表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/14

船頭多くして船、地底に沈む

 私が目を覚ますと、ぬめぬめとした明らかに土ではない壁に囲まれていた。予備頭脳を休ませるため肉体と共に眠っていたのが仇になったか。

 安全な土の中とは言え探知魔法は発動していたはずだが、何か巨大な生物に丸のみにされても反応しないという事は、土の中のような閉鎖的な環境では探知が十分機能しないと考えるべきか。

 不幸中の幸いだったのは即死していないという事だ。目が覚めたら胴体が真っ二つ、咀嚼されて見るも無残な状態などという事になっていなかったのは、私を捕食したのがツチガエルだったためだ。

 一般的な認識では土中から突如飛び出して冒険者を襲う巨大なカエルだが、せいぜい成人女性くらいの大きさだから、赤ん坊は丸のみに出来ても、成人した人間は丸のみに出来ず、余程の事が無い限りツチガエルに襲われて死亡することはない。私のように丸のみにされてそのまま消化されればその限りではないが。

 それにしても獲物を待ち受けるために土の中に身を隠している程度だと思われていたツチガエルが土中を土竜のように進み、遭遇した獲物を食べているというのは新しい発見だった。恐らく土中を進むために私と同じように土魔法を使用している。つまり分類が動物ではなく魔獣だったということだ。

 さて、ツチガエルは丸のみにした私を消化するために適当なところで掘り進むのを止め、食休みをしていた。だがそこを襲ったのが、巨大なワームだった。

 ワームは成人男性の小指程度の大きさが標準だが、長生きなほど巨大になることが知られ、記録に残っている最大値は全長2メートルである。そして私が丸のみにされている体高1.5メートルのツチガエルを飲み込んだワームは全長20メートルだった。

 土の中がこんなに危険だったとは予想だにしなかった。一体どこの誰が、土の中を移動すれば安全でメリットだらけ、女にもモテモテで、大金持ちになれるなどとのたまったのだろうか。当然のように土魔法で水中を泳ぐように土中を移動するワームは一体どこに私とツチガエルを連れて行くのだろうか。

 ちなみに私はマントに細工済みで消化されることはないが、さて、いつまでこいつらに付き合うか。ツチガエルは一応抵抗を試みているようだが、爪や角があるならまだしも、丸のみか体格を活かした体当たりぐらいしか能のない生き物ではどうにもならないようにも思える。何はともあれ、ワームが移動することで、私が身を隠すのにちょうどいいところまで連れて行ってくれれば楽でいいが。




「つまり、その魔獣はフェニックスとの縄張り争いに負けてどこかへ行ってしまったというのだな」

「そうだ、だから少なくともこの国は安全だろう」

 師匠に逃げられたリナリアは早々に引き上げ、ギルドへ報告に戻っていた。彼女の魂魄魔法を知るものは少ないが、危険度が極めて高い魔獣同士の争いをどうやって見届けたのかという説明に実演して見せると、ギルドマスターは飲みかけのコーヒーを口から垂らしながら驚いた。

「フェニックスの縄張りはどの範囲だったか」

「冒険者たちの証言から、火山を中心に王国を含むかなり広い範囲が縄張りだと推測されています」

 居合わせたギルドの受付が回答する。

 いろいろと言いたいことを飲み込んでいるロックは口元を歪ませながら、火山に登った時の事を思い出した。


 リナリアは恐らくこれまでフェニックスと思われてきたのだろう、炎の羽を生やした筋骨隆々の半裸男に親し気に声をかけていた。

「騎士団長! こんなところにいたのか」

「騎士団に居たのは昔の話……、おやリナリア殿ではないか。こんな場所で奇遇ですな」

 フェニックスの目撃談はここ数年の話ではない。彼女がエルフで年齢不詳なのは承知しているが、一体この男はいつから生きているのだろうか。

「ところでリナリア殿、この辺で人を見ませんでしたか、いたいけな赤子を捨てた非道の親なのですが」

「あそこで消し炭になってるのはちがうのか」

 そこには完全に炭化しているが、恐らくオークと思われる死体が転がっていた。

「おや、そんなところに」

「いや、それは」

 ロックがそれはオークだと否定しようとしたのを遮り、リナリアは問いかけた。

「ところで、赤子はどうした」

「いやあ、お恥ずかしながら、あまりの非道に我を忘れてしまって、見失ってしまいましたな」

 ロックは彼女がすでに見てきたと言っていた事の顛末をわざわざ騎士団長とやらに聞き取りしている理由がわからなかった。しかし、どうやら騎士団長はまともではなくなっているようでもあった。

