6話 掃除は計画的に
父 永禮 漆
あれから5ヶ月が過ぎた。
粉砕骨折って最初に聞いた時は、もう歩けないのかと焦ったが、しっかり治ってくれて何よりだ。
リハビリは辛い物だったが、何とか乗り越えられた、なんだか人として一皮むけた気分だ。
母さんは、何度もお見舞いに来ては泣き、お見舞いに来ては泣きの繰り返し、リハビリする自分を見ては目尻を赤くして、少しうんざりもしていた。
母にうんざりする自分に、(これが思春期か...)と思いつつもナースステーションに寄り用を済ませる。
「あなた、今日退院だったのね」
初日以降、姿を見せなかった椿さんが顔を見せる。
「椿さん! 見ての通り、完治です!」
椿さんは眉間に皺を寄せ、冷たい口調で言う。
「なんで私の名前を知ってるのよ、キモイわね」
酷く辛辣なコメントに、心が傷つく。
命の恩人である人、しかも美人さんの名前を、個人的に調べる事はそんなに悪い事なのだろうか。
身震いをした椿さんは、シッシッ...と言わんばかりの手つきで俺を追い払う。
「元気になったのなら、早く出ていって頂戴、あなたから身の危険を感じるわ....」
「はぃ...」
気分を害したのならしょうが無い、俺は俯いて、椿さんに背を向けた。
ーーーただいま〜
久しぶりの我が家だ、何も変わってなくて安心だ。
「おかえりなさ〜い、道中大丈夫だった? やっぱり迎えに行った方が....」
もう大丈夫だから、と母さんを宥めつつ自室への階段を上がる。
たった5ヶ月だと言うのに、懐かしく思っていた俺は、自室の扉を開けた。
第一声は「ただいま!」や「おかえり!」または愛する布団に抱きつき、「愛してるぞ」が良かったのかもしれない、ただ俺の第一声はこうだ。
「き、綺麗にされてる...」
いや、ありがたい事には変わりないのだが、本当に感謝しかないのだが、だが...
俺は本棚の裏を確認する。
「無い...」
次に机の引出しを確認する。
「ここも...」
ベットの下や、中学の時の教科書の間、押し入れの奥。
「無い、無い、どこにも無い!」
俺だって男子高校だ、同人誌やピンク本の一つや二つ、持っていて当然の権利だと、思っているのに。
自分のコレクションがどこにも無いのだ。
「燈彩〜、あなたの部屋にあったよく分からない物は、色々捨てといたから」
母からの会心の一言で俺は堪らず、膝から崩れ落ちる。
ーーーー[絶望]とはなんなのか、大怪我を負って死にかけた時か、美女に冷たくされた時か、皆それぞれの価値観やそれまでの暮らしで決まるものだ。
永禮 燈彩は掃除された部屋を前にして、絶望を知る。