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第8話 丘の上の木

 夢の中、おれの身なりは上半身裸で、黒い長ズボンは裾がすり切れていてボロボロ、そしてはだし。年齢は15歳くらいだろうか。夜だというのに道端にしゃがんでいる。街並みは見るからに古そうだ。

 そこですることはわかっていた。時々通る馬車から投げられるデイズなどの果物を拾うのだ。今日の分は拾ったので、誰にも盗られないように両手で大切に抱えて、焼きレンガのガレキで作ったバラックに急いだ。客観的に見ればバラックだが、自分の感覚では立派な自分の家だ。

 家まで少しのところ、丘の近くまで来た。その丘の上には大きな木が立っていた。その木を見ると、その木から水の音が聞こえた気がした。木に近づくと、いつのまにか少女がいて、こちらをじっと見ている。少女は純白のワンピースのような服を着ていたが、体全体が銀色の光を放っているように見えた。少女は言った「この丘は聖なる丘、私たちにとっては再会の丘。わたしとあなたは一つです。わたしはあなたの友だちです」

 おれはその女の子に、

「おれに友だちはいない」

 と言った。少女は木の根っこに腰を下ろすと、美しい声で歌を歌いはじめた。その声に誘われて、おれも木の根っこに腰を下ろした。少女と目が合った。少女はニコッと笑った。

 人を信じないおれは、人と目を合わせたことなんかなかった。

 誰も寄せ付けないおれは、一人で生きていくと決めていた。

 人のものを盗むことを覚えたおれは、人を好きになることなんかなかった。

 おれは気がついた。おれは、本当はわかり合える人がほしかったんだ! 本当は寂しかったんだ! おれは今、一人じゃない! 

 おれは少女といっしょに歌った。おれも少女も目に涙をいっぱい浮かべて、その美しいメロディーを忘れないように、忘れないように、いつまでも歌った。

 夜明けが近づいてきた。少女は「わたしはここにいます。水と木があるところ」といい。別れ際に強く抱き合った。おれはもっていた果物を木の根っこのところに全部置いた。それはおれの全財産だったが、かわりにもっと価値のあるものを少女からもらった気がした。初めて会ったのに、とても愛おしく感じた。その木から離れ、丘を降り、丘の方を振り返ったがもう少女はいなかった。

 丘の上に風が吹き上げ、葉が擦れあうと、弱々しくサアアーっという音がした。



 夜明けとともに目が覚めた。夢? 夢だったのか?

 夢の情景を思い起こすと、石と焼きレンガでできた家、果てしない砂漠。これはどこだろう。おれは思うところがあってイスラエル行きを心に決め、会社に向かった。

 幸い、代わりの人はなく、おれが出張にいくことになった。

「ネザ、イスラエルに出張することになったよ。水やりはどうしようか?」

「まさかわたしを置いていくつもりじゃないでしょうね。ご心配なく、当然わたしも行きますから。楽しみだなー」

「・・・ですよね。葉っぱ一枚半の姿で行くんだよね。なら一緒に行けるか」


 8月31日

 イスラエル行きを目前にして、ネザはご機嫌だ。

 しかし、そもそもなんで植物の声が聞こえるのだ。おれは一度だってスプーンを曲げたこともないし、お化けだって見たこともない。

「それは、あなたが、地球ではちょっと変わった愛を持っているからよ」

「愛? おいおい笑わせるなよ。変わった愛を持ってるってストーカーとか、変質者のことだろ」

「地球を人間に例えると、植物は産毛みたいなものかもしれないわ。だからちょっとくらい抜いてもなんともない。でも無いと生きられない。たくさん抜くと地球がやばい。

 地球という意識体に生えてる産毛。地球は緑色の産毛で覆われている生き物と思えばいいよ。

 そしてわたしたち植物も生きているかぎりは意識があり、林や森は、連結して意識が流れてつながっているんだよ。みんなで連結して微細なエネルギーが寄り添って生きてるんだよ」

「人間の脳も細胞が入り組み、シナプスが連結して、信号が流れて、記憶や思考が生まれるらしいな。ちょっと似てるな」

「記憶や思考が生まれる? 記憶は空間の中の水に蓄えられていて、思考は心の状態によって空間から引き出されるものだよ。それはさておき、ビル内の観葉植物は、ビル内で意識を連結していると思うよ」

「無線ランみたいなもんだな。ネザ、そのIDとパスワードの入手方法は?」

「自然界の一員として木々たちに認めてもらえる方法、それは愛です」

「愛ねぇ~。問題は愛をどう伝えるか。どうやって出すかなんだよ」

 ネザは言う。

「どう出すか? それは考える必要もないし、努力も修行もいらないよ。人間はね、愛のかたまりなの」

「でも出し方がわからない」

「簡単です。誰にでもできますよ。それは声に出して言うことです」

「ハイ、おしまい。おれはホストじゃねーし、そんなことしたら、即変態扱いだ」

「でも、あなたはやりましたよ。倒れなかった自転車にも、不動産屋のバラにも、声を出して愛を伝えたでしょ。その波動を感じ取って、植物はあなたに話しかけたのです」

「なあネザ、おれの悩みを一つ聞いてくれるかな」

「ん? 変態を直す方法ですか?」

「いや、まじめな話だ。おれ、気が狂ってるんじゃないのかな?」

「普通じゃないよね。でもすばらしいじゃないですか。物や木に話しかけるなんて、進歩してるよ。この際だからもっと進歩させて、愛を加速させましょう」


「変態を加速するんじゃないよな? お前の考えは愛=変態みたいだぞ」

「物や植物に愛を注げるあなたは、素質がある。愛の素質か変態の素質か、ここからが分かれ道ね。

 まず愛の実践その一、車を運転するとします『ハンドルさん、おかげで曲がれます、ありがとう』『ブレーキさん、止まれるのはあなたのおかげです。ありがとう』

 一つ一つの部品に魂があると真剣に思って、自分の日常を囲んでいるものすべてに愛を伝えるのです。

 これを日常にすれば、バンバン愛が出ますよ。異性にもモテモテになる。モテモテすぎて問題になって配置がえになっちゃうくらいバンバン出る。あっ、これ変なセミナーじゃないですからね。無料で講義中ですよ。異性はおろか、動物、植物が安心して寄ってきます」

「声に出したら変態だよ。でも、なんでもかんでも寄ってくるんだな。UFOも呼べるかな。おれの目標の一つにUFOの操縦ってのがあるんだけど、できる?」

「できます! あなたならきっとできます! あなたは子供の頃にUFOを見たことがあるでしょう」

 ネザは、なにかの気づきがあったのか一段声を張り上げて、そう言った。

「なぁ、ネザ。今、ネザは『UFOを見たことがある』って言ったけれど、おれは思うんだ、『UFOを見た』という言い方は間違ってんじゃないかな。

 あれはUFOの方から『UFOを見ろ!』と、UFO側がこちらに意識を向けさせているんじゃないかな。人間はそうとも知らずに無意識的に動かされて、自分で自発的に『見た』と勘違いしているんじゃないかな。人間ってさ、自分中心に物事を考えるからさ」

「自分中心・・・」

 ネザは、そうつぶやいたっきり、何を聞いても答えなかった。

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