 明確な殺意を以て赤ん坊を攻撃していた事をリナリアは不満そうにぼやいていた。にも拘らず、騎士団長は赤ん坊を見失ったと言っている。それも嘘を言っている様子もない。

 それに、騎士団長であればオークの体格くらいは知っているだろう。貧乏で赤子を捨てるような親が、恰幅のいい人間とは考えにくい事はわかりそうなものだ。

 ロックはリナリアが小さく「魂魄浸食」と呟いたのを聞いた。

「では我々が赤ん坊を探すとしよう」

「確かにこの身なりでは探し回るわけにもいきません。すまないがこの件は貴殿に任せるとしましょう」

 リナリアの嘘臭い笑顔に気付いているのかいないのか、騎士団長はそういうと空高く飛び立った。そうかと思うと、急に錐もみ降下し火口へと真っ逆さまに落ちて行った。

 その直前、ロックはリナリアの口が「落下せよ」、と動いていたように見えた。

「師匠に危害を加える者は許さない」

 ロックはリナリアが想像以上に恐ろしい存在なのだという事を確信した。何が起きたのかはわからない。しかし、リナリアは騎士団長に何らかの魔法を使用し、墜落させたのだ。

 あの騎士団長に死は訪れるのだろうか。恐らくヒト種を超える長い時間を生きているはずだ。一度も死んだことがなく生き続けていたのか、死んでも蘇るから生き続けていたのか。魂魄浸食という聞き覚えのない魔法は何なのか。

 追及して無事ではいられないと感じつつも、ロックは聞かずにはいられなかった。

「彼は一体……?」

「史上初の魔法騎士と呼ばれた男さ。しかし、彼には百年を超える孤独は堪えたらしい。私が引導をくれてやったのさ」

 騎士団長と呼ばれた男の正気を疑っていたロックはそのまま納得せざるを得なかった。リナリアは彼を手にかけた事を隠す気は無いようだったが、非難を許す気も無いようだった。

「リナリアさんの師匠という方は」

「ただでさえ方向音痴だからなあ。土の中など移動したら案外私たちの拠点の王都に着いてたなどという事になりかねない。予想を超えるという意味では私の故郷であるエルフの里かもしれないが。変に追いかけるより、情報収集に努めたほうが理にかなっているというものだ。彼は人里に出ようものなら目立たずにはいられない人だから」

 フェニックスの猛攻から逃れるために土の中へ避難していったと説明されていたロックは、まさか弟子であるリナリアからも逃げているとはつゆほども思わず、歩き出したリナリアの後に続いて帰路に就いたのだった。


 この国の事情もよくわからないし、これ以上自分の研究と関係のないことに首を突っ込むつもりもなかった。あのフェニックスと考えられていた元騎士団長とかいう男が恐らく火口へ落下して死亡していて、前世がリナリアの師匠という赤ん坊が逃亡している現在、何の脅威も無くなっているのだから、これが適当な落としどころなのだろうとロックは考えた。

 それよりもリナリアに付いて行ったことでお目当ての薬草を見つけることが出来た。宿に戻って早速研究をしたいと考えていた。

「ロック、それでは情報収集の件よろしく頼んだぞ」

「はい??」

 リナリアはロックに自分の師匠の行方に関する情報収集を押し付けようとしている。いや、彼女の事だ、自分も調べるがお前も別ルートで調べろという事だろう。

 ギルマスに助けを求める視線を送るが、視線を逸らされ助け舟は期待できそうにない。これまでの傍若無人の振る舞い、あの得体の知れない魂魄魔法、断ることなどロックにはできやしなかった。辛うじて絞り出せたのは報酬に関する要求だった。




