1.5話 深夜の空腹は突然に
母・永禮 翠
「んじゃ気おつけて帰れよ、永禮は課題やってくるように」
担任に釘を刺されながら帰宅を促すチャイムが学校中に響き渡る。
「真名部さ」
「明日は遅刻しちゃダメだよ! またねー」
一緒に帰ろう、そんな一言の猶予もなく急いで真名部さんは帰っていってしまった。
「残念だったな〜永禮」
「冷やかしか?」
緯壱が帰りのHRを終えこちらへ歩いて来る。
「まあまあ、ま〜た次があるさ」
少し強めに俺の肩を叩き同情なのか冷やかしなのか分からない表情でこちらを見つめる。
「もうお前でもいいから、一緒に帰ってくれよ」
もちろん真名部さんの代わりには足元にも及ばないが妥協の選択で緯壱を誘う。
「振られた所すまんが、俺も委員会だ〜」
妥協枠の癖に生意気だと俺は眉を顰めた。
「ま〜た今度だ」
「しょーがないかぁ」
俺は諦め、地団駄を踏みながら寂しげな背中を緯壱によく見えるよう1人で学校をでる。
ーー「ただいま〜」
いつもの2倍走らされたせいだろう、疲労のたまった体を押し倒すように扉を開ける。
「おかえりなさい、全くだらしないわよ」
そんな母の小言を軽くあしらい自室への階段をゆっくり上る、扉を開け朝より重たく感じる鞄を自室の隅へ投げ入れベットに横たわった、まだ寝るには早すぎる時間だが、どうにも体に力が入ってくれない。
「課題も風呂も、明日やればいいか..」
そう呟き俺は瞳を閉じた。
午前2時40分
起きてしまった。
月光がカーテンから強くはみ出し酷く明るい。
1度目が冴えてしまえば眠ることは難しく、2度寝を得意とする自分ですら眠ることは出来そうになかった。
グゥゥゥゥ
それはともあれ夕飯を食べずに寝たせいだろう起きてから腹の音が鳴り止ま無い、いくら寝たいとは言え空腹の状態では寝れるものも寝れない、そう思い俺は忍び足で階段を降り、寝ている母を起こさない様玄関の扉を開ける。
夜中にこっそり外出すると言うのはなんとも背徳感が凄い、少し踊ってみたり変顔をしながら歩いても誰にも気に止められない、この世界に自分1人になってしまった様な気持ちになり、内なる独裁力が刺激される。
少しの罪悪感と葛藤しながらも巫山戯てる内に目的地へ着いてしまった、ピロンと高い音が店内放送と混じり響いて、少しびく付いてしまった、オロオロしながら誰もいないレジを横目に、インスタント食品売り場へ向かう。
何を買うのか、そんな物夜中に食べて美味いものと言った決まっている、カップ麺だ。
シーフード味を手に取りレジで定員を呼ぶ
「すみませーん」
裏手から中年の男性がだるそうに出てきた。
「ラーメンが1点、180円になります」
定員の態度は気に食わなかったが夜中に重い腰を上げてくれたのだ、俺は感謝しながらコンビニを出た。
何も犯罪を犯している訳でもないのに周りをキョロキョロ確認してしまう、厳密には未成年の深夜徘徊になってしまうのだが、そんな事頭にあるはずもなく来た道を戻り始めた。
夜更けに出歩く背徳と夜中のカップ麺と言う背徳、ふたつの背徳感でおかしくなってしまうのではないか。
「これはもうドラックと変わりないな」
そんな独り言を呟き始めると、小雨の降り始め最初の1滴が自身の鼻に当たる、自分の勘違いでは無いかと足を止め手を出し確認するが2滴目であろう雨粒が右手を掠める。
「少し急ぐか」
雨の予報は無かったはずだが、降り始めたのなら仕方ない。足を徐々に早め、袋を揺らしながら急ぐ。
心に水を差す雨は、興奮の所為で聴こえていなかった、路地から何かを漁る音をはっきりとさせる。
「お前、俺を知ってるか?」
急いでいる中、右の視野の外にある路地から男が現れ、嗄れた声が自分を尋ねる。
「し....しらないですね」
