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18 懺悔じゃなく厄払い


「ああ、あれ。あれも、サッカー部の友だちにしつこく聞いたら、速水が彩香とすれ違ってるから軌道修正したいらしくて、って聞いて。おまえ速水のこともう眼中ないなら元好きだった女として協力してやれよ、ってさ。ふざけんなって思って、だからあのとき彩香に言ったの。速水、マネージャーとくっつきたいらしいからクリスマスパーティーで彩香にも協力してほしいんだってさって。彩香がマネージャーの千原と仲良いのも知ってたからね」


 さらりと玲奈は言った。わたしはアイスティーのストローがぺしゃんこになるまで噛んでいた。


 以前、愛美に失恋話をしたときに曖昧な返事をしたのは、このクリスマスパーティー事件があったからだ。


 フラれた夏以降、速水と話すことも会うことも避けていたわたしは、同じクラスのサッカー部の男子からクリスマスパーティーに誘われた。

 そこには、中学の同級生でサッカー部のマネージャーをしていた千原も、もちろん玲奈も呼ばれていた。


 そう、玲奈はわたしに千原に協力してやりなよ、と言った。


 速水もまんざらじゃなくて、同じ中学だった彩香も協力してくれればいいのに、ってぼやいてたよ、と。

 そのときのわたしは、怒りに似て悲しみにも似たぐちゃぐちゃな黒い思いに支配された。なにそれ、どういうこと。わたしをふって、千原とくっつくためのパーティーにわたしを呼ぶの?

 フラれたんじゃない。だってフラれるまでもいかなかった。 

 わたしが何か言い出す前に、速水は悲しそうな、つらそうな目をしていた。

 それまで仲良くしていたからわかる。速水のあの表情には迷惑だという感情が出ていた。


 わたしは、嫌われていたんだ、って思ったのに。

 それなのに、千原とくっつきたいから協力しろって言うの?


 そんなの、見たくない。

 わたしは、速水の姿を見るのもつらい日々だったのに。

 そう思って、高校二年生のわたしは涙をぽろぽろこぼして泣いたんだ。

 最悪のクリスマスだった。夏に引き続き、あんなに悲しかった冬はない。


 苦いことを思い出すわたしの前で、玲奈はずるずると子どもみたいにアイスティーを勢いよく飲み干した。


「彩香がクリスマスパーティーに来なかったから、あたしの思った通りになったって内心やったーって思ってた。きっと彩香は傷付いて速水のことなんかもう二度と好きにならないだろうって思って、ざまあみろ、ってね」


 淡々と語る玲奈とわたしの間には、きっとずっと見えない壁があって、その向こうでいつも玲奈はわたしに舌を出してたんだ。


『友だちだよね』ってセリフが儚いことはわかっている。わたしたちはみんな、多かれ少なかれ打算の中に生きて、いわば同盟とか協定のように互いの領域を侵害しないために『友だちだよね』って言い合うから。


「あーすっきりした」

 わたしが黙っていると、玲奈があっけらかんと言った。

「これであたしの彩香に対する黒歴史、全部言ったよ。満足?」

「ひどいね」

「ごめんね。もう10年経ってるじゃん。時効でしょ?」

「殺人は15年が時効だね」

「殺人じゃないし」

 玲奈が笑う。

「そんなこと言わずにこれでチャラにしてよ。これからも友だちでいてね、なんて言わない。許してくれなくてもいい。高校のときの友だちに『玲奈ってサイテー』って拡散してくれてもいいから」

「勝手な言い草だね。わたしがどれだけ傷付いたと思ってるの?」


 10年。わたしは失恋を10年引きずった。それはわたしだけが傷付いたものじゃなかった。

 わたしが好きだった人も苦しんでいたなんて。

 それなのにわたしは速水になんてひどい態度を取ってしまったのだろう。悔やんでも悔やみきれない。


 わたしが大きな声を出そうか迷って大きく息を吸いこんだとき、それを制するように玲奈が大げさに言った。


「だーかーらー、ごめんって! ね? 新しい命に免じて時効にしてよ」


 言われたことの意味がわからず、わたしは眉をひそめた。


「どういうこと?」

「だーかーらー、あたし妊娠してんの。妊娠五ヶ月」


 とっさに言葉が出なかった。視線だけが玲奈の腹部にいった。だぶだぶのデニムのお腹を玲奈をさすっている。たしかに、白いTシャツから出る腕の細さに比べてお腹が大きい。


「生まれてくる子には、あたしみたいな腹黒い子になってほしくない。だから厄払いのつもりで彩香に話したかったと思ってたら連絡くるんだもん。驚いたよ」

「厄払いって」


 呆れる。懺悔じゃないんだ。

 わたしの気持ちを見透かしたように玲奈が言った。


「懺悔とかしないよ。謝らない。だって、あのときのあたしもすごく苦しかったから」


 その言葉に、胸を突かれた。

 苦しかったのは、みんな同じ。

 それは真実かもしれない。


 玲奈が立ち上がった。その動作も、やけにゆっくりだ。


「もう会うこともないと思うけど、元気でね。あたし、高校卒業してからずっと、彩香の幸せを願ってた。それは本当だから」


 思わず見上げた玲奈の顔は、落ち着いていて、真剣で。

 嘘じゃないって思えた。

 だからわたしは、思わず笑った。


「ありがとう。10年越しのカン違いが解けたよ。もう会うこともないと思うけど、玲奈も赤ちゃんも、元気で」


 さようなら。


 どちらともなくそう言った。バイバイじゃなくて、さようなら。

 わたしたちはキラキラした季節を過ごしたマクドナルドで、別れた。


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