 探知魔法をいじり倒したがやはり土の中だとほんの一メートル先さえ判然とせず、とても地上の様子を窺うことなどできない。水分だらけのツチガエルとワームの肉体については嫌というほど把握できたが、今自分がどこにいてどこに向かっているのか。

 とにかくワームは移動し続けている。重力によって上下はわかるが、それだけだ。より多くの獲物を求めて市街地にでも出てくれればと期待していたものの、いい加減じれた私はツチガエルとワームの肉体を一気に貫くようなアイスニードルを放った。一発で二体の急所を貫けたのは探知魔法でこいつらの体内を探る時間が十分にあったためだ。

 私はてっきり土の中で動きを止めるだけだと思っていたのだが、急な浮遊感に襲われた。ワームは現在、一メートル程度ではない、数十メートル、あるいは百メートルを超える高さを落下している。赤ん坊の脳からは浮遊感に面白さを覚え、快楽物質があふれてはしゃいでいるのがわかる。

 落下するとは言ってもワームの肉体がある程度クッションになる事は明らかだった。さらに防御力を高める魔法を使えば完全な無傷で着地できることだろう。

 さては深い渓谷でも渡ろうとしていたのだろうか。

 落下の衝撃がある程度走り、ぬめぬめとした肉壁を切り開いて外へ出ようとするが、土の中から解放され探知魔法が機能し始めたことに気付き、ウィンドカッターを霧散させ先に周囲を探ることにした。

 ツチガエルと巨大ワームの肉体のせいで多少反響がぼやけているが、周囲に幾何学的な構造の建築物が乱立している。ほとんど真ん中に落ちたせいでいくつもの建築物が倒壊していた。周辺には瀕死の重傷を負ったらしい生物の反応がいくつもある。巨大ワームや倒壊した建築物によって潰されてしまったのだろう。建築物を念動力で持ち上げて重傷者を人目がつくところに移動させ、俗に神聖魔法と呼ばれる治癒を施す。魂とは関係なく生体が本来持つ生命力を前借して自然治癒力を高めることがこの魔法の本質だが、水魔法や念動力による補助をこまめに入れることで最小限の寿命短縮で済むように工夫してある。寿命なんてものは個人差が大きいから、この何十年か後に本来より短い寿命で死ぬことになっても、今の治癒魔法との因果関係を疑う者はあろうはずもないから、しなくてもいい工夫ではあるが。

 さて、探知魔法によれば、この都市は完全に土壁に覆われている。東西南北を城壁に囲まれているわけでは無く、削り出された剥き出しの地層に、天上を完全に覆っている岩肌。

 前世で土魔法を極めたドワーフが採掘中に地底都市を発見したという眉唾物の噂が流れたが、その後何の音沙汰もなかったので、目立ちたがり屋が流した嘘だったのだろうと考えていた。

 しかし、今しがたの経験を踏まえて考えると、一度奇跡的にここに到達したものの、再度調査しに潜ったところをあの巨大ワームにでも食われたか、下りて上に戻れなくなったかしたのではないかと予想できる。

 まさか、巨大ワームに船頭を任せていたら人の多い地上の都市ではなく、地底都市にたどりつくなど誰が予想できただろうか。あるいはツチガエルが抵抗したせいで巨大ワームにとっても予想外の場所にたどり着いた可能性も否定できない。こんなことなら食われてすぐに討伐してしまえばよかった。こんな地底深くに潜ってしまって、地上に出ることが可能なのだろうか。

 ひとまず、治癒の過程でこの地底都市の住民の肉体構造が地上の人々と全く同じであることを確認したから、人が集まりつつある状況で下手に巨大ワームとツチガエルを切り裂いて内部から出ていくと、魔法が使える謎の赤ん坊という事で注目が集まることは間違いない。

 治癒が完了して眠っている人々を避難させて人気が無くなるころを見計らって出ていくとしよう。待っている間暇なので、おなかも空いたことだしとホーンラビットの血と野生の豆を煮だして搾った乳白色の液体を混ぜて飲んでいると、急に本体の赤ん坊の目に光が飛び込んできたのに驚いてホーンラビットを落してしまった。

