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4 起きたらキッチンに失恋相手が寝ていた。


 喉の渇きで目が覚めた。

「う……いたっ」

 頭がひどく痛い。

 動くと頭の中でごろんごろんと錘が動くような感覚の中、昨日の記憶がフラッシュバックする。


 飲み過ぎた。たぶん。

 とにかく笑って、すっごい楽しかったことしか覚えてない。

 どうやって家に帰ったのか、そしてたぶんシャワーを浴びてTシャツと短パンでベッドに入っているんだけど、どうやってそうなたのかまったく記憶がない。


「はああああ……」

 わたしは深い深い溜息をついた。

 27歳にして記憶を無くすほど飲んだくれるなんて……。


 それもこれも、合コンに現れた10年前の失恋相手のせいだ。

――速水廉。

 同姓同名の別人かと思いたかった。

 でも、たぶんあれはわたしが失恋した速水廉だったと思う。



 合コンに失恋した人が来るなんて……有り得ないにもほどがある。



 カーテンを開けて、窓を開ける。梅雨時の朝の涼しさと湿気が部屋に入ってくる。大きく息を吸うと、少し気分も良くなった。

 とりあえず水を飲みたい。



 頭痛をこらえて立ち上がり、部屋に続くキッチンスペースに足を踏み入れようとして、わたしは足を止めた。



 キッチンとキッチンテーブルの間に転がった虫、じゃなくて大きな人影を見て。



「ひっ……!!」


 彫刻のような上半身にトランクス姿のその男は。

――速水廉!



 死んでる?!

 いや死んでないか、かすかな寝息が聞こえる。


 ていうかなんでパンイチ?!


 まさか、と脳裏に最悪な事態がよぎる。

 まさか、酔った勢いで速水とそういうことしてしまった?!


「…………」

 痛む頭を抱えて記憶の底をさらっても、お酒をガンガン飲んで楽しかったことしかやっぱり思い出せない。

 わたしのバカっ!!


「ん……」

 ごろん、と床の速水がみじろぎしたのでわたしは高速で後じさる。ゴキブリにだってこんな反応はしないだろう。

 わたしはゴキブリと対決はできるけど、パンイチの男性(しかも過去の失恋相手)と対面する勇気と経験値は持ち合わせてない。



「あ、おはよ」

「!!」

 床の上から突然言われてさらに部屋の奥へ後退する。

「お、おおおおおはようございます!!」



 のっそりと起き上がった速水は、頭をがしがし搔きながら眠そうに言った。

「悪いんだけど、洗濯機貸してくれる?」

「へ?」

「いや、昨日飲み会の前に超ダッシュしたから汗だくだったんで……さすがにそれ着て帰るのはちょっとね。ランニングとTシャツ、洗って乾かさせてもらえたらありがたいんだけど。あと、昨日シャワー借りたときタオルも使わせてもらったからそれも洗って返したい」


 シャワーを使ったですって?!

 ど、どどどういうこと?!


「いいかな」

「あ、ああああああはい! どうぞそうぞ! 使ってください!」

「さんきゅうー」


 速水はのっそり起き上がって洗面所に入った。

 わたしはその姿を直視できず視線を泳がせ、グレーのティーシャツ(もちろんノーブラ)に紺色の短パンという自分の格好に真っ青になる。



(着替えなければ!!)

 超高速で着替え(もちろん真っ先にブラジャーを付けた)、ベッドの縁に腰かけて冷静に考える。


 なぜこうなった???

 何がどうなってるの???


「気分はどう?」

 気が付くと、キッチンと部屋の間に速水が立ってペットボトルの水を飲んでいた。

「少し頭は痛いけど……だいじょうぶ、です」

 すると未開封のペットボトルがわたしに飛んできてあわてて受け止める。

「飲んだ方がいいよ。二日酔いだと熱中症になりやすいし」

「どうも……」



 そうだ。わたしは喉が渇いていたんだった。わたしはペットボトルを開ける。水がこんなに美味しいと感じるなんて。わたしは子どもみたいに水をごくごく飲んだ。



 ひと心地ついたところで、キッチンの椅子で水を飲んでいる速水に声をかける。



「あの、ありがとうございました。速水さんが送ってくれたんですよね……?」

 どう考えても、この人がわたしをここまで送ってきたんだろう。

「本当に何も覚えてないの?」

「すみません」

「いや、謝らなくてもいいけどさ」


 苦笑して、速水は語った。


 わたしは調子よく飲みまくって、悪酔いはしていないものの足どりがおぼつかなく、誰かが送ったほうがいいということになったこと。

 他の人たちも相当飲んでいたらしく、一番まともだった速水が送っていくことになったこと。


「いやあ、かなり盛り上がった飲み会だったね。女性陣も吉野さんたちも、めちゃくちゃ楽しそうだった」

「はあ……」


 それは何よりだったけれど。

 わたしはまだ確認したいことを確認できてない。


「あ、因みに何もなかったから安心して。泥酔してる子を襲うほど俺もコドモじゃないし」

 見透かされたようでドキリとしたけど、わたしはドッと脱力する。

 よかったぁ……。


 そのとき、ぐううう、という空虚な音がした。

「あ、やべ」

 速水が決まり悪そうに言ったので、わたしは思わず笑ってしまった。

「なんか買ってくる。ジャケット羽織れば上は隠せるから。洗濯機まだ終わらないし」

「ちょっと待ってください!!」


 チノパン履いてるからぎりぎりセーフかもしれないけどやっぱり上半身裸にジャケットってなんかアレだし!

 いろんな意味で申し訳なくてわたしは思わず言ってしまった。

「と、とりあえず……何か食べますか?」



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