私王都へ行くわ
さて、脳髄太郎から便りが届いた。届いてしまった。
私はホムンクルスの素体を人知れず回収し、元の赤子の中へ戻ったという事にしておいたのに。
「別に嘘をついていたのは知っていたけどね」
ぴしゃりとロナーに指摘される。
ロナーとしては実態を持たぬ我々脳髄ブラザーズよりも赤ん坊の方が重要なのだろう。赤ん坊を連れまわして無茶しなければ問題ない様だ。
……その割にロナーからの視線はだいぶとげとげしいが。
すっかり私からの説明を信じ切っていたスミカは、ギルドから預かってきた脳髄太郎の手紙をロナーに手渡したまま硬直している。
王都から帰ってきたばかりのアリスは私をずっと凝視して契約の糸を確認しているようだ。
「でもどういうこと? 契約の糸は間違いなく前と変わらず信じられない本数と太さでつながっているけれど」
「魔法の契約が魂に紐づくのであれば、魂も複製したんじゃないの」
『いや、魂魄魔法は私には使えない。というか、私は魂魄魔法というものをリナリアを通して初めて知ったし、リナリア以外に魂魄魔法を使用できるものを見たことがない』
とはいえ、魔法を使える範囲を拡張する基地局をはるかに超えて隣国まで行って未だに脳髄太郎が稼働し続けているという事は新たに魂魄が芽生えたか、どこかの浮遊霊的な魂魄が宿ったかした可能性はある。
「それで手紙にはなんて書いてあるんですか?」
アリスは攻撃魔法以外にはあまり興味を示さない。生活魔法や神聖魔法はプロとして一通り知識を得なければという義務感で勉強しているようではあるが、攻撃魔法に対する執着と比較すると明らかに熱量が低い。それに神聖魔法は元来聖職者の専門分野という常識があるから、自分には適性がないと思い込んでいる節がある。冒険者パーティーとしては聖職者のリリーがいるから、緊急時用にスクロールが使用できればそれで十分なのかもしれないが。
そもそも神聖魔法というものは生体魔法か光魔法のどちらかに分類されるもので、研究者が誤った分類をしたことから始まっている。
根本から勘違いしているから、聖職者は生体魔法を使う機会が多いというのに大成しない者が多い。
とはいえ宗教の役割は人を癒す奇跡を起こすことよりも、生活する上での知恵やマナーを教え人々を導くことにあるから、それをあえて非難することもあるまいが。
『手紙の内容は、どうやら何者かが魔物をゼロから生み出す実験をしているようで、強力な個体を発見し討伐したからそちらでも気を付けろという事だ。彼らは王都の冒険者ギルドマスターが怪しいと疑っているようだが』
「王都!」
まさかのロナーが興味を示した。確かに育児で家と市場の往復くらいしかできていなかったから、せっかく地上に出てきたというのにどこにも遊びには行けていない。
いや、誤解が無いようにもう少し詳しく言えば、大抵の家庭は生活のために働きづめでどこかに遊ぶために遠出する余裕があるのは貴族か豪商くらい。後は冒険者がその日暮らしなので、大きく儲ける事が出来た時に後先考えずに遊んで使ってしまうものも一部いるにはいる、というような状況だ。
高給取りが何人も同居しているこの家はちょっとした大店くらいの金回りの良さなので、育児をしていなければどこかへ遊びに行くことくらいは経済的には可能だったはずという話である。
『王都へ行ってみるかね? そろそろ私の首も座ってきたことだし、遠出も可能だと思うが』
「なかなか聞く機会のないセリフね。私としては行きたいけれどお金が……」
「何遠慮してるのよ! 行きたいなら行くべきよ!」
アリスが元気に言う。
「お金の心配はしなくても大丈夫。リナリアさんも入用の時は使えって結構な額を置いて行ってくれてるわ。ただ、私はギルドとの契約でギルドから直接の依頼でもなければ、城塞都市からあまり離れられないから」
という事は、今回スミカは留守番、アリスは城塞都市に戻ってきたばかりだが、とんぼ返りで王都行き、私とロナーも当然参加となるな。
『アリスはパーティメンバーとはどうするんだ。暖かくなってきてそろそろ依頼を受け始めるころじゃないのかね』
