ジェヴォーダンのゴブリン
「リナリア、光だ」
「やっと着いたんですね、師匠!」
私たちは森の中にぽっかりと開いた如何にも忘れ去られたという感じの、すっかり苔むした、皇帝土竜が空けたと思われる穴から地上にたどり着いたのだった。
木漏れ日が気持ちいい。
生体魔法を使えるようになったのとスタンピードからあぶれたと思われる洞窟に迷い込んだ獣たちを狩りながら進んでいたから、衛生面や食事についてもおおむね問題は無かったが、疲労は二人ともピークに達していた。
「いや、我々、地底都市目指して下ってなかった!?」
「もしかして私たちが方向音痴だという事でしょうか!?」
未探索の洞窟探検してて方向音痴も何もあるかい。
木の板に炭を使ってマッピングもしていたが、あまりにも縦横無尽に張り巡らされた洞窟を彷徨い歩いて、たまたま地上に出たのだ。
だがしかし、ここからまた地下に潜って地底都市を探す気にはなれない。
「このまま近くに村がないか探そう」
「え、ええ」
リナリアがよそ見をしていたので、どうかしたのか聞くと何か視線を感じたというのだが、それ以上の事はわからなかった。魂の輪郭も見えないまま違和感が消えてしまったのだという。探知系の魔法も早めに再契約したいところだ。
小川を見つけて2日ほど降っていくと十二軒の粗末な木造の家屋が寄り集まった村にたどり着いたが、村人は見当たらなかった。
しばらく洞窟を歩き回っていたせいで時間間隔が狂っているが、春らしい陽気になっているので2、3カ月彷徨っていたようだ。
家々の間の道はきれいに整備されていて、放棄されたのが比較的最近だという事がわかる。整備と言っても土をきれいに踏み固めたり、雑草や枯れ草を吐き掃除してあるという程度である。
恐らく村人たちで協力して建てたのだろうと思われる家々は、扉を壊されており何者かに襲撃されたことは明らかだった。
「恐らくゴブリンですね」
ゴブリンは人の腿丈くらいの醜悪な相貌の生き物で、小鬼とも妖精の一種とも言われるが、退治しても退治してもどこからともなく現れる厄介な魔物である。
群れで行動することが多く、大抵は5匹程度だが、50匹近い大所帯になることもしばしばある。一対一であれば戦闘素人の大人でも倒せるが、子供がひと気のないところで独り歩きしていると連れ去られて食べられてしまうことがある。
とにかくずるがしこく仲間と連携をとるので、数が増える程対処は難しくなる。役割が決められた状態で群れが成熟していくと、リーダーが決まり、斥候役が決まり、投擲などの遠距離攻撃をする者、前衛で棍棒を振り回す者などが専門性を増していき、体格や装いなどにも特徴が現れるようになる。リーダーがより多くの取り分を得るので、リーダーは特に体格がいい。と言っても成人男性の腿丈だった体高が腰丈になる程度だが。
それでも何の備えもない、山の中にひっそりと住む人々では、10匹にも満たないゴブリンの群れに襲撃されただけでも壊滅してしまうのである。
一口だけ齧って打ち捨てられたりんごが転がっている。ゴブリンは飢えをしのぐためだけではなく、享楽にふけるために略奪を行うことが確認されている。男性は反撃される恐れがあるのですぐ殺されるが、女性はしばらく痛めつけられる。叫び声をあげるたびに下卑た笑い声をあげるのだと、命からがら逃げだした女性が証言するのを何度か聞いたことがある。とは言え、一部で疑われているような人族の女性を犯して繁殖しているというのはデマだ。ゴブリンに襲われ殺された女性の陰部がずたずたにされていることが多々あるのでそのような噂がたつのも無理はないが、そもそもゴブリンの死体を調べても生殖器が見当たらないのだ。どうやって繁殖しているのかが解明されていないのも、精霊の一種と言われる所以である。
「他の村を探そう。我々にできることは何もなさそうだ」
「はい」
この村には生きている人はもとより、死体も見当たらない。ゴブリンが持ち去った可能性も無くはないが、近隣の村に助けを求めて移動した可能性もある。
最初に見つけた村からは街道というには粗末な、獣道よりはましというような道が続いていたので、そこを歩くこと一日半、別の村にたどり着いた。
予想通り逃げてきたと思われる村人が、当地の村人と話し合っているところだった。村同士の付き合いがあるのか、あちこちで知り合い同士が話し合っているという感じだ。
「な、なんだあ、あんたら。おいらたちの村の方から来たんか」
森奥の村から来たと思われる男性から声を掛けられる。
「ああ、我々は山を越えてきた。村に誰も居なかったが、何かに襲われでもしたかね」
返答したのはリナリアなのだが、これ私の真似をしてるのかね。どうも私以外には尊大な話し方をしているのが気になる。
村人たちにどよめきが走る。冒険者か、あの山を越えて来たって、たった二人、あの軽装で、と当然の疑問が村人たちの間で囁かれているのが聞こえるが、直接聞かれたわけではないのでわざわざ答えない。
「我々は冒険者だ、多少の戦闘力を有している。依頼があるのなら聞いても良い」
リナリア、親切心はわかるけど、その聞き方どうにかならない?
