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万物不変に非ず

 例の一件から1週間、城壁は補修が始まり、多くの領民は普段通りの生活を取り戻しつつあった。

 そして私はというと、女性4人に監視されて身動きが取れずにいた。

 わざわざ家まで借りて共同生活を始めたのだ。金はリナリアがいれば心配はいらないが、地底都市から移住してきたロナーはともかくスミカは元S級冒険者な上に現役で冒険者ギルド直属の斥候、アリスは元宮廷魔術師で冒険者としても中堅くらいに位置するから経済的には安定していた。

 ロナーが家事全般を請け負い、他3人が稼いでくるという構図だ。というか、依頼を受けるタイミングを調整して、常に2人以上で私を見張っている。そんなに私は手のかかる赤ん坊なのだろうか。一人でもやっていけるのに。

『退屈だ』

 思わず愚痴が零れる。

「駄目ですよ。まだ首も座っていないんだから」

 すぐさまロナーに諫められる。正直ここまで世話されると自分が赤ん坊なのか体が不自由になった老人なのかよくわからなくなる。

 快適だし、生活に不安はないが、自由がない。

 ここのところは各種探知魔法に制限をかけて肉体の感覚器官がきちんと育つように気を付けている。

使わない機能は衰えるものだ。

 まあ肉体の機能が欠けていても魔法で何とか出来るだろうが、自前でできることは多いに越したことはない。

 そういえば、未だに可視光線を解析する手段が無かったなと思い至った私は、退屈に任せて魔法の開発を開始した。肉体の機能を発達させる方針だが、まあそれはそれ、これはこれ。手段が多いに越したことはない。

 それに目が発達するのが先か、可視光線を魔法で解析するのが先かわからないが、鑑定魔法を利用するには光が見えなければならない。便利だからね、あの魔法。

 亜空間内のラボでもいいのだが、そちらで作業していると全く外の状況がわからなくなる課題があることを4人に伝えると、部屋が余っているから使っていいと言われたので一室をラボとして使用させてもらっている。前世でため込んでいた器具のお古や予備が亜空間を使用したインベントリに残っていたので、それを部屋いっぱいに並べてある。当時最新の器具やお気に入りは昔住んでいたラボ件自宅に置きっぱなしだから、世話を任せていた人が適当に売り払って退職金がわりにしたことだろう。

『そういえば、冬の備蓄は大丈夫かね』

 部屋で作業をしている私の様子を家事の合間に見ていたロナーが、人心地付こうと自分用の椅子をもって入ってきたので、食料に問題はないか尋ねた。

「ええ、アリスが担当しているわ。でも驚いちゃった。地上ってこんなに寒暖差があるのね」

『今はどうだか知らないが、私が前に経験した飢饉では多くの人が亡くなった。一年中寒く作物が実らない年が何年か続いたのだ』

「冬が厳しいのは変わらないようね。でも、地上に出たばかりの頃は夜冷え込むくらいで昼は暖かかったし、不作で変に高騰しているという事はないみたい」

『そうか』

「ところで今何を作っているの」

『これか? これはな、目だ』

「目?」

『今までも各種探知魔法で物体の位置関係や、構造を解析してきたがやはり目が見えないのは不便でな。目が見えれば、形状や色の変化から様々なことが読み取れる』

「へー?」

『光ほどの速さで情報を瞬時に取得できる方法は他にないよ』

「なんだかすごそうね」

 ロナーはわからなくてもきちんと聞いてくれるから私も遠慮なく喋れる。まあ理解しようとしているかというと疑問だ。

 しかし、それでも話し相手としては彼女以上の人はいない。

 自分に目が備わっていることに、大抵の人は感謝などしない。使えるという事がどれほどのアドバンテージなのか理解していないからだ。彼女がそれを理解して耳を傾けているとは言えないが、彼女は私の言葉を確かに聞いてくれている。

『それ以外にも私が使いたいのがこれだ』

 そう言ってロナーの目の前に鑑定魔法を表示する。


ロナー

性別:女 年齢:23

種族:ヒト

身体機能;

  筋力:12

  速度:15

  持久力:32

  正気度:9

  知能:20

技能:育児、リミッター解除

称号:賢者の乳母


『表示されたかね』

「この、……光の板のようなものは……?」

『それが鑑定魔法だ。実はヒロトのような異世界からの転移者が他にもいてな、そいつが光を司るものに直談判して可能になったのだ。曰く彼の世界では常識だったらしい』

「自分の身体能力とかが表示されるという訳ね」

『まあ、彼は潜在能力を元にした職業が表示されるとか、魔物を倒すとスキルが発現するとか俄かには信じがたいことも要求していたが、どうもこちらが彼らの世界について調べようがないことをいいことに大げさに喋っていたようだから、この辺が落としどころだろう』

