バタフライエフェクト
冒険者パーティ、グレーウルフが痕跡を発見したスパイラルラビットの討伐報告は、皇帝土竜の巣穴を探索した他の冒険者からも上がらなかった。リナリアから又聞きした話では皇帝土竜の穴は地底に存在する都市に繋がっているというから、深部へ潜り続けているのかもしれないというのは冒険者ギルドの推測だ。
研究が進んでいない為正確にはわからないものの、あの大きさの皇帝土竜になるには何十年もかかったのではないかと予想された。そしてそれは、つい先日開いた城壁前の穴以外の穴は何十年も前から開いていた可能性がある事を意味する。魔物が入り込み閉じ込められて蠱毒化した洞窟は一冬でも大きな変化をもたらすというのに、それが何十年も前から地面の下で多種多様な魔物や生き物たちが長い間生存競争を続けていたのである。
地底都市からも地上からも簡単にはたどり着けない深さに、サンライト鉱石やヒカリゴケで所々地中でありながら明るいエリアがあった。皇帝土竜が行き来した跡が無数に交差しただけでなく、ゴブリンやオークなど二足歩行で道具を使う知能を有している魔物が穴を掘り広げたり、サンライト鉱石を採取して持ち歩いていた。
さらには地上から染み込んだ水が水脈を通って洞窟内に川や水たまりを形成し生物たちの喉を潤していた。時折その大きな水たまりに、長雨が続いた折に人知れず森の中の湖があふれ出し、洞窟に魚が流れ込んだ。
地上で泥浴びしたマッドボアの体毛に絡まった植物の種が度重なる魔物による採掘で堆積した土に落下し、洞窟で芽吹いた。
長い年月をかけて多様な魔物、動植物が広く分布していた。
スパイラルラビットの群れは、ホーンウルフの群れと激突して勝利した後、骸を貪った。
一年中繁殖期なのはスパイラルラビットと人間くらいだと言われるほど時期を選ばず繁殖し、その上一年に最大で五産するとさえ言われるほどサイクルも短く、その上一度に3、4羽の子供が生まれる。餌さえ十分にあればいくらでも繁殖してしまう。そしてウサギと言いながら雑食性である彼らは餌に困ることはほとんどなかった。弱点は体格の小ささくらいであり、それも群れが大きくなれば死んだ仲間の数より、敵を倒して得た餌で増える仲間の方が多くなる。
巨大化した群れは時に分裂する。大規模な群れが繁殖と分裂を繰り返す。自分たちが捕食者になることもあれば、餌になることもある。そんな移動する給餌装置が洞窟中を駆け回るのである。
スパイラルラビットは多くの生物に潤沢なカロリーを提供し、それを元に様々な生物が繁殖するが、子供たちをいざ育てようという時に都合よくスパイラルラビットに出会えずに食料不足に陥ってしまう、という事が洞窟中のあちこちで発生する。
そしてある時、均衡が崩れる。
スパイラルラビットがその時狙ったのは群れからはぐれた洞窟馬の子供だった。洞窟馬の子供はスパイラルラビットの体躯を見て侮っていたが、自分に突っ込み掠めて行ったものが皮膚を引き裂いたことに驚いて逃げ出した。洞窟馬の逃げ足はとても速いだけでなく、壁も天井も重力を無視して走ることが出来るので、本気で逃げる気になったものを追うのは不可能だった。しかし、スパイラルラビットもまた飢えていた。不可能かどうかなど彼らには判断する必要が無かった。飛び跳ねながら追い縋るスパイラルラビットに洞窟馬の子供はとにかく逃げた。
この逃走劇にある生物は驚いて一緒に逃げ出し、ある生物は餌が餌を追っているとばかりに舌なめずりをしながら追跡し始めた。この何気ない野生生物の一件の狩りが洞窟中を興奮状態に陥れた。
スタンピードの発生である。
逃げ出す者も追う者も地底都市へ向かうものもあれば、地上の城塞都市へ向かうものもいた。その過程で脱落するものもいたが、あっという間に食い尽くされて、多種多様な生物たちの足止めにはならなかった。
地上は冬目前、数センチメートル積もった雪が日中の日差しで解けて地面がぬかるんでいる、比較的過ごしやすい陽気の昼下がりの事だった。
洞窟馬の子供は人間が作り出した城塞都市の目前に飛び出した。森の中の出口ではなく、ここにたどり着いたのは偶然だった。
地底都市ガラリアは慢性的な魔物のオーバーフローに悩まされていた。洞窟を徘徊し襲い来るものの命を吸い取っていたピエルが正気に戻り、その結果魔物が爆発的に繁殖してしまったのである。
