表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『バラの精霊、ネザ』 ~バラの精が教えてくれた美しい生き方~  作者: あばらぼう
第3章 砂漠のアルター
32/42

第4話 前王と新王

 次の日、おれは気分を晴らそうと、秘密の場所を目指した。この城内街のほぼ中央に小高い丘があって、その中腹に旅人が寄る食べ物屋がある。その店は今、誰も商売をしていないので空き家になっている。表の戸は閉まっているが、裏の窓からは入ることができる。2階から屋根までは、窓から外に身を乗り出して隣りの家の壁に足を掛ければ簡単に上がれる。

 おれは街が一望できるこの場所が好きだ。この屋根に寝そべって空を見上げると、王様気分を味わえるんだ。

 「王様ってそんなにいいかな?」

 屋根の反対側で声がした。おれはビックリして屋根から落ちそうになるくらいに飛び起きた。

「誰だ!」

 ゆっくりと身を起こしたのはアルターだった。なんでこんなところにアルターがいるんだ。おれは秘密の場所を知られた気がして敵意を感じたが、それとは別に、こいつもこんな場所が好きなのかと、意外に思ってアルターを見た。

「この場所は街が全部見渡せるし、城壁の外まで見えるね。ちょうど城壁の守備塔と同じ高さだね」

 いつものように穏やかにしゃべるアルターの言葉で、おれの心の中は変化していった。トゲトゲしたものが無くなっていくのが自分でも感じられた。

 アルターは東門のほうを指さした。

「見てみなよ、門のすぐ脇に老人がいる。もうすぐ死んでしまいそうに痩せ細っている。あっちの門のそばには、動くこともできない病人がいて、もうすぐ死んでしまいそうに痩せ細っている。あっちの門のそばの家では、誰かが死んでしまったようだね、数人の人が嘆き悲しんでいるのが見えるね。

 老い、病気、死。生きていれば必ず訪れることなのに、誰もそのことに目を向けず、なんの疑問も抱かず、なにも考えず日々を無益に過ごしている。これでは動物と変わらないよね。 

 ぼくは、命とはなんなのか、苦しみの原因はなんなのか、生まれつき不幸な人と幸福な人の違いはなんなのか、そんなことばかりを考えているよ。

 なぜこの体で、この性格で生まれたのか、なぜ、この国に、この時代に、この身分で生まれたのか、それは何らかの理由というか原因があると思うんだ」

 アルターの言葉を聞いておれは思った。ウヤータが以前に、アルターのことをちょっと危険と言っておれに会わせるのをためらったことがあるが、なるほどこいつは危険だ。頭がどうかしてるんだ。人が老いて死ぬのは当たり前じゃないか。ウヤータがこんなヤツに影響されたら危険だ。一日も早くウヤータの店に立ち入れないようにすることがウヤータのためになる。

 おれのアルターへの敵意は再燃し、ウヤータに関わる事となると、ますますアルターを敵視するのだった。

 数日後、アジトで集合が掛かった。親分が言うには、この城内街の何処かに燃える石と燃える水があるらしい。この在処を報告すれば賞金がもらえるという、新王から秘密の裏取引がこのアジトにあったと、おれたちに告げた。

 おれはアルターなら知っていると、しゃべりそうになったが、このままではアルターに賞金をもっていかれるような気がしたので、おれがアルターを問い詰めて、燃える石のありかを突き止めようと思った。

 翌日、アルターが占い屋に姿を現したので、おれはアルターを問い詰めようとすごんでみせた。

「やい、アルター、お前は燃える石と燃える水の場所を知っているな。おれに教えろ」

 アルターは言う。

「あの石と水は将来ぼくたち人間に災いをもたらすことになる。何百年もの間あの石と水のせいで人々は殺し合いをするようになるんだ。みんなが自分優先の心をなくして、うまく言えないけれど平和な心というのかな〝人のために生きる〟この精神を持つまでは危険な石と水なんだ」

 おれはアルターに言った。

「人のために生きる? なにをばかな。自分が自分のために生きないで、誰が自分のために生きてくれるんだ」

 アルターは真剣な顔をおれに向けた。

「みんな自分のために生きている。みんながみんな、自分のために生きた結果が今の世の中さ。自分が自分一人のために生きれば、一人分の豊かさ、その一人分の豊かさを求めて、一人でもがいて蟻地獄から抜けられない。みんなが手をつなげば落ちることはないよ」

 何でも知っているふりしやがって! おれはアルターに怒りを感じたが、ウヤータはしきりに感動している様子だった。そしてアルターに向かってこう言った。

「あなたかもしれない。アルター、申し訳ございませんが、ちょっと右の手のひらを見せてください」

 ウヤータはなぜか丁寧な口調になって、アルターの手を触りながらじっと見て何かを探しているようだった。

 アルターめ、調子に乗りやがって、なんとかウヤータとアルターを引き離す方法はないものか。それにしても、燃える石や水って、新王から賞金は出るし、ちょっと話題に上っただけでアルターはムキになるし、よほど価値のあるものなんだな。そしてアルターはそれを独り占めしようとしている。