「というと?」

『潜在能力というのは表に出てきていないから潜在能力なのだ。あるいは職業に対する適正と言ってもいい。そんなものは実際にやって見なければわからないだろ』

「たしかにそうね」

『いくら魔法と言えども何でもかんでもできる訳ではない。それだって、生体魔法によって身体を解析した結果を光魔法で投影している状態なのだ』

「それにスキルっていうのは戦う技の事でしょう? 練習してあったものが実践で活用できるようになったというならまだしも、戦ったらなんかできるようになったというのはどうもおかしいわよね」

『そう、因果関係が逆転してしまっているのだ。まあ、彼の熱意に負けて鑑定魔法などというものが生まれてしまったが、それも可能な範囲に留まったという訳だね』

 木製の窓から入ってくる風が冷えるので、ロナーが閉めた。ガラス製の窓が取り付けられている家はこういう時に光を遮らないのでいいなあと思うが、金を持っていてさらにコネやら運やらがないとできない贅沢だ。

 光魔法を使って明かりをつけてもいいが、獣脂ではなく匂いがほとんど出ない植物性のオイルが出回っているから、それをランタンで灯してみよう。これはこれで庶民には手の出ない贅沢品だ。

 食用の農作物だけでなく、燃料に使用する油を搾るための作物のために農地を割いているのだ。これも飢饉が過去のことになったと実感できる根拠になるだろう。

『よし、できた』

 私はトンボがもつような複眼状のレンズを宙に浮かせた。錬金術と魔術の複合技術だ。ホムンクルスを作成する技術を流用し珪素を主原料とした頑丈な複眼を作成し、取得した可視光線を2つの複眼を固定する台座に埋め込んである水晶に刻んだ魔法陣が解析し疑似脳髄に情報を伝える。やや像は歪むがだいぶ鮮明に見える。

『ロナーの顔が見えるよ』

「そう、良かったわね」

 ふっくらした頬のせいかやや幼く見える。優し気な印象をもつ整った顔立ちの女性だ。

『少し頬が赤い様だが、熱でもあるのか』

「オイルランタンの灯のせいよ」

 なるほど、確かにランタンの橙色の明かりが周囲のものを照らしている。

『これをペンダントにして胸元にかけておきたいのだが、何かひもはないかな』

「それなら台所に」

 最後まで言い終わらずに台所にむかい、ごそごそと引き出しを漁っている様子を私は眺めていた。




 ワームは大地魔法を使用し自分の周囲の砂や岩石を液状化し、自分が通り過ぎた後は元に戻るという方法で泳ぐように地中を移動するが、皇帝土竜は砂や岩石をかき分けて穴をあけっぱなしにして進む。かき分けた砂や岩石がどこに行ったのかと言えば、大地魔法を使用して穴の壁面に凝縮され、大抵は砂が岩のように固くなる程度のものだが、時たま希少な鉱石になることがある。移動する火山活動とでも言おうか、高温高圧に曝されたような変化が起こるのである。

 また宮廷から派遣されて常駐している研究員からは、皇帝土竜が通った洞窟は魔獣や動物が迷い込み、ダンジョン化する可能性が示唆されていた。

 近付きつつある冬の寒さをしのぐために多くの生き物たちが迷い込み、雪によって閉じ込められて天然の蠱毒と化した洞窟は、不安定なこの世界ではたった一冬で劇的な変化を遂げる。繁殖と衰退を繰り返し、新たな魔獣が生まれ、巨大なダンジョンと化すのだ。

 鉱石の配置、生き物たちの生息数などの調査を依頼されたグレーウルフは、城壁のすぐそばでぽっかりと口を開けている皇帝土竜が空けた大穴に飛び込んだ。

 他にも出入り口があれば想定より多くの獣が迷い込んでしまう。そうなれば、来年の春、雪解けの季節にこの城塞都市はスタンピードに見舞われることだろう。

 グレーウルフはいつものように神経質なまでに準備を整え、慎重に進んだ。幼体の皇帝土竜が掘った穴が落とし穴のように機能する場合もあれば、ゴブリンが意図的に落とし穴を掘ることもある。未踏の地というのは斯様に危険なものだ。