とはいえ、ピエルの存在は一要因として無視できないというだけであり、繁殖自体は自然の摂理である。そのため、地底都市ガラリアを統括する議会は冒険者組合を設立し、洞窟内の魔物の間引きを行うことを決定した。
可能であれば地上へのルートを開拓したいという願望もあったが、ヒロトが直進ルートで行けば半日もしないで到着することを考えると、最優先事項は魔物の間引き、余力で地図作成、安全地帯の確保といったところだ。
街に侵入してきた魔物や生き物はヒロトやピエルが中心になって処理していたが、普段からワームやロックイグアナを討伐していた住民たちは余程の大物でない限り自分たちでも対処できた。
そしてそんな中、洞窟中心部で発生した錯乱状態の多数の魔物の約半分がガラリアの郊外にある洞窟から一斉に飛び出してきたのである。
不意打ちにより多くの人間が重傷を負ったが、すぐさま駆け付けたヒロトとピエルにより防壁が築かれ、住民たちの傷は癒された。
「穴をふさいじまうか」
穴を囲う塀に突撃するストライクバッファローが地面を揺らす中ヒロトとピエルは相談していた。
「行き止まりになって諦めてくれればいいのですが、洞窟には穴を掘ることに特化した魔物が多数います。どこに穴を空けて出てくるかわからないよりは開けっ放しにして一網打尽にしたほうが良いのではありませんか」
「なるほど、じゃ、穴の近くに大穴を掘って落とすか」
「魔物が掘って上がってこれないくらい表面を固めたほうが良いと思います」
「よっしゃ方針は決まったな」
ヒロトは地面に手を付き、大穴を開いた。大地の魔人であるヒロトがその気になれば、岩盤を軽々掘りぬく皇帝土竜でもない限り爪が立たないほど表面を固めることが出来る。掘りぬかれた分の質量がそのまま表面に圧縮されたような状態になっていた。魔物たちは洞窟から出る前に当然穴に気付くが、後続に押される形で次々と落ちていく。
「じゃ、行ってきます」
「おう、頼むわ」
そういうとピエルは魔物たちが落ち切った穴へ自ら飛び込んでいった。
「恨みはありません、ただ我々の生きる糧となってください」
ピエルは手近な魔物に接触するとライフドレインを行った。触れられたトロールは糸が切れた操り人形のように地面に倒れ伏した。その巨体故にずずぅんと地響きがなった。
得体の知れない存在にストライクバッファローは湾曲した角を突き刺した。角はピエルの腹を貫通したが、倒れたのはストライクバッファローであった。
生命力を吸い取り治癒に回せるピエルは自らが傷つくことを顧みず、生命力を消費し続けた。
グレーウルフの進言で急ピッチで進められた、塀が崩れた場所の修復を中止してバリケードを張るという方針変更は功を奏した。とは言え、腹を空かせた魔物たちは壁の向こうに爪も牙も持たず、臆病で体格もそれほど大きいわけではない人間という餌があることを認識してしまった。
魔物たちが飛び出す穴が城塞都市の目と鼻の先というのも悪かった。あっという間に城塞都市は包囲されてしまった。バリケードもオールドボアの突進に何回耐えられるかという耐久度である。
「今回もバリスタは役に立ちそうにありませんな」
「バリスタに限った話かね。見たまえこの馬鹿げた物量を」
「確かに。冒険者や魔法使いをかき集めても全滅にはちと火力が足りないかもしれません」
塀の上から地上を眺める城主と冒険者ギルドのギルドマスター。その真下には視界を埋め尽くさんばかりの魔物たちが蠢いていた。幸いなのは皇帝土竜のような超大型の魔物はおらず、最も大きな影は豪勢な馬車くらいの大きさのオールドボアだった。
「一斉に塀やバリケードに突撃されるかと思ったが、意外と理性的だな」
「侵入口を探して右往左往している状態ですかね。今のうちに遠距離攻撃で削れるだけ削っておきたいところです」
「じゃあ、計画通りに」
城主の合図に合わせて全方面に設置されたバリスタから巨大な矢が発射される。それぞれ比較的大きな魔物に照準があっていたが、有効な攻撃を与えられたのは半分にも満たなかった。
