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田中オフィス  作者: 和子


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第八十八話、楠木の挨拶

ーー佐々木さんの実家ーー

本日はお日柄もよく。

楠木匡介は、佐々木恵(ささきめぐみ)のご両親に正式な挨拶へ伺う日を迎えた。


場所は京都府左京区下鴨。緑の残る住宅街の一角に、落ち着いた佇まいの佐々木家がある。

瓦屋根に白壁、手入れの行き届いた庭。静かに鳴く小鳥の声が、緊張を少し和らげてくれる。


玄関前で一礼し、靴を脱ぐ手つきもぎこちない。

黒いスーツは新品、襟元はピシッと整い、髪の襟足も昨日きっちり刈りそろえた。

営業職時代に鍛えられたスマートな立ち居振る舞い――のはずが、今はどこか硬い。


「そんなん見てると、いつもの匡介とは別人みたいやわ」

隣に座った恵が、半ばからかうように笑う。

彼女の声にはいつもの姉御肌の強さよりも、少し照れた優しさが混じっていた。


「いや、そりゃそうやろ。今日は“営業”やなくて、“人生の最終面接日”やからな」

匡介は冗談めかして言いながらも、額にはうっすらと汗がにじんでいた。


二人が居間で待つこと、二、三分。

廊下の奥から「やあ、すまんね。ちょっと電話してて」と声が聞こえた。


現れたのは、ポロシャツにコールテンのズボンという、どこにでもいそうな中年の男性。

しかし、その立ち姿にはどこか風格がある。

佐々木正保(まさやす)――恵の父だ。


にこやかに手を差し出してきたその瞬間、匡介の胸は一瞬ドクンと跳ねた。

「初めまして。楠木匡介と申します。本日はお忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」


深く頭を下げる匡介。

恵はそんな彼の肩を見つめ、少しだけ誇らしげに微笑んだ。


「いやいや、そんな堅苦しいもんやないよ。まあ、座って。うちは娘があんな性格やし、驚かされたことも多いやろ?」

正保が笑いながらお茶をすすめる。


「いえ……それが、毎日が新鮮で。仕事でも助けられてばっかりです」

匡介が言うと、恵は「何言うてんの」と小声で肘をつついた。


その様子を見た正保は、ふっと口元を緩めた。

「なるほど。ええ関係やな。……うちの恵を、よろしく頼むわ」


その一言に、匡介の胸の奥が熱くなる。

外の庭では、冬椿が一輪、静かに咲いていた。


家の外に出ると、駐車場にはクラウンのSUVとベンツ。

そして、玄関の脇には見慣れたホームセキュリティのステッカー――

なんと、自分が勤めるU警備のライバル会社のものだった。


「……ま、まあ、これはこれで……今後、営業のチャンスやな」

匡介がぼそりと呟くと、隣の恵が吹き出した。


「うちのお父さん、ええ感じやろ?」


二人の笑い声が、下鴨の静かな街並みに溶けていった。



ーー佐々木家の爆弾トークーー

「なるほど、この豪邸なわけだ……」

そう、楠木匡介は心の中でつぶやいていた。


それにしても、実家というのに今日のメグ姐さんは口数が少ない。関西の女性には、自分の家は素でいられる環境だ。


京都・下鴨の佐々木家は玄関から廊下までピカピカで、リビングには高そうなソファと絵画、

そして――なぜか巨大なマッサージチェアが鎮座している。


「ほな、堅い話は抜きにして」

奥から現れたのは、ポロシャツ姿の中年男性。

恵の父、佐々木正保、現役の外科医で、どこか人懐っこい笑みを浮かべていた。


「聞けば、楠木さんはその若さでU警備の部長職にあるとか。ウチの娘にはもったいないお人や」

にこやかにそう言われ、匡介は少しほっとする。

――が、次の一言で空気が一変した。


「娘から聞いてますやろ? ウチは先代がヤクザの組長だって」


……え?


匡介の脳内で、秒針が止まる音がした。

「え、ええと……今、なんと?」

「せやから、組長や」

「く、組長……ですか」


軽く笑って流すには、あまりにパンチの効いたワードだった。

一歩間違えればコンプライアンス違反どころか人生の岐路である。


正保はまるで「今日はいい天気やな」とでも言うような顔で続ける。

「まあ、なんやかやあってな。ウチが小学生ぐらいの時に組は解散しとってな」


("なんやかやあって"で済ますなや……!)

