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19 10年の失恋期間がわたしを踏みとどまらせる


 日曜日。

 わたしは地元の駅前で速水にピックアップしてもらった。11時に待ち合わせて、どこかのパーキングエリアでお昼を食べようという話になっていた。わたしとしては電車賃が浮くのでありがたい。後で、何かお礼をしなくては、と考えていると白いBMWがやってきた。


「おはよう」「おはよ」


 今日も暑くなりそうだった。速水はサングラスをかけている。

 眼鏡と違って、サングラスは表情が見えない。だからいい、と思うし、だから不安、とも思う。相手の気持ちが読みにくい。


「ごめんね。結局、送迎してもらってるね」

「ぜんぜん。ていうか、親孝行できてよかったよ。久しぶりに実家帰ったら、親にすごい喜ばれた」


 こうやって周囲に気を使わせないようにするところも、速水は昔と変わらない。さりげないアシスト。わたしが、速水を好きになった理由の一つでもある。


「で? 確かめたいことは確かめられたの?」


 聞かれて迷ったけれど、思いきってわたしは玲奈の話をした。



「そっか」

 高速道路を走りながら、速水は短く言った。速水にとっても、玲奈のしたことは許せないことかもしれない。


「でも、玲奈を恨まないであげて。玲奈も苦しかったんだと思う。だから」

「いや、その通りだよな。俺ってほんと、ダメな奴だったなと思っただけ」


 思わず速水を見る。運転中の速水は集中してるし、サングラスもしているし、表情がわからないけれど。


「神崎の気持ちをもっと考えるべきだった。フッた女子に自分の好きな子とか、教えてる場合じゃないよな。そりゃ傷付いて邪魔してやるって思われても仕方ない」


 驚いた。同時に、なんだか誇らしかった。わたしが失恋した人は玲奈を罵倒したりしない。玲奈も芹沢先輩も苦しかったってことを、わかってくれる。


「速水はいい人だね」


 心からの言葉だ。速水はにやっと白い歯を見せた。


「今だからそんなカッコいいこと言えるのかもしれないけどな。高校生のときに神崎の策略だったって知ってたら俺、ブチ切れてたかも」

「……たしかに」


 同じことが、わたしにも言える。


 あの頃に玲奈の話を聞いていたら、玲奈とあんな風に再会できなかったかもしれない。お互いの胸の内を言い合って、すっきりするなんてことはなかっただろう。きっと、一生わだかまってしまうような、黒いドロドロした思い出になったかもしれない。


「時間が解決することって、あるよね」


 速水に失恋したことを10年引きずって、ようやく顔を上げて恋しようと合コンに参加できたみたいに。

 長くつらい期間の後で、綺麗に咲く花もある。


 車は順調に走って、予定通りお昼頃にパーキングエリアに入った。


 夏休みに入った休日のパーキングエリアは混んでいて、わたしたちはフードコートでさっとざるそばを食べて早々に外へ出た。

 パーキングエリアの周囲の遊歩道は意外と風が気持ちよい。


「コーヒーでも買うか」

「うん。でもスタバすごい並んでるね」

「自販のコーヒーでも俺はいいよ」


 わたしももちろん自販のコーヒーでもよかったけど、速水みたいなオシャレな人はなんとなくスターバックスのコーヒーしか飲まないんじゃないか、って思っていたから。

 そう言うと、速水は精悍な眉を上げた。


「はあ? 俺のことなんだと思ってるんだよ。スタバのコーヒーしか飲まなかったらあっという間に金欠だろ」

「でも、お医者さんじゃん」

「あのな。医者って世間が思ってるほど金持ってないの。俺、まだペーペーだし。このBMWだって合コンとかで見せてる姿だって、見栄だから」


 呆れたように本音を言う速水に、なぜかわたしはホッとする。


「ゲンメツした?」

「逆。なんか安心した。あんまり昔と変わってないねって」


 わたしが笑うと、速水が急に動きを止めた。サングラスをしているからどこを見ているのかわからないけど、視線を感じるから顔を上げられない。


「村上も変わらないよな。昔も、俺がずっとずーっと村上のこと好きだったのに、ぜんぜん気付かなくて」

大きな手がわたしの手を握った。汗ばんだその手を振り払えない。さらに手に力を籠めて速水は言う。

「俺のこと避けるし」

「そ、それはだから、速水があの花火大会の時にあんなこと言うから――」

「俺はリベンジしたかったのに、クリスマスパーティーにも来なかったし」

「だ、だから! そのカン違いは解けたでしょ!」

「合コンのときも避けてただろ」


 言われて言葉が出ない。それは本当だから。


「誰といても、ずっと村上を忘れられなかった俺に神様がチャンスをくれたと思ったのに、ずっとツレないし」

「だ、だから、それはわたしは失恋したと思ってたから……」

「でも違うってわかったんだろ?」


 ささやいた速水は、わたしの肩を抱き寄せた。見晴らしのいい展望スペースは大きなケヤキの木が影を作っていて、人々はそこで憩っている。肩を抱き寄せているくらいのカップルに注目する人なんていないけど、わたしは恥ずかしくて顔から火を噴きそうだ。


「遊園地で言ったこと、覚えてる?」


 覗きこまれて、思わず顔を上げる。


「このまま付き合っちゃう? って。あれ、本気だから」

「そ、んなこと考えられないよ……わたし、あなたに失恋したってずっと思いこんでたし、そこからいきなり付き合うなんて、気持ちがついていかないし」


 わたしは遠くの山並みを見る。夏の山は濃い緑と青い空とくっきりとした夏の雲が目に心地いい。


「わたしは合コンのとき、神様のイジワルでしかないって思ったんだよ。やっと忘れられると思ったときに失恋の相手が現れるなんて」


 速水が息をのんだ。


「え、待って。それって……村上、俺のこと、ずっと想っててくれたってこと?」


 ああそうですよ。ずっと引きずってましたよ。

 そうですよ好きでしたよ。


 でもそれを言葉にできない。速水の気持ちを知っても尚、10年の失恋期間がわたしを踏みとどまらせる。27歳のわたしの打算も囁く。新しい出会いもいいよね、若松さんといい感じだったじゃん? とか。


 あの頃だったら、素直に速水に言えたかもしれない。まだ好きだと。

 でも10年の間にわたしは年齢を重ねて、素直じゃなくなったし人生を考えるようになった。


「と、とにかくね。わたしも大人の女子になったということで――」

 いきなり抱きしめられて、わたしは言葉が止まった。

「待って。すげーうれしいんだけど!」


 待ってほしいのはわたしだ。速水はうれしさ全開って感じのハグでぐるんぐるんわたしを振り回す。周囲の視線は生温かい。何かうれしいことがあったんだろうね、あのカップル、みたいな。


 だけどわたしは一人でテンパっている。胸がきゅんと締め付けられて死ぬそうだ。速水の想いがわたしの全部を抱きすくめているようで。


「再来週だったよな、地元の花火大会」

 唐突に、速水が耳元でささやく。


 刹那、耳の奥にあの夏の花火の音が蘇る。生まれて初めて好きな人と見に行って、生まれ初めて失恋したあの夏の花火を。


「あのとき一緒に見れなかった花火、見にいこうぜ!」

 わたしの身体を離した速水は、反則級の爽やかな笑顔で言うから。

「そうだね」

って思わず言っちゃったじゃん!




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