と、私がどうなるか様子を窺っていると、かえって尊大さが自信の表れと捉えてもらえたのかそれぞれの村長だという老人が二人出てきた。
「あんたがたはエルフに、もう一人は人族の少年か? 昔、君のような見た目で魔王と呼ばれた実力者がおってな、華奢な美人と年若い子供でも実力者というなら信じようと思う。何より頂にバジリスクが住むと言われているあの山を越えて来られたという事だ。信じるには十分だろう」
そういえば、私の髪は生体魔法で真っ黒に変えている。城塞都市での出来事が広まっていれば白髪と少年というだけで悪目立ちする可能性は大いにあるからね。
それにこの老人が言っているのは前世の私の可能性が高い。死んだのはほんの15年ほど前だという事がわかっているから、大人であれば私の事を知っていてもおかしくはない。
と言っても、派手に騒がれたのはそれよりさらに昔だから、まあ、このご老人くらいが私の噂をリアタイで聞いていた年齢だろうとは思う。
依頼を出すかはともかく、現状について説明してくれるという事になったので、当地、ヴェルト村の村長宅にお邪魔することになった。奥地のフォレ村の村長なども同席している。
実は既に領主に対して依頼が出されている案件らしく、何度か騎士や冒険者が来たらしいのだが、問題の解決には至らなかったのだという。
「田畑を荒らされるので、獣かとも思ったが、あれはゴブリンだった」
農民の一人がそういうのを、村で唯一狩りを専門にしているというシェサルという中年の男性が補足する。
「確かに形はゴブリンだったが、あれはゴブリンじゃねえ」
ゴブリンの群れを率いるリーダーよりもさらに一回り以上大きい、成人男性の胸くらいの体高で、やや猫背の姿勢、先端の尖った耳、緑色の肌とゴブリンと共通の特徴を持った二足歩行の魔物だったという。さらに泥を塗ったのか足回りに縞模様があったとも。
さらに被害状況について詳しく聞いてみると、畑は荒らされたが作物は掘り返されただけのモノが多く、食べるためというよりは悪戯としてやられたと証言したものも居れば、森で野草つみなど一人で入った者が襲撃され、大怪我を負った者もいれば、1人、殺されてしまった子供もいるという。成人男性でも襲撃されると歯が立たず、薪を拾いに森に入った一人やもめの中年男性はやたらめたらに手元の木の棒を振り回して何とか牽制して逃げ出せたという。その人は太ももに深い傷を負ってヴェルト村で魔女様と呼ばれる老女の家で療養しているそうだ。
雪解けをした春先の、種を植える前に合同で討伐しなければ、来年の冬への備えができなくなるかもしれないと、備蓄を持ち合って村人総出で避難してきたのだという。
単独のゴブリンにしては大きい被害だが、群れにしては小さい。
「リナリア、どう思う」
「え、ええ。二足歩行の他の魔物の可能性も否定できませんが、そのサイズの魔物には心当たりありません。突発的な異常個体かと」
リナリアはこのところ上の空の事がある。話を聞いていない訳ではないが、何か気になることがあるようだ。
「では、私が森に入って調べてみよう」
「それはありがたい話だが、何分どちらの村も自給自足で蓄えもゴブリン被害で足りるかどうかという状況。報酬を支払う手立てがねえ。自分たちでやるから、お前さん方はその先の道から街道へ出て、マルシャンかココマールかへ向かうと良い。こんな村に居ても何もしてやれねえよ」
ふむ、報酬か。研究材料としてゴブリンの死体が欲しいだけなんだが、子供が死んでいるというし、あまり無神経なことも言えないな。というか、マルシャンって皇帝土竜が出たカザフ辺境伯領城塞都市があるローレンツ王国の隣国にある商業都市じゃないか。いつの間にか国境を越えてしまっていたのか。
「実はここらの通貨を持っていないのでね。マジックバックに肉の塩漬けを入れてあるからそれを売りたい。あとは異常個体のゴブリンの死体をもらえれば、こちらとしては報酬として十分なのだが、どうかね」