作り笑顔の裏側、匡介の心の声が突っ込みを入れる。


「せやけどな、当時はまだ出入りしてた人らがウチのこと“若”って呼ぶんや」

「"若"!?」

「うん。"若"や。よう、"若、宿題終わりましたか"とか言われてな。あれ、今思えば教育熱心な組員やったわ」


恵は、湯呑みを持ったまま笑いをこらえている。

「ごめん匡介、言うタイミング失っててん」

「いや、もうちょっと早めに言うてほしかったかな……?」


正保はそんな二人を見て、楽しそうに笑った。

「まあ、今はただの外科医や。患者さんから"先生、よう切ってくれはる"言われるけど、

そらまあ、昔の血筋かもしれんなぁ」


「お、お父さん、それ言い方ぁ!」

恵が真っ赤になって突っ込む。


「はっはっは。ええやないか。うちは“切る”の専門家、楠木くんは“守る”プロや。

ええコンビやと思うで」


匡介は、頭を下げながら心の中でつぶやいた。

(まさか"外科医兼元ヤクザの若"の家に挨拶するとはな……)


メグ姐さんは小声で

「匡介、ウチの家系、ちょっと()いやろ?」

心の中で(う~ん、故意(こい)というより、過失かな)「まあ、優しそうなお父さんで良かったよ」



ーー指とビンと楠木の冷や汗ーー

「いやあ、立派なお家ですねぇ……」

楠木匡介は、乾いた笑いを浮かべながら、冷茶のグラスを両手で包んでいた。

顔色はすでに蒼白。もはや営業スマイルの限界を超えていた。


佐々木家のリビングには、ゆったりしたクラシック音楽が流れ、

外科医・佐々木正保医師の朗らかな声が響く。


「いやあ、ウチもいろいろあってなあ」

――この「いろいろ」がすでに怖い。


「ワシの腕を頼ってくる昔の組員もおるんやで」


「えっ……えぇ、そ、そうなんですか」

(ま、まだ現役と繋がりあるんですか!?)

匡介の背筋を、冷や汗がつうっと伝う。


「この前なんか、『若、すみません、昔の知り合いから頼まれて…』言うてな。

見ると、連れの男が左手を包帯でぐるぐる巻きにしてるんや」


恵は「また始まった」という顔でお茶をすする。

一方の匡介は、顔から血の気が引き、まるで献血後みたいに真っ白だった。


「ほなその男な、栄養ドリンクの小瓶を差し出してきてな、

"早く繋いでください。指はビンの中です"って言うんや」


「ビ、ビンの中!?」

反射的に声が裏返る。


「そうそう、あの栄養ドリンクの空きビンにな、指がぷかぷか浮いててな。

ワシもさすがに"これは新しい保存法か?"思たわ」


(なにそのフレッシュパック方式!?)


「まあ結局すぐ繋いだけどな、縫合はうまくいったんやが……

指は一生、"伸びたまま"らしいわ」


リビングに沈黙。

……静寂の中で、時計の秒針の音だけがやけに響く。


「は、はあ……それは……なんとも……」

楠木の声は、ほとんど空気漏れだった。


正保は肩をすくめ、にっこりと笑う。

「医者やってると、いろんな"繋がり"があるもんや」


恵がすかさずツッコミを入れる。

「お父さん、その"つながり”は言葉選んで!」


「はっはっは。まあ、指は伸びても縁は切れへんちゅうこっちゃ」


「うまいこと言わんでええねん!」


匡介はというと、心の中で必死に整理をつけようとしていた。

(ヤクザの家系……外科医の父……指の入ったビン……)

(これ、ほんまに結婚の挨拶なんか?)


それでも、彼は営業マンの本能でどうにか笑顔を作り、言った。

「す、すばらしいお話をありがとうございます……医療の現場って、すごいですね」


正保は満足げにうなずき、

「せやろ。命も、指も、チャンスも――(つな)ぎが大事や」


その瞬間、恵が机を叩いて叫んだ。

「だからオチつけんでええねんて!」


匡介の心の声:

(……俺、いま完全に"(つな)がり"たくない案件と(つな)がってもうた気がする)


京都の秋の夕暮れ。

笑い声と冷や汗が入り混じる、忘れられない挨拶の日となった。



ーーどっから冗談なんだ?ーー

「命も、指も、チャンスも――(つな)ぎが大事や」

満足げにうなずく佐々木正保の言葉が、まだリビングの空気に残っていた。


楠木匡介の顔は、すでに表情筋の自由を失っている。

笑顔を作ろうとしても、頬がピクピクとひきつるばかり。

(いや、待て……どこからが本当で、どこからが冗談なんや……)

頭の中で何度も再生される「ビンの中の指」。冗談であってくれればありがたい。


そこへ、すっと障子の向こうから柔らかな足音がした。


「はいはい、どうぞお茶を」

やわらかな声とともに現れたのは、恵の母・佐々木澄江。

品のある和服姿に、静かな笑み。

どこか祈るような仕草で、客人に湯呑みを差し出した。


「うちのお父さん、冗談が好きやってん。堪忍してや」


上品な京ことばでそう言いながら、

にこりと微笑むその姿はまるで観音様のようだった。


(……じょ、冗談?)


楠木の思考が一瞬フリーズする。

いや、待て。あれが冗談?

