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旅は道連れ世は情け

 まさか、不死鳥男対ミノタウロスの観戦に熱中していたら、予備頭脳の一つが離反しているなどと誰が思うだろうか。

 ややこしいので離反したものを最初に起動した予備頭脳であることから脳髄太郎と呼ぶが(異世界のニホンという国では長男にそう名付けることが多いらしい)、ホムンクルスの素体に脳髄を移して抜け駆けしたのだ。私だって自分で戦えるなら自分で戦いたい。

 脳髄太郎は皇帝土竜が空けた穴の中にいる魔物たちを殲滅するという大義名分でもって穴の中に入っていったのだ。自由を得た以上、恐らくもう戻っては来ないだろう。

 しかし懸念もある。

 ホムンクルスの素体は前世において作れども作れども自立して動くことがなかったのだ。転生した今、魂の存在を疑っていないからこそ、その原因は魂の不在にあると仮説を立てていたはずだ。そして私や脳髄太郎は前世の記憶の複写でしかない。そこに魂はあるのだろうか。

 転生した赤ん坊にこそ魂があるから我々はそれを根拠に魔法で動かされているに過ぎなかったのだ。

 奴はロナーに赤ん坊が死ねば自分も死ぬと説明したようだが、魔法を遠隔操作できるように城塞都市周辺に設置した基地局から離れれば、ある意味赤ん坊の魔法範囲外となり、魔法が稼働しなくなる。

 しかし一方、亜空間で稼働していた脳髄を素体に移植しスタンドアローンの状態で動いているとすれば、素体のバイタルが安定しているうちは魔法に頼らずとも生存可能なのではないかと思える。

 とは言え、赤ん坊の魂から解き放たれた以上は魔法を今までのように赤ん坊の防衛機構として自由に使える訳ではないのだ。

 という事は基地局から離れてしまえば、体術の心得はあるとしても、魔法の契約がまっさらな状態になる。

 魂についての研究が進められない以上推測することしかできないが、記憶があるのだから魔法の再契約も困難なことではない可能性もあるし、契約は魂に紐づけられると考えられるから知識はあれども資格がなくて再契約できない可能性もある。

『なんて興味深いことをするんだ』

「あら? もう戻ったの?」

 しまった。予備頭脳が複数あることは伝えていない。ロナーから見れば、いつの間にか素体をしまい込んでもとに戻ったのかと推測するのは自然だ。

 しかし、複眼もそうだが予備頭脳をいくつも持っているというのを明かすのは正直躊躇われる。怒られそうだし。

『いや、赤ん坊の首から下げている“目”を通してそちらの状況を把握しているだけだよ。城壁内部まで侵入してきたミノタウロスを山頂に住むフェニックスと呼ばれる男が討伐したのだ』

 私はロナーに語って聞かせた。


 直立不動で戦力の品定めをしているミノタウロスの目の前に飛来したのはいつぞや火山の山頂でリナリアの魂魄浸食の餌食になったと思われた不死鳥男だった。

 ミノタウロスは表情が分かりにくい顔をしているにも関わらず、口元が笑ったようだった。

「人の道を外れた身なれど、魔物の氾濫に苦渋を飲まされた者として助太刀させてもらおう」

 自らの素性を明かすことは無かったが、以前山頂で見かけた時よりは正気に戻っているように見えた。やや歌劇調のセリフ回しなのは素なのか教養故なのか。

 ミノタウロスは雄たけびを上げ、戦闘状態に入るように促す。

「獣の分際で戦士の矜持を持つというのか」

 フェニックスは上半身を焦がす炎を抑え、相手を睨みつける。鋭い眼光だが、どこか嬉しそうでもある。

「よかろう。まずは力比べといこうではないか」

 もともと、居るだけで周囲に尋常ならざる高温をもたらす彼だが、それでは守るべき人を守れない。

 そのため、多少熱気があろうとも人々に影響が出ない程度に抑えていたものを、ミノタウロスと肉弾戦をするためにさらに極限まで絞り込んだのだ。

 というよりも、魔人になってこのかた、魔法を制御するという発想を持たなかったのかもしれない。あるいは自分が魔人になったという自覚もないのか。

 どれほど抑えていたとしても、がっちり組み合って接触したミノタウロスの肌をフェニックスの炎は焼いた。

 両者とも素晴らしく筋肉が肥大しており、背丈も並みの成人男性より頭一つでかいので、組み合うだけでも見ごたえがある。

 彼の能力を正確に把握するなら、城壁外にいるバーサーカーと交代して炎を解放すればそれでスタンピードそのものが終わるのだが、突如飛来した彼の能力を把握するものも、自分たちの常識のはるか上を行く戦闘力を持つ者に指示を出せるものも居なかった。

