11 回るコーヒーカップと巡る過去
コーヒーカップは回る。予想以上に勢いよく回る。
だからなのか、わたしも今まで我慢してきたものが勢いよく噴き出してきた。
「どういう神経してんの?!」
「ちょ、待っ、なんでそんなに怒ってんの? 俺と付き合うのそんなにイヤ?」
イヤに決まってんでしょ!!
って言いたかった。ふざけんなって罵りたかった。
でも、わたしがずっと好きだった端整な顔が昔より大人びた表情で笑っていて。
情けないことに、わたしはこのサイテー男を罵れず、代わりに論理的な意見を述べるにとどまる。
「一度フッた女にヘラヘラして『付き合っちゃう?』とか、普通言えないよね」
速水はその切れ長の目を驚きに見開いている。
「フッた? 俺が? 村上を?」
確認すんな!! 傷口に塩塗るな!!
「……十年も前のことだからもういいけどさ」
わたしは大きく息を吐いた。頭も顔もお腹もカッカカッカと熱い。コーヒーカップの風が心地いい。
「これでもけっこう頑張って立ち直ったんだから」
「村上」
わたしは大きく息を吸って、いちばん言いたかったことを言った。
「やっと恋愛しようって気になったんだから。だからもうかき回さないでよ!」
「ちがう!」
速水の大きい声にわたしはびくっとする。
コーヒーカップは回り続ける。楽しそうな音楽に合わせてくるくる回る。周りからも楽しそうな笑い声が上がっている。
でもわたしは笑えない。速水も真剣な顔で。
「俺は村上をフッてない」
「は?」
「村上こそ、俺をずっと避けてただろ」
「は?!」
「避けられてると思ったから、合コンで再会してからも冗談言って近付くしかなかった。それでもやっぱり避けられてるけど」
「あ、当たり前でしょ、フラれた相手に愛想よくなんてできるわけないじゃ――」
そのとき、村上の手が伸びてきて、わたしの手を強く握った。
「俺は好きだったよ、村上のことが」
時が止まった。息をすることも忘れた。
気が付けばコーヒーカップも止まっていた。
わたしたちは係員の人に促されるまで、コーヒーカップの中で互いの驚いた顔を見ていた。
「放して」
わたしが言うと、速水はしぶしぶ手の力をゆるめる。そのまま手を振り切るように立ち上がってコーヒーカップから出ると、柵の向こうから黒田さんと若松さん、亜紀ちゃんがこちらに手を振っていた。
「おおーい、そこのカップル! 早く飲み物買いに行こうぜー」
黒田さんはニヤニヤしている。
「か……カップルじゃありませーん」
小走りに三人に近付くと、若松さんが拳を握った。
「よし。まだ速水には負けてない」
「若松さん、彩香ちゃん狙いってバレバレじゃないですか!」
とケラケラ笑う亜紀ちゃん。
「うん、さっき荷物持ちで打ち解けたから。村上さんには俺の秘密を知られてしまったしね」
「ええーっ、なにそれ意味深! すでに秘密を共有する仲だなんてー、これは速水くん、勝ち目ないかもよ?」
亜紀ちゃんが速水に駆け寄っていく。わたしは後ろを振り返れなかった。亜紀ちゃんと速水が何か話している会話も耳に入ってこない。若松さんと黒田さんにニコニコと笑顔て対応しながらコーヒーカップで速水が言った言葉だけが耳の奥でリフレインしている。
『俺は好きだったよ、村上のことが』
どうして。
もう振り返らないって決めたのに。
今さらどうして昔の気持ちなんか伝えたりするの。