どの部分が? "組長"? "指のビン"? それとも"若"?

どう見ても「ノンフィクション寄り」だったけど?


「は、はあ……ええ、はい、もちろん……」

かろうじて声を絞り出す楠木。

お茶を受け取る手が震えて、湯呑みの縁がかすかにカタカタ鳴った。


母・澄江はそんな様子も気づかぬふうに、

「うちの人、よう喋るやろ? あの人手術は手短(てみじか)で、話の方がやたら長いんやから」

と優雅に笑った。


恵が横で苦笑する。

「お母さん、それフォローになってへんで……」


正保は「はっはっは」と笑いながら身を乗りだし、

「いやいや、事実は小説より奇なりや」などとつぶやいている。


(あかん、夢やろ?もうすぐ朝になるんやろ?)

楠木の内心ツッコミは、もはや絶え間ない。


そのあとも、澄江は穏やかに世間話を続け、

やっと場の空気が落ち着いた頃――

楠木はひとくちお茶をすすり、心の中で静かに思った。


(……いや、これ、夢にしては完成度が高すぎる)


お上品な香りの煎茶の湯気の向こうで、

冗談では片付けられないリアルが、どうにも信じきれずに漂っていた。



ーー毒食らわば皿までーー

京都・下鴨の夕暮れ。

縁側の障子越しに西日が射し込み、リビングの空気を金色に染めていた。

楠木匡介は、佐々木家の歴史の深さ――そして、その"濃さ"に圧倒されていた。


「父の代までヤクザ」「ビンの中の指」「元“若”さま」――

さっきから繰り出されるエピソードは、どれも医療ドラマというより任侠映画の脚本のようだった。


それでも、不思議と怖くはなかった。

目の前の正保が笑うと、本当に憎めない。

むしろその飾らない人柄に、どこか懐かしさを覚えていた。


(……いや、もうここまで来たら引けへんわ)

楠木は腹を決めた。


"毒食らわば皿まで"。

どうせなら、徹底的にこの家を理解してやろうじゃないか。


彼は湯呑みを置き、深く息を吸った。

「――あの、お義父(とう)さん」


正保の手が止まった。

「ん? ……今、なんて言うた?」


「お義父さん、て。恵さんと結婚する意思は固まっています。

それで、よろしければ……若い頃のお話、もう少し聞かせていただけませんか?」


その瞬間、正保の顔がパッとほころんだ。

「おお! "お義父さん"か! ええなぁ、その響き!

こらええ男や、恵! 見る目あるで!」


「せやろ!」と恵が笑う。


正保は嬉しそうに背もたれに寄りかかり、懐かしむように語り出した。


「ワシな、医大の頃は真面目やったんやけど、高校の頃知り合うた山本侑(やまもとたすく)っちゅう親友がおってな」

いまは"特養のみどり苑"の理事長やっとんのや。

ほいでアイツとはなぁ、学生の頃にちょっと“悪い遊び”してもうてな」


「悪い遊び?」

恵が興味津々で身を乗り出す。


「せや、夜中に河原町のクラブでバンドごっこや。

ワシがドラム、侑がギター&ボーカルや。他にもメンバーおったけど、

全員筋金入り、モノホンの"暴走族"や」


「暴走族……!?」

楠木はお茶を吹きそうになる。


今から45年ぐらい前、芸能界は"ツッパリ"がブームとなっていた。

等身大の若者の生の声をロックのリズムにのせて、チームで演奏する。

これは日本独自の文化で、ロカビリーやパンクとは一線を画すものだ。

一種のアナーキズムバンドとも言えるが。そんな主張はなく、バイクとケンカとナンパをベースに気ままに青春を謳歌する。ただし、ケジメには厳しく仲間を傷つける奴らには"喧嘩上等!"と見栄をきる。


「歌詞がまたアカン。“切って治して恋落とす~♪”とか、ようやったもんや」

「お父さん、それ完全に医療倫理ギリギリや!」恵がすかさず突っ込む。


「いやいや、若い頃の話や。あの頃の侑はモテたで。

“教師志望やのに口説き上手”言われとった」


正保の笑い声に、どこか青春の名残があった。

楠木は思わず笑みをこぼしながら言った。


「……なんだか、意外です。お義父さんにもそんな時代が」

「そらあるで。ワシらも若かったんや。血の気も多かったしな。

けどな、侑とは約束したんや。“年取ったら、ええ施設つくろう”って」


「それが――みどり苑、ですか」

「そうや。あいつは福祉に、ワシは医療に進んだ。

道はちゃうけど、根っこは同じや。"人の命、最後まで見捨てんこと"。

……まあ、その代わり、昔の悪友同士やから、今でも"やっさん"って呼ばれるけどな」


「お父さん、それ病院で言われたら患者さん逃げるで」

「はっはっは! ええやないか、ウチはアットホームな外科医院や!」


笑い声が絶えないリビング。

その空気の中で、楠木は静かに思った。


(この人、確かに一筋縄じゃいかん。けど、根っこはまっすぐや)