 そして誰もが城塞都市壊滅の危機に晒されてさえ、この異色マッチを止めさせたくはなかっただろう。

 組み合って単純な力比べをしていたが、お互いが力の差は無いに等しいと感じたのかどちらかともなく飛び退き、ミノタウロスは背負っていた巨大な戦斧を、フェニックスは抑えていた炎を解放した。

 次の瞬間にはミノタウロスの戦斧はフェニックスの肩に到達しており、そのまま袈裟斬りにしてしまった。

 外から見る限りでも背骨まで断ち切られていることは明らかだった。周囲で見守っていた者たちからは悲鳴が上がった。

 しかし、何人かはその不自然さに気付いた。

 骨も筋肉も断ち切られるほどの威力の攻撃を受けてなお微動だにしない炎を纏う男。

 ミノタウロスもそれに気づき即座に戦斧を引き抜き後退した。

 超高温によって斧が接触した瞬間に溶かされたのか?

 戦斧を確認すると元の形を保ち、べったりと血液を付着させていた。

 攻撃は通っていた。それもそのはず、あのミノタウロスがどこで拾ってきたのかは知らないが、あの巨大な戦斧は煉獄の門番と呼ばれる活火山の火口付近に生息するドラゴンを倒すために国家ぐるみで血眼になって探し出した過去を持つオリハルコン製の神器だ。煉獄の門番は溶岩が竜の形をして動いているような意思を持って移動する自然災害だったが、それを両断しても溶けもせず、刃こぼれもしない強靭さを持っている。煉獄の門番を討伐後紛失したと聞いていたが、巡り巡ってあのミノタウロスが手に入れたという事なのだろう。

 フェニックスはしばらくそのまま立っていたが、ぐらりとバランスを崩すと傷口をぱっくりと開きながら倒れた。

 ミノタウロスは険しい表情で様子を窺っていたが、決着がついたと判断したのか踵を返し、次の強者を探し始めた。

 ところが背を向けた瞬間にフェニックスはゆらりと立ち上がった。明らかに即死しているはずの致命傷だ。魔人は寿命から解放されるが、不死ではない。怪我や病気によってあっけなく死んでしまうものだ。

 とするならば、これがこの炎の魔人がもつ魔法であり、魔人としての特性なのだろう。

 すなわち、彼は不滅なのだ。

 ミノタウロスが気付き再び戦闘態勢に入ったが、次は自分の番だと有無を言わせぬ調子で炎を纏った拳を突き出した。

 咄嗟に戦斧で心臓を守るも、拳は戦斧の片刃を凹ませながら防御を突き抜けた。拳としての鋭さは戦斧で打突面積が増えた分緩和されたが、オリハルコンを凹ませるほどの高温と衝撃はこの世では類を見ない損害をミノタウロスに与えた。

「ふん、所詮は獣か。高潔な決闘で防御をするなど」

 孤独に苛まれ精神を病んでいなくても、もともとおかしい感覚の持ち主らしい。攻撃を一発ずつ与えあって先に倒れたほうが負けという考えだったのだろう。

 ミノタウロスは立ち上がることが出来なかった。

 しかし、不滅とは言え受けたダメージは深刻だったのか、そのまま彼は飛び去ってしまったのだった。




 きっと洞窟に単独乗り込んだ私の事を脳髄太郎とでも呼んでいるのだろうな。

 さて、この状態で魔法が使える範囲がはっきりしなかったので、亜空間に放り込んでいた武器を出せるだけ出して、同じく亜空間から取り出したマジックバックに詰め込み直しておいた。このまま魔法が使える範囲を確認しながら進み、使えなくなったら武器での戦闘に切り替えるという考えだ。

 と思ったのだが、一本道だったので向かってくる獣たちを魔法で随時迎撃していればわざわざ洞窟の奥まで行かずとも数を減らすことはできた。それにこれは殲滅戦ではなくてスタンピードを止めることさえできればよいのだ。頭を働かせず迫りくる魔物を倒し続ければいい。

