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ダンジョンの作り方

 ローレンツ王国王都に到着した我々は宿をとる前に冒険者ギルドへと立ち寄った。グレーウルフの依頼達成を報告するためである。

 ギルドがある大通りは人がごった返していて、露店の他、プロメテウス教の聖者がドラゴン退治をする場面を動く張りぼてで再現した見世物があって、複数の吟遊詩人たちがフィドル、ホーンパイプ、詩吟を分担しており、背後にスポンサーがいることを想像させる豪華さだった。

 ロナーは露店が気になるようだったが、私がギルドに用事があったので、グレーウルフに同行してもらった。

 結局、城塞都市では都合のいい依頼が無かったため、ロナーに代理人になってもらって私が依頼をだしたので、評価は最高のAであることが確定していた。

 そんな我々がギルドで遭遇したのは地底都市ガラリアに拠点を持つ大地の魔人ヒロトアサノと、生体の魔人ピエル、そしてカンナギとよばれる司祭風の服装の女性であった。

「ヒロト様、カンナギ様、ピエルさんお久しぶりです。どうされましたか」

 ロナーが声を掛ける。グレーウルフの面々は皇帝土竜で共闘しているが、ヒロトがさっさと帰ってしまったので顔見知りというほどではない。

「あア、ロナーか。ん? 城塞都市にいたんじゃなかったか?」

「ええ、まあ観光と言いますか……。例の赤ちゃんを一緒に育てている方と少し足を延ばしてまして」

「そうか、元気そうで何よりだ。それで聞いてくれよ」

 3人は地底都市で発生した魔物のオーバーフローで得た素材を売りに来ていたが、冒険者登録がないので買い取れないと突っぱねられているようだった。

 貨幣も持っていない成人男性が二人、変な服装の女性を伴って討伐難度の高い高級素材を売りに来たという事で盗品を疑われてもいるのだろう。

 併設されている酒場で軽食を取りながらその辺の事情を聞いていると、じゃあ俺たちが顔をつないで金も建て替えるとグレーウルフのリーダー、マルクが声をあげた。

「あの時にアースバインドで皇帝土竜を抑えてたのがアンタだったとはな。城塞都市の衛兵には何人か顔見知りもいる。桁外れのヒールで治してもらった礼を伝えたい連中は山ほどいるぜ」

「いえ、私は……」

「感謝の気持ちは素直に貰っとけよ。ピエルが居たから助かった命があるのは確かなんだから」

「は、はい」

『ところで、素材はどこにあるのかね。まさかオーバーフローが起きて、その角と牙だけという事はあるまい?』

「あ……」

「なんだ? 今の声?」

 うっかり直接話しかけてしまった私に“やらかしたなこのじじい”という視線を向けるリリー。まだ私の事情を聞いていなかったヒロトは突然聞こえた肉声とは違う声に訝し気に周囲を見回している。

 ……地底の珍しい魔物の素材があるかもと思うと居ても立ってもいられないでしょ?

「あ、えーと、ヒロト様実は……」

 ロナーが限られた者だけに伝えている前世の記憶があるという説明をかいつまんで話した。

「ほーん? まあ詳しくはそのうち聞くとして、素材は地下にある」

 どうやら、地底都市に置いてきたという意味ではなく、大地魔法を使って箱詰めした素材を持ってきていて、地下数メートルのところに保管してあり、いつでも取り出せる状態になっているようだ。地下室や洞窟でもない限りは地中を追随して移動する倉庫として使える状態になっている。亜空間程万能ではないが、温度変化、紫外線、酸素など物質を劣化させるものをある程度防げるのだろう。

「素材をエスカに見せていただくことはできますか? 直接買い取りが出来ればと本人は言っていますが」

 周囲の者にも聞かれかねないので今更ながらロナーに代弁をお願いした。

「構わんよ。地下に空間を作るから自由に見てくれ。その間に俺は冒険者登録をする」

 私は嬉々として地下に潜り込もうとしたが、周囲に止められ、一度ギルドの外へ回って路地裏の人目に付かないところからロナーと一緒に潜ることになった。

 ヒロトアサノはそのやり取りを見て楽しそうにしていた。ロナーを一人置いて行ったことで多少なりとも心配していたのだろう。


 ロナーと共に素材を一通り見て欲しいものをリスト化した後にギルドへ戻ると、金髪で面長、割れ顎の男が受付でマルクと話しているところだった。

 奴はマイケル・ロバーツ。

 私が前世で倒れるころに王都でギルドマスターになった転移者であり、光の魔人である。寿命から解放されている彼は見た目に老いることはなく、30歳前後くらいに見える。

 しかし、周囲の者からずっとギルドマスターの位置にいることを奇異に思われないのだろうか。見た目では人間と魔人は区別がつかない。そもそも、魔法を極めた人間を魔人と呼称しているが、魔人の存在を知るもの自体が多くはない。