"ヤクザの血筋"だろうが、"暴走族"だろうが、

そんなことはもうどうでもよかった。


楠木は改めて正保に向き直り、

「――お義父さん、今度ぜひ、そのバンドの写真、見せてください」


正保は突然、ぽんと膝を打った。

「あるある、押し入れの奥に! レコードも残っとるわ!」


思い出したように立ち上がり、子どものような笑顔で居間を出ていこうとする。

その勢いに、恵が慌てて叫んだ。


「お父さん、それは尊厳の自殺行為やわ!」


しかし正保の耳には届かない。懐かしさと勢いが勝っていた。

そんなやり取りに、澄江が湯呑みを手に微笑む。


「あら、懐かしいわぁ。"喧嘩上等!"の子猫の写真、まだあるかしら」


その一言で、恵の顔がさらに青ざめる。

「お母さんまで何言ってんの!?」


二人の掛け合いを前に、楠木は苦笑いを浮かべた。

(……毒食らわば皿まで、やな)


京都の古い木造の家に、三人の笑い声がこだました。

障子の向こうでは、夕焼けの日差しがゆらゆらと揺れている。

過去と現在が交じり合うような、穏やかで温かな午後だった。その夜、楠木は確信した――この家は、怖いほど“温かい”のだ。---



ーー聞き上手の流儀ーー

楠木匡介は、まるで上等なワインのように時間を味方につける男だった。

若い頃は火の玉のように突っ走り、上司に楯突いて左遷されたこともある。

けれど、その悔しさを飲み込み、反省を血肉に変えてきた。


――いまではU警備本社システム部の部長。

Q-pull社長・上田敬之からも「楠木君は“客の呼吸”を読む天才や」と言われるほどの聞き上手だ。


だが、その“聞く力”が試されるのは、ビジネスの現場だけではなかった。


今夜、彼は京都・佐々木家の座敷で“お義父さん”こと佐々木正保の武勇伝を聞いている。

テーブルの上には湯呑みと乾き物。

正保は饒舌に、そして楽しそうに話し続けていた。


「ほんでな、あの時仲裁してくれた組長がまた怖い人でな。

"指詰めるぐらいなら、最初からケンカすんな"言うて、説教二時間や」


「……いやぁ二時間も……ですか」

楠木は相槌を打ちながら、声のトーンを絶妙に合わせた。


「せやけどな、あの人の言うことは正しかった。

"筋を通せ"――それだけは今でもワシの医療方針の根っこにある」


(筋を通せ、か。なるほど、これがこの人の考え方のベースか)

楠木の中で、正保という人物がひとつの輪郭を結び始めていた。


彼は、ただの"元暴走族の医者"ではない。

筋と仁義を貫いて、医療という形に落とし込んだ――まさに“任侠ドクター”だった。


「お義父さん、その"筋"という言葉……すごく重みがありますね」

楠木は少し低い声で言った。


「せやろ? ビジネスでも同じことやと思うで。

筋通さん奴は、どんな契約書書いても信用されへん」


(この人、完全に経営者の目線やな……)


楠木はわざと軽く笑い、

「実は僕も、昔は上司に“筋通しすぎるな”って怒られたことがあります」


「ほう、なんや?」と正保が興味を示す。


「若い頃、同僚の契約のごまかしに気づいて、それを上に報告したら、

"波風立てるな"って言われて……結局、地方に飛ばされました」


「はっはっは、それで今は部長やろ? 自分の"筋"通したんやないか!」

「まったくその通りです。でもあの時の失敗で"強かさ"を学びました。

筋を通すにしても、タイミングと相手を選ばなきゃいけない」


「……なるほどなぁ。ワシらの世界でも、そら一緒や」

正保は湯呑みを掲げた。

「筋を通すにも"間"がある。若いのに、ようわかっとる」


恵が笑う。

「お父さん、楠木さん、話合いすぎて怖いんやけど」


「そらなぁ、ワシも昔は血の気多かったけど……」

と正保が笑いながら言いかけた瞬間、楠木がすかさず拾う。


「"けど、筋だけは通した"――ですよね?」


「おお、ようわかっとるやないか!」

正保の笑い声が座敷に響く。


澄江が台所から顔を出し、

「二人とも、話し合いすぎてお茶が冷めるわよ」と笑う。


楠木は湯呑みを置き、にこりと穏やかに微笑んだ。


「大丈夫です。お義母さん、お茶が冷める前に“話”が温まってますから」


その言葉に、澄江はふっと頬を緩めた。

柔らかな灯りの下、湯気の向こうで小さく笑う姿は、まるで長年の診療に疲れた夫を癒す薬のようだった。


正保は腕を組み、うんうんとうなずきながら感心したように言った。

「……おい恵、こいつ口が立つだけやない、性根もええわ」


恵は照れくさそうに笑いながらも、まっすぐに父親を見て言い切った。

「わかってる。だから好きになったの」


一瞬、空気がやわらかくなった。

楠木は思わず視線をそらし、心の中でつぶやく。

(いや、そんな真顔で言われたら照れるやん……)