「女二人と赤ん坊じゃ余計なトラブルを生みますし、全員で行けるように王都行きのついでに受けられそうな依頼を探してみますよ。何ならエスカさんが護衛依頼を出してくれてもいいですよ」
いたずらっ子のように笑う。
確かに戦力的には問題はないが、外見が弱そうなせいで鴨がネギを背負って我々仔羊に襲い掛かってくるという事か。ガタイの良いヴァンダが近くに居れば襲う気も起きないだろう。トラブルは無いに越したことはない。
数日後、冒険者パーティグレーウルフの面々に護衛されながら私とロナーが王都へ向けて出発した。城塞都市から複数の村を跨いで王都まで徒歩で9日程度の旅路である。
馬車は対面で2人がゆとりをもって座れるくらいの小さな馬車で、御者台にヴァンダ、荷物はすぐ使うもの以外は亜空間にしまい込んでいる。日差しと雨をしのげるくらいの簡素な屋根がついている程度で、風が心地よい。
「エスカさんなら幻の転移魔法とか使えるんじゃないですか?」
対面に座るアリスが尋ねてくる。リリーとマルクは徒歩で周囲を警戒しているが、三人は索敵を交代で行っている。
『転移魔法には2種類あって、物質を素粒子レベルに分解して光速で移動し、現地で再構成するものと、空間を捻じ曲げて2点間を無理やりつなげるものがあるが、人のように複雑なものを再構成するにはそれなりに高度な分析が必要で、分析能力に依存するが大体は分析している時間で移動したほうが速いくらいだし、空間を捻じ曲げるのは魔法陣が複雑すぎて地上で実行しようとすると王都3つ分くらいの土地を使わないと魔法陣が描ききれないし、その上人一人移動するのがやっとだから現実的じゃないね』
「できなくはないんだ……」
ロナーは意外と理解力があって、魔法の話で私が多少興奮して早口になってしまっても理解した反応を示す。アリスは自分で質問しておいて途中からついてこられなくなっていたようだが、「王都3つ」と「現実的じゃない」は聞き取れたようで辛うじて驚いてはいた。
「おい! 降りろ!」
外から慌てた様子で護衛をしていたマルクが声を掛けてくる。
「馬車攫いだ!」
滅多に遭遇することはないが、レッサードラゴンが見晴らしのいい街道を走っている馬車を持ち去ってしまう事があるので、馬車攫いと呼ばれている。レッサードラゴンに対抗するためには騎士団総出でかかる必要があるのと、レッサードラゴン自体が戦わずにさっさと飛び去ってしまうので、馬車から降りて見送るしかないというのが常識である。
馬は馬車に繋がっているとはいえ、さすがに馬車ごと上に引っ張られればベルトは抜けてしまうから、馬車内の荷物が犠牲になるくらいのものなので、不運だったと諦めるのが普通なのである。
だがしかし。
『逆だ! 君たちも馬車に乗りたまえ!』
私は外で護衛をしているマルクたちに乗車するよう促す。御者台にヴァンダとマルク、リリーが小柄なアリスの隣に詰め込むように座る。二人が対面で座り、少し荷物を置く余裕がある程度の小さな馬車なのでぎゅうぎゅう詰めである。戸惑いながら乗り込んでくるマルクたちを見守りながら、屋根に防御魔法で補強をして、馬を念動力で浮かせる準備をする。
『私、テイムはできないがね、ちょっとした曲芸ができるのだよ』
レッサードラゴンが屋根を掴み、持ち上げる。全員が悲鳴を上げている。
「きゃあああ!」
「おいおいおい! 大丈夫なのかコレ!?」
『実は光魔法で視界を覆い視線を誘導してやると、人に決して懐くことがないレッサードラゴンの進行方向を操作してやることが出来るのだ』
「「「「「言ってる場合かあああああ!!!」」」」」」
全員からツッコミとも絶叫ともとれる叫び声が上がるが、私はいつもやっているショートカットを続行する。そもそも始めたら止められないからね。
視界が不自由なレッサードラゴンは重い荷物を掴んでふらつきながら飛んでいく。
レッサードラゴンの体力が限界に達したようで高度が落ちてきたところでレッサードラゴンの視界と、固定していた足を解放してやる。レッサードラゴンは馬車から後ろ脚を離し、振り返りもせずに逃げ去っていく。
恐らくこの数時間で1週間分くらいは時間短縮できたのではないだろうか。
念動力で補助して馬車ごと緩やかに落ちていく。