「おい見ろ! 赤ん坊が食われているぞ!」

「可哀想に、こんな死に方をするなんて」

 どうやら、地元住民が巨大ワームを食べるために解体していた所に、中からツチガエルが出てきてそれもどうやら鮮度が悪くないようだから食べようと解体していたら、その中からさらに赤ん坊とホーンラビットが出てきた、という事らしい。

 ともあれ死んだと思われて火葬されてはたまらないから、私は泣き声を上げた。いくらか思い通りに動けるようになってきた。

「信じられない! まだ生きているぞ!」

「お湯を用意しろ! 粘液でべたべただ!」

 かくして私は地底都市の住人に保護される運びになったのであった。




「まだそれらしい情報は見つかりませんね」

 ロックは酒場でつぶれているリナリアに声をかけた。

あれから2週間が経過していた。リナリアは故郷から連絡がこないか毎日2回はギルドの通信部に顔を出していた。

 リナリアの故郷は早馬を使った郵便では一か月はかかってしまうから、通信水晶を利用した伝言を待っていたのだ。それ以外にも心当たりのある街や城塞都市に声をかけているようだが、15年前に亡くなったというその師匠が転生しているなどという事を公にするわけには行かず、変な赤ん坊を見なかったか、という要領を得ない質問をせざるを得ない状態になっている。

「また、不死鳥の森のような人のいない場所に潜伏しているのではありませんか。どうも聞いた限り人間不信のようですし、数々の魔法を操ってあの魔境で生活できていた事を考えると、あえて誰かに保護されることを望まないようにも思えます」

「うう~、それでもわらしはししょうにあいたいんら」

 回らない呂律で子供のような事を言っている。しかし、ロックもそれほど敬愛する師匠が赤ん坊だというのに一人でいることが心配だという事もある程度は理解できる気がした。

「私、また手に入れたい薬草があるので、精霊の泉がある森の入り口付近で探索しようと思うんです。少し報告に間が空きますけど、人のいない場所に潜伏している可能性を考えたら、そういう場所の探索も必要じゃありませんか」

 ロックの提言に望み薄とは思いつつも、いつまでも帝都付近で待機させているのも無駄だと感じ始めていたリナリアは了承の意味を込めて手をひらひらと振った。




 この二週間は夢のような心地だった。

 あのワームの落下事故で重傷者、死者はいずれもおらず、「お岩様のご加護だ」という話を何度か耳にした。

 毎日清潔な布でくるまれ、布おむつの交換もしてもらい、乳母をあてがわれて真っ当な母乳を飲んで生活できた。まあ、ほとんど味覚が育っていないから、血との違いは判らないが、衛生面での安心感が段違いであった。

 そうして油断してしまったのだろう、予備頭脳をメンテナンスする時に稼働させるための第2予備頭脳を亜空間に作り出した錬金工房で作ることに熱中していた所、乳母に世話されていたはずの私の乳児の肉体がいつの間にか祭壇のようなところに供えられ、地底の住人たちがその真下に跪いていた。

「皆のもの、此度お岩様から下賜された赤ん坊を生贄に捧げ、今後25年の安息を得る。異議のあるものは居るか」

 司祭のような見た目の女の問いかけに民衆は口々に同意を示す。ほとんど言葉として聞き取れないような熱気のこもった叫び声がこだました。

 祭壇の真下、民衆の最前列には私の世話をしてくれた乳母が狂気のこもった瞳で「早く殺せー!」と叫んでいた。たった2週間だが、何か愛着とか沸いていてくれないものなのだろうか。