障子の外では虫の声が響き、京都の夜はしっとりと更けていく。

その穏やかな時間の中で、楠木は「家族」という言葉の重みと温もりを、静かに噛みしめていた。楠木の“聞き上手”は、ビジネスの現場を超えて――

ついに“義父の心”をも懐柔していったのだった。


そして彼の頭には、ふと浮かぶ。


(……唯一、歯が立たんかったのは、水野幸一、あの人だけだな)


冷静沈着な頭脳、論理の塊。

いつか、もう一度あの人と"筋"を通した勝負ができるかなあ――


そんな思いを胸に、楠木は湯呑みを傾けた。

京都の夜風が、障子をそっと揺らしていた。



ーーもしもメグ姐さんが組長の娘だったらーー

( ↑ フリップ芸のような見出しですが、寝る前の小話です)

楠木匡介、今夜は――まさかの「佐々木家お泊まり」である。


夕食後、すっかり打ち解けた正保院長が上機嫌で言った。

「もう遅いし泊まっていきなさい。客間、空いてるさかい」


さすが外科医のご自宅、客間とはいえ豪邸仕様。

床の間には掛け軸、欄間には鳳凰の彫り物。

そして天井の梁はやたらと太い。


「……すげぇ。これ、城じゃないか?」

思わず天井を見上げながら楠木はつぶやいた。


“梁も柱も太い。お嬢様というわけか、いや――暴力団組長の……姫?”


そう考えた瞬間、まぶたの裏に“IFの世界”が広がった。


―――


【もしも、メグ姐さんが本当に“組長の娘”だったら】


放課後の下鴨の屋敷。

門を開けると、ずらりと並ぶ若い衆。


「お帰りなさいましっ!!!」

腰と膝を一斉に折り、見事なシンクロ。


少女・恵はランドセルを背負ったまま、冷静に一言。

「宿題出てるんやけど、誰かやらしたげるわ!」


「はいっ! ありがとうございますっ!」

若い衆の一人が慌ててプリントを受け取り、

そのまま指を折って九九を唱え始める。


――高校生。


着物に着替えたお嬢・恵が黒塗りの車に乗り込む。

若い衆がサッとドアを開ける。


「門限までに帰るから、オヤジさんにゆうといて」

「いってらーしゃーせぇぇぇぇぇ!!!」


空気が震える。

スズメが飛び立ち、近所の犬が遠吠えした。


それでも恵は微動だにせず、

「あの子、また約束時間遅れとったらシバくで!」とつぶやくのだった――。


―――


「……いや、なんか凄みは今と全然変わらんな」


楠木は思わず笑いながら目を開けた。


そこには、現実の“メグ姐さん”――佐々木恵の顔。

枕を小脇に抱え、客間の襖を開けてひょいと入り込んでいた。


「なに笑ろてんの?」

「い、いや……なんでもない。夢、見てた」

「夢ぇ? ふふん、ウチが出てきたんやろ」

「まぁ、出てきたけど……いつもの可愛い姿で、いやホントに…」


「……はぁ?」


恵の眉がピクリと動く。

その目には、まぎれもない“姐さんの風格”が宿っていた。


「匡介、あんた、ウチのお父ちゃんの昔の話聞きすぎやで?」

「す、すみません……」


「ま、ええけど。今はマジメに医者やっとるんや。

そうやなかったら今頃"指、繋いどる場合とちゃう"で」


楠木、背筋に冷や汗。


(……やっぱり、血は争えん)