落ちたところは森の中にあるにしては立派な建物だった。
『これは……』
「まさか、くだんの魔物を作り出しているという研究施設?」
ロナーの疑問は当たらずとも遠からずというところだ。まだこの研究施設が残っていたとは。
どうでもいいが、ロナーは平然と立っているのに、グレーウルフの面々は地面に手をついて休んでいる。肝の小さい連中だ。
『いや、どうかな。以前は別の研究に使われていたはずだが』
私はこの研究施設の説明を拒んだ。これは前世の私が乳幼児の頃に実験材料として囚われていた時の施設である。
大元は合法的にというか、結構有名な大学で行われていた古典的条件付けに関する心理実験だが、実験中ストレスに晒された乳幼児が魔法を発現したのだ。
ところが乳幼児にストレスを与えるプロセスを目の当たりにした親たちが実験前に説明され同意したにもかかわらず反故にし、本来目的だった実験結果が出る前に中断、計画はとん挫したのだが、副次的に発見された魔法発現に興味を持ち、非合法に捨て子を拾い集めてはストレスを与えて魔法を発動させるという実験を始めた奴が居たのだ。
何人かの乳幼児はストレスで白髪になっていた。
余談だが、放蕩三昧の遠い国の女王が革命により失脚、処刑前夜に一夜にして白髪になったという話については、毎日やっていた白髪染めをやらなかったからもともとの白髪が露呈したという話もあるから、白髪=過度なストレスとは言い難い。
しかし、この実験では乳幼児たちにストレスを与えることが必須だったため、単に大きな音から始まり、親がいないという事で止める者もなく、ストレスの与え方はどんどんエスカレートしていった。そのため乳幼児たちは確かにストレスによって、徐々に白髪になっていったと考えるのが自然だと思う。
まあそんな面白くもない話だし、後年私はその施設関係者を別件で殺して回ったので、今は使われていないはずで話すつもりはなかった。
簡単な探知魔法の結果その施設はやはり空き家になっていたので、そこで雨風をしのぎながら一泊することになった。
早ければあと2日も歩けば王都に着くだろう。
初春の夜は冷え込むが、屋根と壁があれば野宿とは比べ物にならないほど快適である。まあ今回の旅ではまだ野宿はしていないが。
研究施設とは言え村や都市からは離れているせいか住み込みできるような設備も整っている。暖炉や調理台、屋内井戸もまだ使用でき、随分快適だった。
この研究施設の存在を知る者か、野盗か、魔物かはわからないが、持ち出せるものは持ち出されており、備え付けでどうしようもないものだけが置いたままになっているという様子だ。破損も多くなく、この快適さで野盗が拠点にしていないのは、周囲に獲物が居ないからだろうか。
鍵もかけられるので見張りを置く必要はないだろうという判断になり、各自屋内でくつろいでいる。
ロナーはリリーやアリスに王都の様子を聞きながら料理をしている。だいぶ楽しみにしているようだ。
去年のスタンピードで狩ったスパイラルラビットの肉をぶつ切りにして、キャベツやトマトと一緒に煮込んだものと、私が焼き方や酵母の作り方を教えて柔らかく焼き上げたパンが食卓に並んだ。美味しそうなのだが、私はまだ離乳できていない。
『スープだけでも味見できないかね』
「まあスープだけなら。冷ましてあげるわね」
ロナーが木製のスプーンに掬ったスープをふうふうと口を近づけて冷ます。
トマトの柔らかな酸味とスパイラルラビットの野趣あふれるうまみが未熟な味覚を刺激する。赤ん坊もお気に召したようでもっと欲しいような手の動きをしている。ロナーは苦笑しながらさらに一匙掬って冷ます。
ところでここのところ、この赤ん坊の事を私と呼称することが適切なのか疑問に思い始めている。私は予備頭脳として魔法で稼働している状態だが、この赤ん坊には別に脳髄があるのだ。この赤ん坊の脳髄には予備頭脳に蓄積された知識は無く、これから新たに経験することで知識を蓄えていく。
それに伴って新たな自我が形成されるものなのではないだろうか。
であればそれは私、エスカとは言えない別の個人ではないだろうか。
