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9 そして週末がやってきた。


「……どうもごちそうさまでした」

「どういたしまして。美味い定食屋に連れていってもらったお礼だから」


 連れていった覚えはない!

 勝手についてきただけでしょーが!!


「じゃあ失礼します」

 わたしはペコリと頭を下げてそそくさと歩き出す。

 思いもよらぬ速水からの脅迫で、わたしはかなり腹が立っていた。

 同時に、早くここを立ち去らねばという警報が頭の中で鳴っている。


――これ以上速水に近付いてはいけない。


 本能がそう、継げている。

 あれだけ食べたかったコロッケ定食を収めたお腹は満たされてすっごく幸せな気分を壊されたくないから?

 それももちろんある。

 だけどそうじゃない、何かをわたしは怖れているんだ。


 とにかくこれ以上あの悪魔と一緒にいたくない。頭がパニックを起こしそう――。


「ってなんでいるの?!」

「え? だって女の子が夜道を一人歩きしたら危険だろ」

「……よく見て!!」


 わたしが指し示した先。商店街は通勤通学の帰宅ラッシュで人が行き交い、お店は閉店前で活気づき、街灯はずっと先まで煌々と点いている。


「どこもまったく危険じゃないから!! わかったらさっさと駅に戻って!!」

「せっかく綺麗になったのに、そういう強がるところは昔のままだな」

「…………」


 なんじゃその言い草はーっ!!!


 人間、あまりに腹が立つと言葉が出てこないものだ。

 それに、せっかくお腹に入ったコロッケ定食の余韻を穢したくない。

 よしわかった早く帰ってビールを飲もう!! そしてコロッケ定食を食べたこと以外はすべて忘れよう!!


 わたしは速水を無視して猛烈に足早に歩く。けれど速水は平然と普通に歩いてついてくる。

 くそーっ身長と足の長さに負けてる!!



 おまけにアパートまでの道、速水はテンション高く何やらいろいろとしゃべり続ける。



「この前吉野さんがさあ、当直代わってくれって言ってきて、その代わりにスペシャルイベントを企画するからって。それが週末の遊園地イベントだったんだな!」


 な! て言われても。


「遊園地なんて、子どものとき以来かも。何に乗ろうかな。やっぱコースター系?」


 知るか。勝手に乗ってろ!


「コーヒーカップとかメリーゴーランドとかもいいよな。定番じゃね?」


 はいはい定番にでも何でもお好きにどうぞ。


 こんな風にわたしは脳内ツッコミ入れつつさらりと無視。

 そっちが脅迫なら、こっちは無視よ!

 それでも速水のハイテンションは止まらない。


 少しは空気読め!!


 アパートに近付くにしたがって、苛立ちに混ざって不安と自分でも説明のつかないドキドキが襲ってきて、本当にもうわたしはいっぱいいっぱいで最後には小走りになっていた。


 しかし速水はそれでも平然とついてきて、アパートの前まできたら「いい腹ごなしになったな」とか言って笑っている。


「…………」


 結局、どこかで恐れていた瞬間がやってきてしまった。

『上がってお茶でも』って言うシチュエーションは避けたかったのに。



 でも、そのセリフ言わなくても、わたし許されるよね?

 わたしのドキドキの原因はそれだ。

 ここまでの流れなら普通、そうなる。

 でもわたしは、もう速水を家に入れたくない。

 これ以上、乱されたくない――。



「じゃ、週末にな!」


 わたしの悶々とした思考をあっけらかんと明るい声が遮った。

 見れは速水は上機嫌で去っていく。鼻歌を口ずさんで。



「一体なんなの?!」



 腹立たしさと脱力感で、私はその後ビールを二缶も開けてしまったのだった。







そして週末がやってきた。



 待ち合わせ場所に一番に行く! という愛美に引っ張られ、待ち合わせ時間の三十分も前に来たのに、なんとそこには吉野さんがいた。



「いやー、よかったよ村上さんも来られて!」


 吉野さんは今日も上機嫌だ。きっと、この人はいつも上機嫌なんだろう。それで幸福を呼び寄せている人なのだと思う。年上の貫禄というか、カリスマを感じる。



「あたしが口説いたんですよ。吉野さん、褒めてください!」

 愛美はちゃっかり吉野さんにアピールしている。

「うんうん、いい子いい子」

 吉野さんは愛美の頭をぽんぽんと軽くなでる。

 じゃれ合っている二人がうまくいくといいな、とぼんやり考えていると、


「おはようございまーす」


 颯爽と現れた悪魔からわたしはサッと目を逸らした。


「うっわ、速水くんこの前と雰囲気違うねー、イケメン度増し増しじゃん!」

「ありがとうございます!」


 愛美のツッコミにハキハキと答える速水は確かにすごくカッコよかった。

 デニムに白いデザインTシャツに黒い革スニーカーというシンプルさながら、時計や鞄がさりげなく凝ったデザインの物で、こなれたオシャレ感がある。


「合コンのときのスーツもカッコよかったけど、カジュアルも似合うね! スタイルいいからかな。何かスポーツやってたの?」

「高校までサッカーやってたんだ」


 高校、というワードにぎくりとして速水をちら、と睨む。



 約束通り来たんだからね絶対に同級生だったこと言わないでよね!!



「ちなみにオレはテニス部だけどね!」

 横から入ってきた吉野さんに愛美が笑う。

「吉野さんには聞いてませーん」

「つれないなあ愛美ちゃんは。ねえ、村上さん」


 急に話を振られてわたしはハッとする。


「は、はい?!」

「愛美ちゃんがつれないんだよ。速水ばっかり褒めてさ」


 あはは、ととりあえず笑ってごまかしていると、横から速水がとんでもないことを言った。


「吉野さん、俺、今日は村上さんと遊園地回るんで」


 はあああ?!

 何言ってんのこの人!!


 さすがの吉野さんも愛美もぽかんとしてるじゃない!!


「速水、まだ全員揃ってないから先約はちょっとなあ」

「速水くん、わかりやすすぎるね……」


 この気まずい空気どうすんのよっ、と思っていると、真希ちゃんや亜紀ちゃん、若松さんと、最後に黒田さんが続々とやってきた。


「うわー、久しぶりーって一週間ぶりじゃん」


 真希ちゃんと亜紀ちゃんとも再会を喜び、わたしはさっきのことを記憶から抹消しようと誓った。



 せっかくの休日にせっかく来たんだもの。楽しまなくちゃ!



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