 角から突然飛び出してくるホーンウルフやオークにも危なげなく対処し、肉や毛皮を臨時収入として手に入れていた。

「この前空いたばかりのはずなのに、結構入り込んでるな」

「そうですね。森の中にいくつか横穴があるかもしれません」

「資源はもったいないが、場合によっては埋めるように進言する必要があるか」

「あるいは大規模な罠を設置して万が一スタンピードが発生しても一網打尽に出来るようにするとか」

「そもそも森の中に複数の穴があるなら、対処しようがないじゃない」

「森の中は広大だからそっちから出た分はバラけるだろ。問題は城壁前の穴だけだ」

 オイルランタンを中心に食事をしながら議論を交わす。食事と言っても乾燥肉と乾パンを水代わりのワインで流し込むだけだ。空腹を紛らわせて動けるだけのカロリーを摂取するだけの食事だった。


 休息後、緊急時用のスクロール、カナリアの健康状態を確認していた所を傷だらけのホーンウルフが群れで襲ってきた。鬼気迫る迫力だったが、連携に精彩を欠き彼らの敵にはなりえなかった。

「何かに襲われて逃げてきたようだが」

 リリーがホーンウルフの傷口を検める。

「スパイラルラビットみたいですね」

 ホーンウルフの脇腹には渦巻き状の傷があった。これはスパイラルラビットが発達した爪を前に突き出して自身を回転させながら突っ込んでくる際によくできる傷だ。幼体では皮膚を切り裂く程度だが、過去成体のスパイラルラビットの突進をもろに受けて革の鎧ごと胴体を貫通したという報告が上がっている。

「オオカミがウサギにやられたってのかよ」

「少なくとも私たち冒険者からすればスパイラルラビットは厄介な魔物ですよ」

 そうリリーは言い返したが、リリー自身も疑問をぬぐえなかった。一般的な規模のスパイラルラビットの群れと、ホーンウルフの群れがぶつかった場合軍配はホーンウルフに上がる。ホーンウルフは7頭前後で統率のとれた動きをするが、スパイラルラビットは一羽のオスを中心に5、6羽のメスが付き従い、危機に瀕した時はオスもメスもなく遮二無二敵に突撃する。群れの数はだいたい同じだとしても体格差が絶望的だ。体長2メートルにもなる大型のホーンウルフに子犬程度の大きさしかないスパイラルラビットが同数で勝てるはずがない。

「胴体を貫通するほどの攻撃ができる個体が混じっていて、ここにいるホーンウルフは残党でしかない可能性もあるか」

「ホーンウルフもスパイラルラビットも大規模な群れを形成していたという事ですね」

「となると、冬を待たずしてスタンピードがすでに起きかけている……?」

 個体数の爆発的な増加と聞くとまず冒険者はスタンピードを警戒する。一度発生すれば城塞都市ですら一飲みにされる災厄となる。とは言え、広いダンジョンであれば散発的に大規模な群れが発生することも珍しくはない。何か爆発的な繁殖を支えるカロリー原が無ければ連鎖的な多くの種族の増殖を支えることはできない。

「これだ」

 警戒を強めつつさらに探索を進めていたグレーウルフは巨大なワームの死骸の一部が転がっている開けた場所にたどり着いた。

 地表付近を撫でるように開けられた洞窟は3本の皇帝モグラの通り道が交差し、広い空間を形成していた。

 天井には自然に崩落したと思われる穴が空いており、陽光が差し込んでいた。ワームは腐敗し始めていたが、皮の部分が硬いためか残されている以外は殆ど食べ尽くされており、周辺には草花が生い茂っていた。

 ワームの死骸を食べに集まった動物や魔物が落とした糞に虫や微生物が群がり、それを養分に草花が生える。それを草食の生物が食べ、それを更に肉食の生物が狙うという食物連鎖が成立していた。

 その上、草花の一部は洞窟内の薄暗い環境に順応しつつあり、陽光が当たらないほうにまで生えているものがあった。場合によっては植物でありながら魔物になっているのかもしれない。

「こんなに大きなワーム聞いたこともありません」

「焼き払うべき?」

 率直なアリスの疑問に冒険者として先輩にあたるリーダーのマルクは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。焼き払えるのならその方が話は早い。上部に空いた穴を地上から特定し、そこから大規模な炎魔法を投下すれば身の安全を確保しながら焼き払うことも可能かもしれない。しかし、このダンジョンにはすでにグレーウルフ以外の命知らずの冒険者が入り込んでいる。