前世で全く未練が無かったと言えば嘘になるが、一通りの人生をすでに歩んだのだ。魂がエスカのものだからと言って、新たな人生を歩むべき新生児の邪魔をしてはならないのではないだろうか。
人は死ぬべき時に死ぬべきなのだ。
食事が一通り済み、そんなことを皆に話して聞かせると、全員が考え込んでしまった。
「エスカさんにはお世話になってるし、今後恩返しもしていきたいけど、赤ん坊は赤ん坊で別人だというなら、邪魔すべきじゃないというのも一理ある」
真っ先に意見を言ったのはマルクだった。
「でも邪魔って何? とも思いますね。エスカさんは赤ん坊の感覚が育つように魔法で補助しすぎない方針をとっているじゃないですか。それが自分自身なのかゆかりがある程度の別人相手なのかという違いはあるとしても、邪魔になるような事ではないと思いますね」
アリスの言葉にリリーやヴァンダは頷く。
「エスカは私とこの子を育てる親として近くに居ればいいんじゃない」
ロナーは赤ん坊を見つめながらそんなことを言う。
それもそうか。考えすぎていたかもしれない。この子が育ち、精神状態が安定してくれば、自動発動しているこの魔法も切れて、予備頭脳である私は眠りにつくことになるかもしれない。そうなればその時だ。
「なら名前を決めましょう」
「そうだな」
リリーとヴァンダが言う。
確かにその通りだ。この子が別人だというなら名前が必要だ。
『この中で言えば、乳母のロナーが名付け親にふさわしいと思うが、何か案はあるかね』
「そうね、この子の名前か」
考え込んでしまったロナーにすぐ決める必要はないし、他の者にも案を聞けばいいと助言をしてその日は眠ることにした。
翌日明るくなってすぐに出発した。流石に森の中で馬車を走らせることはできなかったので、馬車を亜空間に仕舞い、馬を手綱で引いて全員が徒歩で移動した。赤ん坊を抱いて進むのを女性陣がかわるがわるやりたがったが、足場もいいとは言えないし、私は念動力で浮いて進むことにした。
広い街道まで数時間は歩く必要があり、途中文句も出たが、仕方ない、レッサードラゴン便だもん。
街道に出た時にリリーが何かに気付いた。
「あら? ここってエスカさんと私たちが最初に遭遇した森の近くじゃありませんか?」
あの湖がある森か。確かに木々の間からあの火山が見える。
『そうかもしれないな。森の中で目を覚ましたからはっきりしたことはわからないが、あの火山には登った』
正直成り行きであちこち歩き回ったし、森の中から出ないまま地底都市に行ったから正確なことはわからないがね。
だが、そうするとこの近くの村で私は生まれた可能性があるという訳か。
『肉親を捜すつもりはないぞ。今はロナーが母親だし、そもそも子供を捨てざるを得ない事情を抱えているのだろうから、会ったからとて得るものは何もない』
「ドライですわね~」
肉親を捜させる意図は無かったらしく、興味なさげに私をからかっていた。
途中アリスの索敵に獣や野盗が引っかかることがあったが、ほとんど敵にはならなかった。素材や肉はグレーウルフにとっては臨時収入という事もあり、解体するのを待つこともあった。
野盗については騎士団への引き渡しを面倒くさがってそのまま殺してしまう冒険者が後を絶たない。魔獣も出ないとは限らない旅路の中、武装を解除したとはいえ引き渡しのために成人男性を何人も縛って連れて歩くのは、報奨金がいくら出ようとリスクとリターンが合わないのだ。
殺さないまでも腕を切り落としたり、ぼこぼこにして気絶したところを森に放置したりする場合もある。そうすると魔獣に食い殺される可能性が高くなるが、天の采配と思っていくらか罪の意識が軽くなることもあるのだろう。しかし、中途半端に生き延びられると復讐される恐れもある。殺してしまったほうが後腐れは無いだろう。
とはいえ、私の亜空間に押し込めば無理なく運搬できるので、我々は報奨金を得る方を選んだがね。
このまま順調に歩けば明日の夕方には王都に着くだろうというところで野宿をすることにした。街道脇というのも落ち着かないので森の中の開けたところをキャンプ地とした。