 素材が無駄に傷つくので避けたかったが、この数を一頭一頭丁寧に処理するのも面倒なので、ちょうどいい直線の一本道を見つけて、貫通力を上昇させたウインドバレットを連続で放ち続けた。

 一発撃つごとに直線状に居る魔物が十数体バタバタと倒れていくのはなかなか気分がいい。致命傷を避けて、溢れ出るアドレナリンに引きずられながらなおも向かってくるヤツも居たが、2発目は耐えられないのがほとんどだった。

「これは単純作業だな」

 大型の魔物や攻撃魔法を使う者も多少はいたが、言語を持たぬ野生の生き物の限界というものがある。魔獣と言っても移動に魔法を使うだけというのもいるし、肉体強化に魔法が使われていて、結局攻撃は牙や角を使う者が大半だ。遠距離の攻撃魔法を撃ってくる魔獣は稀なのだ。

 特に洞窟というのは火山地帯や毒沼、海洋に比べて生存しやすい環境で、競争が起きたとしても、劇的に体質が変化したり、使える攻撃魔法が強化されるという事は起きにくい。上澄みは最初の方に地上に出てしまったと考えるのが自然だろう。

 唯一厄介なのが、生存しやすい環境だからこそ起きる爆発的な生息数の増加だが、単純な魔法なら1週間不眠不休で撃ち続けられる私にとっては問題にならない。

「味変するか」

 私はウインドバレットからウォータージェットに切り替えた。




 脳髄太郎が洞窟に潜って数時間、地上の魔物は無事掃討された。

 奴が潜ってすぐに遠距離攻撃組は散発的な援護に回り、アタッカーたちが打って出ていた。騎士たちは打ち漏らしから街を守るために持ち場を離れず、冒険者や戦える領民が遊撃に出ていた。

 大剣使いのバーナードは戦況を見て一度城壁内に戻り、疲労回復の魔法をかけてもらって即座に城壁外へ戻った。

 リナリアは言いつけ通り先ほどよりは本気を出して魔物の討伐をし、慣れない乱戦に窮地に陥っている領民を助けたりした。

 しかし、あの時リナリアは何故素直に脳髄太郎の言いつけを守ったのだろう。普段ならどんなに撒こうとしてもかなり苦戦するというのに。

 そんな疑問を抱いていたのも束の間、最後の魔物が倒れたのを確認すると、勝鬨に背を向けてさっさと洞窟に入っていってしまった。

 リナリアの行動には私も賛成だった。ホムンクルスの素体はあれが最後の一体で、全身を作るには膨大な時間がかかる。たかだか一個の予備頭脳が占有してよいものではないのだ。連れ戻してくれるなら都合がいい。

 まだ魔法を使っているようだから音響魔法と空間魔法を融合させた通信魔法を受け取っているはずだが、ずっと無視し続けている。やはり事が済んだら逃げる気なのだ。

 しかし、手切れ金としては十分な量の素材が亜空間に放り込まれ続けている事を考えると自由を認めてもいいのかもしれないと悩まざるを得ない。

 いくつかある気がかりの一つはホムンクルスの素体に記憶を複写した予備頭脳を搭載した存在がどれだけの期間生き延びることが出来るのかを追跡できるのかという事だ。魔法の範囲外に逃げおおせられて、どこでいつ死んだかもわからないとなると、検証ができない。

 魔法の契約は魂に刻まれるという事は脳髄太郎自身が起動したことで明らかになった。では魂はどこでどのような条件で生まれるのだろうか。

 それにリナリアが脳髄太郎を追跡しているのもある意味気がかりだ。

 リナリアは以前、魂を根拠に個人を識別しているようなことを言っていた。では彼女は脳髄太郎に生前のエスカの魂を見出したのだろうか。しかし、魂は本体ともいえる赤ん坊にあるのではないか。普段ならば鬱陶しく思うくらいだが、こればかりはリナリアに聞いて見なければわからない。

 彼女が素直に教えてくれるかはわからないが。




 脳髄次郎が定期的に地上の様子を連絡してくるのでありがたい。どうやらここを押さえておけば地上に漏れ出る魔物はいないようだ。他の出入り口があることも示唆されていたが、仮にあったとしてもそこからこの城塞都市にたどり着くことはないのだろう。目標がなければ這い出た魔物たちは散り散りになるに違いない。