続いて弓兵による一斉射撃が行われた。その隙間を埋めるように、魔法使いたちから攻撃魔法が放たれた。少しでも多くの魔物に手傷を負わせれば、槍を持った戦闘慣れしていない領民でも討伐が可能になる。が、バリケードなり城門なりが破られれば、一気に乱戦になり、乱戦となれば犠牲者が出るのは必然となる。さらに遠距離攻撃は乱戦の中では味方を巻き込みかねないため、弓兵と魔法使いが後の事を考えず、どれだけ魔物たちの数を減らせるかがこの城塞都市が生き残れるかの決め手になる。
城門は固く閉ざされ、崩れた塀に築かれたバリケードには騎士たちが陣取り近付いてきた魔物を槍で突いている。
そのはるか後方、中央広場には領民や普段城壁外で生活している農民が避難してきており、いざという時のために思い思いの武器を携えていた。農民たちは鍬、主婦たちは包丁といった調子だ。男衆の大半は慣れない槍を持たされ、騎士や冒険者たちのすぐ後ろに配置されている。
魔物たちがバリケードや城門を攻めあぐねており、一方的に攻撃を加えている状況を眺めながら、城主は気になっていた事を尋ねた。
「時に、例の赤ん坊は期待できないのかね」
「やはり耳に入っていましたか。しかし、あのリナリア殿が囲われておりますからなあ。それに一人の親としてもいくら力があると言っても赤ん坊に頼ることにいささか躊躇いがあります」
「塀を超えられれば結局赤ん坊も危険にさらされるではないか、と言いたいところだが、まあよい。貴殿の言うとおりである。私が切れる手札の確認をしたまでだ」
「それに……」
「何かね」
言い淀んだギルドマスターに先を促す城主。
「裏付けもとれてないことですが、あのリナリア殿が彼女は魔王の生まれ変わりだから、恩を売るのはともかく、借りは絶対に作るなと忠告してきたのです」
「なるほど、……まあ方針は変わらん。いずれ調べを進めるとしても今は目の前の問題を解決せねば明日はない」
素材の山が城塞都市にやってきているらしい。全く大人はずるい。まだ赤ん坊だからと行かせてくれないのだから。
私はロナーと共に家でお留守番だ。リナリアもアリスもスミカもスタンピードの対処に追われている。
うーん、何ともむず痒い。討伐に協力しなければ取り分を主張できない。かといってここに居ては協力なんてできないし、ロナーの目があるから外に出ることもできない。
『何という事だ』
「駄目ですよ」
『まだ何もしてない』
全く信用も何もあったものではないな。待てよ、目か。目だけなら外に飛ばすことが出来るのではないか?
私はロナーが少し席を外した隙に作りたての複眼を100個ばかり上空に飛ばした。これで俯瞰的に状況を把握することが出来る。
実はこの数週間、魔法を遠隔操作するための中継基地を城塞都市周辺に設置したから、城塞都市内と、城壁から3キロメートルくらいは魔法が届くのだ。
しかし、壮観だ。街をぐるりと囲う住民を守るための城壁をさらにぐるりと包囲する空腹に目をぎらつかせた魔物や肉食の生物たちの群れ。
群れと言ったが、別に同じ種族の生物ではない。それでも隣に居るモノたちを獲物として認識せず城塞都市を襲撃しようとしているのは、ひとえに人の肉の味を覚えてしまったからだろう。城塞都市を拠点にしてるパーティ以外にも、何組か新たなダンジョンと聞いて遠征してきて行方が分からなくなっている者たちが居ると言う。人は爪も牙も持たず、狩りが日常の野生生物からすれば、筋肉質の冒険者ですらやわらかい肉に過ぎないのだ。
城壁沿いに目を配置したところで、先日の皇帝土竜によって破壊された場所に設置したバリケードが破られた。既に結構な魔物たちが弓や魔法によって倒されているようだが、正味一割も倒せていないように見える。
『うふふ』
おっと。まだまだ残っている獲物につい笑みがこぼれてしまうが、人々にとっては一大事。さてどう支援していこうか。
破られたバリケードは、すぐに騎士たちが持ち直して槍で魔物たちを突き刺しているが、雪崩のように滑り込んでくる魔物たちすべてを対処しきれるはずもなく、何頭かが街の中に入り込んでしまった。
すぐさま大楯を持った冒険者騎士を問わぬ大男たちが槍兵の前に出てバリケードを張り直す隙を設ける。
城壁側はもう少し持ちそうだから、入り込んだ魔物をマーキングして警戒させるか。
光魔法で敵の位置に光の柱を立たせる。警戒する様に赤色に着色した。