ざわめきだす村人たち。
「そ、そんなのでいいなら。街とのやり取りでいくらかは現金もある。だが、当然わしらに君たちの身の安全を保障することはできんぞ」
交渉成立だ。とは言え、今の私はほとんど魔法が使えない。探知魔法の取得は何度も試しているが、音を司る者も波を司る者も全く反応がないのだ。生体を司る者の速さが異常だったのだ。泥臭くやるしかない。
薪拾いに駆り出された子供という設定で、周囲の痕跡を探りながらゴブリンをおびき出せればいいが、痕跡を追ってねぐらを探し出す必要もあるかもしれない。
リナリアには村の防衛をしてもらおう。
「リナリア、生体魔法で13歳くらいの見た目にしてみたんだがどうだ」
外見の特徴はそのままに成長度合いだけ引き下げた容貌をリナリアに評価してもらう。
「あんまり変わってません」
「何やってるんだこの人たち」
リナリアはしぶしぶという様相で村の守りを受け入れてくれた。囮という役周りのため付き添いが居ては意味がないという説得を聞き入れてくれてよかった。
村から1、2時間程度の森の中。
広葉樹が多い為、足元は落ち葉に覆われ足跡は見つけられなかったが、何種かの生き物の糞を見つけたので薪を拾いつつ無防備を装っていると、早速ゴブリンが現れた。だが、これは普通のゴブリンだ。リーダーと投擲手が一匹ずつ、石製の手斧と木製の棍棒を持った前衛がそれぞれ1匹の計4匹だった。練度は高そうだが、このぐらいの相手ならマジックバック内の武器で簡単に殺せる。
しかし問題は、それをどこかで異常個体が見ていないとも限らないことだ。私は無様に逃げながら事故に見せかけて殺そうと走り出した。ゴブリンたちは嬉々として追ってきている。
巨大な木の根が露出した陰に隠れ、突出してきていた棍棒持ちの前衛の頸椎を捻り息の根を止めてから足元に露出している岩に頭を叩きつけてわかりやすい傷をつけてやる。そして再度逃げる姿をゴブリンたちに晒す。想定通りゴブリンたちは興奮していて前衛が倒れているのも、足を引っかけて誤って頭を打った間抜けぐらいにしか思っていないようで変わらず追いかけてくる。
石斧持ちも同じように始末し、靴を片方見えやすいところに放り捨ててそれに注目しているところを後ろから回り込んで投擲手を仕留める。リーダーはそこでようやく孤立したことに気付く。
後の祭りである。
リーダーは仲間の死体を確認しながら引き返していく。死体の痕跡を調査しているというよりは、狼狽えて生きていないか本当に死んでしまっているのか確認している様子だった。どこか哀れじみた奴の動きを観察しながら追跡する。
奴が異常個体と繋がりがあるかは期待薄だった。
異常個体というのは同種から排斥されるものである。ある程度知能のある人間であれば多様性が集団の生存可能性を高めることを理解するが、人間同士であっても元から知能が低く教育を十分に受けられなければ、自分と違うという事が受け入れられないことはよくある。また、多様性が調和を乱し、集団を混乱に陥れるリスクがあることも事実である。
つまり、異常個体は孤立している可能性が高い。
結局リーダーは4匹分の痕跡が残る住処にたどり着いただけだったので私は引導を渡しその場を去った。
日が暮れる前に村へ戻ると村人たちは相変わらず立ち話をしている。
「取り合えず一日目は成果無だ」
村長宅で私の一日の動きを報告する中でなんとはなしにゴブリンの4匹組を討伐したという話をした際に、それは成果だと声を揃えられた。
「単独のゴブリンはともかく、練度の高いチームを組んでるゴブリンは村人では歯が立たねえ。それだけでも報酬を別に考える必要がある」
私は報酬を固辞し、ハンターギルドで換金するから問題ないと何とか説得した。
それから用意してもらうことになっている夕食を待つ間、“魔女様”のもとで療養しているという目撃者の男性に話を聞きに行くことにした。
