成功は思考を鈍らせる
一般に財宝が隠されている迷宮はダンジョンと一括りにされるが、その由来は多岐に渡る。
皇帝土竜が掘り進んだ洞窟は記憶に新しいが、地殻変動で生じた地下空洞や、滅んだ古代文明の遺跡、狂った魔術師が自らの財宝を守るために作り上げた迷宮、古い王族の墳墓などがそれにあたる。
語源となった最古のダンジョンはとある強国に挟まれた小さな国の王族が、撤退のために長年にわたって増設を続けた主君の塔地下に広がる巨大迷路である。
攻め入られた時に最終手段として王族や民を逃がすための逃走経路だった。
実際にそうなった時に王族は可能な限りの領民を連れて撤退、迷路の地図もその際に持ち出されたため、攻め入った大国は攻略に長年費やすこととなった。
迷路内には王族が蓄えていた財宝が点在しているだけでなく、迷い込んだ盗賊が残したと思われる財宝もあり、複数あると思われる出入り口から侵入した魔物や、迷い込んだ浮浪者や出口がわからくなって餓死した盗賊がアンデッド化したものが出現したと記録には残されている。
ヒロトはマイケルに連れられ、宮廷魔術師のヤンを通じて気乗りしないまま国王への謁見までとんとん拍子で進んだ。
謁見と言っても公的なものではなく、宮廷内での宮廷魔術師からの報告として会議場に連れ出されたのである。
というのも、かねてからヤンは王国内でのダンジョン資源の枯渇について国王から相談を受けており、その解決策としてヒロトやマイケルを連れて来たのである。
ダンジョン資源はその多くは過去誰かが蓄えたものである。
このローレンツ王国はできてから300年の間数々のダンジョンを踏破することで栄えてきたが、無限に思われるほど潤沢に見えた資源も、実のところ有限であり、300年という月日は資源を枯渇させるには十分であった。
過去の誰かの資産を食いつぶすことで生きながらえてきた王国は、農業や工業があまり発達しておらず、ダンジョン資源が完全に枯渇してしまった場合、貿易に頼っていた分に回す資産がなくなり、一気に食料不足に陥る。
そこで新たなダンジョンが見つかるかが国王の最大の関心ごとで、先ごろカザフ辺境伯領で見つかった皇帝土竜の巣穴は期待視されているものの、人工的な文明の跡ではなく魔獣が作り出した穴という事で食肉や毛皮などの魔獣素材以上は期待できなかった。
まだ発見されていないだけで実のところ希少鉱石も採掘できるのだが、王国や冒険者ギルドはそれを把握しておらず、国王は財宝が埋まっているようなダンジョンがないものか探させていたのだ。
そこでヤンからもたらされた提案というのが、卓越した土魔法の使い手であるヒロトアサノにダンジョンを作らせ、自分がかねてから研究していた魔物を放出し、国内外の冒険者たちに挑戦させるというものである。
ヤンは魔物の強化についての研究をしたいだけだったので、食肉や魔物の素材を安定的に生産する狩場として、一種の魔物農場のようなダンジョンを提案したに過ぎなかったが、国王は財宝がなければ冒険者たちは熱心にダンジョンに通わないだろうと指摘した。
そこへマイケルがダンジョン内で息絶えた者はダンジョンに吸収されるようにして、装備品や身に着けている貴重品を宝箱に入れれば、それ目当てに冒険者が集まり、また倒れた冒険者が装備品を落す循環を作れると進言した。
「これで永久機関の完成デース。ノーベル賞は私のものデース!」
マイケルはこの世界では誰にも伝わらない転移前の世界で読んだ漫画に似たセリフをのたまうと、転移前の世界でやったゲームに出てくる宝箱に擬態する魔物ミミックを説明した。
金属を探して貯える性質を持たせ、金属が胃の中にある場合は内臓が収縮、木製の内壁に擬態しただの宝箱として機能するが、金属が取り出されて空っぽの状態になってからしばらくすると内臓が活性化し、ミミックとして開けた者を襲ったり、近くにある金属を含むものを取り込み、金属以外のものを消化するというダンジョン特有の魔物を開発して放てばいいというのだ。
人の命が奪われることをなんとも思っていない面々にイライラしながら、ヒロトは目覚めてからの事や、目覚める前の事を思い出していた。