森の中での焚火は当然ながら危険を伴う。大抵の人は上に木の葉があってそれに燃え広がるという認識しかないが、木は大地に根っこを張っているのである。落ち葉をかき分けて土が露出した所なら焚火をしても大丈夫という訳には行かない。あと少し掘れば根っこに当たるというような場所の真上で焚火をすると根っこに熱が加わり、しばらくは水分を多く含むのですぐには火がつかないが、いずれは根っこが燃焼し始める。地面の下であるからそれに気づかずいつの間にか手におえない森林火災になっているという寸法である。
それに土というのは一概に燃えないとも言えない。動物の糞は油分を含むし、腐葉土ならば可燃性のセルロースを大量に含んでいる。茶色の粒子状のものというのは生物由来なのか植物由来なのか鉱物由来なのか見た目ではほとんど判別できないのである。
熾火になった炭を地面に埋めて鎮火しようとしてはいけないのは、炭は酸素がなくとも数時間は熱を発するものであり、可燃性のもので蓋をしてはいけないのはもはや言うまでもないだろう。灰になるまで見届けるか、水をかけて確実に消えたところを確認する必要がある。
という事で我々は温熱魔法で温めた毛布にくるまって眠ることにした。灯りはオイルランプである。
「焚火でそこまで意識したことなかったなあ。単純に森の中だと火を恐れない魔獣が俺たち獲物を見つける目印になるからやるなくらいにしか教わらなかったし」
『まあリスクがあるだけで、焚火をすれば必ず山火事を起こすという訳でもないからね。とは言え知った以上は避けられるリスクは避けたまえよ』
「へいへい」
マルクたち中堅冒険者でもこうなのだ。初心者はさらに多くのリスクを知らずに犯している事だろう。
就寝中の見張りは私からの依頼を受けているグレーウルフが代わる代わる行っていたが、結局授乳のためにロナーも度々起きる必要があった。私も不要とは思いつつも索敵の魔法を常時展開していた。
すると、明け方間近に二足歩行の魔物の反応を発見した。
ちょうど見張りがアリスだったので、彼女も気付いたようだ。
「起床! 魔物の反応あり。2足歩行中型から大型。オークかしら?」
オークは豚頭で体高2メートルはある二足歩行の魔物である。膂力が強く、棍棒などの簡素な武器を持ち、やや鈍重ながら防御力が高い為一体でも苦戦する冒険者パーティーは多い。
しかし、白んできた空から射す日差しを浴びながら木々の間から現れたのはゴブリンであった。体長は1.7メートル程度で通常の個体の3倍以上の体高、そして何より不自然に発達した肩や腕、腕に巻き付くように記号のような模様が入っている。だがしかし、頭部は間違いなくゴブリンだったのである。
『ほほう? 新種のゴブリンかな?』
「例の手紙にあったゴブリンじゃないですか?」
『手を貸そうか? 冒険者諸君』
「冗談きついぜ。護衛の俺たちに任せてくれ」
グレーウルフの面々はロナーと私を囲むように陣を組む。手紙にあったゴブリンと似たような境遇なのであれば単独行動している可能性が高いが、ゴブリンの特性として集団行動をしている可能性を考慮した陣形だろう。
アリスの索敵では他の魔物は見つかっていないが、投擲手の存在を警戒するのは当然と言えよう。
私はさらに広い範囲の索敵が可能な為、ウサギやネズミのような小動物くらいしか周辺にはいないことを知っているが、口を挟むことはしなかった。
ヴァンダが前面に出て防御を固めている間にリリーがマルクとヴァンダにバフをかけ、アリスが牽制の攻撃魔法・ファイアジャベリンを撃つのと同時にマルクが攻めに出る。見た目は派手で、貫通力があるように見えるが、せいぜい相手に軽度の火傷を負わせる程度ですぐ消えてしまうため、延焼の可能性は限りなく低い魔法である。
ファイアジャベリンを軽々と避けたゴブリンは、斬りかかるマルクを軽くいなすと、見た目通り腕力に自信があるようで、マルクの攻めに合わせて飛び出した盾役のヴァンダと盾ごしに組み合う。
「こいつッ! なんて力だ!!」
マルクはヴァンダが組み合ってる隙に、ゴブリンを切りつける。ゴブリンは避けきれず前腕に深手を負う。ゴブリンは傷口を抑えもせずにマルクに襲い掛かるが、マルクは胴体を袈裟斬りにし、怒り任せに突っ込んできたゴブリンはあっけなく無力化されたのだった。