入り込んだのは5頭と幸いにも少なかった。まあ、頭数だけで言うとそれほど多くなさそうだが、人の背丈をゆうに超える体高のストライクバッファローや、ちょっとした凹凸に指をひっかけて立体的な移動を得意とするスパイダーモンキー、機動力の高い発達した後ろ脚をもつミノタウロス、強烈な頭突きを繰り出すクラウドシープ、そしてはぐれのホーンウルフだった。いずれも武装した成人男性10人がかりでようやく討伐できるような厄介な魔物であり、貴重な素材を提供してくれる魔物である。
ストライクバッファローは大抵繁殖期のオス同士の示威行為で角が折れてしまっていて素材になりにくいが、毛皮が分厚く防寒性と耐久性、防御能力に長けた装備を作成することが出来る。また、胃を乾燥させて粉末にすると食欲不振によく効く薬を作ることが出来る。スパイダーモンキーは脳みそを食べたがる貴族が稀にいるので、買い手を見つけられれば高く売れる。私には美味しさがわからないが。ミノタウロスは二足歩行だからと躊躇う者もいるが、肉が抜群にうまい。そして稀にどこから見つけて来たのか希少な武具を手にしていることがある。迷宮渡りという性質で、魔法使いが自らの研究成果を秘匿するために作りだした迷宮や、古代王族の墳墓など、様々な迷宮を渡り歩くため、その中で見つけたものを身に着けていると言われている。特にミノタウロスに武具を作成する能力があるわけではない様だ。後は角が綺麗だと美術品として高く取引される。クラウドシープは素人が見てもわかるその体毛の柔らかさが特徴だ。どこかで飼育に成功した国があると昔聞いたことがあり、しばらく特産品として流通していたがいつのまにか流通しなくなっていた。ともかくその体毛を編むもよし、布団やクッションに詰め込むもよし、一度身にまとったら雲に包まれているかのような夢心地になれること間違いなし。ホーンウルフはどこにでもいる魔物だが、普通の個体でも角が生薬になる他、毛皮も使い勝手がいい。しかし、このはぐれ個体は体毛の色も白く、角も虹色に輝いている。何やら研究のし甲斐がありそうだ。
と、いかんいかん。誰かに指摘された“オタク気質”が出てしまったようだ。しかし、街に紛れ込んだ魔物だけでこの宝の山とは。外の魔物は、と気が急いてしまうが、街が滅茶苦茶にされるのも面白くない。
まずは広場に一番乗りしたストライクバッファローを私が転ばせる。後は武装が不十分だが、農民たちが鍬などの農具で滅多打ちにする。躊躇なく攻撃に移れて素晴らしい。毛皮のせいでなかなか有効打を与えられないが、立ち上がる前に首筋に包丁を突き刺した妙齢の女性のおかげで失血死させられそうだ。ストライクバッファローが倒れたままやたらめたらに首を振り回したせいで巻き込まれて吹き飛ばされたり、角が刺さった者が居たが、死んではいないようだ。距離をとっていれば問題ないだろう。
スパイダーモンキーは侵入した城壁からほとんど反対側の城壁まで建物の間を移動していた。住民は一塊になっていたから手ごろな獲物を見つけられなかったようだが。移動しているところを弓兵が見つけて矢を撃ったので、軌道を軽く調整して心臓を貫通させた。脳みそは無事だぞ。
ミノタウロスはどうした事だろう。侵入した城壁付近で騎士たちや冒険者たちを睨みつけて微動だにしない。騎士たちも、前門のスタンピード、後門のミノタウロスという状況で膠着していた。ひとまずここは様子見だな。
クラウドシープは見つけた時には永遠の眠りについていた。恐らくリナリアとすれ違ってしまったのだろう。近くで城壁に向かって悠々と歩いているリナリアの姿が見えた。
その瞬間、振り返ったリナリアと目があったような気がした。リナリアは視線を感じ取ったのか周囲を探っているが、飛ばしている複眼は虫ほどの大きさしかないし、上空にあるから余程視力に優れていても逆光に遮られて見えないはずだ。
ドキドキしていると私の体の方でロナーがどうかしたかと声を掛けてきた。私はたどたどしく何でもないと答えたが、おしめかまんまかといろいろ探られた。心配性なんだから。
しばらく周囲を探っていたリナリアは防御魔法らしきものを自分にかけて再び城壁に向けて歩き出した。全く急ぐ様子はない。
さてさて、モンスターより恐ろしい元弟子はさておいて、ホーンウルフである。奴は腹が減っているように見えず、悠然と散歩をしていた。
いや、ちょっとまて? こいつがいる所、私たちの家の前だぞ?
