第4話 バラの精霊
ポールセンローズを購入してから5年。
かのバラはどうなったのかというと、北側という過酷な環境のせいか、春に一輪、秋に一輪しか咲かない。丈も本来は40センチになるところ20センチしかない。水や肥料をやるたびに、あー、病気になっている。この冬は越せないかな? と思うが、でももう植える場所がないのでしょうがない。
バラを美しく咲かせるには、よぶんな枝や、つぼみをカットする。その時に、床屋さんしますよー、きれいに咲けるようにするからね~。と話しかける。我ながらアホなことをしているが、そんなある日、このポールセンローズが、
「枯れ葉は過ぎ去った過去、つぼみは未来。今が一番美しい」
と声を発した。植物の声を聞くのは5年ぶり、聞き覚えのある声! こ、この声は!「名無しのピンク」か? 「名無しのピンク」なのか?
おれが目の前のポールセンローズに注目していると、濃いピンク色のつぼみの中心が白銀色に光ったように見えた。おれは何事かとつぼみに顔を近づけた。
次の瞬間。つぼみからピンクの光の矢が放たれ、おれを刺しつらぬいた。やがてその光は徐々に光る霧のようになり、ピンクから白い光となって目の前1メートルくらいの距離に集まりだした。
そして集まった光の粒は一点に収縮し、ひときわ明るく輝いた。「まぶしい!」おれは目の前で爆発が起きたのかと思った。一瞬目がくらみ、目をぎゅっとつむったが、目を開くとそこに一人の少女がいた。おれと目線が合う高さに浮いている。身長60センチくらいだろうか、その少女はうすいピンク色の光に包まれている。
「わたしが見えますか?」
「えっ、見えるし声も聞こえるけど、どういうこと? 誰?」
気品に満ちた声の主は自分のことを、
「わたしの名前はネザ、ピンクのネザです」
と言い、
「名無しとはずいぶんね~、フフッ」
と笑った。
その少女は赤ワインのような透き通った赤い瞳でおれを見ている。おれは頭の中が真っ白になり、ただ立ちすくんでいた。その少女は言った。
「バラに戻ります。一番美しい姿を見てもらいたかったな」
なんだ~? なんだったんだ? 今のはバラの精霊とでもいうのだろうか。
おれは、声が聞こえるだけではなく、姿まで見えるようになったのか?
おれは改めてネザを見た。普通のバラに戻っていた。
その他のバラたちは今が満開で、どこかの写真家がわざわざ三脚を立てて写真を撮りに来るほど見事に咲く中で、このネザは、葉を落としつつ、つぼみを一つだけつけてリンとして立つ。
安かったからと安易に北側に植えたおれ。それでも気高く咲こうとするネザ。しかし、昨日の雨にやられて、つぼみは腐ってしまうかもしれない。たぶん咲かない。
でも、もう満開のバラは目に入らない。咲くことかなわないネザのつぼみが心を捉える。
ああっ、申し訳ない。こんな日陰に植えてしまって・・・ネザのつぼみに集中するおれに、
「あなたが元気を出さないでどうするの。あなたがそんなにしおれているようじゃ、庭のみんなも元気を出さないよ。だいたいネ。どうしてすぐそうクヨクヨするの。それじゃ、いつまでたってもきれいなバラは咲かせられないよ。いい、今日からいろいろ教えてあげるから、がんばってついてきなさい」
さっきの少女と同じ声、ネザの声だ。おれは気が動転しつつも、
「あっ、はい。なんか、よろしくです。ハイ」
変な返事を返して、その日の会話は終わった。