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 当たり前だけど、そのまま誰かに会う事無く俺は歩き疲れて部屋に戻る。テレビをつけると映像は変わらず各地の避難場所と絶界樹の情報を流していた。関東で実をつけた絶界樹がもう一本増えたみたいだ。一本に対して何人体制の配置なのだろうか。知った所でどうしようもないんだけど、ブレイバーの人達が気になった。みんな責任感が強くて良い人達だからきっと無茶でも頑張るんだろうな。

「京耶君! 夕飯食べた?」

 はずみちゃんがいつの間にか部屋の中にいる。その光景が当たり前すぎて、もう声を出す程驚けない。

「まだだけど」

「よし! んじゃ食べよう! 食べまくろう!」

 はずみちゃんはあれから飯も食わずに夕方までみっちり体を動かしていたらしく、いつもより大盛りで、いつもより一回多くお変わりしていた。

「はー! 幸せ!」

 もりもり食べながらはずみちゃんは感嘆の声を上げる。俺はおかわりをしないでコーヒーを三杯飲み終えて四杯目に突入していた。

「京耶君お腹空いてないの?」

「あんまり食欲が湧かなくてね」

 自分で自分が嫌になる。こんな言い方、どうしたの? って聞いて欲しいと言っているようなもんだ。話を聞いて欲しければ自分から言えばいいのに、こうして相手から引き出してもらおうとする自分の根性が情けない。

「具合でも悪いの?」

「いや、全然それは。何となく……ね」

「そっかぁ。じゃあ食べたら元気出るかもよ?」

 だから食欲無いって言っているだろうが。なんて言えず、はははと苦笑いを返すだけの俺にはずみちゃんは首を傾げながら食事を続けた。

 食事が終わり、食堂を後にする時にはずみちゃんを監視フロアに誘った。でも、それは断られ逆に訓練場へと連れて行かれる。

「何か溜め込んでるなら吐き出さないとね!」

 はずみちゃんは訓練場内の数あるフロアの中で一番端の扉を開けた。

「言葉にならない気持ちは拳で語ればいいのよ!」

 じゃーん。とそのフロア内にあるサンドバックの前に立つ。床は板張りで壁は全て鏡になっているそのフロアはボクシングジムみたいだった。

「んじゃプロテクター着けて。さ! 好きにしちゃって!」

 腹を満たして上機嫌なはずみちゃんに厚手のプロテクターを拳に装着された俺は目の前にある大きなサンドバックに左フックを打ち込んでみる。

 ボスッ。

 何とも気の抜けた音がしてサンドバックはちっとも揺れない。

「遠慮しないで! もっともっと!」

 俺、さっきベッドでこういうのやったんだけどな。

 はずみちゃんは腕を組んで教官のようにサンドバックの横に立ち俺に視線を送る。仕方なく今度は力一杯拳を握って渾身の右ストレートを打ち込んだ。

 バスッ。

 やはりこの大きなサンドバックはビクともしない。微妙に揺れたかも知れないがきっと俺の思い込みだろう。

「ダメダメ! そんなんじゃ! こうよこう!」

 バシーン!

 はずみちゃんが目にも留まらぬ早さで上段回し蹴りをサンドバックに打ち込むととてつもない大きな音とともにサンドバックは大きく吹っ飛んでグラングラン揺れていた。

「はずみちゃん……すごいね」

「得意技なんだ! 回し蹴り!」

 照れながら陽宮さんのように頭を掻くはずみちゃん。俺はプロテクターを外してはずみちゃんに渡した。

「何か自分でやってるよりはずみちゃんのを見てる方が気持ち良いな。もっと見せてよ」

「え? いいけど。いいの?」

 いいのいいの。とプロテクターを押し付ける。あんなの見せられた後に出来る分けないのも正直あったが、はずみちゃんの回し蹴りを見ていてスカッとしたのは本当だ。もっと見たいと思ったのも。

 はずみちゃんはプロテクターを着けてサンドバックの前でステップを踏むと突きと蹴りのコンビネーションで見事な連打撃を見せた。気持ちのいい快音がフロアに響き渡って俺は横でそれを眺める。サンドバックをボコボコにするはずみちゃんが俺の中にある葛藤めいた物をボコボコにしてくれている気がして気持ちが良かった。