 それに、大規模な炎魔法と言っても周辺から魔法使いをかき集めても十分な規模を焼き尽くせるかわからない。六方向にのびるトンネルのうち、既に植物が生えている範囲がどの程度かわからないのだ。そして食い尽くされた巨大なワームの残骸。一体どれだけの魔物がこのダンジョンに繁殖してしまっているのだろうか。

「一度帰還してギルドに報告する。事は一刻を争うかもしれない」

 そう決断してメンバーの意志を確認しようと周囲を見回すマルク。アリスがいない。

「アリス?」

「きゃあ!!」

 リリーが倒れながら叫び声をあげる。

「リーダー!!」

 叫びながら指をさす盾役のヴァンダ。その先には猿轡を噛まされゴブリンに引きずられるアリスの姿があった。

 アリスは城塞都市近くに空いた入り口からの一本道を背にしていたため、最も安全なはずだった。

 背後に回り込まれた? 脇道を見逃したのだろうか?

 焦燥と後悔が脳を支配しかけるが、マルクはそれを懸命に振り払い現在の状況分析を始める。

 索敵役のアリスが先に狙われたのはチームの中で最も体格が華奢だからに過ぎないかもしれないが、最も効果的にグレーウルフを混乱に陥れた。遠距離攻撃ができる後方支援である魔法使いのアリスが最初に落ちるというのは彼らにとって最悪のケースだった。

 ゴブリンたちはアリスに猿轡をはめて体勢を崩させると、リリーを背後から押し倒して城塞都市へ通ずる道の隣に空いている未探索の洞窟へとアリスを引きずっていっている。もし見失えば2度と見つけられないだろう。深追いが危険なことは当然理解していたが、応援を呼びに行く余裕はない。

 彼らは先の見えない暗闇に飛び込んでいった。




「何かあったかね?」

 帰ってくるなりリナリアはロナーの態度がおかしいことに目ざとく気付いた。

「別に何もないですよ」

 エスカは眠っている。予備頭脳は2つを交互に起動できるようになっているが、どちらも休ませているようだ。部屋の実験器具が念動力でふわふわ浮いていたり音響魔法でブツブツ独り言を言っていたりという彼が起きている時に起きる怪奇現象が鳴りを潜めている。

「怪しいな」

 リナリアは訝しみながらもドカッとソファーに身を沈めた。

「帰ったの? アリスは?」

 2階から降りてきたスミカはリナリアに尋ねる。部屋はオイルランタンのオレンジ色のぼんやりした灯りが照らしているだけだ。

「皇帝土竜の開けた大穴がダンジョン化してるんじゃないかってことで調査に行っているよ。数日は戻らないんじゃないか」

「そう。ところであなたは今日は何の依頼を受けてたの」

「くっく。聞きたいかね」

 スミカはエスカがこのところ大人しくしているので、休日はだいたい自室でごろごろしていた。退屈していた彼女はリナリアの冒険譚に耳を傾けた。

 ロナーも夕食の準備をしながら聞き耳を立てている。

 リナリアは得意げにワイバーンの単独討伐について語りだした。




 アリスが連れ去られ、最も機動力のあるマルクがヒカリゴケを撒きながら単独で追跡し、バッファー兼ヒーラーのリリーをヴァンダが護衛しながらそれに追随した。

 ゴブリンたちがたまり場にしていたのは、狭い亀裂から脇道に入った少し開けた空洞だった。もしかするとゴブリンたち自身によって作られた空間かもしれない。どこかから拾ってきたらしいサンライト鉱石が無造作に置かれていて、中はかなり明るかった。

 マルクは空洞の入り口で息を潜め様子を窺った。ゴブリンは追手を撒けたと楽観視しているようだ。戦果であるアリスを中心に盛り上がっている。10匹は居るだろうか。

 ゴブリンは1匹居たら周囲に3匹は居ると思えというのが定説だ。他に狩りに出かけているもの等を含めると30匹いると推定すべきだ。

 アリスははぐれた場合を想定して予定していた通り神聖魔法のリフレクションを発動していた。彼女の得意魔法ではないが、リリーが作成したスクロールを使用できる程度には神聖魔法の修練を積んだ。これでしばらくの間ゴブリン程度には彼女を傷つけることはできない。

 問題はどう彼女を救出するかだ。10匹でもアリスが満足に動けない状態では苦戦しかねない。殲滅は可能だろうが、時間がかかってしまうと仲間が戻ってきてしまうかもしれない。30匹近いゴブリン相手では殲滅できるか怪しくなる。