300年の眠りから目覚めたヒロトアサノには当時の知り合いはおらず、ただ自分が神か何かとして崇められるという環境が残っていた。
そして最も傍についてくるカンナギには見覚えがあった。彼女はヒロトが石化する前に建国されたばかりのごたごたの中で保護したローレンツ王国の第二王女に瓜二つだったのである。
話を聞くと、カンナギという名前は世襲制で、ヒロトに助けられた王女を祖先とする娘たちが代々受け継ぎ、現在まで脈々と続いてきたのだという。
ヒロトは当時ピエルとの戦いで敗れた事で、都市の民を地底に閉じ込めることになり、定期的に暴走したピエルによる犠牲者が出る状況を作り出してしまったことを悔いていたが、王女を国元に戻すという約束も守れなかったことを思い知らされたのだった。
ヒロトは一晩泣き明かしたが、今生きている地底都市の民のために生きることで罪滅ぼしをしようと決意した。
だが、現在目の前にいる国王はカンナギとは似ても似つかない醜悪な男であった。しかし一方でこの小憎たらしい顔には別の場所で見覚えがあった。
小氷期が始まったばかりの当時、ローレンツ王国は急な気温の低下に対応できず農作物がうまく育たたなくなり、慢性的な食糧不足に悩まされていた。
当時の国王クリサンテモ・デ・ローレンツはあの手この手で食料調達をしようとしたが、どれも決定的な解決策にはならず、民の不安は最高潮に達していた。
そこへ、地元の冒険者が発見したダンジョン資源を国王に秘匿し活用することで力を付けてきた国王のいとこでもあるラウレル・デ・ローレンツ伯爵が反国王派の貴族を抱き込みはじめ、間諜を走らせて国王派の貴族の領地で民を唆し暴動を起こさせ、一気に国王派の力を削いでいった。
飢饉という国の有事に少しの油を注ぐことで一気に国民の不満は爆発、驚くほどあっけなく簒奪は成し遂げられたのである。
その悲劇の中でヒロトは暴徒と化した市民に襲われていた第二王女を救出、国王に事態が鎮静化するまで守って欲しいと託され、高笑いと共に民衆を率いてやってきたダンジョン貴族、ラウレル伯爵の顔を目に焼き付けながら撤退したのだった。
あの顔を忘れるはずがない。
とはいえ、時代は変わり、300年の間ダンジョン資源を有効活用するという政策が功を奏して、王国は栄え続けてきていた。
当人たちにとって悲劇であっても市民たちにとっては余程の圧政を強いられない限りは、為政者の移り変わりなど他人事なのである。
今更カンナギが正当な王家の血筋だと主張したところで、300年前の事など市民たちには知ったことではない。
それにヒロトは石化が解けてから何度か地上に出てギルドに素材を持ち込む交渉しつつ街を散策し、市民たちが国王に不満を持っている様子もない事を目の当たりにしていた。
そう思ってヒロトは新たな王と事を構えることもないだろうと腰を低くしていたが、結局の所この王国は故人が積み上げてきたものを奪うことで栄えた咎人の国なのである。
農民もいるが、ほとんどの食料を貿易で賄えばどうにでもなると考えているこの国では農民の地位は非常に低い。他の国でも決して高くはないが、この国ほど農民を顧みない国は無いだろう。
そのため、依存しているダンジョン資源が無くなってしまうと、農業、漁業が発展していないこの国はあっという間に弱体化する。
実のところ、気候が暖かくなりつつある今、王国内で農業を発展させようといくつかの支援策を打ち出したものの、ほとんどの市民が蔑んでいる農民になどなりたがらず、一部の者が新たに農業を始めようとしてもノウハウがない為、失敗に終わってしまう。
ヒロトはそうした市民の職業差別的な雰囲気も街を散策する中で感じ取っていた。
所有者はとっくに亡くなっているとはいえ、略奪したものの上で生活することに慣れきってしまったのだろう。ダンジョンがどうしても見つからないとなれば、他国への侵略を始めるに違いない。
(この国はもうだめだ)
討伐した魔獣の素材を売る以上の関係性を持つべきではないとぼんやり考えていた所に、今回の話が舞い込んできたのである。