そんなことを思いながら、

布団に潜り込んだ彼は、そっと天井を見上げた。


豪邸の梁の太さが、なんとなく――

“組の威厳”に見えて仕方なかった。


そして、襖の向こうに向かう恵の声。


「おやすみ、匡介。変な夢見んなや」


「は、はい……姐さん」


「……今、“姐さん”って言うた?」


「……おやすみなさい、恵さん!」


――京都の夜、佐々木家に静かな緊張が走った。



ーーおやすみのキスーー

客間の灯りが少し落ち、静まり返った佐々木家。

京都の夜は深く、虫の音が遠くでささやいている。


楠木匡介は、豪奢な梁を見上げながらぼんやり考えていた。

――“筋を通す医者”に、“(あね)さん気質の娘”。

すごい家系だ。けど、なんだかあったかい。


そんなことを思いながら、まどろみかけたその時。

襖を開けて出て行こうとするメグ姐さんが呟く。


「……アカン、忘れるところやった」


寝間着(ねまき)(すそ)を押さえながら、

彼女はそそくさと膝立ちで匡介の枕元までやってくる。


「え、なに――」と声を出す間もなく、

彼女は軽く、唇を重ねた。


一瞬のことだった。

けれどその短い瞬間に、

すべての想いが伝わるような、そんな優しさがあった。


彼女は少し照れたように笑い、

ゆっくりと立ち上がって襖の外へ向かう。


「今夜はこれでがまんしてな。……じゃあ、おやすみ」


襖が音もなく閉じられる。


静寂が戻り、ただ彼女の残り香だけがふわりと漂った。


楠木は布団に頭を沈めながら、

しばらく天井を見つめた。


"あんなかわいい人を、俺は本当に嫁さんにできるんだな"


ふと、笑みがこぼれる。

父親がどんな過去を持っていようと、

彼女がどんな家庭に育とうと、もう関係ない。


――俺は、この人と生きていく。


そう心の奥でつぶやいた瞬間、

まぶたの裏がやわらかな闇に包まれていった。


虫の声が遠くで続いている。

京都の夜は、やさしく、静かに流れていった。



ーー義父と理事長と、ぼちぼちな会話ーー

翌朝――。

京都の空は快晴だった。

けれど楠木匡介の心は、まだ昨夜の“おやすみのキス”で妙にざわついている。

そんな彼に、朝食の席で佐々木正保院長がにこにこと声をかけた。


「楠木くん、今日はちょっと付き合ってもらうで。

観光地は人だらけやしな、ほんまの京都は"穴場"にあるんや」


その言葉に、恵がすかさず笑う。

「お父さんの"穴場"って、だいたい医療関係か老人ホームやん」


「せやからええんや。若いもんに人の世話の大事さを知ってもらわんと」


――というわけで、黒いSUVのエンジンが唸る。


「この車、よく東京まで走って来てたなぁ」

楠木は後部座席でぼんやりつぶやいた。

「うん、途中でエンジン焼けるか思ったけど、なーんとか帰れたわ」

メグ姐さんが誇らしげに笑う。


彼女のそんな顔を見るたびに、

(やっぱこの人、ただの“姐さん”ちゃうな)と楠木は思う。


車は京都市街を抜け、緑の濃い郊外へ向かった。

到着したのは――「特別養護老人ホーム・みどり苑」。


落ち着いた雰囲気の施設に、

どこか懐かしい風が吹いている。


玄関に入ると、丁寧にお辞儀をする職員が佐々木正保一行を奥へ案内する。

理事長室のドアが開くと、正保は奥の席に座っている人物に声をかける。

「よう、(たすく)ちゃん。元気にやっとるか?」


白髪交じりの男性が立ち上がった。

社会福祉法人燦然会理事長・山本侑。

柔和な笑みを浮かべ、佐々木院長を迎える。


「やっさん! 来てくれたんかいな!

おうおう、今日はメグちゃんも一緒やないか!」


そして楠木に視線を向ける。

「で、この人がメグちゃんの彼氏か?」


正保は、いたずらっぽくニヤリと笑った。

「彼氏ちゃうで。“婿(むこ)さん”や!」


「ほぉ〜! ついに決まったんか!」

理事長は満面の笑みで拳で正保の肩を打つ。


楠木は――笑顔を保ちつつも内心でツッコむ。

(“まさやす”で“やっさん”て……いや、シャレにならんやろ)


笑顔の裏で、完全に関西のノリを身につけていた。


やがて二人の会話が始まる。

これがまた、さらっとすごい。


「どうや、最近も指つなぐ仕事しとるんかいな?」


「いやぁ、最近はヤクザも話し合いで済ますようになってな。

ケガしてくるのは、もっぱら外国人労働者や。

“切れました”“折れました”言うてな。

まあ、ぼちぼちでんな」


楠木(内心):「……いや、ぼちぼちって何の単位やねん!」


この二人――

学生時代からの悪友で、“少しヤンチャ”どころではなかったらしい。


バイクを並べて峠を走り、

夜は街のステージでロックの演奏に興じる。

曲は「筋と義理のワインディングロード」――

※警察には何度か注意された。


恵が笑う。

「もう、二人とも話が昭和すぎるで」


「昭和のええとこ知らんやろ。

ワシら、あの頃は若かったんや」


「いまも若いって言いたいとこやけどな、

腰が鳴るたびに現実に戻されるわ」

と山本理事長。


「そっちは腰、ワシは膝や。医者が通院しとるんやから笑えんで」

と正保。


二人して大笑い。


楠木は苦笑しながら、

(……この人ら、昔ほんまに暴走族やってたんちゃうか?)