戸惑っていると、迷わず我々の家の玄関に立ち、額で虹色に輝いている一本角で器用に扉をノックした。ロナーは当然こんな時に来客とは何か緊急の用事だろうかと慌てて玄関に向かおうとしたので、私は念動力でそれを止めた。
「なんで出ても居ないのに来客が誰かわかるの?」
疑念のまなざしを私に向ける。
『無論、ソナーと、熱源探知を使って来客の形状が人ではないと知っているまでさ』
複眼を100個も増産して中空に飛ばしていたから見えたとは言うわけには行かず、かといって全くの嘘でもない良い言い訳が思いついてよかった。
いや、良くないな。あのホーンウルフをどうにかしないと。
しかし、ノックをして丁寧に訪ねてきている者を魔物だからと言っていきなり攻撃していいのだろうか。とりあえず用件が何か聞いてみることから始めてみよう。
そんなことを考えていると、ミノタウロスに動きがあった。いや、ミノタウロスだけじゃない。いつぞやの山頂で出会った不死鳥男が城壁内に降り立った。それによって、城壁を守る人々だけでなく、外の魔物たちも威圧されたようだった。
それにしてもあいつ私が飛ばしている目を3つ無意識に溶かしてきやがった。相変わらずがさつな男だ。
リナリアは魂魄を浸食してマグマに突き落としたと誇らしげに言っていたが、やはり火の魔人をマグマに突き落としても致命傷にはならなかったようだ。奴はあの時正気を失っているようではあったが、正義感を振りかざしていた。
人々の守護をするだろうと思った矢先、ミノタウロスと不死鳥男が激突した。不死鳥男は常時纏っている炎を最小限にして単純な力比べをしようとしている。ミノタウロスもまた背負っている巨大な戦斧を持ち上げず、不死鳥男の意図を汲んだようだ。筋肉同士がぶつかる様はまるで火花が飛び散っているかのような迫力だ。実際、不死鳥男の方が抑えてはいるが炎が漏れているので、火の粉を散らしながらミノタウロスの皮膚をじゅうじゅうと焼いている。
この戦いは見逃せない。よし、こっちを見つつ、ホーンウルフは予備脳髄で対応しよう。
そして人々の目がミノタウロスに向いている間に、さらに予備の予備脳髄で外の魔物たちを適当に間引きつつ素材を亜空間に片っ端から放り込んでいこう。
「なあ」
「やっぱりそうですよね!?」
城壁の上から攻撃魔法を放っていた魔法使い二人が違和感に気付いた。
突如襲来した炎を纏った男が放つ強烈な威圧感に、僅かな時間周囲の魔物たちが躊躇いを見せた。
しかし、その男が内部に侵入したミノタウロスと取っ組み合いの戦闘を始めたあたりから、他の魔物たちも入り口を探したり、再度バリケードを破ろうと様子を窺っている。
その間にも弓兵は指の皮膚が裂けて出血し始めても、一体でも多くの魔物を倒そうと弓を射続けている。そして、魔法使いたちもまた攻撃魔法を放ち続けていた。中には鼻血を出したり、意識が朦朧としている者もいる。この盤面において遠距離攻撃者は、中に魔物たちがなだれ込んできた後はせいぜい手持ちのナイフで自衛するくらいしかできない。それがわかっているからこそ、後に体力を残す考えをせずに、全力で攻撃を続けている。
そんな中、倒れる魔物の数が妙に増えた。遠距離攻撃とは言え、どこに着弾したか、着弾個所の魔物が倒れたかどうかはわかるものだ。いや、そもそも、飛んでいる攻撃魔法の数がさっきの3倍になっている。もしかすると弓兵の矢にも何らかの魔法がかけられて、魔物たちを倒しやすくなっているかもしれない。
「またあの赤ん坊か」
巨大なフードをたなびかせながら、再び杖を構え詠唱を始める魔法使い。
「今リナリア殿が借りた家に居るはずなのに、こんな所まで魔法を届かせるなんて」
眉のすぐ上で切りそろえられた前髪が印象的な勝気そうな表情の少女が、チョークでレンガの床に魔法陣を書きながら嘆く。
先に発動したのはフードの男だった。巨大な氷塊が魔物の群れの上空に放物線を描いて飛んでいき、放物線の頂点で細かく砕けた。鋭い無数の氷のナイフが魔物たちに降り注ぐ。
「この魔法、私のオリジナルなんですよ。見ててください!」