 ともあれ、腹は膨れているし、睡眠も十分にとってある。住人を皆殺しにするもよし、浮いて逃亡するもよし。

 気になっているのが、25年という具体的な期間の安息を得ると言っている事だった。赤ん坊の命でどんな脅威から逃れられるのだろうか、という好奇心がわいてしまった。

「なあなあ、母ちゃん、あの赤ん坊どうなるんだ」

「あの子はね、御霊喰に捧げられるのさ。そうすれば私たちは向こう25年は安全に生きられるからね」

「それってあの赤ん坊が死ぬってこと? 可哀想だよ」

「じゃあ、あんたが代わるかい」

 その目は母親のする目では無かったが、子供には覿面だった。誰も他人のために命を投げ出すなどしたくはない。しかし、ミタマグライとは何だろうか。

 そもそも、彼らの生活を2週間見てきたが、日常生活の中で巨大ワームやロックイグアナが土壁から飛び出して死傷者が出ていたのを見ている。私が食われたような20メートル超の大きさにはそう頻繁にはならない様だが、たった2週間の間で3メートルと5メートルのワームが住人を襲い、重傷者を出しながら討伐し、逆に住人の食料になるという事が起こっていた。地上では何十年かに一度2メートルのものが出現すれば大騒ぎになるというのに、ここではそれが日常なのだ。ロックイグアナが出現した時などは不意打ちを喰らった青年が右腕を喰われた挙句、出血多量で亡くなっている。

 つまり、生贄を捧げたところで死の不安から逃れられる訳ではないのだ。

 それに根拠のない日常抱える漠然とした不安を解消するためにこんな事をやっているかというとそれも違うように思える。

 何しろここは地底とは思えないほど豊かな都市で、イリョス鉱石が岩肌から露出し、地上が昼で暖かければ光り、夜間や天候が優れない時などは地中に伝わる僅かな温度変化で光りが減じる。つまり、地上の昼夜と同等の環境が整っていて、辺りに生えているヒカリゴケのおかげで完全な暗闇になることもない。

 食料面でも地上と遜色が無かった。牛が飼育されていて、畑は豊富な作物が育っていた。

 地上から見た地下水脈、この都市からは天上を渡る水脈だが、そこから流れ込む水が湖を形成している。地上で雨が降って増水していると思われる時などは、その湖周辺だけ雨が降っているようになるのだ。

 豊かな都市で余裕があるのだと思ったからこそ、住人の善意を信じ、乳母に私の世話を任せ、予備頭脳の拡充をしていたのだ。

 私の世話をしている乳母を気遣って、暇を見て私をあやしに来たり、食事を作りに来るものもあり、助け合いをしていたのが、まさかこの時のための準備だったとは。

 私は少しでも世話をしてもらった恩があるからとしばらく様子を見ることにした。ミタマグライが実体のある何かだったのなら倒してしまえばいい。どうにもならなそうなら当然自分一人で逃げるが。

 案の定、私は祭壇で殺されず、一通り何かの儀式をした後に、湖のある壁とは反対側の壁にある穴倉の中に連れ込まれた。私がバスケットごと地面に置かれると、住人を代表して連れてきた、祭壇で司祭風の女と共に民衆に呼び掛けていた男と、何人か若い男女が少し離れたところで様子を窺い始めた。

「何度も説明したがもう一度言うぞ。奴が現れて赤ん坊を喰った後、後退すればそのまま帰るが、前進した場合は俺からヤツに身を捧げる。そのあとは同じように後退すれば帰る、前進すれば決めた順番通りに身を捧げるのだ。間違っても攻撃したり急に走り出したりしてはいけない。お前たちだけじゃない、都市の住人全員が死んでしまうからだ」

 どうやら、モンスターが街中で暴れないように、何人かが決死の覚悟で生贄になるという事らしい。攻撃したり走り出すと興奮して手が付けられなくなるのだろう。

「お岩様にお祈りしてはいかがですか」

 話の内容からこれは25年に一度同じ周期で襲ってくるのだろう。つまり、同行者の10代くらいの若者には初めての体験なのだ。死を恐れている様子はないが、別の手段があるならそれに越したことはないという程度の質問のようだった。

「時間が許す限りはしたさ。今もカンナギ様が祈りを捧げているはずだ。しかしこの村の創始者、土魔法の権化ともいえるヒロトアサノ様は今も石化の眠りから目覚めない。私が生まれた時からそうなのだ、今さら都合よく起きてもらえるとは思えない。そもそもあの石像が元は生きた人間だったなんて言い伝え、今の俺らに信じられるか?」