と頭の中でヘルメット姿の二人を想像する。


「……えっと、理事長先生。

お二人は、どういうきっかけでお知り合いに?」

タイミングを見計らって楠木が切り込む。


山本理事長がにやり。

「お、ええ質問するやん。“聞き上手”やな」


正保も笑う。

「せやろ、こいつ警備会社の部長や。人の心がよくわかっとる」


「なるほど、そらええ婿さん捕まえたなぁ。

やっさん、今度は指つなぐ代わりに“縁”つないだんやな」


「おう、そういうこっちゃ!」


その瞬間、全員が笑い合った。


――"筋"を通してきた者たちの笑顔は、どこか清々しい。


楠木はふと、心の中でつぶやいた。

(この人たちの中でなら、俺も"家族"になれそうだ)


外では、晩秋の風が木々を揺らしていた。

京都の陽は穏やかに差し込み、

義父と理事長の"ぼちぼちな会話"が、

今日も平和に続いていった。


正保は、湯呑みを軽く回しながら、ぽつりと切り出した。


「実はな、ワシ、刑務所を出た人間の保護司もやっとんねん」


楠木は一瞬、耳を疑った。

冗談のように聞こえたが、正保の表情は真剣そのものだった。


「保護司……ですか?」


「そうや。刑務所出たあと、しっかり更生していけるように相談にのる仕事や。あんまり知られてへんけどな」


正保は、言葉を選ぶように少し間を置き、続けた。


「令和2年に刑務所に入った受刑者のうち、再入者の割合はな――58.0%。つまり半分以上がまた戻ってくるっちゅうことや。平成16年から28年までは毎年上昇しとって、今は横ばい。入所者が1万6620人で、そのうち初めて入るのが6980人、再入が9640人や」


淡々とした口調だったが、数字の重みはずしりと響いた。

医師として多くの人間を救ってきたその男が、同時に「社会の片隅で再起を願う人々」と向き合っている――その事実が、楠木の胸に静かに刺さった。


「つまりな、一度ムショ入りした人間は、半分がまた戻ってくるんや」

正保は目を細め、まるで遠くを見つめるように言った。


「そこでや、このみどり苑の理事長――侑ちゃんに相談したんや。『犯罪者更生の仕事を一緒にやらへんか』ってな」


そのとき、部屋の空気がわずかに変わった。

山本侑理事長が、ゆっくりとうなずきながら補足する。


「正保はな、昔から”見捨てる”いうことができん男なんや。患者でも、友達でも、たとえヤクザの子分でもな」


正保は照れくさそうに笑った。

「まあ、せやけど、ワシも人助けしてるいうより、自分の過去にけじめつけたいだけや」


楠木は、その言葉に深く頷いた。

(この人、ただの“怖い義父さん”やない。筋の通った、真の医者や。)


静かな尊敬の念が、心の底から湧いてくる。

そして、恵がふと笑みを浮かべた。


「お父さん、そういうとこ、やっぱり好きやわ」


京都の快晴の空から差す光は障子に透け、三人の影をやわらかく包みこんでいた。



ーー義父の更生プランとお義母さんの過去ーー

正保は椅子に腰掛け、少し前かがみになりながら語り始めた。


「出所してもな、仕事に就けんのや。雇ってもらえたとしても、忙しいときの“繋ぎ”程度や。人の手当てがついたら『明日から来んでもええで』で終わりや」


楠木は言葉を聞き漏らさぬよう、真剣な表情で耳を傾ける。


「自分の生活もままならん上に、被害者への賠償も抱えとるやつらは、堪えられんでまた刑務所に戻る――という寸法や」


正保は一息つき、少し目を細めた。

「そこで考えたんや。介護士になるため、働きながら勉強してもらうことを。介護施設で三年働いたら試験が受けられる。けど、なかなか勉強もできんやろ。せやから、ワシの屋敷の別棟――昔、若い衆を寝泊りさせてた宿舎や――を改装して勉強部屋にしたんや。休みの日はここを自習室にして勉強して過ごす。昼の食事も、澄江が用意してくれる」


楠木は目を丸くした。

「お義母さんが、そこまで支えてくれるんですか?」


山本理事長がはにやりと笑って説明する。

「澄江さん、ほんまに頑張ってくれはってな。あの人、昔ウチの介護士やったんや。やっさんのオヤジさんに気に入られてな、やっさんの嫁になったんや」


楠木は少し驚いた顔を見せる。

「お義母(かあ)さん、介護士だったんですか……」


正保は、しみじみとした口調で続けた。

「せや。オヤジがどうしてもこの女を嫁にしろって言うてな。ワシの目に狂いは無いって。10歳も年下のお嬢さんが、うちに嫁いできたんや。いや、ホントにオヤジの人を見る目は、ボケとらんかったな」


楠木は心の中で呟いた。

(なるほど、義母さんの支えがあるからこそ、あの“更生プラン”も回るんやな……)


