どんな世界だとしても人は犯罪を犯す。
エピローグです
[絶望]とはなんなのか、自らの財産を全て失った時か、それとも大切な人に先立たれた時か、皆それぞれの価値観やそれまでの暮らしで決まるものだ。
高尾 典正は齢90を前にして絶望を知る。
日暮れ時、午後6時過ぎあたり、彼奴にとって強盗をするには打って付けの時間帯だったのだろう、呼び鈴を待たずして黒い影が我が家へ押し入る。
最初は聞こえていた妻の叫び声も断末魔に変わり、後に一声も廊下には反響しなくなってしまった、不幸にも自分の部屋は廊下の突き当たりにあり、強盗であろう者はまだこちらに気付いていない。
後ろから妻を助ける算段を考えはしたものの90を迎える肉体は、長きに渡る労働と持病で動いてくれなかったのだ、ただ椅子に腰掛け優雅にも見えるその姿勢で傍聴することしかできず、その場で泣くことしか出来なかった。
ギシギシと足音が部屋の前まで近ずいてくる、きっと次は自分なのだと、そう思いながら独り立ちした息子ともう一度会いたいと叶わぬ夢を胸に秘める。
((バン))
自室のドアノブが壊されたような激しい破裂音が辛うじて機能している私の鼓膜を刺す。
「なんだまだ残ってるのかよ」
嗄れ声の青年は面倒くさそうな素振りだ、長い事生きた人生の最後はここなのだと諦めてゆっくり俯く、下を見る私に青年は聞かせるように話を始めた。
「まぁさっきのうるさい婆さんは殺すのに時間が掛かっちまったが、何も出来ねぇ爺さんなら余裕か」
そっと自分の喉元へ彼の左手が当たり首を押し込まれる、私は死の間際に今までの人生を振り返ってしまった、きっとこれが走馬灯と言う物なのだろう、妻との出会い、結婚式、初めての子供、出世も成人式も2度目の結婚式でさえ記憶の押入れから引っ張り出されては破られていく。
今まで妻とは全てを共有し共感してきた、死ぬ瞬間だけは共有出来なかったが時間を掛けられたのなら、嘸怖かったのだろう、苦しかったろうし痛かったのだろう、記憶を振り返る度妻への同情が、自分への不甲斐なさが込み上げる。
これこそが私の順風満帆だった人生には存在し得なかった絶望と言うものだ。
スローになる磨りガラスの様な視界の中で、私は絶望と怒りは同一であると結論付けた、絶望があるからこそ怒り、怒るその現状は何かに絶望しているのだと。
今自分を殺そうとしている者に怒りの感情が芽吹く、動かぬ体で見えぬ瞳で抗えぬ現状に酷く絶望している。
私では無い何かが耳元で囁く。
(目の前の男をどうしてやりたい?)
殺すか、妻と同じ目にあわせるか、そんな生ぬるいもので良いものか、死の淵にて思考だけがよく回る。
私は今....
ー老人はただひたすらに憤怒するー
彼を『潰したい。』
思いつきだけで書いてるので間違いが多々あるかもしれません、何度も見直して頑張ってはいますm(_ _)m