 その日から二日間。俺ははずみちゃんと共に食堂と訓練場を往復するだけの日々を過ごした。サンドバックだけでは無く、トレーニングマシーンをやってみたり、はずみちゃんの正確な射撃を見ていたり。体を動かせば動かす程、葛藤は煙のように消えていく気がしたし、サンドバックを殴ったり銃を撃ったりするはずみちゃんを見ていると自分の葛藤を殺してくれている気がして気持ちが良かった。もちろん食欲も戻り、おかわりもガッツリする。何も話せていないけどもしかしたら解決は近いのかも知れない。

 でも、二日目の夜。一日が終わり、部屋に戻って何気なくテレビを点けるとそこには見た事も無い光景が映っていた。都会の建物はそのまま人気は無く、ただ木の根が巡っていてその集まる所に大きな絶界樹が伸びている。おそらく高層ビル達もその中に埋まっているのだろう。建物を崩すのではなく、縫うようにそして覆うように這う絶界樹の根がずっと広がっている。変わり果てた東京の姿。そして映像が俯瞰に変わるとまるで林のような本州が映る。まだまだ隙間はあるものの絶界樹の本数は二十を越えていた。成長途中なのも沢山ある。避難場所もその都度変わっているらしい。既にテレビ局は絶界樹の中に埋まってしまったらしく、どこかの避難所から放送している女性キャスターがつらつらと避難場所を読み上げていた。こんな時でも仕事を放棄しないこの人達も覚悟を決めているのだろうか。それとも仕事に対する誇りがそうさせているのだろうか。そして、絶界樹の間を幾度となく移動しながらそれでも暴動を起こさない国民は今でも勇者の存在を信じているからなのだろうか。

 テレビのスイッチを消す。俺は部屋を出て本部へと向かった。何かを聞き出そうとしているわけでもない。でも俺は陽宮さんと話をしようとしていた。何でも良いから話をしようと。現状について絶界樹の事や勇者の事。そして俺の事。

 俺の葛藤は解決に向かっていたと思っていた。でも違った。はずみちゃんが銃で撃っていたのはただの的で、ボコボコにしていたのはただのサンドバックだった。俺はそれを見て自分の葛藤から目を逸らしていただけだった。消えていたと思ったのは葛藤が目に入らない場所を探して視線を投げていただけだったんだ。

 それに気付いて俺はどうしても陽宮さんと話がしたくなっていた。

 本部の扉が見えて来ると、突然扉が開いて中から海堂さん、そして陽宮さんが出て来る。海堂さんは出撃しているはずなのに何故ここにいるんだろう。何かあったのか?

 声を掛けようかと迷ったが、その二人の表情が険しかったため挙げかけた手を収めて後をつけるように歩いていく。どうしようか迷っているうちに二人はヘリポートの中に入って行き、俺は何故か閉まりかけた扉に飛び込んでヘリの影に隠れた。大きめのヘリポートには四台しかヘリは残っていない。確か数カ所ある中でここが一番大きな場所だったはずだから、この施設内にはもう残り十台も無いのだろう。影に隠れながらそっと顔を出すと二人は一つ向こうにあるヘリの前で向かい合っていた。

「このままじゃ外国からの応援が決まる前に防ぎきれなくなっちまう。それはお前もわかっているだろう。だから陽宮。もう一度、隊に戻って来てくれ。お前の力を貸してくれ」

 海堂さんは真っ直ぐ陽宮を見ていたが陽宮さんは少し俯いている。それより、海堂のさん言葉。もう一度隊に戻って来てくれって。それってあの人が国家機密部隊の一員だったって事だよな。

「気持ちは分かるが……すまない。海堂。もう俺には無理だ」

「まだ言ってんのか! 今はそんな事言ってる場合じゃないんだ! それにあれはお前のせいじゃない! 何度言えば分かるんだ!」

「すまない……でもダメなんだ。俺にはもう……無理なんだよ」

 陽宮さんは俯いたままもう一度「すまない」と呟いた。その両肩を海堂さんが掴む。

「だったら日本は終わっちまうぞ! このままじゃ一週間より前に! それでいいのかお前は! 俺達が諦めたら終わりじゃねーか! 部隊に入って一番最初に教わったじゃねーかよ! 最後の最後まで諦めないって! なぁ! 何とか言えよ!」

