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目覚め

 強烈な光とともに湧き上がった記憶は、一瞬のようで、それでいて一生分もあるような長い夢のような気がした。

 砂漠の街からの逃避行の記憶だった気がするが、夢を見ていただけなんだと自分で心を整理しだすのではないか。夢ではなく記憶なのに、夢の中の出来事だったと自分で納得してしまうのではないか。いずれは自分でそうしてしまうような気がした。

 夢というものは、あれは夢だったと自覚したら、跡形もなく消えてしまうものだ。頭の中の海みたいなところに沈んでしまって二度と浮かんでこない。この記憶もいずれ薄れてしまい、アルター、ウヤータという名前も意味不明の単語となり、記憶から消えてしまうのかもしれない。

 おれは、記憶、夢、そんなものに縛られている自分から抜け出さなければと思い、心の向きを変えたら、すぐそばで波の音がしていることに気がついた。

 おれは何をしていたんだろう。

 そうだった、おれは大洗の海岸に車を駐めて、運転席で眠ってしまったんだ。浅い眠りの中で、不思議な声を聞いたんだ。


「聞こえてる? わたしのバラとしての生涯は終わりかな。次は人間に生まれ変わって、あなたのそばにいたい。その時、わたしをちゃんと見つけてくれるかな。もう、行くね」


 幻のようなこの声は、一体だれだったんだろう。

 大洗の海岸に朝日が昇るところだった。

 もう、駐車場を出ようとハンドルを握ったら、右手の手のひらにチクッと痛みが走った。手のひらを見ると手の真ん中にバラのトゲが一本刺さっていた。

「ネザだ!」

 そうだ、ネザと一緒にいたんだ。バラの精霊と一緒にいたんだ。夢? 記憶? いや、確かにいたんだ。

「ネザ、どこだ!」

 ネザの葉っぱはどこかに落ちてしまったのか、車のあちこちを探したが見つからなかった。ネザの声も、気配も感じられなかった。

 おれは右の手のひらに刺さったトゲを左手の親指で、そのまま無理やり押し込んだ。右手は痛くて手を握ることもできないが、これでネザと一緒だ。おれはネザを忘れない。


 4月1日

 庭のバラは新芽を吹き、生き生きと成長しだす。ネザだけが、冬枯れしたままの姿だった。ネザは新芽を出すことなく枯れた。

 北側花壇の劣悪な環境の中、花を咲かせる体力はないだろうに、毎年、命を削ってでも咲いていたんだなぁ。ごめんなさい。

 春一輪、秋一輪はバラとしての譲れない最後の誇り。前年の春は、やっと一つ、つぼみを付けたが咲くことかなわず、もう冬を越せないことをさとって、最後の半年間で思いを伝えたんだと、今さらながら思い知らされた。

 人のために生きる。

 そんなことがおれにできるのか。心の中で思いながら、枯れてしまったネザにジョウロで水をかけてあげた。

 すると、どこか遠くで子どもたちの合唱の声が聞こえてきた。耳を澄ますと少しずつ大きな声になって、はっきりと聞こえだした。

 合唱の声は遠くからではなかった。これは目の前のバラたちの声だ。ネザのとなりの「八重姫」も「桜霞」も、みんな歌っていた。少年少女の合唱のような透き通った声で「人のために生きる」このメッセージを発していた。

 おれだけ、今、この場でこのメッセージに同調していないのはおれだけだった。おれだけがためらっていた。

「ネザのしわざだな」

 最後に庭のみんなをけしかけて、おれに応援メッセージを贈ってくれたんだ。最後の最後までおれを鼓舞してくれている。

 みんな「ありがとう」、ネザ「ありがとう」

 今わかった。過去世の記憶、あの崩壊寸前のビルで一緒だった女性隊員は、階段を駆け上ってみんなを助けに行ったんじゃなかった。まだ頑張れる、まだまだこれからだとみんなを鼓舞しに上っていったんだ。おれを逃がしてから・・・

 彼女もネザだったのか。おれは直角にうなだれてその場にひざを付きそうになったが、バラたちがトゲをむき出しているのを見て踏みとどまった。

 そのトゲにネザの瞳を感じたからだ。


 完


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