「なるほど、資源が循環するダンジョンか。他国の冒険者がダンジョン内で死ねば装備などを落すからそれで丸儲けという訳だな」
現国王パハリージャは自国さえ何とかなれば良いという本音を隠そうともしなかった。
窓から差し込む西日が隅に用意された椅子に座るヒロトの顔にだけ妙に強く当たり、責め苛んでいた。
「時に、地底都市とやらはどうなんだ? ダンジョンなのか? 攻略可能か?」
パハリージャはヒロトが地底都市の人間とは知らされておらず、大地魔法の権威で、ダンジョン作成に一役買う予定という認識しかなかったために、まだ正式に報告を受けていない地底都市について尋ねた。
これがヒロトの逆鱗に触れた。
マイケルは国王にそれとなく、地底都市は一つの国として良好な関係を築く方針でやり取りをしていると伝えたが、迂遠な言い回しになってしまった為に、国王に冒険者ギルドがダンジョンを占有しようとしているのではと疑念を抱かせ、反発を招いてしまった。
「何を馬鹿な。我が王国の地下に勝手に居座っている連中に遠慮することなどない。皇帝土竜の巣穴ダンジョンと地続きの攻略対象として扱えばよい。金になる貴金属があればなおよいな」
ヒロトは国民が不満を持ち暴徒と化した時の事を思い返した。
(この起点を逃したら止めることはできなくなるかもしれない)
マイケルは珍しく顔色を悪くしていた。自己中心的な人間だが、他人の心情の機微に疎いわけではない。ヒロトと地底都市の経緯は概要しか聞いていないが、それだけでも国王の打ち出した方針がまずいことは明らかだった。その上あの国王の反応を見るに、翻意は不可能か、可能でも困難を極めそうだ。それにヒロトは地底都市に帰れば地上の事情など知ったことではないのだ。
当初は敵味方がはっきりしていなかったとはいえ、結果としてマイケルの行動により、敵首魁が味方陣営の懐に入り込んでしまったのだ。ヤンの紹介とは言え背後関係を洗い出していない人物を国王の前に連れてくることを良しとした護衛にも非はあるが、ダンジョン関連はヤンに大きな権限を与えていたのはそもそも国王自身であるから自業自得ともいえる。
ヒロトは怒りと不安、焦燥が入り混じった複雑な表情をしていた。従者として付いてきていたピエルはヒロトに耳打ちした。
「ヒロト、あなたのしたいことをしてください。私はどこまででも付いていきます」
カンナギもその言葉が聞こえたのか、ヒロトをまっすぐ見つめ、頷いた。
ヒロトは手をあげ、発言する意思を示した。
議場では不敬だのと言葉が上がったが、国王はそれを制止し、発言を促した。
「ローレンツ王国国王パハリージャ、その言葉、地底都市ガラリアへの宣戦布告と受け止める」
ヒロトの言葉に今度は誰もがあっけにとられ、茫然とした。
「だがよ、俺たちの国を国と認めないなら、これは戦争ではなく生存競争だ。外交もくそもねえただの殺し合い。だから流れる血が一番少ない方法をとるぜ」
ヒロトはそういうと、右手をかざし国王は勿論周囲の要職に就く貴族たちを巻き込んで巨大な塔を作り上げた。
「ピエル、国王たちの生命を核にして土くれのダンジョンが常に変化し続けるようにできるか」
「ヒロト?」
「お望み通り王国には永久に攻略が不可能な、成長するダンジョンをプレゼントしてやる」
「なるほど。任せてください。竹のように地下を通じて王国全土に広がり、天高く伸び続けるダンジョンを創りましょう」
「スンバラシイイイイイイデエエエス!!!!」
ダンジョン作成に巻き込まれなかった執事や給仕係に紛れてマイケルが歓喜の声をあげる。
「良い魔物農場が出来たようだね。じゃあ早速私の研究成果を放ってみるかな」
ヤンもうきうきした様子でそんなことを言っており、巻き込まれた王侯貴族、顔面蒼白の執事や給仕係の事など意にも介していない。
「お前らそれでいいのか……?」
ヒロトは自分たちの興味関心のあること以外何も考えていなさそうな二人を呆れた顔で眺める。
「私にとって最悪のシナリオはあなたが怒って地底都市に帰ってしまう事デシた。まさかあの流れでダンジョンを作ってもらえるトハ! あなたは神デェス!!」
