3話 澄み渡る狂気
ELF
脳力者のみ集められた、脳力者の犯罪を阻止する警察機関の実戦組織
少年は路地で暮らしていた。
何も路地で生まれた訳では無い、理解が追いつかない程の事柄に巻き込まれ、10歳になる頃には路地に居たのだ。
飲食店近くでは、廃棄やネズミなども居た、稼働している機械にくっつけば暖も取れた、不自由は無い、幸せさえ感じていた。
ただ人間は過去により形成される、少年の過去は、人として生きることを許さず、名も得ずただ狂気だけを残して。
ーーー「おじさんに決めた!」
小さな体から想像もつかない脚力で、汚れた男に飛び掛る。
「何だこのガキ! こんなの人間じゃ有り得ねぇ、なんかの脳力者か!」
少年は何を言ってるのか分からない様な顔をした後、左右の壁を蹴り上り、上空から包丁を振りかざす。
「あぶねぇ!」
男は近距離で避けるも、右手に切り傷が入ってしまう。
「やった! あたったよ!」
初めてゴールを決めた子供の様に燥ぐ少年は、男の恐怖心を更に刺激した。
「気持ちわりぃんだよこのガキが!」
男は少年との距離を一気に縮め、向けてきた刃物をギリギリで躱し、少年の喉元を狙う。
「甘いんだよ!クソガキ!」
「おじさん、わかりやす過ぎるよ(笑)」
少年は仰け反り、ブリッジの様な体制になる。
勝利を確信した男の顔が曇った。
次の瞬間、体を180度回転させ、自分を狙っていた男の右手首を蹴り飛ばし、脳力の発動直前の手が壁に張り付く。
「しまっ」
発動間近の脳力は止められず、男は壁を抉りながら反発し、ものすごい勢いでもう片側の壁へ碰。
「なんか危ない気がしたんだけど、おじさんすごい握力だね! ちょっとヒヤヒヤしちゃった〜」
顔や言動は子供そのもので、だがこの状況だからこそ、その無邪気さが目立ち異様さを際立たせている。
眩しい程の笑顔の少年は、駆け足で倒れて咳き込む男に近ずいた。
(何考えてんだこのガキ)
「おじさんもやってたよね!あの子にさ」
少年は回答を待つ気の無い質問を問う。
「ここら辺だったかな?」
刃こぼれし錆びて表面が赤く荒くなっている包丁を、男の脹脛へ刺す。
「い、い゛た゛い゛っ」
男は小さく叫んだ。
「あれ?ネズミの時より刺さり方が鈍いや」
少年は自分の思った通りじゃ無かったのか、半分まで刺さった包丁を左右に揺らしながら押し込んでいく。
刃こぼれしている部分が、ノコギリの様に肉を裂き、開いた脹脛をヤスリで擦るかのように錆が暴れる。
「こう..かな?」
少年は図画工作でもしている様な動きで、男の足を何度も刳る。
男は苦痛のあまり嘔吐き汚い喘ぎしか出ず、止めようと手を伸ばしても体が麻痺して動かなかった。
少年は気づいていない、包丁に着いた錆が、ネズミの血による血錆であり、その細菌で相手を麻痺させている事に。
「こんなかんじかな? 次は〜...もう一本の方だね!」
男の意識は朦朧としていた、先程青年にした事が、まんま自分に返ってきている現状に、酷く情けなく、絶望する。
「あがっ、あっ、あっ」
少年はもう片方の足も同じように刺し始める。
消えかかる意識の中で、上空から声が聞こえた。
「見つけましたね。」
黒い服装に黒い胸当てをした2人組が、路地に並ぶマンションの屋上に立ち、何十メートルかも分からない高さから垂直に落下し、地面へ無傷で降り立つ。
「あいつが逃した男と...」
「保護対象ですね。」
少年は2人を見て困惑する、格好もオーラも全てにおいて初めて感じる威圧感だったからだ。
「誰ですか、お兄さん達...」
さっきの無邪気さは薄れ、警戒心からの疑問を問う。
「お兄さん達は、君とその男を保護しに来たんだよ」
ガタイの良い男が優しく返答する隣で、高校生位の歳の男が、耳に付いたイヤホン型の無線で会話する。
「はい、ラーパスマンション裏路地です、ただ今現着しました。」
少年は男に刺した包丁を無理やり引き抜き、戦闘体制に入る。
「お兄さん達、悪い人でしょ!」
「違う違う(笑)...正義の味方だよ」
大男の言葉など聞く耳を持たず、少年は壁を跳ねるスーパーボールの様に飛び回り、攻撃を仕掛ける。
一瞬だった
「パッカーズ・ノット。」
大男ではなく、後ろの青年がくちずさんだ瞬間、体の自由が効かなくなる、何かの脳力で停められていると言うより、何かに縛り上げられている、そんな感覚に近かった。
「先輩、今脳力を使おうとしましたね? 辞めてください、先輩の脳力なんか使ったら周りにも被害が出るんですから...」
大男は、母に口煩く説教を聞かされる息子の様な素振りで青年に頷く。
「わるかったよぉ_」
「そう言ってこの前、南灯市にあるビル、半壊させたじゃないですか。」
少年が動けず戸惑う間に、2人は雑談を始める。
「すみません! いま現着致しました!」
大通りに繋がる通路から、何人か仲間と思われる男数人がやってきて、傍に倒れる汚れた男を拘束する。
「松原容疑者、拘束完了です!」
慣れた手つきで男に手錠をかけ連れて行き、続々と空中で静止している青年の元へ男達が集まり始める。
「あとこの子だけだな」
「はい、奥に倒れている青年も、もうすぐ救護班が到着するそうです。」
淡々と作業を進める2人を睨みながら、少年は、自分の背後に隠した包丁で、自分を縛る何かを少しずつ削り切っていく。
「ちゃっちゃと終わらせますか〜」
「今日は先輩の奢りですかね。」
「おいおい、この前だって奢ってやっただろうが!」
「あれは、先輩が手加減しなかったから...」
シュ...
少年は抜け出す。