 しかし、同じ生物だと主張するにはあまりにも生態が異なりすぎるのだ。寿命が無くなるのはその最たる例である。

 現人神として長年教会であがめられていた女もいることだし、市民たちに表立って害を与えない存在であれば寛容に受け入れられるのかもしれない。

 マイケルが私の存在に気付き、テーブルでお茶を飲んでいるアリスに近付こうとしているロナーの前に立ちふさがるとロナーに抱きかかえられている私を覗き込む。

「な、なんですか?」

 警戒心をあらわにしながらロナーが尋ねる。頭二つ分も身長差のあるマイケルに覗きこまれるのはなかなか威圧感がある。

 マイケルは赤ん坊を神妙な顔で見つめていたが、不意にロナーに視線を移すとにかっと笑い、半歩後ろに引いた。

「いや、失礼。古い知り合いに似ていたモノで」

 私はロナーに再び代弁を頼む。

「えーと、勘違いではないです。話があるから人の少ない所へ通してくれ、と言っています」

 怪訝な表情でロナーを見つめるマイケル。

「鑑定魔法をまたいじったな、マイケル、と言っています」

 ギルドマスターは一瞬驚いたようだが、歓喜にあふれた表情をすると、応接室へ案内した。魔人同士の顔合わせもさせようとヒロト一行と興味ありげだったマルクとアリスを同席させた。

 リリーとヴァンダはそれぞれ王都での用事があるとのことでギルドを後にした。よく利用する宿があるらしいので、ヴァンダに部屋を取ってもらいそこで合流することになった。


「一体どういうからくりデスかエスカさあああん?」

『私にも詳しい事はわかっていないがね、リナリアの魂魄浸食に対抗するために予備頭脳を用意していたものが転生して発動したらしいのだ』

「リナリアさん? 相変わらずの人間不信ぶりデスねえ。彼女があなたを害するはずがないじゃないですか」

『いや実際やられたし』

「えぇ?」

 執務室に入ってまずは私の記憶が引き継がれている事への説明を求められた。とは言えこれは私も憶測交じりになってしまう。

 そんな話を取り留めもなくしていると、いい加減紹介してくれとロナーに急かされ順に紹介していく。

『冒険者諸君はわかっているだろうが、こちらはマイケル・ロバーツ。冒険者ギルドの王都本部で統轄をしている。そして、なんとニホンという別世界からの転移者でもある』

「ん? 日本?」

 驚きの声が周囲から漏れる中、ヒロトアサノが何やら疑問を持ったらしいが、続いてマイケルに対して同行者の紹介をする。

『マルクとアリスはわかるな。今乳母をしてくれているロナー、隣から順に大地魔法の使い手ヒロトアサノ、神聖魔法の使い手ピエル、神職のカンナギ。この4人は何と地底に都市を築いて生活をしている者たちだ。ロナーは私の乳母として今地上で生活をしているがもともとは地底都市の出身でな』

 心なしか、マイケルはヒロトから視線を逸らし、脂汗をかいているように見える。探知魔法を使って温度を確認すれば体温が上がっていることが観測できそうなことが目視で分かった。

『そうだ、ヒロトアサノも確か転移者だったな。世界の名前は……』

「日本だ」

『おお、そうだったな。もしやマイケルとは同郷……』

「いや……」

「マイケルさんよぉ、あんたアメリカ人だろ」

 ビクンと跳ね上がるマイケル。アメリカジンとはなんだ?