 思案しているところへリリーとヴァンダが合流した。

「アリスを解放してから魔法でゴブリンの数を減らしつつ混乱を誘いたいところだが」

「アリスがすぐに魔法を使えるかと、そもそも救出がスムーズにできるかという問題があるな」

「相手に一時的な盲目を付与するデバフをかけてみましょう。まだ習得したばかりなのでうまくいくかはわかりませんが」

「よし、時間も惜しい。うまくいくかどうかはともかくそれを合図に突入する」




 その日の夕食はワイバーンのステーキだった。リナリアが思い出したようにマジックバックからワイバーンのモモ肉を取り出し、ロナーに調理してもらったのだった。

 とはいえ、それは大人たちの夕食であり、私の夕食はいつものごとくロナーの母乳だった。まだ離乳は難しそうだ。作成したばかりのペンダントは涎掛けで覆われ、視界はもともとついている目から入ってくる輪郭のぼやけた明かりだけだった。

『そういえば今は魔物を食べるのはメジャーなのかね』

「忌避感があるという層も一定数いますけど、あの飢饉を経験した老人たちはまず好き嫌いしませんね。あの世代が食べられる魔物と食べられない魔物を区別し始めたので、今ではかなりノウハウが溜まりつつあります」

「動物とあまり変わらないよね。肉食の魔物は不味くて、草食は美味しい。雑食は食べてみないとわからない、みたいな」

 スミカがリナリアの説明を補足する。

「ワイバーンは肉食じゃないの?」

 ロナーは今食べているものが気に入ったらしく、2枚目を焼いて食べている。

「肉食ね。爬虫類、両棲類系は肉食でも結構美味しいのが多いかも」

「ワームって何系? 地底では結構食べてたんだけど」

「えっ」

「ワームって食べられるのかね?」

「結構美味しいけど、えっ、食べないの?」

『地底に居たような何メートルもあるようなワームは地上では珍しいよ。地上での認識ではただの虫だね』

「む、虫かあ」

 ロナーはカルチャーショックを受けていた。いや、それはリナリアやスミカも同じか。

「ワームってそんなに大きくなるんですか、師匠?」

「こわ」

 スミカの率直な感想が沈黙を産んだ。楽しい食卓だったはずだが。




 アリスはマルクによって猿轡を外され、手が自由になった瞬間に、風系統のスクロールを連発した。

「こォ……のおお!!」

 ゴブリンたちは引き裂かれウィンドスラッシュから逃れられたものも、マルクに切り捨てられた。10匹は殲滅が完了したが、あっという間にゴブリンの仲間が群がってきた。

「まだいけるか!?」

「勿論!!!!」

「俺が時間を稼ぐ! 体勢を整えろ!」

 アリスとマルクの前にヴァンダが躍り出る。その隙にアリスは大量のスクロールを取り出し、マルクはリリーから筋力強化のバフを受ける。

 アリスはウィンドショット、ウィンドスラッシュ、トルネードを続けざまに繰り出す。マルクは打ち漏らしを、元気な順に止めを刺していく……。

 

 ゴブリンの死体の処理で少々もめているグレーウルフ。

 左耳を切り取ったので討伐証明は問題ないが、死体をそのままにすると人間は食べなくても他の生物が食べるかもしれない。スタンピードを警戒している今そんな危険を放置できない。それだけでなく心臓を一突きにしてはあるが、過去ゴブリンの止めが甘く、左耳がないゴブリンが討伐されてギルドに苦情が来るケースがあったため、焼却処理が推奨されているのだが、ここは洞窟だ。炎系統の魔法は自分たちの首を絞めかねない。

 かといって穴を掘って埋設しようにも皇帝土竜の土魔法によってガッチガチに固められている洞窟の岩肌に穴を空けるのは至難の業だ。

「エスカさんに相談するか」

「そうね、ちょっと疲れたわ」

 結局今の装備では対処不能という結論に至り、グレーウルフは帰途に就いた。




『マジックバッグをあげるから、それで運んで地上で焼却すればいいよ』

「35体のゴブリンですよ? そんな量入るマジックバッグあります?」

『私のお手製だからね。そんじょそこらのマジックバッグとは違うよ』

「それ貰えるんでしたら、今回の調査でもっと素材を持ち帰れたのでは」

「言うな」

 大きなことを言ったがこのマジックバッグはこの世界に存在している空間を歪めて広げているだけだから、亜空間を使用している私のインベントリほどの量は入らない。せいぜい家一軒分といったところだ。貴族間で流通している物よりは少し入るという程度に過ぎない。

