。その眼差しには、焦りも、非難も、ましてや諦めもなかった。ただ、静かな理解と、深い安心感が宿っていた。


「佐藤さん、そんなことはありませんよ。まだ社会人1年目、半年しか経っていないじゃないですか。普通、冬のボーナスが出てから次のステップを考えるものです。それからでも遅くありませんよ。」


美咲は、その言葉に少し驚いた表情を浮かべた。自分だけが早く動かなければならない、と勝手に思い込んでいた重圧が、少しだけ軽くなった気がしたのだ。


「えっ、そうなんですか?私なんか、もう少し積極的に行かないといけないのかと思ってました。」


水野は、美咲の勘違いを優しく解きほぐすように、ゆっくりと真意を伝えた。


「焦る必要はありません。田中社長にも話してありますので、佐藤さんが来るのをいつでも歓迎する準備はできています。だから、今は自分のペースで成長していけばいいんです。」


その言葉は、美咲の心にじんわりと温かい光を灯した。いつでも帰る場所がある、受け入れてくれる人がいる。その事実が、彼女の心を深く安堵させた。しかし、安堵と同時に、今抱えている現実の厳しさもまた、頭をもたげる。


「ありがとうございます、水野さん。でも、あの職場であと半年持つかな…。セクハラとか、正直耐えられないかも。」


美咲の言葉に、水野の表情は一変した。それまでの穏やかな笑顔が消え、真剣な眼差しになる。


「それは深刻な問題ですね。もし本当に辛い状況なら、無理をする必要はありません。何かあればすぐに相談してください。佐藤さんの成長を見守りたいと思っていますし、無理をして心身を壊してしまっては元も子もありません。」


その言葉は、美咲の心に深く響いた。一人で抱え込み、耐え忍ぶことだけが選択肢ではないのだと、改めて気づかされた。感謝の気持ちを込めて、美咲は水野に深く頭を下げた。


「ありがとうございます、水野さん。そう言っていただけると、少し気が楽になります。頑張ってみますけど、どうしても無理だったら相談させてください。」


水野は、静かに頷き、美咲の覚悟を受け止めるように、そっと言葉を添えた。


「もちろんです。佐藤さんにはまだまだ可能性がありますからね。焦らず、自分のペースで進んでいきましょう。」


居酒屋の賑やかな雰囲気の中、佐藤の表情は少しだけ明るくなった。水野の言葉が、彼女の心の奥底に染み渡り、次の一歩を踏み出すための、小さな、しかし確かな勇気を与えた。その夜の渋谷は、美咲にとって、不安の暗闇を照らす、温かい光に包まれていた。


ーー渋谷の居酒屋、最高にハッピーな慰労会!ーー

渋谷の賑やかな居酒屋のドアが、ドカーン!と勢いよく開いた!まるでサプライズ花火でも打ち上がったかのように、まばゆい笑顔の三人組が登場だ!


「いやーみんな、待たせたなー!田中卓三や!東京に来るのは楽しみやけど、今日は特に楽しみにしてきたんや。よろしゅうに!」


田中社長のド迫力ボイスが、居酒屋の賑やかな空気をさらに何倍も盛り上げる!もう、店中に社長のオーラが充満しちゃったみたいだ!


「稲田です…。水野さん、久しぶりです!すごく寂しかったです、あの、みんな元気でしたか?」


続いて、稲田美穂がちょっぴりはにかみながらも、本当に嬉しそうに水野さんに声をかけた。その声には、会いたかった気持ちがギュッと詰まっている!水野さんも、優しい笑顔で稲田さんを迎える。


「稲田さん、久しぶりです。田中オフィスの皆さんは相変わらず元気ですよね。」


そして、飛び出してきたのが、この日の台風の目!


「イエーイ!たまちゃんこと奥田珠実でっす!今日は皆さんとお会いできてナイスチューミーチュー!楽しむ準備はできてますよー!」


たまちゃんの元気いっぱいの自己紹介に、テーブルの周りに一気に笑いがドカーンと広がる!場の空気がパーッと明るくなって、まるで花火が打ち上がったみたいだ!