「とんでもありまセーン!! 私はアメリカ人じゃありまセーン!!!」

「うるさ。マスターいきなり大声出さないでよ」

 アリスが急に大声でまくし立てたマイケルに苦言を呈する。

「じゃあイギリス人か?」

「私は日本人デース!!」

 どうしても認めようとしないマイケルにため息を吐くと、ヒロトは私に対して説明し始めた。

「俺たちが住んでいた星は地球と言ってな、日本やアメリカはその中の国の一つだ。日本はいくつかの中規模な島が集まった国で、海で隔てられて別の大陸にアメリカがあった」

『それでなんで自分の故郷を偽ることになる? 特に異世界への転移ともなればもはや同郷と会うことはかなわない。今回同じ星の出身者が会うことが出来たというのももしかしたら史上初かもしれないくらいだぞ』

「あー、多分だがそれはこいつがオタクだからじゃねえか?」

 一際大きく飛び跳ねるマイケル。

「たまーにいるんだよな。他国の文化にあこがれを抱いて拗らせる奴」

「それは覚えがあるわ」

 意外にもアリスからの同意が得られた。

「だってしょうがないじゃナイですか! あの異世界転生を実体験できるなんて! 剣と魔法の世界! チートスキル! ドラゴン討伐と英雄譚! そして美少女たちとの淡い恋物語!」

 開き直ったマイケルはそんなことを言いだす。

「ゲームの世界に紛れ込んだとは思ったがな。因みに何年頃にこっちにきた?」

「私が転移してきたのは2025年デース」

「2025? 俺がこっちに来てから300年は経ってるが、1993年だったぞ」

 300年だって、とマルクやアリスが疑惑の目を向けているが、ともかくそれは置いておくとして。

『転移の原因はわかっていないが、時空というのは不可逆である一方で、時間の流れは一定ではない。お互いの世界で時間の経過自体はあるが、どちらかが速く進んでどちらかはほとんど時間が進んでいないという事はあり得る。その法則もわからないし、元の世界に戻れるとは言えないがね』

 それはそれとして本題だ。

『マイケルはその自分の世界での魔法や魔物の常識をこちらに持ち込もうとしていてね。鑑定魔法などがそうだ』

 私はマルクのステータスを表示する。



マルク・スティール

性別:男 年齢:31

種族:ヒト

身体機能;

  筋力:76

  速度:89

  持久力:88

  正気度:14

  知能:13

技能:剣技Ⅳ、薬草鑑定Ⅰ、疾走、etc.



「なんだ……、これ」

 マルクは光りの板に触ろうとするが素通りする。

「ははっ、ほんとにゲームじゃねえか」

 ヒロトは呆れたように笑う。

『マイケル、この魔法広めてないのかね?』

「広めようにも、光魔法と生体魔法と記憶魔法を扱える人材が存在しまセン。もうほとんど趣味と化してマース」

『それで、技能だの称号だの覚えのないものが追加されてるのか?』

 ロナーのステータスを見た時に技能や称号というものが付与されているのに気付いたのだが、これは開発当初には存在しない項目だった。つまりは私が死んだ後も現象を司る者に無茶な要求をし続けているという事だ。

「本当はレベルシステムと、レベルに応じて新たなスキルを授けられるようにしたいのですが、調整が進んでないデース」

「それってのは、何のメリットがあるんだ?」

 マルクが尋ねる。

「めりっと……?」

 知らない単語のはずはないが、言葉を覚えたての幼児のようにオウム返しにするマイケル。こいつは自分が楽しめるならどんな労力も惜しまない。

 実際の所、戦闘力をレベルとして表示できるなら手探りで自分の実力に見合うかどうか検討しながら戦闘するより、数値で比較することで早めに撤退を選べるなどメリットは多い。

 ギルドとしてもダンジョンや魔物の討伐難易度ごとに挑戦する推奨レベルを設定すれば、冒険者の死や、重症による引退を避けることが出来る。しかし、そんなことはどうでもいいというのがマイケルという男なのである。

「それに魔力量が表示できないのはどう考えても世界のバグデース!!」

 何度言っても理解しないなこいつは。頭が悪いわけじゃないが思い込みが激しすぎる。

『だから、魔力などというものは存在しないと言ってるではないか。当然魔素もだぞ。必要なのは念動力を制御するための集中力だ。集中力は体力と比例するから、結局現在の身体機能の項目と被るからわざわざ表示する意味がないだろう』