 海堂さんに揺すられながら陽宮さんはそれでも顔を上げない。その姿に痺れを切らしたのか、海堂さんは陽宮さんの顔を殴りつけた。滑るように地面に横たわるが陽宮さんは直ぐに立ち上がって服の汚れを払った。

「俺だって諦めた訳じゃない。本部で解決策を必死に探してる。だから海堂……すまないがこういう話はこれっきりにしてくれ」

 陽宮さんはそう言い残すと、一人でヘリポートから出て行く。

「クソ!」

 海堂さんが顔を俯かせて横のヘリを殴るとガンッ! っと大きな音が部屋の中に響き、ビックリして思わず声を上げてしまう。慌てて口を塞ぐも出て行ってしまった声は戻らず、海堂さんはこちらに振り向いた。

「誰だ! 誰かいるのか!」

 (う、撃たれる!)

 味方しかいないこの施設でそんな事される筈無いし、第一に丸腰で銃を持っていない海堂さんが一体どうやって何を撃つのかもわからないが、瞬間的にそう思ってしまった俺はヘリから飛び出した。

「す、すいません! 盗み聞きするつもりじゃなかったんですが! たまたま!」

 俺のカードキーでどうやってたまたま入れるのだろうか。それに盗み聞きするつもりじゃなかったのならどうしてここにいるのだろうか。

 そんなバレバレな嘘はもちろん通用する筈ないんだけど、海堂さんは俺の顔を見るなり溜め息をついて「お前か」と頭を掻いた。

 海堂さんは親指で扉を指すと歩き出す。ついて来いって意味らしい。

「あの、すいません! 本当に……」

「いいよ。別に怒ってないから気にすんな。それよりちょっと付き合えよ」

 海堂さんは廊下をスタスタと歩いていく。辿り着いた先は訓練場だった。そして射撃場の扉を開けると鍵の掛けられた棚からハンドガンを取り出し、台のスイッチを入れた。すると的がランダムに動きだし、二つ、三つ、四つに増えてユラユラと動いている。

 バン! バン! バン! バン!

 海堂さんは間髪入れずに四発打ち込むと、別のスイッチを押す。すると動いていた的が並んで固まって目の前まで移動して来た。

「やっぱり銃は上手くなんねーな」

 的を眺めながら銃を台に置く。四つの的は中心からはズレているものの枠内にはちゃんと入っているしどれも中心には近い。でも、俺が見ていた時のはずみちゃんは止まっている的とは言え、しっかりと中心を撃ち抜いていたから海堂さんは確かに苦手なのかも知れない。

「樫倉なら多分、二つは中心を撃ち抜ける。あいつはとんでもねーからな。もちろん間髪入れずにじゃなくてしっかり一発ずつ間を置いて撃てば全弾真ん中に命中するだろうが。でもな……」

 海堂さんは俺の方を向いて四つの的の中心を順に指差す。

「陽宮は間髪入れずに全弾真ん中に命中させる」

 ばけもんだよな。と笑った海堂さんは表情こそ笑みを浮かべていたがどこか寂しそうだった。スイッチを押してまた遠ざかっていく的を見ながら考える。それはつまり陽宮さんはブレイバートップの成績を誇るはずみちゃんよりも上って事だ。それならはずみちゃんが全力を出してもビクともしなかったあの姿にも納得がいく。でも、そんな人が何で今はデスクワーク中心の仕事に就いているんだ?

「あの……こんな事聞いていいのか分からないんですけど。陽宮さんって何で部隊を抜けたんですか?」

 海堂さんは俺の方を向いて何かを考えた後、棚からゴーグルを持って来て俺に渡した。

「それ着けてちょっと撃ってみろ」

「え? 何言ってんですか?」

「いいから。早くしろ」

 無理矢理ゴーグルを着けられ手にハンドガンを握らされる。そのまま海堂さんに構えを作られて俺の形は見事に銃を撃つ人の構えになった。

「男ならエアガンとか撃った事あるだろ?」

「はい。小学生くらいの時ですけど」

「狙いの基本は変わらないから照準を合わせて引き金を引いてみろ。しっかり湧き閉めて踏ん張れよ」

 海堂さんはそれだけ言って俺の両耳を後ろから塞いだ。耳を塞がれると心臓の鼓動が体中に響いて来た。脈が早まるのがわかる。手に汗がじっとりと滲み出して少しだけ震えるが、言われた通り脇を閉めて足を少し広げて踏ん張り、狙いを定めた。

 バン!