田中社長は、今日の主役であるラヴィと倉持に、男らしくガシッと握手を求めた。


「さて、今日はこの二人が主役やな!ラヴィくんと倉持くん、ほんまにお疲れさんやったな。これからもよろしく頼むで!」


ラヴィは、その言葉に最高の笑顔で応える。新しい未来への期待が、その表情からあふれている。


「ありがとうございます、田中社長。今後も田中オフィスの一員として貢献できるよう努めます。」


倉持さんも、田中社長の前に立つと、背筋がピン!と伸びる。新しい場所での挑戦に、胸を躍らせているのが伝わってくる!


「田中社長、お会いできて光栄です。これからよろしくお願いします!」


稲田さんは、ちょっと緊張気味の佐藤美咲に、お姉さんみたいに優しく声をかけた。


「佐藤さん、初めまして。田中オフィスの稲田美穂です。お会いできて嬉しいです!」


「初めまして、佐藤美咲です。まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。」


美咲がそう言うと、たまちゃんがピョコっと美咲の隣に立ち、親しげに肩をポンポン!と叩いた!その仕草は、美咲の緊張をあっという間に吹き飛ばしちゃった!


「佐藤さん、なんか硬いよー!今日は気楽に楽しもうよ!みんな仲間やからさ!」


たまちゃんの言葉に、その場にいる全員がドカーンと大爆笑!張り詰めていた美咲の緊張も、一瞬にしてどこかへ飛んでいっちゃったみたいだ!


「みんな、このオムニチャネルシステムの成功を祝して、改めて乾杯や!楽しい時間を過ごそう!」


田中社長の力強い音頭で、グラスがカチン!カチン!と何度も鳴り響く!


「乾杯!」


渋谷の夜の賑やかな音楽に溶け込みながら、テーブルの周りでは笑顔と笑い声が、もう止まらない!新しい仲間が加わり、チームの絆がさらにググーッと深まっていく。それぞれの未来への期待が、まるで弾けるシャンパンの泡みたいに、キラキラと輝く最高の一夜となった!本当に、みんなで大いに飲んで、食べて、心ゆくまで楽しんだのだ!


ーー渋谷の夜、二次会の偶然の遭遇ーー

渋谷の夜は、ますます賑やかさを増していく。煌めくネオンサインの下、一次会の興奮冷めやらぬ佐藤美咲と奥田珠美たまちゃんは、次の店を目指して足を進めていた。たまちゃんはすっかり酔いが回り、そのテンションは最高潮に達している。普段はおっとりしている美咲も、その勢いに引っ張られるように、顔には満開の笑顔が咲いていた。


「美咲ちゃん、今日は最高だね!オタク仲間ができるなんて、もう運命感じちゃうよ!」


たまちゃんが興奮気味に語りかけると、美咲も心の底から楽しそうに相槌を打つ。


「たまちゃん、ほんとに元気ですね。私もこんなに楽しい夜は久しぶりです!」


渋谷の喧騒の中、二人の笑い声が軽やかに響く。ふと、美咲が視線を向けた先に、見慣れた二つの背中があった。まさか、こんなところで。


「あれぇ!あそこにいるの、メグ姐さんじゃない!?楠木さんもいるし!ちょっと声かけちゃおう!」


たまちゃんは、まさかの遭遇に目を輝かせながら、矢も盾もたまらず駆け出そうとする。美咲は慌ててその腕を掴んだ。


「たまちゃん、やめたほうがいいんじゃ…。」


しかし、たまちゃんの勢いは誰にも止められない。美咲の制止を振り切り、渋谷の街に響き渡るような大声で叫んだ。


「メーグ姐さーん!あれぇ!どーこいくのー?」


その声に、楠木がハッと振り返る。彼の顔には、驚きと戸惑いが入り混じった表情が浮かんでいた。


「あれ、今の声…たまちゃんじゃないか?」


隣にいたメグ姐さんこと佐々木恵は、たまちゃんの姿を確認すると、眉間に深い皺を寄せた。そして、楠木の肘をガシッと掴みながら、まるで囁くように、しかし有無を言わせぬ調子で言い放った。