 また脱線してしまった。

『それで、異世界(こきょう)のゴブリンと同じ強さのゴブリンをこちらの世界で再現しようとしたんじゃないかね?』

「何の話デスか?」

「いや、俺たちの世界にゴブリンはいねえよ……」

 ヒロトのツッコミはさておいて、ゴブリンの異常個体について説明した。

 ところがどうもマイケルが関わっているのではないらしい。

「隣国の事情は詳しく存じマセンが、確かにゴブリンに手こずっているらしいという噂はありマシたね。道中で発見されたというゴブリンは特に討伐依頼も目撃情報も持ち込まれていナイので、エスカさんたちが第一発見者だと思いマス」

 そういうと、マイケルは割れ顎の溝を撫でながら考え込む。

『死体はまだ収納してあるから、後で解体所にでも持ち込もう。因みに討伐はグレーウルフがやったから、報酬等はマルクに……』

「それにしても許せないデース。私のあずかり知らぬところでそんな楽しそうな事をやっているなんて……」

 私の言葉を遮るようにマイケルは憤る。あ~、そうなってしまうか……。

「楽しそう……?」

 アリスが訝し気に聞き返す。

「そうデス! この世界の魔物はほとんど進化しまセン。人間側に有利過ぎマス! もっとひりつくような冒険をするべきなのデス!」

『おい、マイケル……』

「私はこの世界をアップデートしマース……」

 据わった目でそう宣言する。

 私はもうこうなったらこいつを止めるには殺すしかないし、殺すまでのモチベーションを私は持ち合わせていないので、こうなだめるしか術を持たなかった。

『ギルマスとしての仕事がおろそかにならない範囲でな……』

「早速魔物を改造した者とコンタクトを取りたいデス。死体を出してくだサイ!」

 周囲の者たちが面食らっているが、私は仕方がないので、応接室に特殊個体を出す。

 テーブルをはみ出す体格のゴブリンである。緑色の血がまだ少し垂れて年季の入った絨毯を汚すが知ったことではない。

 ゴブリンをくまなく観察し始めるマイケル。

 その様子を不安げに眺めながらロナーが私に問いかける。

「ね、ねえ。大丈夫なの?」

『大丈夫とは言い難いね。一番確実なのはまだ何も起こしていない、国を跨ぐ組織の長であるこいつをここで殺すことだ。やるかね?』

「あんた、そんなやり方してるから魔王だ何だと言われるんじゃないか?」

 マルクが呆れたように私に問いかける。

「この魔法陣に使われてるのは漢字だな。俺もそんなに学のある方じゃ無いが、多分中国の方の漢字だ。日本の漢字に似てるが少し違う。」

 ヒロトがゴブリンに刻まれた魔法陣を見ながらそんなことを言う。

「通常のゴブリンとは体格が桁違いですね。巨体化、腕力強化辺りをバフとしてかければこのような見た目になり得ますが、普通は一時的なものです」

 ピエルが生体魔法の使い手としての見解を示す。

「地上にはこのような魔物が居るのですね」

 カンナギが初対面となるゴブリンに対して感想を述べるが、すまん、それは特殊個体で地上でもこんなのはほとんどいない。

「我々の世界の中国か、それに近い文化圏の異世界からの来訪者、それでいて、オリジナルの魔法陣を作成するほど魔法に精通している。冒険者に該当するものはいまセンね」

「その条件で言えば、宮廷魔術師のヤン殿がいますが……」

 アリスが進言する。中国という国については知らないものの、異世界人という事は周知の事実だそうだ。

「似たような文字でメモを取っていたのを見た事があります」

『さすが王都、こんなにも転移者が集うものかね』

「早速コンタクトを取りマース! これから忙しくなるので帰ってくだサーイ!」

「おいおい、ちゃんと冒険者に特殊個体の注意喚起をしてくれよ」

「そんなものは受付にでも言っておいてくだサーイ」

 背中を押されるマルクが苦言を呈するが、マイケルに一蹴されてしまう。一緒に退出しようと立ち上がったヒロトたちに気付いたマイケルは片手を向けると、待つように言う。

「あ、ヒロトさんたちには地底都市についてもう少し詳しく聞きたいので、待ってくだサイ。冒険者登録が終わるまでには話も終わるようにしマース」

 そのセリフで一応冷静さは欠いていないと思い、我々一同は退出する。ヒロトはやや不満そうだったが、じゃあ後でな、というと席に座りなおした。

 地底の素材を売ってもらえそうでほっとした私はそれに返答すると、ロナーに抱きかかえられながらギルドの外へ向かった。


 マルクに特殊個体のゴブリンについてのギルドとのすり合わせと、護衛依頼達成の報告を任せ、アリスに王都を案内してもらうことにした。

 ギルドから出てすぐの所から露店が続いている。王都は王族の他に王都勤めの貴族も多く、金の回りが良い為、冒険者もその恩恵にあずかっている。冒険者人口も田舎とはけた違いに多く、金遣いの荒い彼らを目当てにギルド前に商人が集ったようで、飲食物の取り扱いが多い。