 狙いが定まったのかも分からないまま引いた引き金は手から腕を伝ってつま先まで衝撃を伝えた。

「よし。銃を置け。ゴーグルも外していいぞ」

 海堂さんは耳から手を外してスイッチを押す。一つしか無い的は直ぐに目の前まで来て外したゴーグルを海堂さんに渡しながら結果を確認する。

「なかなかやるじゃんか」

 海堂さんはそう言ったが、弾は円の端っこを撃ち抜いていた。一応、狙いは真ん中だったのに。

「やっぱり難しいんですね銃って」

「そりゃな! うん。やっぱりお前は似てるな」

「え? 誰にですか?」

 海堂さんはゴーグルを台に置いてスイッチを押す。遠ざかる的を最後まで見つめて俺に振り返った。

「陽宮が隊を抜けた原因となった奴にだよ」

「それって! 一体!」

 海堂さんは驚く俺の頭をポンと叩いて宥めるように笑う。その顔が少し優しくて俺はそこにも驚いた。海堂さんがこんな表情するなんて。いつも豪快に笑っているか悪意満々に笑っている姿しか見て来なかったから、こんな顔をされたらどんな反応をすれば良いのかわからなくなる。

「ちょっとコーヒーでも飲むか」

 海堂さんは壁際に置いてあるベンチへと俺を座らせて、近くに置いてある自販機からカップのコーヒーを二つ持って来た。

「ありがとうございます」

 エアコンが効いているフロアだったせいかコーヒーは温かいほうだった。隣に海堂さんが座ってズズッと音を立てて啜る。ふうっと深い息を吐いておもむろに口を開いた。

「どこから話そうかな……その、俺と陽宮は機密部隊に同期で入隊してな。それまでは各々別の部隊にいて引き抜かれた訳なんだが、当時から陽宮だけは有名でな。何て言うか天才が鳴り物入りで入って来た感じだな。百七十キロを投げる甲子園優勝投手がプロ入りした時みたいな感じか」

「百七十キロって……」

「それが陽宮にとっては大げさじゃないから凄いんだ。あいつは入隊審査の時に既に当時の隊長の記録を抜いてたんだから。同期にとっちゃ厄介な奴と一緒になっちまったって感じだったよ。愛想もねーしな。だから同期の奴らはみんなあいつから一歩引いてた。でも、俺は一歩引くどころか無駄に対抗心燃やして何度も勝負を挑んだ。何か勝てるもんがあるはずだってな。まぁ結果は毎回ボロクソに負けてたけど。でもまぁ周りはそんなんだったから自然と俺は陽宮とペアを組むようになってな。沢山の死線を二人でかいくぐったよ。機密部隊だからお前なんかが知らない所で色んな抗争地帯に派遣されてたんだぜ? でもさ、どんな時でもあいつは俺の前に立ってたんだ。俺はその背中をずっと眺めてた。悔しさもあったけど俺は憧れてた。あいつの背中にな。どんな窮地に立たされても何でか安心するんだよ。不思議だったな。あいつがいれば大丈夫だって思っちゃうんだよな。そうして俺達もベテランになって後輩が出来てくると新人育成の名目で一旦コンビは解消されてお互いド新人とペアを組まされた。それである戦地へ向かわされるんだが。本当だったら新人は新人同士でペアを組んでベテランの指揮のもと危険の少ない任務から入っていくんだが、その時は隊長が負傷で現場を離れていて代わりに国から代理として派遣された奴が指揮を執っていてな。ベテランと組ませていれば大丈夫だろうと状況を軽視して俺達を向かわせた。もちろん抗議したが国はおろか隊長も指示を覆す事は無かった」

 海堂さんはコーヒーを啜ってまた深い息を吐いて天井を見上げた。

「……そこで事件は起こったんだ————」



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