「しらんしらん!酔っ払いやんか。あっち行こ!」


そう言うや否や、二人は足早にその場を去っていった。たまちゃんは、少しふらつきながら、ぽかんとした顔でその背中を見送る。


「ええー、メグ姐さん冷たいなぁ…。でも、まあいいや!美咲ちゃん、次行こ次!」


美咲は苦笑しながら、たまちゃんの言葉に続いた。


「たまちゃん、ほんとに元気ですね…。じゃあ、次行きましょうか。」


渋谷の夜は、二人の笑い声と共に続いていく。楠木とメグ姐さんの謎めいた行動は、たまちゃんの記憶におぼろげに残りながらも、楽しい夜の一部として、喧騒の中に溶けていった。この夜の思い出は、きっと二人の間に、新たな秘密のきらめきを残すだろう。


ーー朝のビジネスホテル、モーニングビュッフェへーー

東京の朝が静かに明けていく。ビジネスホテルの一室に、柔らかな光が差し込んでいた。目覚まし時計が鳴るよりも早く、稲田がベッドでごろごろしていたたまちゃんに優しく声をかける。


「たまちゃん、起きて。」


たまちゃんは、んー、と小さく唸りながら目を擦り、ゆっくりと身を起こした。まだ夢と現実の狭間を漂っているような、ぼんやりとした表情だ。


「あ、稲田先輩、おはようございます。あれ?先輩、水野先輩のところへ行ったんじゃないんですか?」


たまちゃんの言葉に、稲田は呆れたように肩をすくめる。


「なに言ってんのよ、もう。心配だからたまちゃんについていっただけよ。それより、佐藤さんは今日仕事だから、朝早くホテルを出たわ。たまちゃんによろしくって言ってたわよ。」


佐藤美咲の名前を聞いて、たまちゃんは昨夜のことをぼんやりと思い返した。記憶の端っこに、何か引っかかるものがある。


(なんか、男女二人連れを見たような気がするんだけど…。でも、どんな感じだったかな…。)


考え込んでいると、急にお腹が大きく鳴った。たまちゃんは「はっ!」として、お腹をさする。


「あっ、なんか私、お腹がすきました!」


稲田は、そんなたまちゃんを見て、思わず笑みがこぼれる。


「まったく、たまちゃんらしいわね。じゃあ、ホテルのモーニングビュッフェに行きましょうか。」


二人は連れ立って、ホテルの食堂へと向かった。ビュッフェ会場は、朝から豊かな香りに満ちている。香ばしいパンの香り、焼きたての卵料理から立ち上る湯気。彩り豊かな新鮮なサラダや、つややかなフルーツがずらりと並び、まるで高級レストランのような贅沢な雰囲気に包まれていた。


たまちゃんは、目を輝かせながら料理の並ぶカウンターへと駆け寄る。


「わぁ、朝からこんなご馳走食べられるなんて幸せですね!私、全部制覇しちゃいますよ!」


稲田は、そんなたまちゃんを見て微笑みながら、優しく釘を刺した。


「たまちゃん、やりすぎないでよ。朝から食べ過ぎたら動けなくなるんだから。」


ーービュッフェの最後のひとときーー

渋谷のビジネスホテルのモーニングビュッフェ会場は、朝の光に満ちていた。香ばしいコーヒーの香りが漂う中、すでに朝食を終えた田中社長と水野が席を立とうとしていた。


「なんや、稲田とたまちゃん、ほんまゆっくりやな。しっかり食べとかんといかんよ。朝ごはん抜いたらあかんで!」


田中社長の豪快な声が、会場に響き渡る。水野は腕の時計に目をやり、少し困ったような笑顔で付け加えた。


「お早うございます。もう9時ですよ。あと1時間でチェックアウトなんですから、あまりのんびりしている時間はありませんよ。」


その声が聞こえたたまちゃんは、「えっ!」と声を上げ、慌てて稲田の隣から立ち上がった。


「えっ!そんなこと言うなら、早く起こしてくださいよ~!あと1時間が勝負じゃないですか!」


そう叫ぶやいなや、たまちゃんは勢いよく取り皿を手に取り、ビュッフェのテーブルへ駆け寄る。その姿は、まるで戦場に赴く戦士のようだ。パンやフルーツ、スクランブルエッグなどを、まるで最後の戦利品をかき集めるかのように山のように盛り付ける。