 アリスによれば、このような商店の寄りあう場所が王都内には何か所かあり、ここら辺は比較的高い価格帯らしい。

 一般家庭向けの市場は大通りを抜けて王宮の手前にある広場にあるという。因みに貴族は商人が直接出向くので貴族向けの市場というものはない。

「牛ってどこで売ってるかしら」

 ロナーの言葉にアリスは半信半疑という様相で尋ねる。

「それって本気なの? ウチで飼う気?」

「やっぱり迷惑だったかな……」

 しょんぼりしてしまったロナーに対して慌てたアリスは弁解する。

「迷惑とかじゃなくてね、あまり家で牛を飼う人はいないから理由を知りたいなって!」

「いやねえ、牛を飼うのは牧場よ」

「?????」

 全く話がかみ合わず言葉を失ってしまったアリスに代わって私が質問する。

『牧場を持っているのかね? 地上に無一文でやってきただろう?』

「え? 地上って共有の牧場ないの?」

 話をまとめるとどうやら地底都市の牧場は共有財産のようなもので、牛の世話をする者、牛の所有者がそれぞれ別らしい。そして土地の所有権はカンナギを頂点とする議会が握っていて、どの産業にどの土地を使うかは議会が前年の結果から調整する。

 土地の限られた地底都市ならではの政治と言えるかもしれない。最低限のライフラインを配給などで保証された上で資産運用をすることで他より良い食事を得たりいい家に住んだりという緩やかな格差が生まれる。議会は仕事のモチベーションを持続させるために黙認しているが、建前上平等な社会となっているらしい。

 それで市民は議会から割り当てられた仕事をするのだという。私の保護もその一環だったようだ。

「旦那と息子がロックイグアナに襲われてから一人だったからね。腐っていてもいいことないし、カンナギ様に少しの間だからって預けられたのよ」

 夫婦で所有していた牛は他の人に譲ったらしく、地底都市の通貨はそれなりに持っているらしい。

 それで、エスカを育てるなら資産運用をしよう、王都なら田舎よりいい牛が売っているかも、という思惑であんな発言になったのだという。金は建て替えてもらって、後でヒロトに会った時に地底都市の通貨を両替してもらうか、地上で高く売れるものを買ってこようとしていたようだ。

「なるほどね。でもお金を作りたいだけなら別の方法がいいと思うわ。大体の土地は領主のものだからね。自由に動けるのはギルドで権限を保証されている冒険者くらいよ」

「じゃあ、私冒険者になるわ」

「じゃあ?????」

『とりあえず、今日の所は観光でいいんじゃないかね。明日改めてギルドで冒険者登録をすればいいだろう』

 収入源が欲しいというのは当然だろう。他人との関係に依存した経済状況では子供どころか自分の事すら守れない。無論、アリスやスミカが途中で放り出すことはないだろうし、あのリナリアですらが不在時を考えて金を置いて行ったわけだし、信頼できない間柄ではないとも思うが、それはそれ。

 それに、地底都市の通貨があるなら、ヒロトから件の素材をいくらか買い付ければギルドで売却もできるだろう。残りの生涯を地上で過ごすつもりがあるならばだが。


 牛を探す必要がなくなったことで、買い食いやらマジックアイテムやアクセサリーの物色やらを小一時間堪能した。二人は物足りなさそうだったが、期限を決めずにやってきたわけだし、無理に今日一日に詰め込むこともないだろう。

 ギルドへ戻ると、マルクの用事は終わったらしく、依頼の掲示板を眺めているところだった。

「例の件、どうだって?」

「いやあ、実態調査をしてからじゃないと注意喚起は難しいと言われたな。現物は当然見せたが、新たに発見された種族とか、群れでいることが確実という訳でもなければ、余計な混乱を招いたり、場合によっちゃゴブリンに魔法陣を刻む模倣犯まで出かねないとさ」