こんな状況だというのにはしゃぎながらフードの男に話しかけると、魔法陣に手を置き、ミーティア、と呟いた。
すると魔法陣が強烈な光を上空へ放った。床を見ると魔法陣は消え去っている。魔法発動に成功したようだが、何も起こる気配がない。
「おい?」
「もうちょっと待ってください」
1分ちょっとが経っただろうか。少女は次の魔法陣を描き始めており、男は詠唱を始めている。
すると上空からなにかが飛来し城壁から裸眼で魔物の種類を判別できるくらいの距離に落ちた。不運にも直撃を喰らったオールドボアは、無残にも血や肉片を飛び散らせて死んだ。
「隕石か?」
「いえ、流星群です」
最初の一発を皮切りに次々と隕石が魔物の群れに落ちてくる。このダメージで逃走する魔物が出ないのが不思議なくらいの攻撃で、おおよそ直径1キロメートルの範囲が阿鼻叫喚の地獄となっていた。
「なんて威力だ。お前また同じの描いてるのか?」
フードの男は詠唱を中断して、少女に尋ねた。
「そうですけど、どうですかね、効果的ですか」
「魔法陣描画に10分、発動まで1、2分、効果範囲が直径1キロってとこだ。直撃した魔物は死んでいるが、密集しているとはいえ当たらなかった奴も相当数いる」
「悪くないですけど、炎弾を連発したほうが効率良いかも」
少女はそうつぶやくと、魔法陣を描く手を止め、手のひらに描かれた魔法陣を魔物たちへ向けた。
「お前、魔法陣彫り込んだのか!?」
「炎弾程度しか彫れませんでしたけど、便利ですよ」
「馬鹿な、過去同じことを試したやつが何人も死んでいるというのに」
「まあまあ、彫ってしまったものはしょうがないじゃないですか」
少女が炎弾、と呟くと、3発の炎の球が手の平から出現し、テンポよく飛び出した。生み出された炎は少女の手のひらを焼きながら魔物に直撃する。先ほど床に描いたものと異なり、手のひらの魔法陣は消えなかった。火傷を負っているに違いないが、少女はそのまま、炎弾、と繰り返し呟き、魔物たちへ炎弾を投下し続けている。
「末恐ろしいな。肝が冷えるぜ」
そうつぶやきながらフードの男も魔物に向き直り、詠唱を最初から始めた。
突然降り注いだ隕石で目が5個潰された。1個作るのも結構大変なんだぞ。
それにしても魔法使いのレベルが高いようだ。とは言え、ミーティアとか言う魔法は使いどころを選ぶな。もしかすると、発動するのは彼女の人生において今回が最初で最後かもしれない。軍人にでもなればまた別だろうが、あれを人に向けて撃つというのはいささか業が深い。
バリケードが完全に破られるまでに、魔物をアタッカーだけで倒せる数まで削りきらなければならないとなると、あの火力でも少々不安を覚える。乱戦になれば間違いなく戦死者は出るし、バリケードが破られれば戦闘力の高そうな騎士や冒険者を素通りして広場の領民たちのところへ走り去る魔物も出てくるかもしれない。
というか、1人、城壁外に居ないか? 大剣をぶんぶん振り回している大男が居るが。
そのことに誰も注意を払う様子がない。視界に入っているが、応援するでもなく、注意するでもなく、それが当然の事とでも言うような様子だ。
「ガァッハハハ!! 魔物は皆殺しだァ!!!」
バーサーカーか。
まあ、あの大剣、敵味方入り混じる乱戦で使われるよりは、単独で敵陣に突っ込んでもらった方がよいか。
ふぅむ。最近の冒険者の事には疎いからな。そういう戦い方もあるのかもしれない。
あの少女もそこのバーサーカーも前回の皇帝土竜戦では見かけなかったから、恐らくダンジョンの情報を聞いてどこかからやってきた冒険者だろう。
ま、それはともかく、私も自分で倒した分は勝手に素材を回収させてもらいますかね。大っぴらにこいつを倒したのは私だという訳には行かないから、秘密裏に回収するしかないのだ。
私は弓兵の矢の軌道を調整したり、四属性の攻撃魔法で敵を間引いたりしながら、欲しい素材を亜空間に放り込んでいった。後で解体するのが楽しみだ。
私はホーンウルフの事を忘れて完全に浮かれていた。