稲田は、そんなたまちゃんを見て苦笑いを浮かべた。


「たまちゃん、本当に食べすぎないように気をつけてよ。腹も身のうち、よ。」


「大丈夫ですって!朝からしっかり食べるのが元気の秘訣ですからね!」


たまちゃんは、満面の笑みで答える。その底抜けの明るさに、稲田も思わず笑みがこぼれる。


田中社長と水野は、一足先にホテルロビーへ向かいながら会話を続けていた。


「たまちゃんのあの勢い、ほんまに元気やな。うちのオフィスもあの子がいるといつも活気に満ちとるわ。」


田中社長は、心底楽しそうに言う。水野も、その言葉に頷きながらも、どこか冷静な視点を忘れない。


「彼女の明るさは確かに魅力的ですね。でも、そろそろチェックアウトの時間なので、ちゃんとまとめて出てきてくれるといいですが。」


その頃、ビュッフェ会場では、たまちゃんと稲田が最後の朝食を楽しんでいた。


「このクロワッサンめちゃくちゃ美味しいですよ!稲田先輩も食べてみてください!」


たまちゃんは、目を輝かせながら稲田にクロワッサンを勧める。稲田は、時間がないことを知りつつも、その誘いを無碍にはできない。


「ありがとう。でも、ちょっと急いで食べないと、時間が足りなくなるよ。」


その後、たまちゃんはハッと時計を見て慌て始めるが、それでも、美味しそうな料理を次々と皿に盛りつけていく。席に着き、食卓に並んだ色とりどりの朝食を楽しみ始めた。


「あ、稲田先輩、これ食べてみてください!めちゃくちゃ美味しいですよ!」


たまちゃんが差し出す小皿を受け取り、口にした稲田は、その美味しさに目を見開いた。


「ほんとだ、美味しい。こういうゆったりした朝もいいものね。」


温かいコーヒーを一口飲み、たまちゃんはしみじみと呟いた。


「こうして先輩と一緒に朝食を楽しめるのも田中オフィスの人たちが温かいからですよね。」


稲田は、たまちゃんの言葉に深く頷いた。


「そうね。本当に素敵なチームだと思うわ。」


最終的に、たまちゃんは満腹で満足した表情を浮かべつつ、何とか時間内にビュッフェ会場を後にすることができた。



渋谷の朝も、少しずつ活気を帯び始める。窓の外からは、街が目覚め始める音が微かに聞こえてくる。二人の笑顔は、新しい一日の始まりを明るく彩っていた。彼女たちの心には、仲間たちとの温かい絆が、今日も確かな力を与えているだろう。


ーーホテルロビー、水野と田中社長の会話ーー

渋谷のビジネスホテルのロビーは、朝の光が差し込み、静かで落ち着いた雰囲気に包まれていた。深い革張りのソファに腰掛けた水野と田中社長は、コーヒーカップを片手に、これからの東京事務所の未来について語り合っていた。


「社長、東京事務所のメンバーがほぼ固まりました。」


水野が切り出すと、田中社長は興味深そうに身を乗り出す。


「ラヴィさんと倉持さんは、Vシステムで引継ぎ書を無事作り終えて、来月から正式に出勤してもらいます。佐藤さんについては、カーサポートのシステム対応が発生する可能性があるため、あと数ヶ月はVシステムにいてもらう予定です。」


水野の報告に、田中社長は深く頷いた。彼の表情には、満足と期待が入り混じっている。


「ええやないか。東京事務所、まずはITからしっかり固めていくんやな。その方がええわ。」


水野も力強く頷く。


「はい。特にラヴィさんと倉持さんの経験とスキルセットは貴重です。システム開発だけでなく、事務所全体のIT基盤を強化する柱になります。」


田中社長は、遠い目をして、感慨深げに語り始めた。


「今の世の中、ITができんとお客さんと話もできん時代やで。わしらの時代とは全然違う。せやけど、こうして新しいことに挑戦するのは楽しいもんやな。」


その言葉には、ITの進化に対する驚きと、新たな挑戦への喜びがにじみ出ていた。水野も、社長の言葉に深く共感する。


「確かにそうですね。ITが企業の信頼性にも直結する時代です。東京事務所は、まずIT基盤を固め、次に法務やコンサルタント機能を統合的に提供できる組織を目指していきます。」