「確かにそうですね」

 笑いを漏らしながら30手前くらいの女性が同意する。

「俺たちは俺たちに出来ることをするしかないって訳ですか」

 その問いに無言でうなずくと、男は若者たちの顔を順番に見やり謝意を述べた。

 しかし、こうまで仲間思いの人々を見ると、私の乳母を務めたあの女性が今すぐにでも殺せというような気迫で叫んでいたのは何だったのだろうかという疑問を禁じ得ない。

「来たぞ」

 穴倉の入り口で待機している二十歳そこそこの男性にも緊張が走るのがわかる。この様子を見届けて次回につなぐ役割を任せられた青年だ。

 さて果たして何が現れるのか。空気を振動させるほどの威圧感を放ちながら暗闇から何かが近付いていた。




 ヒロトアサノは転移者であった。この作りかけの不安定な世界に別の世界で死の境に立たされたものが迷い込むことは度々あった。ほとんどは言葉の壁に躓き、排他的な城塞都市の住民に拒絶され、水や食料を調達できずに死んでいく。

 しかし、ヒロトは転移する前に得意としていたドラムと卓越した歌唱で人々に受け入れられた。城塞都市の人々には異国の言葉で歌詞の意味は理解できなかったが、侵略を返り討ちにしたばかりの疲弊した人々を楽しませた。

 広場で買い物客相手に日銭を稼いで、宿屋で生活する。時たま質の悪い兵士に金を巻き上げられて野宿する羽目になることもあったが、ヒロトは他の宿無しの人々と共に寒さをしのいだ。

 ヒロトの境遇を詳しくはわからずとも気の毒に思った宿屋の娘が根気強く言葉を教えてくれたため、簡単な日常会話は2カ月もすればできるようになっていた。

 契機は言葉の勉強になるかもしれないと手に入れた一冊の本だった。貴族のパーティーで演奏を依頼されたが、結局市井で話題の演奏は高貴な人々には受け入れられず、されども報酬としてその本を受け取ったのだった。貴族にとってはありふれた本だった。

 その本は土属性の魔導書で、レンガ造りやストーンバレットなど日常で使える簡単な、大地を司るものとの契約なしで使える魔法が記されていた。簡単といっても全員が使えるようになるわけでは無いが、幸いヒロトには適性があり、読み進めるたびに使えるようになる魔法に魅入られていった。

 転移してから3年が経ち、言葉を流暢に話せるようになったころ、大地を司るものと契約を交わした。

 読み込んでぼろぼろになった魔導書は自ら写本を製作し3冊目を書き始めたところだった。今まで書けども書けどもうんともすんとも言わなかった魔法陣が突然発動したのだ。

 魔法陣から顔を出した大地を司るものとヒロトは契約を結び、複雑な土魔法を使うことが可能になった。

 一度魔法陣が発動してからは早かった。コツをつかんだヒロトは今まで理解しきれていなかった魔法陣の意味を理解できるようになり、いつしか自ら新たな魔法陣を開発するに至った。

 やがて土の魔人と化したヒロトは魔法陣を必要とせず、地中を自在に移動できるようになり、地底に空洞を見つけた。イリョス鉱石の鉱床で地上のように昼夜があり、地下水脈から滴る水が湖を形成する美しい場所だった。

 きっかけは何だったか、ありふれた侵略戦争の犠牲者たちを見た時だったかもしれない。それまで暮らしていた城塞都市から追い出された者、新たな領主に理不尽に農地を奪われた農民、死亡した兵士の子供たち。

 かつての自分のように帰る家を無くした人々を見て、ヒロトは地底に都市を築くことにした。

 困っているのがヒロトだけであれば、卓越した土魔法を頼るものも、食事を盛り上げる演奏を依頼するものもいた。収益で2、3人ならば養えたかもしれないが、傷つき安寧の地を求める人々を導いていきたいと考えたのだ。

 地上で村を作ることもできたが、ある程度栄えてしまうと略奪の危険にさらされながら生きなければならない。ヒロトにとっては地底の空洞に人々を受け入れる以外の考えはなかった。