「エスカ様……!?」
村で魔女様と呼ばれていた老女は私が研究室の管理を任せていたアドミナスであった。老女と言っても艶やかな黒髪を後ろで束ねており、顔を見てもあるかないかの薄い皺、背筋もまっすぐ姿勢がよく、初対面であれば年齢が50を超えていることはわからないであろう。昔から美しい女性だったが、今も磨きがかかっているようだ。いくらか教えていた錬金術を用いて村のために薬やスパイスの調合をしているという。
私の外見は髪色が違うくらいなので、毎日顔を合わせていたような知り合いには気付かれるか。
「驚きました。亡くなったと聞いていましたので」
「死んだとも。苦労を掛けたかね」
「いえ、私はもともと流浪の身ですので。それにいざという時のためにといろいろ考えてくださっていたので、管理者としての仕事が少なくて困ったくらいですわ」
ホホホ……、と上品にほほ笑むアドミナスの目じりに涙が滲んでいる。
「急なことですまなかった。アドミナスの実力であれば王都でも薬師をできたと思うが」
「わたくしの悪い癖ですわ。どのみちエスカ様のおかげでお金には困っておりませんので、気がむくままに地方を回っておりますの」
いくつか新しい薬草も見つけたんですよ、と笑う。
「魔女様が笑っているの初めて見たな」
目撃者の男性テモワンは今回療養する以外でも何度かとなり村であるここでアドミナスの薬に世話になることがあったそうだが、いつも無表情なのが気になっていたという。
ともあれ、偶然の再会に喜んで話に花を咲かせていては夕食の時間になってしまうので、テモワンの話を聞くことにした。
テモワンの話は村長から又聞きした話と大きな差は無かったが、一瞬で視界から消えて背後をとられたというので特殊な移動手段を持っている事が推測された。
最悪のケースで言えば空間魔法だ。瞬間移動のようなものができるようになっていれば苦戦するかもしれない。
しかし、魔獣が魔法を取得するのは環境に適応しようとした結果であることが大多数。それに空間魔法は理を修めるのも難しいし、契約も難しい。マジックバック用の空間拡張が魔術書として流通しているが、写本も高額の部類だし、空間拡張についてしか書かれていないのに大体5巻くらいに分かれて刊行されている。それを知能の低い魔獣が使いこなすというのは可能性が限りなく低い。
可能性で言えば身体強化系の魔法を偶然取得して、高速移動できるようになっているというのが最も妥当な推測だろう。
そして可能性が捨てきれないのが人為的なゴブリンの強化である。
足に縞模様があるという話だったが、それが入れ墨であれば、魔術師か入れ墨師が魔法陣を彫り込む実験をして逃げ出した可能性はある。魔法陣を入れ墨するのは危険だからやらないというのが常識だが、得られる対価は非常に大きい。危険を冒す者が後を絶たない。それにゴブリンで実験して問題がなければ人間に施術するというやり方はリスク回避としてはあり得る。
問題は無理やり実験動物にされたゴブリンが魔法を使うための契約ができるのかという事だ。魔物が魔法を使うようになるのは、環境によって過度なストレスに晒されることによって、必要性が生じて魔法を望むことで偶発的に現象を司る者との契約に至るのだ。魔法陣だけ掘っても契約が出来なければただの模様である。それでは実験がそもそも成り立たない。
ともあれ囮をしていていつの間にか背後を取られるという恐れがあるという事は念頭に置いておこう。
村はリナリアに守らせているが、採取などをしなければ村の生活は成り立たないというので、自衛のための武器をいくつか提供した。戦闘の素人であるから、ナイフとしても使え、なおかつ柄を長くするボタンを押すと槍としても使える道具をマジックバックにあった5本分貸出し、森に入る者に持たせるようにした。これは魔道具ではなく、柄に伸縮性を持たせるための細工の所為で強度が不足しているが、突発的な事態で身を守る事はできるだろう。