「そう! ヒロト様は神なのです!!」
神という言葉に反応したカンナギが同調する。
「このダンジョンは成長するダンジョン。……いや、世界を前進させるプログレッシブダンジョンとなるでショウ!!」
マイケルはそう叫ぶと、奇跡を目の当たりにして興奮気味のカンナギと意気投合して何やら話始めた。
しばらくダンジョンのコアを創っているピエルや次々と魔物を放り込みまくっているヤンを眺めていたヒロトはふと気づいたように周囲の者に尋ねた。
執事や給仕係は呆然自失から回復していない者、逃げ出す者、立ち止まって事の成り行きを見定めようとするものなど多様だった。
「そういや国王が居なくなって政治はどうする? 跡継ぎでもいるのか?」
カンナギと話し込んでいたマイケルがヒロトを不思議なことを言うという目で眺めながら答える。
「普通に考えたら国王を倒したヒロトサンが次の統治者デエス。しかし、王国の所有権を放棄するというのなら、ほら、やっと来たあいつらを丸め込んで、ギルド主体で合議制国家を作るかあるいは……」
カンナギに視線を向けるマイケルが言葉を切ると、無くなった階段の代わりにはしごを渡して騎士団が乗り込んできた。国王の護衛についていたそれなりに高位の貴族出身である騎士団長も国王に巻き込まれており、他の騎士は副団長に指示を仰ぐため全員が撤退していた。
「突入! ダンジョンを生成したという魔法使いを捕らえろ!! 騎士団の誇りにかけて下手人を捕らえるのだ!!!」
副団長は青筋をみなぎらせながら騎士たちに指示を出した。
どうも面倒なことになったようだ。
国王の元に向かったマイケル、ヒロト、そして宮廷魔術師のヤンは王国側との対話が決裂したようで、城の西側にある会議室を巻き込み、王宮の敷地を大きくはみ出し巨大な塔が聳え立つこととなった。
あれはヒロトの土魔法に違いない。
事前の話からしてダンジョンのガワをヒロトが創り、こまごまとした運営をマイケルらがやるのだろう。
ヒロトがあの手の話に乗るとは意外だったが、結局3人が出会った時点で、ダンジョンが作成されるのは確定事項で、後はタイミングと場所の問題でしかなかったかもしれない。
そもそも魔人に対して現象を司る者たちが期待している役割とは世界を揺さぶり、より強固に基礎を固めることなのである。
そのため、魔人は念動力由来の質量保存の法則に縛られた魔法ではなく、創世術由来の魔法を託されている。
そもそもこの世界において人が使う魔法とは念動力で説明ができる。
念動力によって空気中の窒素、あるいは大地に敷き詰められている珪素、その他あらゆる物質の原子を構成する電子や陽子に直接介入し、可燃性物質と酸素を作り出し、着火のための熱を摩擦力などから起こし、それによって出来上がった火の玉を念動力で撃ちだすというのがファイアーボールの原理である。
そのため、魔導書によってファイアーボールの詠唱も異なり、効率や威力も異なる。
既にある酸素をそのまま使う場合と、他の原子を酸素原子に切り替えてから使用する方法では発動速度に差が出るのは明白である。
しかし、普通の人間が目に見えない電子や陽子を一つ一つ念動力で操作するなどという事は不可能である。そこで、魔術師たちの要望を元に現象を司る者たちが術として詠唱や魔法陣でどのような現象を起こしたいかをスキーム化したものが魔法なのである。
つまりは新魔法を開発するという事は現象を司る者たちを召喚するという事でもある。
ところが、魔人や現象を司る者たちが使用する創世術は物質をゼロから作り出す。
いわば、人々が使う魔法が想像力をフル活用して今ある物質を元に行使される力である一方で、魔人が使う魔法は妄想をそのまま具現化するほどの力を持っているのである。
マイケルに対し、魔力や魔素は世界に存在しないと断言したものの、彼らが本気になれば、世界を魔力や魔素という存在しない力や物質で満たすことも可能なのである。
今般のダンジョンと思しき塔も、あるいは世界に新たな価値を生み出すきっかけになるかもしれない。
しかし、それはそれ、これはこれ。