水野の明確なビジョンに、田中社長は満足そうに微笑んだ。


「頼もしいな水野さん。これからの田中オフィス東京事務所、楽しみやで。」


渋谷の喧騒とは一線を画したロビーで、二人の間には確かな信頼と、未来への期待が満ちていた。東京事務所の新たな航海が、まさに今、始まろうとしていた。


ーー田中オフィス東京事務所への展望ーー

水野は、今後の人材育成について具体的な計画を提示した。


「ラヴィさんと倉持さんには、業務が落ち着いたら『行政書士』の資格取得をサポートしていくつもりです。法務知識を比較的短期間で習得するには最適な資格ですし、二人とも大変乗り気でした。特に、動向訪問を通して日常業務を覚えてもらう予定です。」


田中社長は、その話を聞いて深く頷いた。彼の表情には、未来を見据える経営者としての鋭さと、新しい挑戦への期待が入り混じっていた。


「それはええ話やな。最近、うちに入った伊原隆志さんも行政書士や。つい最近取ったらしくて、まだ実務経験はないそうやけど、やる気は十分や。」


水野は、社長の言葉に力強く頷く。

「やはり資格にチャレンジしているという点は、採用基準としても優れていますね。学ぶ意欲がある人は、実務にも積極的に取り組んでくれますし、頼もしいですね。」


田中社長は、さらに感慨深げに語り始めた。その言葉には、これからの田中オフィスの進化に対する確信が込められている。


「ほんま、ITだけやのうて法務の知識も合わせて持つ人材が育ってくれると、うちの事務所全体がレベルアップするわ。東京事務所、これからが楽しみやで。」


水野は、社長の言葉に笑顔で応じながら、ビジョンをさらに明確にする。

「ありがとうございます、社長。ラヴィさんと倉持さんに限らず、チーム全体のスキルアップを目指していきたいと思っています。まずは一歩ずつ進めていきます。」


二人の会話は、田中オフィス東京事務所が、単なるITサービス提供の拠点にとどまらず、ITと法務を融合させた新たな価値を提供する組織へと進化していく明確なビジョンを描き出していた。ラヴィと倉持の資格取得への意欲は、その大きな推進力となるだろう。彼らの心には、新しい挑戦とチーム全体の未来に向けた確かな期待が膨らんでいた。


この一連の流れを振り返ると、まるで一本の壮大な物語のようだ。


楠木さんの、自社内での地位向上という切実な依頼から全てが始まった。そして、水野さんの卓越したリーダーシップと周到な計画は、予想をはるかに上回るソリューションの成果をもたらし、それはまさに奇跡的と言える素晴らしい結果となった。


しかし、何よりも重要なのは、その過程で田中オフィス東京事務所という、強固な体制が確立されたことだ。IT基盤の強化に始まり、法務知識を持つ人材の育成へと続くその戦略は、長期的な成功を支える盤石な基盤を築き上げたと言えるだろう。これは単なるプロジェクトの成功に留まらず、田中オフィス全体の未来を大きく左右する、計り知れない成果だ。


そして、慰労会の場でたまちゃんが佐藤美咲という「オタク仲間」を見つけたという微笑ましいエピソードは、田中オフィスの明るく、温かい雰囲気を象徴しているかのようだ。仕事の厳しさの中にこそ、こうした心の繋がりがチームを強くする。


最後に、企業における雇用契約の整理は、労働環境を理解し、適切なマネジメントを行う上で非常に有用だ。それぞれの雇用形態を簡潔にまとめると、以下のようになる。


アルバイト:有期契約で短時間勤務の直接雇用。

契約社員:有期契約で正社員と同じ時間勤務の直接雇用。

派遣社員:無期契約で正社員と同じ時間勤務。雇用主は人材派遣会社。

パートタイマー:無期契約で短時間勤務の直接雇用。

(なお、正社員 : 無期雇用で企業と永続的な雇用関係を築きます。)