油断なくマルクは喉と心臓をロングソードで突き、とどめを刺した。
「ざっとこんなもんですよ」
マルクは得意げに私に笑いかける。
「多勢に無勢だというのにこいつ逃げなかったわね」
アリスは不可解だと疑問を呈したが、答えが出るはずもない。
『異常個体だ。私が調べてもいいかね?』
「一応冒険者ギルドに報告しておきたいな。現物があれば注意喚起も容易だろう」
「確かにパーティーの練度によっては全滅するかもしれないですね」
『では王都に着くまでに間に亜空間で調べておこう。その後引き渡すとするよ』
王都までのあいだにあるはずの村には寄ることは無かった。
レッサードラゴン便で上空を飛び越えた村が2つ、魔物に襲われたか野盗に襲われたかの廃村が1つ、立ち寄って休憩するには早い時間だったので素通りした村が1つという具合だ。
「そういえば野盗はどんな状態です? すぐに引き渡し出来ますかね」
地平線の先に、高い城壁で囲まれた王都がぼんやりと見えた。
『ちょっと待ってくれたまえ。えーとどこに仕舞ったか……』
そうしてずるりと出てきた野盗は完全に干からびていた。恐怖に引き攣った顔が皺だらけになっている。色々と漏らしたようで結構臭う。
『あ……』
おかしいな。亜空間に入れたものは時間が止まったように鮮度を維持できるのだが。培養液に浸した脳髄を入れるのと何が違うのだろうか。緩やかな時間経過のあるラボではなく、倉庫用の純粋な亜空間に入れたのが問題だったのかしらん。
「生物を入れたことなかったんですか?」
『確かに無いな』
「これ死んでるの?」
アリスが問う。
「息してないよこれ」
ヴァンダが答える。
君たち、”これ”扱いは酷いよ、”これ”扱いは。
「報奨金は“ぱあ”のようですわね」
おい聖女、野盗の命より報奨金の方が大事なのか?
まあ、亜空間に放り込もうと提案した私が言える筋合いでもないがね。
『死んでしまったモノは仕方がない。その辺に埋めよう』
気色悪いから亜空間に入れっぱなしにしときたくないし、どうしようもないものは地中に埋めるに限る。
「よしよし、怖いおじさんたちの話は聞かないようにしましょうねえ」
ロナーは赤ん坊をあやしている。
「ところで、ロナーは王都で何がしたいって希望はあるの?」
土魔法で私が穴を掘っている脇でアリスがロナーに問いかける。
「私、王都で牛が買いたいわ」
「え?」
「ん?」
「はい?」
「……?」
えぇ?
そこからは何の問題もなく王都までたどり着いた。グレーウルフの名は王都でもそれなりに知られているらしく、門を通るのもスムーズだった。
ゴブリンの検証も粗方済み、グレーウルフと共に冒険者ギルドへと向かう。しかし、その冒険者ギルドのマスターが黒だというのは確定的であった。
私の前世のころからゴブリンが小さいだの種類が少ないだの言っていて動機は十分だし、何より魔法陣に使われている文字が恐らくニホンゴかカンジだと思われることだ。効果は見た目通り生体魔法の“肥大化”と“腕力増強”だろう。
まあ、厄介な相手ではあるが、迂遠なやり方をするより直接叩いたほうが良い相手でもある。
グレーウルフの面々には詳細までは伝えていないが、手紙の内容から冒険者ギルドのマスターが怪しい事は知っているはずだし、油断することはないだろう。
犯人捜しをするというよりは、こういう特殊個体が野に放たれているという事を冒険者ギルドを通じて同業者に伝え、注意喚起することが彼らの目的である。
冒険者ギルドの扉を開けると、そこには素材を買い取ってもらおうと地底都市のカンナギを連れたヒロトアサノが受付でひと悶着起こしているところだった。
どうやら買い取りには冒険者登録が必要なのだが、さらにそれに必要な登録手数料として支払う通貨をヒロトは持っていないから、素材の買取金額から引いてくれという交渉をしているようだが、近隣国家の通貨も持っていない得体の知れない人物から、超がつくような高級素材を大量に持ち込まれ、ギルド側は盗品であることを警戒しているようだ。
こうして我々は皇帝土竜の件以来の再会を果たしたのだった。