王国の中枢にあんなドデカい塔を作り出して、政治が混乱しないはずがない。
魔人たちによる世界の揺さぶりがこの王国を滅ぼすことは十分にありうる。
『地底都市の魔獣素材、手に入るのかな』
私のつぶやきは宿の二階にも届く街の喧騒にかき消されていった。
アースバインドにより拘束された騎士団は、マイケルに説得されていた。
説得の障害となったのは、国王がダンジョンコアとなってしまい、死体が無い事で国王や主力貴族が死んだのか拘束されているだけなのか騎士団副団長が判断に悩んだことである。
しかし、下手人が我が物顔で王宮内の会議室を占拠し、巨大な塔が立ち上がり、あまつさえ魔法で難なく鍛え抜かれた騎士団が無力化されている。
最終的には副団長も折れ、話を聞くこととなった。
「つまり国王は崩御なされたと」
「その通りデス。お悔やみ申し上げマアス」
神妙な顔をしているつもりでもにやけ顔が隠しきれていないマイケルが拘束を解かれ会議室の椅子に座らされている副団長が忌々し気に睨みつける。騎士団の他の面々も拘束を解かれ、会議室の隅で整列して立っている。
マイケルは国王をダンジョンコアにしたことは伏せたが、塔作成に巻き込まれて死んだと副団長に伝えた。
「これからどうすれば……」
「このまま我々が王国を乗っ取り新政府を樹立することも考えマシたが、ここに居なかった貴族連中が許さないでショウし、交易相手の国も、支配者が変わりました、ハイそうですかという訳にもいかないデショウ」
副団長が顔をあげ、冒険者ギルドの統括を務めるこの男が何故ここにいるのかという疑問を解消できずにいるものの、さすがに常識はあって、何か良い案を出してくれるものと期待を持ってマイケルを見た。
「という懸念を持ちはしまシタが、よく考えてみたら別に力づくで押さえつければいいだけなので、新政府を樹立しマース!!」
顔を真っ青にして目の前の狂人相手にどう立ち回るべきか、希望の一切が断たれたことを悟った。
そもそもこの者たちの主張を鵜呑みにするならば、ダンジョン探索を好んで生業にする者たち以外は特に大きな生活の変化はない。むしろ、ダンジョン資源が枯渇しつつあった王国を立ち直らせるいい機会なのかもしれない。
その上、ヒロトアサノという魔法使いは土魔法の権威で、農作物の収穫量を増やすための指導をする方針を示している。
「それで、アナタはどうしマースか?」
副団長という椅子を辞して、市民として暮らすか、新政府樹立に協力するか、という事なのだろう。
副団長は国王を守れなかった責任を取って職を辞すべきという考えと、この狂人たちを見張るために新政府樹立にしがみつくべきという考えの間で揺れ動いた。
いや、もう答えはその時点で出ていたのだろう。しかし、世間がこの事態をどう評価するか、家族にどういう影響が出るかを心配していただけなのだ。
副団長は絞り出すように返答した。
騎士団全ての人員を割き、頭数さえ揃えれば反撃に出られるという意見もあったが、それが実行されることは無かった。
文官たちは国王以上にこの国がダンジョン資源に依存していることに危惧を抱いていたため、農業に力を入れる気のある者の簒奪は渡りに船であり、王宮内は真っ先に当面の資金繰りとして新たなダンジョンをどう市民に開放するかという調整に入った。
馬に跨った公示人が巨大なベルを持ち王都内の各所を練り歩く。
国王が崩御し、新政府樹立を主張する者たちが王宮内を占拠していることは明らかだった。
今後、それが実現するかは市民や各地の貴族の反応次第だろう。反発は免れないと思うが、力で押さえつけることは容易だと思われた。
恭順しないものを力で押さえつけて人々の心がついてくるかというと、それは否だ。しかし、強大な力の前では心がついてこられない者が淘汰されるだけの話でもある。
魔人の力はそれほど人類と隔絶されていた。
地底都市のように合議制の政治をしようとしているようだ。また当面は新ダンジョンを資金繰りの中心に据えるものの、農業や漁業を発展させるために支援を行うようだ。
ヒロトは根が真面目だから、政府運営が安定するまでは忙しくて王都から動けないだろう。それに農業というのは改良に時間がかかるものだ。