 グレーウルフはへとへとな様子だったが、日を跨ぐとゴブリンの死骸が食い荒らされる可能性があるという事で十分程度休憩をしただけで、すでに日は落ちているというのにとんぼ返りしていった。ついでに冒険者ギルドの関係者であるリナリアとスミカにスタンピードの可能性についてギルドマスターへの伝言をお願いしていた。リナリアは翌日でいいかと思っているのだろう、ソファから動く気配が無かったが、スミカはすぐに飛び出していった。

 ところで私の存在はこの城塞都市を拠点とする魔法使いの間では公然の秘密となっていた。

 原因はリナリアが言い触らしたのでも、アリスが口を滑らせたのでもなく私が皇帝土竜に放った四属性魔法だった。

 魔法使いはそれほど多くないので、ぼんやりとでもどこのパーティーの誰がどんな魔法を撃てるのか分かっているものらしい。

 あの乱戦の中、明らかに放たれている魔法が多く、妙に威力が強いものが混じっていることに殆どの魔法使いが気付いたようだ。

 みんなよく観察してるね。気付かれないように発射場所を空間魔法で変えて、威力も加減したのに。

 どうせばれるならちくちく中威力の魔法で皇帝土竜の体力を削らずに一気に仕留めてやれば苦しませずに済んだかもと思わないことも無かったが、後の祭りだった。

「エスカ、そろそろおねむの時間じゃない?」

『さっき少し寝たから眠くない』

 ロナーがさっさと寝かしつけようとしてくるので、私は抵抗した。せっかく目を作ったのだから、鑑定魔法が今どうなっているのか検証したい。

「師匠、ロナーを困らせてはいけませんよ。早く寝てください」

 リナリアまで私を寝かそうとしてくる。もしや二人で何か甘いものでも食べる気ではないだろうか。

 これは意地でも眠るわけには行かない。




 一度探索し、ある程度の魔物を討伐したばかりの洞窟をスムーズに進み、無事にゴブリンの死骸を回収したグレーウルフは前回気付かなかった、心臓部分に巨大な穴をぽっかりと開けたゴブリンの死骸を3体見つけた。

 疑いようもなくスパイラルラビットの被害者だった。恐らく別動隊がスパイラルラビットを食用に狩ろうとして返り討ちにあったのだろう。

「不気味だな。痕跡はあるのに一度もスパイラルラビットに遭遇しない」

「ホーンウルフとゴブリンで連戦して、あちらも隠れて体力を回復しているか、もしくは怪我が原因で息絶えているかもしれないよ」

「楽観視はできないが、今は遭遇しない幸運に感謝しよう」

「スパイラルラビット対策は必要だな。盾をどうするかな」

「軽い盾にして機動力をあげていなすように躱してはいかがですか」

「そうだなあ、いなした後の事も考えねえと、後衛に敵を通すわけにもいかねえし」

 スパイラルラビットの貫通力は脅威だった。戦略の練り直しをしなければ、ここで出会わなくとも、次の冒険、あるいはスタンピードで遭遇した時に命取りになる。

 次の戦略を話し合ううちに出口に無事たどり着き、城壁のすぐ外に穴を掘って無造作にゴブリンの死骸を投げ込むとアリスは呪文を唱え、火炎魔法を発動した。スクロールは作るのも手間だし、材料になる羊皮紙も高価だから時間に余裕がある時は呪文を詠唱して魔法を発動する。

 辺りに肉を焼くいい匂いと、髪や爪が燃える異臭が同時に漂った。

「腹減ったな」

「ゴブ肉が不味いって本当なのかな」

「食べてみればよろしくてよ」

「いやあ」

「匂いはうまそうなんだけどなあ」

「うちの爺さんが食うに困って食ったら吐いたって言ってた」

「食ったんだ」

「吐いたんだ」

 無駄話をしているうちに魔法の高い火力で灰になったゴブリンを埋め戻し、グレーウルフは常時騎士が見張りをしている城壁が崩れたところから中に戻った。城門が閉まる時間はとっくに過ぎていた。

 翌日いつもの時間にギルドで集合することにして各々の宿に戻る面々。

 アリスはいつ来るかわからないスタンピードに不安があったが、帰途に就く足取りは軽かった。

 リナリアが作るから早く帰ってこいと言っていたワイバーンの卵プリンは完成しているのだろうか。


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