また、村には銃が戦争に駆り出された時に拝借してそのままというものが一丁だけあって、それはシェサルが持って狩りに出ていた。弾薬が無限にあるわけではないので、基本は頑丈な槍を持って森に入って、罠にかかった獲物をとるが、使い時を選んで銃を使用する場合もある。
その日は獣一頭も出くわさず、薪とアドミナスに頼まれた薬草をとって帰ることになった。
夕日が射す頃に村にたどり着くと、村人たちが広場に集まってざわついている。何事かと近付くと、シェサルが獣だと思って撃ったモノが件のゴブリンで、心臓近くに当たったはずなのに逃げ出したというのだ。
シェサルは手負いのはずなのにものすごい速さで逃げていくゴブリンに、夕暮れ間近という時間のためどうすることもできず、ひとまず帰ってきたのだという。
「では、明朝現場を見てみよう。血の跡が残っているかもしれない」
何人か有志を募り、夜明けすぐに出発することにした。
「師匠、何か……」
「ん? どうしたリナリア」
「いえ、何でもありません」
リナリアの魂魄魔法による索敵は何度か試したが、森を覆うほどの長距離は不可能な上、リナリアが無防備になることからやらせていない。リナリアはやれることが少なくて拗ねているのかもしれない。
私とシェサルと数人の若者で向かうと、現場にはゴブリン特有の緑色の血液が点々と続いていた。これをたどればゴブリンにたどり着けるだろう。逃げているうちに力尽きているかもしれないし、洞窟かどこかで傷を癒しているかもしれない。
しばらく歩くと、立ち止まったのかかなりの量の血だまりが見受けられたが、そこから血液が途切れたかのように見えた。しかし、よく見ると木に寄りかかったのか、血液の着いた手で体を支えたような跡がぽつりぽつりと残っているのに気付いた。
手分けして探しながら、痕跡を追う。その道のりはぐるっと回るように引き返しているようだった。まさか、血が止まったから反撃に向かったのだろうか?
緊張しながら進むと、とうとうゴブリンの死体も血痕も見つけられないまま村の近くまで来てしまった。
まだ日は高いからこのまま周囲を手分けして探そうかと話していると、村から悲鳴が聞こえた。
「キャアアア!!」
全員が間髪入れず走り出す。見ると見た目はゴブリン、体高は通常の倍近くある異常個体がたった一匹で村の中で暴れているのが見えた。若い娘が追い回されている。
そこへリナリアが仕込みナイフを伸長させ槍状にして若い娘と異常個体との間に割って入った。無論魔法を使えば討伐は難なくできただろうが、魂魄魔法は火魔法などと異なり見た目で発動が分かりにくく、見るものに恐怖を与えるから基本的には避けているのだ。特に衆人環視の中堂々と使用することはない。
槍は異常個体の胸に差し込まれたが、柄が耐え切れず途中で折れてしまった。しかし、心臓には届いたはずだ。
未だ絶命せず悶えている異常個体の爪が当たらないとも限らないので、距離を置くリナリアと若い村娘。
激しく暴れているが、立ち上がるのは無理なようだ。
ようやくたどり着いたシェサルが頭部に銃口を突き付け止めを刺す。
なんか私、いいとこなしだな。まあ、けが人が新たに出なくて良かったか。
異常個体を調べてみると、脚部の縞模様は魔法陣の一種だった。無謀にも村を襲った理由はわからないが、ゴブリンは復讐心に憑りつかれて生存を度外視した動きをすることがあるから、シェサルが居ぬ間に村を滅茶苦茶にしてやろうと思ったのかもしれない。
「やはり」
リナリアが深刻な面持ちで、しゃがみこんでいる私の後ろに立つ。
「何かね」
「師匠、私、このところ魂が見えないのに視線だけを感じることがありまして。やはりこいつが原因だったようです」
「魂が見えない?」
「こう近くで注意深く見て初めて分かるくらい魂が希薄なんです。スタンピードの中、今の姿の師匠を初めて見た時に似ています」
「生まれたての魂という事か?」