 おれにとっては燃える石も水も、どうでもいいことだ、おれにとって最も価値のあることは、アルターがいなくなることだ。おれはアジトに戻って親分に、西の外れにある占い屋に来る女装した怪しい少年が、燃える石と水のありかを知っていると話した。そして親分に聞いた。

「新王が懸賞金を出すほど燃える石と水は高価なものなの?」

「うむ、おれも詳しくは知らないがな。これについては前王と新王の関係を話さなきゃならない」

 親分は、一呼吸おいてから話し始めた。

「前の王様はそれはそれはいい王様でな、お前も知ってのとおりみんなから信頼されていた。それはもう、隣りの国の王までもが信頼を寄せてくるほどで、この国と周辺国はみんな友好的な関係だったのさ。だが軍隊は必要だった。山賊やら夜盗がいるからな。

 ある時、王はちょっと遠い国で開かれた会議かなぁ、祭りかなぁ、よくは知らねーが出かけた訳よ。月が6回も満ち欠けする間、戻らなかった。そん時だ、軍部の隊長が突然、おれが王だ、新しい王だって言い始めたのさ。お前も知ってるだろう2年前のあの騒ぎを。みんなが反対して暴動が起きたよな。それを新王は武力で鎮圧した。

 しばらくして前王が戻ってきたが、国民はみんな前王の味方だった。だから、国民全員でこの国を捨てて前王と行動をともにしようとした。だがそうなってみろ、砂漠でみんな死んじまうだろう。前王はこう言ったらしい、国と民を平和に治めるなら、私はこの国を出て行こう。どうか武力で統率せず、平和に解決する道を歩んでほしい。ってな。まぁだいたいこんなことを言ったらしい」

「親分は、なんで新王の味方をするのさ」

 おれは半分怒って親分に言った。親分は、

「それはおめーらを食わしていかなきゃならねーからな。武力で押されちゃ勝ち目はないだろう」

 おれは前王に期待されていた。自分だけで密かに思っているこの思いは誰にも話したことはないが、もし、今の王に対して反乱軍が組織されたら、おれはそっちに行くだろう。もし前王の部隊が組織されたら、この街を奪回するために、おれはその部隊に加わって、今の王を倒すだろう。

「それで、前王と燃える石や水との関係は?」

 おれの問いに親分は、

「ああ、そうだった肝心なことを言い忘れていた。どうも前王はこの城内街に燃える石と水があることを知っていたらしいんだ。だがそれを隠していた。あの王が自分だけ大もうけを企んでいたとは思えねーがな。最近になって新王は、この街にそいつがあるという情報をつかんだらしいんだ」

「前王は今、どこにいるんだい」

 おれの問いに親分は、

「知るか、何でも一族で東の方に旅立って行ったって聞いたがな。案外と近くの街にいるのかもな。あれからもう2年だ。王子も立派になったことだろう」

 王子? そんなのいたのか、でもそれは生きていればの話しだろう。おれの言葉に親分は、ふん、と鼻を鳴らして言った。

「お前は知らんだろうが、あの王子は、百人力の力持ちでな、ラクダを持ち上げたり、弓を射れば木を貫通させるし、すごかったらしいぜ。それこそあの王子が暴れたら新王の軍だってかなわないだろう。でも王が平和主義者だから戦わなかったんだろうな」

 おれは、その王子が軍を組織してこの国を奪いに来ることを望んだ。もしそうなればおれはその軍に入って新王と戦うだろう。

「おっと、こうしちゃいられねー。お前のもってきた情報とお宝を交換しに行ってくらぁ。そうだ、お前も来い」

 おれは親分といっしょにアジトを出た。ついたところはいつも水鳴きで儲けさせている水屋だった。

 水屋は新王とつながっている。そのことはおれも知っていた。

「おら、お前から話せよ」

 親分はおれに話をさせるつもりらしい。まぁこの人はあまり頭がいいとは思えないからな。きっとおれが話した内容を忘れてしまったんだろう。おれはアルターという怪しい少年のことを水屋に話した。水屋が言うには、

「それだけじゃー、燃える石と水のありかを知ってるかどうかわからないな。こっちも偽情報を王にもっていったらひどい目にあうからな。水屋の権利を止められたら食っていけないからな」

 偽情報だって! おれは自分の情報が正しいことを裏付けるためにこう言った。

「そこの占い師は黒っぽい石を持っていて、それが普通の石じゃないんだ。燃える石かもしれないんだ。アルターがそう言ったんだ。アルターが知ってるんだ」

「よし、わかった」

 水屋はそれだけ言うと、もう帰っていいとおれを部屋から出し、親分と話しあっていた。きっと報酬の取り分とかを決めるんだろう。

 その日、おれはアジトに帰っても眠れなかった。アルターはおれと出会ったころ、おれのことを仲間と呼んでくれた。おれを仲間と呼んでくれた初めてのヤツをおれは金で売ったんだ。そういう思いが少しずつ膨らんできて、ついに一睡もできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