いくら大地の魔人と生体の魔人が手を組んでいても、農業の発展は容易ではない。
『魔獣のそざい……』
私の呟きは公示人が鳴らす甲高いベルの音にかき消されてしまった。
「結局国王だって、俺たち冒険者がとってきた素材をピンハネして国の運営をしてただけだろう? そんなに生活が変わるとも思えないが」
「それは同意」
「上の人たちはてんてこ舞いでしょうけどね」
グレーウルフの面々は宿屋一階の食堂で公示について話し合っていた。今日は休みのようで軽装でくつろいでいる。冒険者の仕事はダンジョンに潜るだけでなく、農村の害獣退治や、街中の困りごとを助ける何でも屋のような側面もある。
特にグレーウルフは街の人々とのコミュニケーションを積極的に行っているので、仮にダンジョン資源が枯渇していても仕事にあぶれることは無かったろうが、新しい政府よりも新しいダンジョンに興味が向くのはある意味冒険者のサガとしか言いようがないだろう。
「エスカさんも新ダンジョン気になるでしょ?」
『ヒロトが創ったダンジョンに、ゴブリンの特殊個体のような改造された魔物が解き放たれているんだぞ。興味がないわけがない。とは言え、普段の魔獣退治の延長線のつもりで他の冒険者が潜ったら危ないかもしれないな』
そんな話をしていると、隣の席に聞こえよがしにため息を吐いている老人の姿があった。フードを深くかぶって顔ははっきりとはわからないが、白いひげが口元で綺麗に切りそろえられているので、このような宿に似つかわしくない人物であることは想像できた。
恐らく我々が冒険者だという事を分かったうえで、何か面倒な依頼を持ち掛けるために気を引こうとしているのだろう。
よせばいいのに今日は仕事がないと高を括って酒を飲んでいたヴァンダがその老人に話しかける。
「爺さん、そうしみったれた顔をするなよ。政府が変わってもおいらたち下々の生活はそうは変わりゃしないさ」
「うん? いやさ、そうじゃないのじゃ。もっと個人的な困りごとがあってな。いやしかし、こんなところで話すことでもない。すまんな、儂のような年寄りが辛気臭い様子でいたら迷惑じゃろう。出ていくことにするよ」
ヴァンダを除くすべての者がああ~、とこの後に続く展開を予想し、面倒ごとに巻き込まれたことを悟った。
「そういうなよ、爺さん。俺たちゃ冒険者だ。街の奴らの困りごとを解決するのも俺たちの仕事だぜ。ちょっと話してみろよ」
グレーウルフは大なり小なり全員が困った人を見逃せないが、時に人の善意に付け入ろうとする者もいて、そういう人間はなるべく避けるようにしている。しかし、ヴァンダだけはそれを見抜く力が著しく低い。
「そ、そうか? 聞いてくれるか」
そういってフードをとった老紳士の顔はどこかで見覚えがあった。
「えっ!? 聖者様!?」
真っ先に反応したのは聖職者でもあるリリーだった。
そうだ、この老人は吟遊詩人が歌っていたドラゴン討伐を成し遂げた生きた伝説の聖者。張りぼてのドラゴンと勇敢に戦っている人形の側に肖像画が飾られていた。
「西の村に出現したドラゴン討伐の準備で忙しいとお聞きしましたが」
そう訊ねるリリーに老人はもごもごと言葉を濁す。
どうやら冒険者パーティーに聖職者が所属していた事が予想外だったらしい。確かに、今リリーは普段の冒険用の服とは違ってややラフな格好をしている。
「いや、儂はドラゴン討伐などできんよ」
マルクが疑問を投げかける。
「どういうことです? ドラゴン討伐の伝説は巷では有名ですよ。あなた以外にできる人などいない」
自分に視線が集中して居心地が悪そうにしながら、老人はぼそりとつぶやく。
「でかいへび」
全員の頭に疑問符が挙がる。
「何だってんだい爺さん」
相手は聖者だっつってんのにヴァンダは言葉遣いを改めない。
「儂が退治したのはただのでかい蛇なの!!」
いい年をした老人が癇癪を起した子供のように大声をあげる。
どうやら特大の誤解があるようだった。
あけましておめでとうございます。今年もぼちぼち続けていきますのでよろしくお願いいたします。