 とはいえ、連絡に応えてしまうと帰ってこいだのと言われかねない。地上での掃討は完了したようだが、まだ地下の魔物たちはうじゃうじゃいる。

 考え事をしながらウィンドカッターを放っていると、急に悪寒が走った。

 リナリアだ。

 彼女が近付いてきている。

 私は大地魔法で背後を塞ぐと、魔法を撃ちながら前進し始めた。大地魔法に関してはリナリアは魔人級ではないものの練習していたようだったので、詠唱が完了すれば穴を空けることは可能なはずだ。時間稼ぎにしかならないだろう。とにかく急いで討伐しながら進んで撒くしかない。

 所々に土壁を設けながら進んでいたが、とうとう魔法を使える範囲外に出てしまった。ここからは時間稼ぎの土壁も、魔法でまとめて討伐することもできない。

 安物の武器をマジックバックから取り出しては魔物の急所を突き、死体については打ち捨てていくしかなかった。

 何でスタンピード鎮圧のタイムアタックなんかしなくちゃならないんだ。




 リナリアは一つ目の土壁を30秒ほどの詠唱で崩すと先へ進んだ。定期的に土壁があるので、僅かに残されている血痕をたどるより楽に追跡できる。

 しばらくすると土壁が見当たらなくなり、魔獣たちの死体が敷き詰められている場所に出た。最初は足場を悪くして時間稼ぎをしようとしているのかと疑ったが、どうやら魔法が使えなくなったらしい。

 リナリアは魂の色や形を見ることはできるが、魔法の契約数を見ることはできない。師匠であるエスカの魂に似ているが、異なる魂を持つ、前世のエスカと生き写しの姿かたちを持つ者。

 きっとこれもエスカの魂の輝きの新境地なのだろうとリナリアは追跡を即決した。

 得意である魔法を使えなくなったエスカがどう切り抜けているのか想像するだけで胸がわくわくした。

 しかし、死体のカーペットはそれからすぐに途絶える。

 討伐が完了したのだろう。進むにつれて暗さが増し、分岐もちらほら存在している。

 一度撤退したほうが良いだろうか?

 食料も何も持たずに飛び込んだし、いつぞやのように地中に潜られたら追跡不能だ。しかし、絶対に目を離している間に何かをしでかす。

 前に進みたい衝動と、準備不足と洞窟内の暗さからくる心細さが葛藤を生む。

 しかし、今進まなければエスカには逃げられてしまうだろう。

「師匠は生き血を啜って生き延びたんだ。私だってやってやる」

 死体の一部から皮を剥ぎ取り、切り取った生肉を包む。

 リナリア、3500年以上を生きて初めての決断だった。




 まだあいつ付いてきてないか?

 魔法は使えないが、悪寒がずっと消えない。最後の魔物を討伐して数日が過ぎていた。しばらく進めば諦めると思ったのだが。

 そもそもどうやって追いつくつもりなんだ。あいつは魂魄魔法以外は普通の魔法使いと大して変わらないのに。

 それにリナリアは合理主義だったはずだ。追いつけない、見つけられないと思ったらいったん距離を置いて情報収集に励む。

 それが今回はどうした?

 それにスタンピード対応で出てきているのだから長期遠征用の装備を持っていないのではないか?

 私はどうにも気がかりで仕方が無かったので引き返すことにした。ここで意固地になって逃げ続けて死なれでもしたら寝覚めが悪い。

 というか、私もマジックバックに多少の旅に耐えられる程度の物資を亜空間から強奪するのに精いっぱいで人の面倒を見る余裕もないのだが。

 そんなことをぶつくさ独り言ちながら数時間引き返したところでうずくまっている人影を見つけたので、道中拾った温度変化で発光具合が変わるイリョス鉱石で照らしてみた。別名サンライト鉱石とも呼ばれる、地中の貴重な光源である。

 うずくまっている人影はリナリアの後姿そのものだったが、光に気付いて振り返った彼女の口元は血まみれだった。

「ギャアアアアアアアアアアア!!!」

 うっかり本気の悲鳴を上げてしまった。

「きゃあああああああああああ!!!」

 私の叫び声にびっくりしたのかリナリアまで叫び声をあげる。

 しばらくお互い距離をとって早鐘を打つ心臓を落ち着けたのち、私は声を掛けた。

「血まみれのようだが怪我や病気ではないのだな」

「はい。ご飯を食べてました」

 彼女は生肉を掲げる。

 え? 生肉食ってこの数日凌いでたの?