驚いた反動でその場で止まってしまい、止まったからには返事をしまいと、決して視線は向けず前を向いたまま返答してしまった。
きっと知らない振りをした方が、関わらない方が良い類の人間だ、そう体が反応してしまう。
「そうか...今腹が減っててな...見ての通り俺ホームレスなんだ、そのカップ麺を恵んでくれねぇか?」
横目でもわかるニンマリとした気味悪い笑顔で、躙り寄ってくる姿は恐怖でしか無かった、水を刺された体が波紋の様に広がり呼吸が荒く浅くなる。
「ここに置いておきますね..」
早く立ち去りたい自分は、袋を足元に置き少し距離を取る。
「あんがとな、いつかお礼がしてぇからよ、顔見せてくれよ」
脚を止めず進み続ける彼に警戒心を気付かせては行けないとゆっくり顔を向ける。
初めて見る彼は左手が無かった、見た目も若くずっと走っていたかの様に靴は磨り減っていた、自分は瞬間的に今朝の光景がフラッシュバックする。
「やっぱり見覚えがあるか?」
男性は再度問いかける、顔に出ていたのか行動に出ていたのか分からないが、彼はあまりにも今朝テレビで見た男性の特徴と一致しすぎている。
「いや〜、やっぱりわかんなッ」
誤魔化そうと返事をした瞬間、彼の残された右手から白い線が一直線に頭を通った、咄嗟に首を傾げ白線を避けるが瞬時に彼の右手が顳かみを掠めて、ゴンと空を叩くような鈍い音が耳元で鳴る。
「お前、反射神経いいんだな、わけぇからか?」
先程の身の毛も弥立つ不気味な笑みは消え、彼の目には、獲物を刈り取る虎の様な意思だけが残っていた。
「アンタみたいに老害じゃないからね」
緊張のあまりいつもの癖で余計な事を言ってしまった、パッと見20代半ばぐらいの見た目だ、老人なんて思ってもいないのに、こういう自分を深く恨み、食いしばっていた顔に更なる不穏が覆い被さる。
「言ってくれるねぇ」
喋りながら距離を取る自分に、飛び掛るよう相手が距離を詰めた、白線は俺の体へと繋がっている、それを避けようと左に飛ぶが、狭い住宅街のせいで塀に体をぶつけてしまう。
「さては馬鹿だな、お前!」
男の右手が自分の左肩を掴む
「しまっ」
「ざんねん、俺の手の内だ!」
体に強い衝撃が走る。
ーーー(何が起きた、吹き飛ばされたのか)
横たわる体を起こそうとするも咳き込み、体のどこかを損傷したのだろう、吐血してしまった。
「威勢だけはよかったがな」
自分を飛ばす際に欠けた塀の破片を片手に、男はまだこちらへ向かってくる、今朝見た通りならきっと今のが奴の何かしらの脳力なのだろう。
(念力か? いや、それならもうとっくに俺は押しつぶされてるはずだ)
考えの最中、手に持っている破片が白線を描きだした、狙いは俺の首元の様だ、視線を男に向けると破片が何かに押し出され俺へ飛んでくる、すぐに体を仰け反り何とか躱す。
「めんどくせぇなぁ、あんま時間はかけたくねぇんだ」
飛んだ瓦礫は地面を抉りとんでもない力でぶつけられている、あのサイズが当たれば即死、今回はギリギリで躱せたが次は躱せられるか分からない、しかも男は道に落ちている小石を拾い、もう次の投射へと準備を始めている。
「お前の脳力は、右手による投射だな!」
相手を少しでも同様させ時間を稼げる様に、あたかも核心を付いた素振りで相手に問いかける。
「少し違ぇな、俺の脳力は右手で触れた物を反発させる力だな」
相手の頭はどうやら出来の良い方ではないらしい、丁寧に教えてくれたことで今までの辻褄が合う、なんせ自分を飛ばした時点で、人を投射物と判断するのは難しいはずだからだ。
「ま、通報されても面倒だしな、正体を知られたからには殺すがな」
奴の小石が規則性無く8つの軌道を描く。
「8つは無理だろ!」
俺は全力で後方へ走って逃げた。