このような整理は、田中オフィスの運営や組織づくりにおいて、今後も大いに役立つだろう。



楠木さんの依頼から始まり、水野さんの手腕によって見事に結実したこのプロジェクトは、単なるビジネスの成功に終わらず、田中オフィス東京事務所という新たな章の幕開けを告げた。次の挑戦に向けた準備は、着実に、そして力強く進んでいる。


ーー東京駅のホーム、別れの瞬間ーー

東京駅のホームに、列車が到着する重厚な音が響き渡る。人々のざわめきと、別れを惜しむ声が入り混じる中、稲田美穂は、水野幸一の前に静かに立っていた。彼女の心は、今日この場で伝えるべき言葉でいっぱいで、その覚悟を決めた横顔は、いつも以上に凛として見えた。水野は、そんな彼女の様子を察したのか、何も言わずにただ、優しいまなざしを向けていた。


「水野さん、今日お話ししなければいけないことがあります。もうしばらくお会いできなくなる前に…私の気持ちをお伝えしておきたくて。」


稲田の震える声に、水野は穏やかに頷く。


「どうぞ。」


稲田は深呼吸をして、心の奥底に秘めていた想いを絞り出した。


「ずっと水野さんを尊敬してきました。お仕事でも人としても、本当に素晴らしい方だと思っています。東京に行かれてしまったあと、私の心に穴が開いてしまったようで、私は水野さんこと、こんなにも思っていたなんて……私のこの気持ち、伝えたかったんです…。」


水野は、稲田の真摯な言葉にしっかりと耳を傾けていた。そして、静かに、一言ずつ言葉を選びながら答えた。


「稲田さん、お気持ち嬉しいです。こうして直接お話ししていただけたこと、本当に感謝します。次にお会いする時まで、お互いしっかり仕事をしていきましょう。」


二人は目を合わせ、固く、しかし優しい握手を交わした。稲田の心の中には、水野の言葉を信じて、前を向いていこうという決意が宿った。


(この瞬間、水野さんの言葉を信じて、私も前を向いていこう。)


京都の田中オフィスに戻ると、稲田はまっすぐに藤島専務の部屋を訪れた。今回の東京行きは、藤島専務が背中を押してくれたおかげでもあり、稲田の中には感謝の気持ちがあふれていた。


「専務、今回の東京出張、実は水野さんに自分の気持ちを伝える機会がありました。」


藤島専務は、優しい微笑みで稲田の言葉を受け止める。


「そう、それはいい機会だったわね。で、水野さんはなんて?」


稲田は、少し俯きがちに答える。


「…嬉しいと言ってくれました。でも、それ以上でもそれ以下でもなく…。しっかり仕事をしようとおっしゃっていました。」


藤島専務は、微笑みながら稲田に近づき、ポンと軽く背中を叩いた。その眼差しは、稲田の心の奥底を見透かすように鋭い。


「それはね、水野さんらしいわね。正しく意味をとると『ぼくも同じ気持ちです。好きです』ということよ。」


稲田は驚きつつも、藤島専務の言葉に、じんわりと温かい励ましを感じた。


「…そうなんでしょうか。でも、そう信じて頑張ろうと思います。ありがとうございます、専務。」


藤島専務は、まるで彼女の背中を押すように、優しく言葉を続けた。


「焦らなくてもいいのよ、稲田さん。仕事を通じて築かれる信頼が一番強いものだから。その時が来たら、水野さんもきっと気持ちを言葉にするでしょう。」


稲田はその言葉を胸に、オフィスの窓から見える空を見上げた。京都の空は、東京とはまた違う、穏やかな青色をしていた。新しい日々の始まりを感じながら、彼女の心は希望に満ちていた。


藤島専務に相談して本当に良かった。もし、この一連の出来事をメグ姐さんやたまちゃんに知られたら、どうなっていたことだろう。きっとメグ姐さんの「トレンディードラマやぁ~!」という絶叫と、たまちゃんの「尊い…」という感嘆が止まらなくなり、仕事どころではなくなっていたに違いない。藤島専務の冷静かつ温かいアドバイスは、稲田の心を軽くしてくれたのは間違いなかった。専務の「ぼくも同じ気持ちです」という解釈は、稲田にとって何よりも大きな励みになったことだろう。

ーー続くーー

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