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5 どっち? どっちなの?


 ごうんごうんと洗濯機が回る音をBGMに、わたしたちは小さなキッチンテーブルに向かい合う。


 わたしは目のやり場に困って、ずっとサンドイッチのお皿とカフェオレのカップを睨んでもそもそと食べていた。


 やや浅黒い肌は無駄な綺麗なほど脂肪がついてない。しなやかな筋肉の線が妙にセクシーで、意外に厚い胸板に心臓が口から飛び出しそうなくらいドキドキしてしまう。


「料理、上手だね」

 いきなり言われて、なんのことかわからずわたしは顔を上げた。

「サンドイッチさ。美味い」


 食パンにマヨネーズを塗って、ハムとチーズを挟んだだけの物だ。


「そんなこと……こんなの料理にもならないですし。て、ていうか、逆にすみません、そんな気を使わせてしまって」

「気なんか使ってないよ。俺はお世辞とかは言えない性質タチだから」


――お世辞とか無理。

 昔、速水がそう言っていたことを思い出してとくん、と心臓が揺れる。


 やっぱり、この人はわたしが失恋した速水廉だ。


 それなのに、どうしてわたしを送ってきたの?

 昔振った女の介抱なんて、なんでするの?

 吉野さんから言われたとはいえ、断ることはできたはずだ。


 そう思うと、やっぱり速水じゃなくて他人の空似なのかもって思ってしまう。



 どっち? どっちなの?

 わたしはずっと、揺れている。核心を突けないまま、ずるずるとここまで引きずっている。



「それにさ、急に何か食べるってなったとき、ちゃんと食材が揃ってるってことが素晴らしいんだよ。俺なんか冷蔵庫に脱臭剤しか入ってないかも」

「一人暮らし、なんですか?」

「うん。病院の近くじゃないとダメだからさ、医者って」


 そういえば黒田さんと若松さんが言っていた。当番の医師はとコールという急患の呼び出しがあれば何を置いても病院に急行しなくてはいけないのだと。

 それが原因でデートを途中ですっぽかしてフラれたことがある、と吉野さんもぼやいていた。


 速水はサンドイッチをきれいにたいらげ、カフェオレを飲み干した。


「はあ、美味かった。ごちそうさま」

「お粗末さまでした」


 タイミングよく洗濯機の終了音が鳴る。速水は洗面所からランニングとTシャツを取って、さらりと被った。



 10年前、部活に行く前も教室でそうやって着替えていた姿に重なる。

『両腕を先に通すなんて小っちゃい子みたい』『うっせーな』

 10年前の会話が鮮やかによみがえって、胸がずきりと痛む。

――やっぱり、この人は速水なんだ。



「あの、御迷惑おかけして本当にすみませんでした」

 わたしは立ちあがり、頭を下げる。このまま玄関までさりげなくお見送りしよう。


 空気を察したのか、速水も立ち上がった。

「ごめんね、せっかくの休日の朝にいつまでもいちゃって」

「いえ、そんな。わたしが御迷惑おかけしたんですから」


 数歩先の玄関がものすごく遠く感じる。

 早く、ここから速水に出ていってもらいたかった。


「帰り気を付けてください。あっ、そうだ、ここまでの交通費をお支払いします」

 危うく忘れるところだった!

 わたしがカバンからあたふたと財布を出そうとすると、頭上から黒いスマホが差し出される。


「今度でいいよ。だから連絡先を交換しない?」

 その笑顔に。軽い言い方に。わたしの中で何かがぶつんと切れた。



「……嫌です」

「え?」

「連絡先、交換しません。だからこれ、受け取ってください!」


 わたしは財布から一万円札を出して速水に押しつけながら玄関へ押し出した。


「え? ちょ、急にどうした?」

「急じゃない! わたしは昨日からずっと……嫌だった!」

 堰き止めていた気持ちがドッと溢れ出す。


 そう、わたしは嫌だったんだ。


 失恋した相手が目の前に現れて。

 しかも、その拗らせた失恋がやっと吹っ切れて、恋愛に前向きになるぞ、って思って参加した合コンにその失恋相手が現れるなんて、あんまりだ。


「わたしはそんな平気な顔できない! 忘れてないし、なかったことにもできない!」


……言ってしまった。

 この人が他人の空似の同姓同名の人物だったら、さぞ腹を立てるだろう。


 そう思った瞬間、玄関までわたしに押されるままだった速水がわたしを推し返してきて、わたしは抵抗もできないまま壁際まで追い詰められた!


 どんっ、と背中にひやりとした壁の感触が当たる。

 切れ長の少し色素の薄い澄んだ瞳が、鋭くわたしを捕らえるように見つめる。

 怒っている。

 しまった、やっぱり他人の空似、まさかの人違いだった?!




「……俺が平気だったと思ってるの?」

 低い声に、わたしは目を上げた。

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