澄江の柔らかい笑みと正保の穏やかな瞳。

二人の存在が、まるでこの家全体を優しく包んでいるように感じられた。


京都の午後の光が障子から差し込み、

客間に静かな温かさが満ちた。

過去の苦労と現在の計画が、

ここではすべて“家族の力”として循環しているのだ――楠木はそう思った。



ーー道を選ぶということーー

楠木は、山本理事長の言葉に耳を傾けながら、静かに頷いていた。


「まあ、仮に介護士に合うてなくてもな、大勢の賄いを作る仕事を手伝ってもらえれば、二年間働けば調理師の受験資格を取れるんや。50食以上の賄いやからな。晴れて調理師免許を取れば、飲食店で正規に就職できる」


理事長の声には、淡々としていながらも確かな自信が宿っていた。

「その人の性分に合った道を選んで、資格を取得するサポートを行っとるんや」


正保が横から補足する。

「先だっても面白いケースがあったで。寿司職人になりたいっていうやつがおってな。海外でも日本の寿司職人はひっぱりダコやし、高収入や。けど弟子で引き受けてくれる寿司屋がなかなかない」


楠木は思わず目を丸くした。

「そんな場合もあるんですね……」


正保は笑いながら続けた。

「そこで、条件を日本の調理師資格を取ることにしたんや。『老人ホームで働いて、調理師資格も持ってます』――そういう証明があれば、ちゃんと弟子にしてくれるってわけや。今はその子、寿司の修行中や」


理事長が付け加える。

「『シャリ三年、合わせ五年で握り一生』って言われる世界やけど、基礎ができてるから短期間で『まあ、ええやろ』て認めてもらえるんや。あとは欧米でも中国でも、どこでも行って稼げば、加害者の賠償責任も短期間で果たせることになる――と、ワシは信じとる」


楠木は、言葉の重みを噛みしめた。

ただ仕事に就かせるだけではなく、その人の性格や適性に合わせ、

「道」を示し、資格取得の道を整える――。


刑務所を出た人間が再び立ち上がれるのは、

こうした目の前の具体的な手立てがあるからだ。


楠木は小さく息をつき、思った。

(義父も理事長も、ただ“慈悲深い”だけじゃない。

再起のための道を、理詰めで作っているんや……)


窓の外、京都の光がゆらゆらと差し込み、

三人の話が静かに、しかし力強く続いていった。



ーー人生のレールと田中オフィスーー

正保は、ふっと肩の力を抜き、昔を懐かしむように語った。


「それもこれも、若い頃二人で好きなことして暴れとった償いやな。でもな、その中で、闇の世界に流され易い人間がみな心底(しんそこ)悪じゃないというのを、肌身で知ったというのもあるんや」


楠木は耳を澄ませる。


「犯罪者に世間の目が厳しくなるのは当たり前のことや。だけど、それを(にら)み返してどうなんねん。保護士として接する時は、厳しく言うんや。残った人生、しっかり筋を通して全うするしかない。また刑務所に戻って、税金でご飯食べさせてもろて、一生厄介もので終わるのは違うで、とな」


楠木は、言葉の一つひとつに胸が熱くなるのを感じた。

(将来自分が仕事を辞めたあと、この義父の仕事を継いでいきたい――)

人生のレールから外れてしまった者たちへのシンパシーは、自然と楠木の心にも宿っていた。


心が試される――そう思った。

犯罪者を許せるものなのか、自分の心がどこまで耐えられるのか。

先日も、一人の老人の憎しみに支配された心が解放される瞬間を目の当たりにした。


楠木は微かに笑みを浮かべた。

(もし水野さんがここにいたら、「面白い計画ですね、それ、出所者限定で展開するんじゃもったいないですよ」とか言い出すやろな。いや、もっととんでもないことを言い出すかもしれん……)


その思いを漏らすと、正保が興味深そうに問いかける。

「誰か、心当たりの人がいるのかな?」


楠木はくすりと笑った。

「佐々木恵さんの勤めている『田中オフィス』のことを思い出したんですよ」


正保も顔をほころばせる。

「ホント、おもろいであの社長。『登記に限らずなんでも相談のりまっせ~』とかいうてな」


山本理事長も、にこやかに付け加える。

「ウチはあそこにかかりっきりや。いうてみれば、『場がまともに呼吸していないのを見抜く』という感じや。そして全力で心臓マッサージや人工呼吸をする。ウチに移されてきた入居者は、前のとこと違ってここは職員さんの心遣いが行き届いていると言われるんや。これも田中オフィスの影響かもしれまへんな」


メグ姐さんが小さく笑う。

「理事長、ほめ過ぎです」


楠木も、胸がじんわり温かくなるのを感じた。

いつの間にか、自分も田中オフィスの一員として、この現場に関わっているような気分だった。


外では、京都の夕陽が庭の木々を赤く染め、

三人の笑いと話が、穏やかに家中に広がっていった。

ーー続くーー

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