3 合コンに遅れてきたのはまさかの失恋相手だったけれど。
気付いていませんように気付いていませんように気付いていませんように。
わたしは下を向き、和モダンな黒いテーブルの縁と自分の白いマリンパンツの膝と今日のためにサロンでフレンチネイルにした指先を睨む。
自己紹介が回ってきませんように、と心の中で念じていると、
「ごめんねえ、彩香ちゃんもこのダメ後輩のためにも一回自己紹介してやってくれる?」
と吉野さん。
ですよね……。
合コンなんだから自己紹介しないとかあり得ないですよね。
仕方ない。わたしは腹をくくった。
「あ、えと……村上彩香、です」
やっとのことで言ったけど、まともに速水の顔が見れない。
ぜったい気付いたよね?
わたしだって速水に気付いたんだから。
大人っぽくなった髪型とか、あの頃より少し痩せた体とか、爽やかなジャケット姿とかの向こうに残る、昔の面影に。
わたしはちら、と視線を速水に向ける。
速水はにこやかにこっちを見て、
「へえー、村上さん。よろしく。俺、速水廉です」
ってあっけらかんと言いながらなんかグラス持って移動してきた!!
なんで?!
しかもなんで隣に座るの?!
「おい速水、俺が村上さんと話してたんだからな」
若松さんが言うと、いいじゃないっすかー、と軽い調子で速水は返した。
「俺も村上さんと話したいし。ね! いいでしょ、村上さん」
「え?! えええええ……」
もしかして同姓同名の別人?!
速水ってこんなに軽いノリじゃなかった。
もう少しシリアスっていうか。真面目っていうか。
少なくとも合コンでいきなり隣に移動してきて先輩のツッコミを流して顔をのぞきこんでくるような陽キャ的行動をする人じゃなかったはず。
「ええー、速水くん、わかりやすすぎでしょー。せっかくなんだからさ、私たちともちょっとは話そうよー」
真希ちゃんがほっぺをふくらませて言うと、
「まあまあ、真希ちゃんはこのオジサンと話そうよー」
と吉野さん。
きっと、速水は吉野さんたちに可愛がられてるんだな。
やっぱり本物の速水だ、と確信する。
昔もサッカー部の先輩に気に入られてて、仲良かったもんね。
とくにサッカー部のエース、芹沢先輩とは好きなミュージシャンが同じで、一緒にライブに行ったりする仲だって言ってた。
あれ?
てことは、本当にわたしに気付いてないってこと?
村上彩香という高校の同級生がいたことも、忘れてしまったってこと?
わたしはこの10年、あの頃のことを忘れたことはなかったのに。
そう思うと急に胸が押しつぶされそうになって、わたしはグラスの中に残っていたお酒を一気にあおった。
「おおー村上さん、男前だねー」
なんて速水は若松さんとはしゃいでる。
その無邪気な姿にだんだん腹の底がふつふつとなってくる。
きっと少し前のわたしなら泣いてただろうけど、失恋が吹っ切れて合コンにやってきたわたしは泣くよりも腹が立った。
きれいさっぱり忘れるってどういうことよ?!
ひどくない?!
そりゃあ失恋したかもしれないけど、速水とわたしはそれまで普通に同じクラスの友達として仲が良かった。
付き合ってる? って周囲につつかれるくらい仲が良かった人間のこと、そんな簡単に忘れちゃうの?!
男として有り得ない!
「吉野さん! わたしにもライチサワー、おかわりください!!」
「了解ー、でも村上さん、大丈夫? ピッチ早くない?」
「《《ら》》いじょうぶですっ!!」
この時点ですでに大丈夫ではなかったと思うけど、愛美は「そうそう彩香、今日は飲んじゃいなよ!」とか煽るし、男性陣も「いい飲みっぷりだねえ」と誰も止めないし、わたしもなんだか腹立つやら楽しくなるやらでお酒を飲む手が止まらなくなり。
「わたしはぁ、速水さんみたいな人はぁ、大嫌いですぅからぁ、あっちいってくださーい」
すっごく楽しくて、ずうっとケラケラ笑ってたところまでは――覚えている。