「その可能性は高いと思います」
つまり、元からいるゴブリンを捕まえて魔法陣を掘ったのではなく、ゴブリンそのものを作り出したという事か。
確かに脚部の魔法陣は初めて見るもので読み解くのは困難だが、身体強化の類ではない様だ。
「こういうのをやるのって私は一人だけ心当たりがあるのだが」
「奇遇ですね、私もです」
「「ニッポンからの転移者マイケル!!」」
そうだ、あのトラブルメーカー。
ローレンツ王国王都にある冒険者ギルド本部の本部長にして、転移者。
そして光の魔人でもあり、鑑定魔法などというものを、記憶を司る者、生体を司る者、光を司る者を巻き込んで存在させてしまった張本人でもある。
マイケルの祖国では転移者や転生者は存在しなかったのにも関わらず、らのべとか言うので物語が盛んに執筆されていたようだ。だからというか、マイケルの魔法知識はどこかおかしい。
魔素がどうのとか、魔力切れがどうのとかよくわからない事ばかりを言っていて、レベルが上がってスキルが発現しないのはおかしいなどと、世の摂理に文句をつけていた。
そして、無いなら自分が創るというのがマイケルの考え方である。
冒険者ギルドの長などというものに上り詰めたのも、宮廷の次に魔物や魔法の情報が集まってくるからという理由からだ。宮廷で勤めるには余程突出した能力か貴族位でもなければいけないから現実的ではなかったのだろう。
ゴブリンについても小さいだの種類が少ないだのと文句を言っていたから、もしかするとその研究成果の一つが逃げ出したのかもしれない。
辺境の城塞都市近くの森の中に秘密の研究所を建てて、そこから逃げ出した異常個体が私たちと同じように皇帝土竜の洞窟を迷い続けて偶然フォレ村近くの出口から出てきたというのは如何にもありそうな話である。
「難しい話は後にして、今日は肉でも焼いてぱっと飲みましょうや」
「うちのかあちゃん手製のエールもありますで」
私は結局いくらか食用にできる獣を道すがら狩猟して提供したばかりでこの件では役に立てなかったが、せっかくだしご相伴に預かるとするか。
ここは山の中だからか水がよくて、自家製エールがどこの家庭のもうまいのだ。井戸からくみ上げた地下水も煮沸せず飲んでもお腹を壊さないくらいだ。
村人たちは種付け時期前に村に戻れることを喜んだり、犠牲になった子供が好きだったというシチューを頬張りながら思い出話をしていた。異常個体ほどの脅威はないとしても、山の中で暮らすというのは野生の獣との生存競争の毎日のはずだが、彼らは前向きだった。
さて、マイケルに会って真相を聞き出すためにまた国境を越えてとんぼ返りして王都へ向かうかとも思ったが、別にそんなことは私の義務でもないし、せっかく国境を超えたのだから洋上貿易都市ココマールへ向かって珍しいものがないか物色してみるのもいいかと思い直した。
もしマイケルが魔物の新種を生み出す研究をしているとすると、あのゴブリンだけではない可能性もあったが、城塞都市の面々ならば苦戦することはないだろうし、何より脳髄次郎もいる。
冒険者ギルド経由で情報共有くらいしておけばいいだろう。
リナリアはエールが気に入ったようで村人に絡んで楽しそうにしている。
昼間のあたたかな日差しは鳴りを潜めて、少し肌寒い夜風がエールで火照った頬を撫でる。
街中と違って高度な文明らしいものはないが、このような牧歌的な雰囲気に包まれていると、聖女殺しの疑いをかけられて王都を離れ牧場で生活していた時を思い出す。
まあ、聖女殺し自体は事実なのだけれども、街の住民全てがアンデッド化したのまで私の所為にされて説明が面倒くさくなって逃げ出したのだったが、案外田舎暮らしも不便さに慣れれば悪くなかった。
いつか定住する気になったらまた街の喧騒から離れて暮らすのもいいかもしれないなと思いながら満月と篝火に照らされるホムンクルスの青白い肌を眺めるのだった。