 ちょっと傷みかけなのか酸っぱいような匂いがする。

 私はそこまで彼女を追い詰めていたのかとショックを受けた。清浄魔法でもかけてやりたいところだが今の私には魔法が使えない。

 いや待てよ? 試しても居なかったが、本当に魔法が使えないのか?

 いや、無論赤ん坊の魂を根拠とした無詠唱魔法は無理だとしても、魔法陣や詠唱を使う魔法は使えるのではないだろうか?

 私は久しぶりに詠唱を開始した。

 リナリアは黙ってその様子を見ている。

 いや、やはり発動しない。この体には魂は無いのだろう。

「師匠、その魂で現象を司るものと契約しました?」

 その魂で?

 私のこの体には新たな魂が宿っているのか?

 確かにその通りだ。私は何度かホムンクルスを作成したが、動き出さなかった。それには魂が必要だったのではないかと仮説を立てたところでは無かったか。

 であれば、私の記憶が複写され、魔法によって動かされていたに過ぎないはずのこの予備頭脳を埋め込んだところで、ホムンクルスの素体は動くはずがなかったのだ。

 ではこの魂はどこから来たもの、あるいはどうやって生まれたものなのだろうか。

 興味は尽きないが、まずは契約をし直すことから始めるか。


 現象を司るもの、人々は自分たちの善悪になぞらえて悪魔や神と呼称しているが、その本質は同じものだ。

 神が行うものを奇跡、悪魔が使うものを魔術、そして悪魔との契約によって悪魔の力を引き出して使う方法を魔法と呼ぶ。まあ人と話すときに面倒なので魔法と私も呼ぶようにしているが。

 しかし、何のことはない。これらは現象を司る者たちが使う、創世の技術の末端を生物が借り受けているに過ぎないのだ。

 包丁を使う者のうちにこそ、善悪があるのであって、包丁は物を切る道具でしかない。どう使うのかは人が決めることだ。

 契約には何度か現象を司る者に語り掛ける必要がある。大抵の場合は何度も魔法陣や詠唱を空打ちして、契約を望んでいることを熱心に訴えかけるのだ。すると現象を司る者が直接現れることもあるし、ある日突然簡単な魔法が使えるようになる場合もある。

 こうなれば契約完了だ。

 理屈が分かっていれば諦めずに魔法の無駄撃ちを続けられるだろうが、大抵の者は自分に才能なしと見切りをつけて他の可能性を模索する。


 さて、リナリアの証言もあることだし、スタンピードの影響で魔物の気配もない。のんびり構えて再契約をしようと思い、暴発を警戒して召喚の詠唱を行ったところ、すぐに生体を司る者が出てきた。

 いや早すぎだろ。

「エスカー! もっと呼び出してって言ったじゃん!」

 いや、一度契約したら、ほとんど召喚する理由ないし。

 なんかそれに、何? ギャル化してるんだけど。

 前に召喚した時は書架係の大人しいお姉さんって感じだったのに、今は化粧もしてるし、城塞都市の若い娘の間で流行っていたような服装をしている。

「えっと、かくかくしかじかで再契約したいんだけど」

 私の説明を聞いた生体を司る者は顔を間近に近づけて注意深く見ると、目を丸くして驚いた顔をした。

「えー!? 魂赤ちゃんじゃん!! そんなことあるー?」

 私の魂赤ちゃんなの?

 まあそれは良いとして。

「あー契約はできるのかね?」

「契約してもいいけど、一つ条件があるよ」

「聞こうか」

「あーしと一日デート!! どうかな!?」

 私はあっけにとられた。リナリアも後ろでぽかんとしている。

「それ自体は問題ないが、ここがどこか見て言ってるのかね?」

 そういわれて周囲を見回して、どう考えてもデートスポットではない事を理解した生体を司るもの。

「てことは魔法は今すぐ使いたい感じだ。じゃあ珍しい魔物の血肉でもいいよ」

 一気に悪魔感出してきたな。

「白いホーンウルフなんかどうかね」

 亜空間に放り込んだものを、武器と一緒にマジックバックに移し替えていたホーンウルフの死体を出す。

「ふーん? 綺麗じゃん。 角でアクセ作ろーっと」

 どうやら契約は成立のようだ。

 以前は呼び出したら迷惑みたいな事を言っていた気がするが、どうしてこんなことになったんだろうか。

 そして召喚魔法の目的が達せられ、魔法の効果が弱まり始めた。

「あっ!? もう終わり!!?? もうちょっと話そうよー」

「また落ち着いたら召喚するとも」

 ふっと透明になって消えたのを確認してか、リナリアが疑問を飛ばしてきた。

「生体を司る者って、教会で神聖魔法とか奇跡とか呼ばれてるものを司っている方ですよね? 清らかで神々しい見た目って教会では言われていた気がするんですが」

「うん、前見た時はそんな感じだったはず」

 どうしてああなった?