 地底での生活は、予想外のワームやロックイグアナ等、自分のように地中を自在に移動できるモンスターによって脅かされることもあったが、おおむね順調だった。ヒロトが地上で調達してきた牛や植物の種を住人たちは育てた。

 質素な生活ながら侵略の危険から解放され、人々は幸せだった。

 ヒロトは地底の空洞を拡張し、土魔法で家をあっという間に用意し、地上で帰る家を無くしたものの意志を確認して新たな住人を獲得していった。中には最初から断るもの、一度地底都市で生活したものの、なじめずに地上へ戻ることを望むものもいた。ヒロトは極力本人の意思を尊重していた。

 住人が2万人を超えた頃、それは起こった。

 生体の魔人が現れたのだ。対話が可能な状態ではなかったので、住民全員が一丸となって対抗した。生体の魔人はこの地底都市にたどり着いた時に使用していたと思われる空洞に逃げ込んだ。

 その空洞はワームやツチガエルなど土魔法を使用できるものが土中を泳ぐように移動するのとは異なり、土を掘って進む皇帝土竜によって作られた空洞だった。

 皇帝土竜の幼体は成人男性程度の体長だが、成体になると体長が10メートルを超える。そんな魔物が鋭い爪を魔法で強化して地中を掘り進むのだ。地上付近を掘った時などは、陥没が発生し、原因不明の陥没として被害者は泣き寝入りするしかない。

 生体の魔人は洞窟内で休むつもりだったのだろうが、ヒロトを筆頭に住民たちは洞窟前に集まった。ヒロトは住民たちの先頭に立ち、中に侵入した。

 直面した成体の魔人は攻撃を受けて衰弱したことでわずかに正気を取り戻し、ヒロトに言った。

「私はこの体になってから、生体から生命力を吸収しないと正気を取り戻せなくなってしまったのです。人間一人分の生命力を得られれば25年は正気でいられます」

「もうすでに我々の仲間が犠牲になっている。確認できただけでも20人は死んでいるんだぞ」

「それは攻撃をしたに過ぎないからです。生命力の吸収はできていません」

「何人かから少しずつ生命力を受け取るわけには行かないのか」

 ヒロトはこんな地底深くまで迷い込んでいる生体の魔人の事情を推測できていたが聞かずに判断するわけには行かなかった。

「生命力の吸収が必要になっている時、私は正気ではありません。力加減などは不可能です」

 ヒロトがさらに交渉をしようと口を開いたが、生体の魔人はさらに言葉をつづけた。

「どうして」

 ヒロトや住民は彼の我慢が限界に近いことを悟った。

「どうして誰も犠牲にしたくなかったのに、逃げ込んだこんな地底の奥底で暮らしているんだ!!」

「みんな逃げろ!!」

「ヒロトさんは!?」

「俺はここで壁を作る!」

「槍での牽制くらいは必要だろ?」

 当時ヒロトの右腕として活躍していた元軍属の男がその隣に立った。

「すまない、頼む」

「いいってことよ」

 二人は生体の魔人と対峙した。

 ヒロトが壁を生成し、元軍属の男が槍で魔人を近づけまいとする。

 しかし、ヒロトは自分の生命力が吸われ始めていることに気付いた。そこで、壁を築く時間を稼ぐために土魔法で自分の体に障壁を張ろうとした。

 それが初めての試みだったヒロトは生命力を吸い取る力の強さに対抗するために肉体の一部も強固な鉱石と化すよう魔法を細工していった。必死に抵抗していくうちに加減を間違えてしまったヒロトは自らの体全てを鉱石に変化させてしまった。

 後に残された元軍属の男は、槍で魔人の体を貫きつつも、生命力の全てを奪われてしまい絶命した。

 生体の魔人はそのまま穴倉の奥に姿を消し、戻ってきた住民たちは惨状を目の当たりにすることになる。

 住民はヒロトが鉱石化した像を移動して祀った。元軍属の男は丁重に葬られた。

 避難する直前にヒロトと魔人のやり取りを聞いていた住民は現在の習慣を作り上げたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