「そういわれればそうね。ギルマスがどのくらい情報を引き出してこれるか」

「そもそも、ヤンとか言う宮廷魔術師だって黒だと決まった訳じゃないだろ」

 アリスとマルクのやり取りをロナーと聞いていると、受付の娘たちが、ギルマスが謎の男を連れて王宮へ殴り込みに行ったと噂をしているのが聞こえた。どうやら、ヒロトの持ち込み素材の買取はまた今度になりそうだ。

 

 宿にはすでにヴァンダとリリーが到着して、一階にある受付兼食堂ですでにエールを飲み始めていた。

「王都に来たらこいつを飲まねえと」

 ヴァンダは上機嫌にジョッキを掲げる。

「ロナーさんもどう?」

「あ、授乳中はアルコールを飲んではいけないのよ」

「そんなの聞いた事ねえ」

 ヴァンダ、お前アルコールはいると結構しゃべるな。

『地底都市では徹底されていたな。アルコールを飲むと母乳に交じって赤ん坊に悪影響が出るのだ。地上でそんなことを気にしている者を見た事はないがね』

「エスカさん、喋っていいのかよ」

 こそこそとマルクが気にするが、出来上がっているのはヴァンダだけじゃない。この喧噪の中で私の声に違和感を抱くものは居ないだろうよ。

「ここは果実水も結構いけるわよ」

 リリーが看板娘らしい店員に注文を伝える。

「場所に寄っちゃあ果実水って言い張ってるだけのただの水だからな。冬前に受けた依頼で立ち寄った村の酒場の果実水は酷かったな」

「ただの水ならまだいいんだけど、なんか生臭くて結局飲み切らなかったのよね」

 マルクとアリスがヴァンダの前に置かれたポテトフライをつまみながらそんな思い出話をする。アリスは育ちが良さそうだから余計に舌が肥えているのではないだろうか。宮廷魔術師になれるものは才能があり、たゆまぬ努力をしているのが当たり前で、その上で家柄や実力、人柄や犯罪歴なども問題がないと入れないらしい。

 ヤンという宮廷魔術師は転移者だとするならば、どうやって宮廷に潜り込んだのだろうか。いくら実力があると言っても、実力だけではどうにもならないことは世の中にたくさんある。

 一通り食事を済ませた後、ロナーは私に授乳をするため部屋に先に戻ることにした。

 地上では授乳を道端で気にせずしている女性もいるが、地底都市は転移者であるヒロトが中心人物だからか、人の目を意識したマナーが浸透していた。


『自立を焦る理由があるのかね』

 私は急にロナーが金策を気にし始めた事が気になっていたので、二人になったところで尋ねてみることにした。

「焦るというか、以前から考えてはいたのよ」

 私に授乳をしながらそう答える。複眼のペンダントには涎掛けがかぶせられている。

「よくしてはもらっているし、私は私の役割を果たせばいいとも思うけど、私じゃなくてもあなたを育てられる人はたくさんいるじゃない。そうなったときに、地底都市に帰っても家族がいる訳じゃないし、地上で1人でも生きていけるようにしたいと思っただけ」

『別に私と一緒に居ればいいじゃないか。亜空間にはまだまだ素材もあるから、そもそもリナリアたちの支援を受けずとも金には困らないぞ』

 我ながらすっかり情が移ってしまっているな。

 しかし、今更ロナー以外の女性に育てられるといっても簡単には受け入れられない。この感情は恐らく培養液に付け込まれた脳髄から発せられるものではなくて、この赤ん坊の未熟な脳がロナーを離れがたい相手だと認識していることによるだろう。

「そう」

 ロナーは短く返答したが、私にはそれで十分だった。

 そのまま、私は赤ん坊の意識と共に眠ることにした。


 翌日、突如として王宮の近くに巨大な塔が音もなく建てられたという事で王都中がざわめいていた。

 何しろ王宮よりも大きく、王都のどこからでも見られる高さだったからだ。

 そして私は思い出した。

 念動力ではなく創世術を、現象を司る者たちから託されている魔人が、人と関わっても碌なことにならないという事を、前世で散々経験したという事を。


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