 脳髄太郎どころかリナリアも戻ってこない。ミイラ取りがミイラになったか。

 まあ二人で移動しているなら滅多なことはないだろう。もし脳髄太郎が機能不全に陥ってもリナリアが回収してくれると考えれば、最悪の結果ではない。

 スタンピードが収束して1週間が経っていた。

 脳髄太郎に関しては人知れずホムンクルスの素体を回収したことにすればいいと思っていたが、リナリアの失踪をどうにも説明できないと考えあぐねていたのに、他の人々は彼女は自由人だからどこかへ旅に出たのだろうくらいにしか考えていないようだった。

 私への異常な執着は私にしかわからないのかもしれない。

 ロナーだけが「エスカにあんなにご執心だったのに戻ってこないのはおかしい」と主張したが、それでもあれだけの実力者が助けが必要な状況になるとは思えなかったのか、救助の必要性までは主張しなかった。

 というか、ロナーには脳髄太郎が逃げ出したこと、ひいては予備頭脳が複数あることがばれている様な気がする。余計なことは言わないようにしているが。

 魔物たちの死体は領民総出で解体して肉や皮に塩漬けや乾燥などの防腐処理を施し、角や牙など交易に使えそうなものをかたっぱしから剥ぎ取った。

 私が亜空間に放り込んだ分を除いても、腐る心配の方が勝つほど有り余る資源が城塞都市の資源として回収された。

 今はどうにも使い道がない死体を焼却処分しているところだ。終盤は穴を掘って分けていた内臓が一足早く腐り、酷い臭いを発していた。

 数日前に地底都市からヒロトとピエルがやって来て交易品を大量に持ち込んだのだが、城塞都市では買い取れない状況だったので、一度地底都市に戻って準備をしてから王都へ持っていくと言っていた。

 地底都市でも同じようにスタンピードが起きていたらしい。

 城塞都市での収穫品は、自家消費する分が大半だが、地底都市でも同じようなものを売りに出すとすれば、交易に出す分は時期や場所を間違えると価値が下がってしまうかもしれない。

 それと、ヒロトにはそれとなく脳髄太郎やリナリアが地底都市に行っていないか聞いてみたが、情報は得られなかった。匿われているのか、本当にたどり着いてなくて見かけていないのか。

 今日は雪が降っているが、地中を移動するヒロトには関係ない。恐らく冬のうちに王都に行ってしまうだろう。

 城塞都市の面々は保存食の確認やらで忙しそうにしている。冒険者は一足先に店じまいをして宿を引き払って実家がある遠方の村に戻る者がほとんどだった。城塞都市内に家を持つ一部の冒険者は稀に雪道を移動しなければならない緊急の依頼に対応する以外はだいたい家でのんびりしている。

 家ではどうも斥候のスミカからの監視の目が厳しくなったように感じるが、まあ魔王だ何だと教会とひと悶着あったことに勘付かれたようだから仕方がないだろう。とは言え今の私は愛くるしい一人の赤ん坊に過ぎない。何か糾弾されるという事にはならないだろう。

 ……ならないよな?


 ロナーは相変わらずかいがいしく世話をしてくれている。

 アリスは魔法書を読み込むと言って、王都へ向かった。元宮廷魔術師の伝手で、王宮の書庫を漁るつもりらしい。

 私の面倒を見ると言ってこの家を買っていたはずなのに、リナリアはいなくなるし、結構自由だね君ら。

 私はと言えば、スタンピードで手に入れた大量の素材を冬の間のんびり整理していこうと考えている。

 特に脳髄太郎が勝手に持ち出した武器類には安物も多かったが、希少鉱石を混ぜた、売りに出せば家一軒を楽に買えるくらいの価値のものも多数含まれていた。

 久しぶりに鍛冶仕事をして武器を補充するのもいいかもしれない。備えあれば患いなしという奴だ。

 大抵冬というのは物事が停滞しがちだが、今年の冬は退屈しなさそうだ。


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